4、業務内容の確認
「店長代理、ですか」
目の前の笑顔がまぶしいナイスミドルの貫禄と、店長代理という単語が繋がらなくて、ぼんやりとくり返す。よつはの勝手なイメージではあるが、このような落ち着いた紳士のうえに立つ店長が想像できなかった。
「はい。つまりは従業員を束ねる立場にある、と思っていただければ結構です。店の主は別におりますが、なかなか見かけることもないかと思います。あいさつはそのうち会うことがありましたら、その際にお願いします」
店の主、つまり店主は別にいるが、店にはあまり顔をださないということだろうか。そして目の前のナイスミドルが実質、店を切り盛りしているようだ。従業員を束ねる、ということは、姿は見えないがナイスミドルのほかにも従業員がいるのだろう。
あまりおしゃべり好きなひとでなければいい。ノリが悪いと不満げにされても、どうしようもないのだから……。
そんなことを考えていたらふと、自分がまだ自己紹介もせず、訪問の理由も告げていなかったことに気が付いて、よつばは背すじを伸ばして座り直した。
「申し遅れました。中紅よつはです。すぐそこの大学に通っています。一年生です。大学構内の掲示板に貼られていたチラシを見て来ました」
愛想笑いすべきだろうか、と頭では思いながらも、実際にはにこりともせずにナイスミドルの目を見て告げる。
対するナイスミドルは、よつはの分を補ってあまりあるほどにやさしくにっこりと微笑んで軽くうなずいた。
「これはご丁寧に。中紅よつはさん、ようこそいらっしゃいました。わたくしのことは……そうですね、珠串とでも呼んでいただきましょうか」
ことば通り、よく来てくれたと嬉しそうな雰囲気を込めて言ったあとに、すこし言いよどみながら彼は自己紹介をしてくれた。
「タマクシさん、ですか」
妙な言い方だ。呼んでいただきましょうか、とはどういうことだろうか、と不思議に思うが、それを口にする間もなくナイスミドルこと珠串が笑顔で話を進める。
「お嬢さまのことは、よつはさんと呼ばせて頂くことにして。それでは、いつからお勤めいただきましょう」
「……え?」
ごとんっ、がたがたっ!
よつはが首をかしげたのと、居間の奥の暗がりから物音がしたのは、ほぼ同時だった。
けれど、物音を気にする余裕はない。
珠串がにこにこと言うものだから、面接を兼ねた何気ない会話かと思っていたよつはは、聞き間違いだろうかと目をぱちくりさせた。
「白寿堂としては本日からお勤めいただいても問題ありませんが、よつはさんのほうにもご都合というものがございますでしょうし」
「勤め……本日から……?」
聞き間違いではなかったらしい。けれど、改めて言われても、やはり頭が追いつかない。
ここまでによつはが告げたのは、名前と近所の大学生であること、それから大学で店のチラシを見たことの三点だけだ。
アルバイトの面接とは、名前を名乗れば終わるものなのだろうか。生まれて初めてアルバイトの面接を経験するよつはには、比較対象がない。ないが、それでもこれはふつうではないと感じた。
「いえ、まだ名乗っただけですが。雇う雇わないのまえに、ほかにいろいろ、条件の確認などは。たとえば……勤務時間だとか」
知らないなりに混乱する頭を回転させて、質問を繰り出す。よつはの生活の主軸はあくまで学生だ。いくら店側が採用と言ってくれても講義の時間に重なるようでは引き受けられないし、あまりに遅い時間に営業しているのでは、勉学に影響する。
そう考えて言ったのだが。
「白寿堂は決まった営業時間がありませんので、よつはさんの都合のよい日時に来ていただければ、いつでも構いません」
にこにこと笑いながらためらいもなく返されたが、自分の好きな時間に行けば良いアルバイトとはなんなのか。必死にそのことばの意味を考える。
「……年中無休、ということですか。そしてどの時間でも、人手がほしい、と?」
「そのようなものです」
そのような、とはどのようなものだろう。
にっこりと言われたことばの意味不明さに頭を抱えたくなったが、こらえて質問を続ける。
「ほかの従業員のかたとの兼ね合いなどは。勤務時間を割り振ったりとか」
「すべてよつはさんのご都合に合わせますので、お気になさらずに」
そう言われても、気になる。言い方からして従業員がほかにいないわけではなく、よつはを優先して勤務時間を決めるということらしい。
来たばかりのアルバイト希望者の都合に合わせる仕事とは、いったい……?
「業務内容を、知りたいのですが」
あやしすぎる条件の数々に、よつはは思い切って聞いてみた。
店構えからてっきり喫茶店か、アンティーク家具の店かと思っていたが、もしかしてここはいかがわしい店なのでは、という思いが湧き上がる。
この建物はただの待機場所で、電話で呼び出されたさきでいかがわしい行為をさせるのかもしれない。もしくは、無害そうな外観を装って来店した男性客といっしょに二階の部屋であんなことやこんなことを……?
大人の世界を知らないなりに、漫画や人づてに耳にした情報をもってして想像を繰り広げる。
もしも業務内容をにごすようなことを言われたらすぐに逃げ出そうと、足元に置いたかばんの位置を確認して、相手の動きをじっと見る。
この店を前にしたときとはちがう緊張感に襲われるよつはに、珠串は変わらぬ調子でこう言った。
「白寿堂のなかに居てください」
返ってきたのは簡潔すぎる答え。
気が抜けて、思わず詰めていた息がはあ、と気のない返事とともにこぼれ出た。
これは困る。情報が少なすぎて、いかがわしい店なのか否か、判断に困る。
仕事をするために職場にいるのはふつうのことだ。ナイスミドル風のジョークだろうかと思ってすこし待ってみるけれど、珠串にことばを付け足す様子はない。質問にきちんと答えました、というさわやかな笑顔を保ったままだ。
「……店内に居て、何をしたら。店内で待機して、呼び出されたらどこかに向かうとか……?」
珠串の説明を待っていては、欲しい情報は得られそうもない。しゃべるのが得意ではないからと、相手が説明してくれるのを待っていてはいけない。
意を決して真剣な顔で問うよつはに、けれど珠串の笑顔は変わらない。
「いえいえ。呼び出しなどありません。この白寿堂のなかに、あるいは庭先でもかまいませんが、敷地内に居ていただければ、じゅうぶんですよ」
にっこり、と音がしそうなほどの笑顔付きで言われて、よつはは固まった。
「え?」
「お仕事は、白寿堂の敷地内にいることです。お客さまの相手はわたくしがいたしますので、どうぞ気に入った椅子がありましたら、座っていてください。置いてあるものも、壊れ物以外でしたら、自由に触ってくださってかまいません。勤務時間はご都合のよろしいとき、いつでも何時間でも構いませんので。それではよつはさん、これからどうぞ、よろしくお願いいたします」
珠串はそろえた膝に手を添えて、ぺっこりと頭を下げる。それに合わせて、しゃらりと軽い音が鳴る。
嘘を言っている雰囲気も、よつはをからかっている様子もない。ごくごく真面目に頭を下げている。
「ええぇ……?」
店の雰囲気を見たくて来ただけだったのに、いつのまにか働くことが決定したようだった。




