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白寿堂~アルバイト先にはつくもがみがいる!?~  作者: exa(疋田あたる)
金の章

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9、やがて梅雨は明ける

 ペダルをこいで走りだせば、よつはも自転車も風につつまれる。それでも乾いた空気の暑さにかなわず、じわりと汗がにじみでる。ひたいににじんだ汗をよつはは手袋をはめた手の甲でぬぐった。

 すこし休もう、と足をとめて天を仰げば、しみるような青空が広がっている。

 梅雨が明けていた。


 庭のすみに自転車をとめて、ながめてみる。

 あの日、きれいにしたはずの庭はたっぷりの雨と強い日差しのもたらす暖かさでさらに勢いを増した草に覆われていた。ひとが通りやすいように

、と念入りに手を入れたはずの飛び石は、すっかり草に埋もれて見えなくなっている。石灯籠もどこにいるのやら、姿が見えなかった。


 そのせいか、見上げた建物もどこかくすんで見えて、木に囲まれた静謐な神社のような雰囲気というよりは、ひとに忘れ去られて朽ちていくばかりの社のような、寂しげな風情だった。


 草をかき分けてたどりついた玄関の扉をノックするけれど、応答はない。


「だれも、いないのかな」


 わずかな不安を覚えながら手をかけたドアノブが抵抗なくまわったことに、よつははほっとした。

 そうっと扉をあけた瞬間、よつはの目の前に満面の笑みを浮かべた少女の顔がせまる。


「よつは! ずっと待ってたのよ!」


 あわてて受け止めたよつはの腕のなかで、花緑青がにこにこと言う。

 

「きゅうん」


 足元で聞こえた鳴き声に目をむければ、そこには灰色のシバイヌがよつはの足にすり寄っていた。


「お待ちしておりました、よつはさん。どうぞ、お上がりください」


 穏やかな声に顔をあげれば、にこやかな笑顔を浮かべた珠串が、よつはの正面に立っていた。そのすこし後ろ、階段のわきには、店主がそっぽを向いて立っている。


 久しぶりに目にする白寿堂の光景に、よつはは口元をほころばせて頭をさげた。


「はい、ただいま参りました」


 全員からのお出迎えを受けたよつはは、促されるまま室内にはいると、首にしがみついていた花緑青をそっと床に下ろした。

 そして、背負っていたリュックを手に取ると、なかから白い箱を取り出した。


「それなあに?」


 花緑青は興味津々といった様子でよつはの手元を見つめている。


「これは」


 手近な台に箱を置いたよつはは、箱のふたをあけて周囲を囲むみなに中身を見せた。


「割ってしまった、あの茶碗です」


 よつはが示した箱のなか、クッション材に包まれて入っていたのは、たしかにあの日、割れた茶碗。けれど、ふたつに分かれたはずのその器は、箱のなかで確かにくっついている。


「すごいわ、よつは。直ってる!」


 明るい声を出す少女の横で、珠串は割れていたはずの茶碗をじっと見つめている。


「ひび割れの形に金の線が……よつはさん、その手袋をはずして、見せてくれませんか」


 笑顔を消した珠串に言われてよつはは視線をそらしながら、付けたままでいた白い布製の手袋を隠すように、手を後ろにまわす。

 けれど、だれかに右手首を取られたかと思うと、するりと手袋が抜き取られる。存外やさしい手つきでよつはの手袋を奪い去ったのは、店主だった。

 

「……なんだ、この手は」


 手袋をはずしたよつはの手指は、ところどころ赤くただれていた。

 黙りこんで視線を泳がせていたよつはだったが、室内にいる全員、シバイヌまでもが自分をじっとりと見つめているのを見て、観念した。


「ちょっとかぶれただけで……」


 観念してもなおことばをにごすよつはに、珠串がため息をついて口をはさむ。


「漆でしょう。よつはさん、金継ぎをされたのですね?」


 よつはがこっくりうなずけば、よつはの手を見て悲しげな顔をしたまま花緑青が首をかしげる。


「金継ぎ? それでかぶれるの? よつはは何をしていたの」


「金継ぎとは、陶磁器の修復に使われる技法です。金と申しましても実際に器を接着するために使用するのは漆でして、金は修復箇所の装飾を目的に使われるようですね。よつはさんはご自身で金継ぎをなさって、その漆にかぶれてしまわれたのでしょう」


「……はい」


 すっかり見抜かれたよつはは、おとなしくうなずいた。それから店主につかまれたままの右手をそっと取り戻そうとしたが、叶わない。

 手首をつかむ店主の手は、締めつけてくるわけでもないのにしっかり握って離さない。


「なぜ」


 色とりどりにきらめく店主の瞳が、よつはを真っ直ぐに見つめている。


「なぜ、ここまでする」


 感情を押し殺したような店主の問い。それを聞きながらよつはは、店主の瞳にゆらめく戸惑いと心配に気がついた。

 だから、すこし迷ったけれど口を開く。


「割れて、それで終わってしまうのが嫌だったから。ずっと、あの日まで誰かが大切にして繋いできたものが途切れてしまうのが、嫌だった。もっと先まで続いてほしかったから」


 拙く、まとまらないよつはの思いを聞いた店主は、未だにつかんだままでいるよつはの手をじっと見つめている。


「……だが、これはまだつくもがみに成るには日が浅い。もしも成るとして、それはひとの生では見ることの叶わない先のことかも知れない」


 一点を見つめたまま話す店主の胸のうちは、よつはにはわからない。けれど、自身の胸のうちにある思いはわかっていた。


「そうだとしても、そこに至るまでの時間を繋げたなら、うれしい」


 嘘偽りないよつはの思いを伝えると、店主の手はようやくよつはから離れて、器の収まる箱に伸びた。

 やさしい手つきで箱のなかの器を持ちあげると、店主は器についた金の筋をそっとなでて、表情をゆるめる。


「そうか……ありがとう」

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