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3、いきなり面接?

「どうぞ、お入りください」


 おっとりと微笑みながら言われて、自分がナイスミドルを見つめて固まっていたことに気が付いた。


「いえ、客ではないのですが」


 その丁寧な物腰に客と間違われているのだと思ってあわてて言うけれど、ナイスミドルの笑顔は消えない。むしろ、目じりのしわをいっそう深くして、やさしく微笑まれた。


「いいえ、白寿堂を訪れてくださる方は、どなたも大切なお客さまです。ご用件は中でうかがいますので、どうぞお入りください」


 やさしい笑顔のわりに、押しが強い。たぶんなにを言ってもまずは店のなかに入るよう言われるだろう。そして自分にはそれを断るだけの語彙と話術が備わっていないことを知っていた。


「……それじゃあ、おじゃまします」


 ぺこりと頭を下げるのを見て、ナイスミドルは扉を開いたまま半歩下がる。合わせて、しゃらりと鳴ったのはなんの音だろうか。問う間もなく、さあどうぞ、と言わんばかりに右手で店の中を示されては、進まないわけにいかない。


 遠慮がちに玄関の内側に足を踏み入れたよつはは、視界のはしでちかりと光ったなにかに目を向けて、息をのんだ。


 入ってすぐ右手の壁が、色とりどりに輝いていた。

 ステンドグラスだ。

 赤、青、緑や紫、黄色。さまざまな色を組み合わせたガラスが壁を彩って、虹のような輝きを居間のなかに落とし込んでいる。


「うつくしいでしょう」


 にこにこと微笑まれて、思わず見入っていたことに気が付いた。

 けれど、我に返っても目をそらすのがもったいないと思えるほどだった。だから、素直にうなずく。


「はい、とても。とても……好きです」


 がたんっ、ごんっ。

 恍惚として言った直後、店の奥から物音がして、思わず目を向けた。玄関を入ってすぐの居間には、階段が設けられている。その階段のむこうに隠れるようにして、奥の間へ続く扉が見えた。物音はそちらから聞こえたようだった。


「あの、すごい音がしましたが……」


 なにか物でも落ちたのならば確認に行きたいだろうか、と声をかけるが、ナイスミドルはきれいな微笑みを崩さず中へと入るようにうながす。


「家鳴りでしょう。なにぶん、長いこと建っている家ですからね。ああ、造りはしっかりしておりますから、そうそう壊れたりはしませんよ。安心してあがってくださいませ」


「はあ、それでは……」


 自分の知っている家鳴りとはずいぶん違ったようにも思うが、気にするなというのでそのとおりにして、玄関で靴を脱ぐ。

 店にしてはあまり広くない玄関をあがって、勧められるままにスリッパを借りる。

 玄関で履き物を替えるタイプの店なんて、旅館くらいしか知らない。ここは一体何の店なのだろう、と失礼にならない程度にあたりに視線をめぐらせた。


 玄関を入った最初の感想は、うす暗い。

 掃除の行き届いた室内は湿っぽくはないのだが、古い建物特有の四隅に染みるような暗さがあった。

 うす暗い玄関を入った正面には、木製の階段がある。階段はやわらかな曲線を描く手すりまでそろって濃い茶色でまとめられ、邸のなか全体に落ち着きを与えている。階段のしたは居間で、居間の天井が吹き抜けになっているため、階段を上がった先の二階廊下部分がうす暗いなかにぼんやりと見えた。


 それとは対照的に、居間のなかはステンドグラス越しの明かりが差し込んでいて、幻想的な明るさがある。

 きらきらとした明かりに照らしだされた居間のなかには、テーブルや椅子、ソファが点々と置かれていて、古めかしい置き時計や年季の入ったそろばんなどが飾られている。すみのほうにはガラス戸の棚があり、なかには大小さまざまな器がばらばらと並んでいる。

 家具にしても、いずれも大きさや形、デザインが異なっていて、そろいのものではないのだろう。置物もかわいらしいものもあれば、シンプルなものもあって、デザインに統一感はない。共通している点といえば、家具にせよ置物にせよ、みな古めかしいというところだろうか。

