つぎの日
庭の離れ、というか健太郎専用物置が完成した翌日、よつははきっかり朝九時に白寿堂を訪れて、二階の部屋の荷物をせっせと物置に運んだ。
別の部屋で寝ていたらしい健太郎は、珠串に起こされて寝ぼけ眼のまま物置のなかでの物の配置と格闘していたものの、どんどん運ばれてくる荷物を見て顔を青ざめさせ、悲鳴をあげた。
「ちょっと、ちょっとタイム! おれ、こんなにいろいろ放り込んでたの!? これは想定外! ちょっと考える時間をちょうだい! よつはちゃん休憩入りまーす!」
昼食の時間よりずいぶん早く休憩を言い渡されたよつはは、白寿堂のいつもの居間に通されて、彩と茶をすすることになった。健太郎のほうは、珠串が「こちらはわたくしにお任せください」と笑顔で向かったので、時間はかかってもなんとかなるだろう。
花緑青は自身の本体である椅子を抱えて、なかばさんと日向ぼっこをすると庭に出て行った。
室内に残ったのは彩とよつはのふたり。ステンドグラス越しの光に包まれて、ふたり並んでゆったりと過ごしていた。
「よつは」
ふと、おだやかな静けさの中をやぶって彩がよつはの名を読んだ。今日の白寿堂を包んでいるすこし固い空気とそっくりの、緊張した声だ。
「はい、彩さん」
なんでしょう、と言うひびきを込めて応えれば、なぜか彩はしょんぼりと肩を落とす。
「……もう、彩とは呼んでくれないのか」
思わぬことを言われて、よつはは目を丸くした。そして、彼に親しげに話してほしいと請われたときに「彩」と呼んだことを思い出してほんのり笑う。
「彩と呼び捨てるよりも、彩さんのほうがしっくり来ると思ったから。嫌だった?」
「いや、そうか。そういうことなら、構わない。すこし距離を置かれたのかと勝手に思っただけだから、ちがうのならいいんだ」
よつはが問えば彩はほっとしたようにまとうをすこしだけゆるめた。そしてふたりで照れをにじませながら見つめあい、ほのぼのとした雰囲気に戻りかけた、そのとき。
はっとしたように動きを止めた彩は頭をふって、顔をきりりと引き締める。
「そうではない。そうではなくて、ここに住む前に確認しておかねばならないことがある」
よつはに向きなおった彩はすこしのあいだよつはの顔をじっと見ていたけれど、ふと目を伏せた。
「……おれは、つくもがみだ。ひとの形をしてはいるが、ひとではない。ひととは生きる時間が違う。いつか、寄り添えなくなるときが来るかもしれない」
目を伏せたまま、彩が静かに語り出す。
「おれの本性はこの建物だ。そろばんのように持ち歩けるものではない。おれは、この建物から離れられない。よつはが遠くへ行こうと思ったとき、おれはここで待つことしかできない」
言いながら、彩の顔はだんだん下を向いていく。
「よつはと居られることはうれしいが、いつかよつはがどこかへ行ってしまうかと思うと、そんなことを考えると、たまらなくなる……」
そう言った彩の顔は、ついにうなだれて腹のあたりで広げられた両手のなかに倒れこむ。
ぽつりぽつりとこぼれることばを黙って聞いていたよつはは、ううむ、と考えた。
彩も大概だが、よつはもあまり思っていることを伝えるのがうまくない。このごろ、それがよくわかってきた。だからうまいことばを探すのはやめた。
「彩さん」
こちらを向いて欲しくて、よつはは彩のひざをつんつんつつく。のろのろと顔をあげた彩のきれいな瞳を見つめながら告げる。
「ひと同士でも、長年連れ添った夫婦でも、死ぬときまで同じなのはまれなこと。ひとりで遠くに行くときは、必ずお土産を買って帰るよ。彩さんが待っていてくれるところに帰れるのは、うれしいこと。いつ来るかわからないわかれを思ってさみしくなったら……」
言いながらよつはは考える。そう、たぶんこれは答えのある問題ではない。彩とよつはが、ふたりで考えながら進んでいかなくてはならない問題だ。だからよつはは、彩に伝える。
「そのときは教えて。そのたび、いっしょに考えよう。なんとなく彩さん呼びのほうがしっくりくるみたいに、お互いが納得できるようにすこしずつ、すり合わせていこう」
それでも間違うときもあるかもしれない。けれど、きっと大丈夫だとよつはは思う。
だって、よつはひとりではない。彩とふたりきりでもない。白寿堂のみんながいる。よつはの家族がいる。頼りになる友だちだっている。
「彩さんといっしょに生きていく」という目標があるなら、よつはは進んでいける。迷っても、支えてくれるひとたちがいるから、背筋のばして歩いていける。
「彩さん、行こう。いっしょに」
にぎやかな声が、前庭から自分たちを呼んでいた。呼び声に答えてよつはは立ち上がる。
よつはが伸ばした腕を見つめて、彩はようやくすこしだけ笑顔を見せてくれた。
「……ああ。いっしょに」
よつはの手を取った彩が立ち上がり、ふたりは互いの手をしっかりと握った。そろって玄関の外は出れば、たくさんの笑顔が出迎えてくれる。
白寿堂は、おだやかであたたかな雰囲気に包まれていた。
おしまい




