情報共有
にぎやかなひとたちが帰ると、白寿堂のなかにいつもの静かさが戻ってきた。それと同時に、店主もどこからか姿を表した。
「客が帰ったとたん出てくるなんて、これだから引きこもりは嫌だわ。どうせ、よつはに会いたいけど知らないひとが怖いから出てこなかったんでしょうけど」
頭の布巾をするりとはずした花緑青にずけずけと言われて、店主はだまってそっぽを向く。不満げなようすながら、言い返すつもりはないらしい。
「ふふふ。一応、健太郎さんからの仕事の依頼があったのは本当のようですよ」
黙り込んでいる店主に代わって弁明した珠串は、トレードマークの前掛けを外しているところだった。
「珠串さん、お出かけですか?」
「ええ。予想外にお客さまがたくさんいらしてくださいましたから、お茶菓子が無くなりそうでして。今日はもうお客さまもお見えにならないとは思いますが一応、補充をと」
なるほど、とうなずいたよつはは、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「つくもがみさんは、姿を変えればふつうに出歩けるのですね。花緑青とも出かけられるかな」
すこしの期待を込めて聞いてみれば、花緑青が恨めしげな顔で珠串をにらみつける。よつはにはその表情の意味がわからない。
にらまれながら、珠串は苦笑を浮かべて教えてくれた。
「花緑青とはちょっと難しいかと。わたくしの本性はこれ、そろばんですから。懐に入れてしまえば、自分で持ち運べるものですから」
そう言って、しゃらりと彼の本性であるそろばんを懐から取り出して見せてくれる。
「つまり、花緑青とお出かけするにはあの椅子を持って歩く必要が……」
そういえば、さきほど台所仕事をしたときにはあちらの部屋に花緑青の本性であるきゃしゃな緑の椅子があった。いまはよつはが居間に運んできたが、これをずっと持って歩くとなると、けっこう大変そうだ。
花緑青もそれがわかっているから、不満げな顔をしながらもなにも言わないでいるのだろう。
「あれ、でもなかばさんは?」
シバイヌに変化して動き回る石灯籠は、石灯籠のままでも移動していたし、シバイヌになったときには石灯籠が無くなっていた。
それを思い出して問えば、珠串はううんとうなって困ったように笑う。
「あのかたは、規格外だと思ってください。おそらく、つくもがみに成ってからの時間が長いとできることも多くなるのでは、と推測しておりますが」
「つまり、なかばさんが一番年上……」
衝撃の事実に驚くよつはに珠串はしゃらしゃらと笑って、行ってまいります、と出かけてしまった。代わりに行くと言い出す間もなかった。
「それで、役に立ちそうな話は聞けた?」
花緑青に問われて、よつはは珠串の居ないいまが先ほど手に入れた情報を共有する良い機会だと気がついた。
やる気のなさそうな店主を花緑青が引っ張ってきて、三人は問題の揺り椅子を囲んで話し始める。
「役に立つかわからないけど、珠串さんが居た和菓子屋さんの話を聞けた。白寿堂にもらわれてきたのは揺り椅子と縁台が先で、珠串さんのそろばんはそれからしばらくして白寿堂に来たらしい」
「ふうん、いっしょに来たわけじゃないのね」
「それから、ミツさんは珠串さんのそろばんをとても大切にしていたとも言っていた。愛称をつけて、こっそり呼んでいただとか」
「それよ! いくら大事にされてても、大切なひとから名前を付けてもらってないから揺り椅子は認めてないのよ。揺り椅子の前でその名前を呼んでもらえばいいのよ」
花緑青が答えを見つけたと目を輝かせて得意げに揺り椅子を見るけれど、椅子はぴくりとも動かない。
よつははなるほどそういうものかと頷いたが、ふと隣にいる店主のことが気になった。
「店主さん、どうしたんです」
いつもへの字口の店主ではあるが、今日はまた一段と不機嫌そうだ。
「ほっときなさいよ。その男、よつはが呼び名を考えてくれないから、拗ねてるのよ」
「拗ねて……」
ほんとうだろうか。よつはがまじまじと店主を見つめれば、店主はますます顔をしかめてそっぽを向いてしまう。
それでもこの場を立ち去る気配はない。それどころか、なにか声をかけられるのを待っているような雰囲気さえ漂わせている。
それを見ていたよつはは、はっと思いついた。
「そうか」
「なんだ!」
思わず出てしまったよつはの声に、店主が素早く反応してくるりと振り向く。こんなやり取りをすこし前にもしたような気がする。
「揺り椅子さん。拗ねてる、ということはないですか」
どういうことだ、と店主が眉を寄せる。となりで花緑青も首を傾げている。よつはを見ていたふたりは気づかなかったようだが、よつはは目の前の揺り椅子がほんのすこし、揺れたのを見た。
「珠串さんに言いたいことがあるのに言えなくて、拗ねてるということはないでしょうか」
「おれは別に」
よつはが言及していないにも関わらず反論しようとした店主だったが、その口は途中で動きを止めた。花緑青もそんな店主をからかうことなく、ぽかりと口を開けている。
ふたりの視線が向かう先は同じ。
誰も触れていない揺り椅子が、ゆるりゆるりと揺れていた。それはまるで、よつはのことばに抗議しようとしているかのようだった。