 その古さのためか、自分は場違いなのではないかと気おくれさせるような雰囲気がある室内だ。


「それでは、そうですね……こちらにおかけください」


 店内を眺めているあいだに、ナイスミドルは腰を落ち着ける場所を探していたらしい。すこし考えるようなそぶりを見せたあとに、一脚の椅子を示してくれた。

 示されるまで気が付かなかったが、やさしいグリーンに塗られた椅子だ。女性向けなのだろうか、座面は小さめで脚も背もたれ部分も木を細く削ってくびれた細工がなされた、全体的に小ぶりで繊細な印象の椅子。ところどころペンキが剥げかけているのが、いい味を出している。どこをとってもとてもかわいい。かわいいけれど、座るのがためらわれた。


「壊れないでしょうか。なんなら、ほかの椅子に……」


 それほど重たいつもりはない。身長は同年代である十八歳女性の平均身長と大差ないし、体重についても平均ぐらいだと記憶している。

 けれども椅子のはかなげな雰囲気を見ていると、どうにも不安になる。見回せばほかにも椅子はあるし、もっと頑丈そうな椅子がそこに、と目線で示すけれど、ナイスミドルは目配せに気づかなかったのか朗らかに笑う。


「見てくれは華奢ですが、お嬢さまのお体を支えられないほど衰えてはいないはずです。椅子のほうでも座っていただけるのを待っておりますので、ぜひに」


 やはり、このナイスミドルは押しが強い。笑顔ながらも断れない雰囲気を出してくる。

 これを断るのは骨が折れる。それに、こちらは壊れる可能性を示唆したのだ。そのうえで勧められたのだから、座って万一椅子が壊れたときには、弁償などと言われても反論できるはずだ。

 

「では、遠慮なく」


 ゆっくりした動作を心がけて腰かければ、椅子はきしみもせず思っていた以上にしっかりと支えてくれた。

 知らず詰めていた息をほっと吐いて、立ったままのナイスミドルに気づいて視線をめぐらせる。


「店長さん? は座らないのですか。そこの椅子なんて、とてもお似合いになると思うのですが」


 店にいるのは彼ひとり。ならば店長だろうかとあたりをつけた。勧められるままに座ってしまったが、店長が立っているのにアルバイト志望の自分が座っているというのは、なんとも居心地がわるい。

 しかし一度座った手前、今さら立つのも妙な気がする。ならば相手にも座ってもらおうと自分から見て、斜め前にある椅子を示して言ってみる。


 そこに置かれているのは、重厚感のある安楽椅子だ。日の当たる窓辺に置いたその椅子に、ナイスミドルがゆったりと腰かけて書物でもめくった日には、一枚の絵画のようにしっくりとくることだろう。その折には、ぜひワイシャツとネクタイを締めていただきたい。下はスラックスでもいいし、袴というのもまたいいと思う。どちらにせよ手元の湯のみに茶を注ぐ役割は、ぜひともお任せいただきたい。


 頭のなかで勝手な想像を膨らませていると、ナイスミドルが声をあげて笑った。しゃらしゃらとかすかな音が笑い声に混じって聞こえる。


「ははは。似合いますかね? わたくしとこの椅子が。それは嬉しいですね。椅子の方でも仲良くしてくれるともっと嬉しいのですが」


 言って、ナイスミドルが安楽椅子に手を伸ばす。ゆらり、椅子がゆれて、伸ばした手のひらから逃げたように見えたのは、気のせいだろうか。

 ナイスミドルはほんの少し苦さの混ざった笑顔を浮かべて、その横にある肘置きも背もたれもない横長の椅子、縁台に腰かけた。使い込まれた縁台に和装のナイスミドル。時代劇の茶屋にあるような光景は、それはそれでしっくりくる。


「わたくしはここが落ち着きますので。それと、わたくしは店長ではありません。番頭です」


 番頭。聞きなれないことばに、戸惑いが顔に出ていたのだろうか。ナイスミドルがにこりとほほえむ。


「店長代理と思ってくださって結構です。つまり、あなたの上司にあたります。なんでも聞いてくださいね」 

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