0-10 賢帝(自称)による敵情視察
ーー前回のあらすじーー
駄菓子屋に行く時には通常、どんな準備が要るだろうか?
現代っ子ならスマホは欠かせない、家に一人なら戸締りをする必要もあるだろう。
だが100エーカーの森では家に戸締りをするのはよしだくんくらいなもので、1990年代にはスマホなんてものはなく、あるとしたらポケベルのみ……。
早い話が、駄菓子屋へ行く時にはお金が要らないと教えられた人間がまた一人増えてしまった……。
そしてボールによって駄菓子屋の引き戸は破壊され、ただでさえ寒い駄菓子屋は強烈な吹雪が吹き込んで極寒の空間になってしまったのだ……。
読者の皆さんは電子マネーの決済を普段から使いますか?
便利なんでしょうが、現金が使えない場面に遭遇したら面倒なのでまだ手が出しづらいですね。
キヌタニの駄菓子屋もクレジットカードが使えるようになったら、少しは売り上げが伸びるのではないでしょうか?
現金払いなんてめんどくさいよ~って方は本編を読みながらネットショッピングをしていると作者は予想しました!!
私は丁度、駐車場の縁石を切らしているので買い物ついでに送って頂けるとありがたいです!
次の日……。
吹雪が止んで天気が良かったこともあり、俺は早起きをしてジョージの行動を寺の入り口の隙間から遠目で見ていた。
もちろんそれは敵情視察で、ジョージの後ろ暗いであろう秘密を暴こうとしていたものだ。
「クックック……昨晩はこちらが劣勢になってしまったが……そんなあり得ぬ状況がいつまでも続くと思うなよ!?」
寺の汚い床に寝転がっていたジョージは六時半くらいに起きると建物の外に出てきた。
「あーあ……やっぱ屋根のある寝場所ってのはいいもんだ!さてと……トイレに行きたいな。」
ジョージは大きめの声でそう独り言を言うと駄菓子屋の方へと歩いて行った。
「おーい、キヌタニ君!トイレを貸してくれないか?」
ジョージはダンダンと前の夜に破壊されて意味を成してない入り口の引き戸を叩いた。
「まだ寝てるのか?悪いが入らせてもらうぞ。……えーと、トイレトイレ……。」
ジョージは引き戸の残骸を飛び越え、無事に店の奥にあったトイレを見つけて個室に入り、しばらくしてから出てきた。
駄菓子屋の中は電気が点いてなかったから普通にキヌタニは寝ていたんだろうな。
「あーースッキリした……そういえばヤムチャ君が『欲しいものがあったら持ってけ』って言ってたな、うーん……。」
ジョージは少しばかり売り物とにらめっこを続け、結局モップとバケツ、雑巾の束を持って駄菓子屋から出てきた。
俺は彼から気がつかれないように駄菓子屋から少し離れて様子を伺った。
「ほう、何だ??あんなもの……何の儀式に使うと言うのだ??」
俺はてっきりジョージがこれから良からぬことをするのではないかと考えていたので、一体何をするのか全くもって謎だった。
「さぁてと、じゃあ始めるか。……せいっ!!」
ジョージは寺の前まで戻ってくるとバケツ一杯に雪を掬って魔術の炎で雪を溶かし、モップをその中に突っ込んで寺の床を水拭きし始めた。
「あ、あれは!!あの魔術で雪を謎の液体に変化させたことは間違いないが……あれで床を拭くことで何が……??はっ!!ま、ま、まさか!あの液体で床を拭いているように見せかけて魔法陣を描いているのではないか!?大型の悪魔だから召喚するのにも特殊な方法でないと不可能だと言うわけだな!!……そうはさせまいっ!!!」
入り口で様子を窺っていた俺は寺の中へ特攻し、とっさにジョージがさっき駄菓子屋から持って帰ってきた雑巾に目をつけて、それをひっ掴むと雪の中へとダイブした!!
「おわっ!?な、何だぁ!?!?って、シンタロー君!!いつから居たんだよ!?!?」
驚いたジョージがずっこけた音が聞こえたが俺はお構いなしだった。
「やかましいぞ!!この神聖な森を汚されてたまるかーっ!!!うああああーーっ!!!!!!」
俺は雪で湿った雑巾を持って寺の中に飛び込み、ひたすらにジョージがモップ掛けをした場所もそうでない場所も雑巾で拭きまくった。
「えっ?えっ……??何か……手伝ってくれてるん……だよな?……だったら俺も張り切ってやるか!!!」
「ま、負けてたまるかぁーっ!!!!」
20分後……。
寺の床は……それはもう、綺麗になった。
舐めたら美味しいんじゃないかってくらいに綺麗になったんだ……。
「ふう……こんなもんで良さそうだな!」
「ぜぇ、ぜぇ……や、やっと止めたか……。」
俺は20分間、全力疾走で雑巾掛けをしていたからそれはもう虫の息になっていた。
「いやー、突然で驚いたけど本当に助かったよ……って、シンタロー君?」
「はぁ……はぁっ……さ、さて……続いて奴は一体何をやらかすのか……とくと見させてもらおう!!……ううっ、寒っ……!」
俺は虫の息ながらも辛うじてジョージの視界から外れることに成功し、寺の外で雪の上に這いつくばり、再び様子を伺うことにした。
「シンタロー君……神出鬼没だなあ。また手伝ってくれると有り難いんだけどな……。」
ジョージはそうぼやきながら今度は灯籠を雑巾で磨き始めた。
「ふん……貴様を手伝った覚えなどないぞ!……今度は魔方陣を描いてるわけではなさそうだが、また先程と同じ液体を使っているな……これは……??あっ、分かったぞ!!あの液体をよく分からん石像に塗りたくることで悪魔の精神を憑依させることが出来るのか!!何故あいつはそこまで悪魔を召喚したがるのだ!?!?」
俺は再び、雪で湿った雑巾を片手に寺の中へと特攻し、必死に灯籠を片っ端から拭き始めた。
「あっ!!シンタロー君!ここにいたのか!何だよ、また手伝ってくれるのか?助かるぜ!!」
「ああーーっ!くそぉぉぉーーっ!!!!」
さらに20分後……。
「ぐっ……あ、ああ……も、もう、ダメ……だ……。」
「汚れててよく分かんなかったがこりゃ随分立派な灯籠だな!!」
ジョージは満足そうにそう言った。
そして俺は40分間も全力で動き続けたため、行動不能になってしまった。
「おや?ジョージ、もう起きてたのか。どうだ、寝具も無かったようだがよく眠れたか?」
この森では比較的早起きなよしだくんがいつの間にかジョージの様子を見に来ていたようだ。
「ああ、そりゃもうな。屋根があるって素晴らしいや!ハハハハ!!!」
「それは良かったな。……それで、シンタローはここで何をやってるんだ?異様なまでに疲れているようだが……。」
「シンタロー君はここの掃除を手伝ってくれてたんだ。いやいや、働き者で助かったぜ!」
「え??シンタロー……意外だな。たまには人の役に立つじゃないか。」
よしだくんは俺にまるで未知の物質を見るような視線をぶつけてきた。
「わ、我は……そ、そんな、つもr……、」
「掃除もいいが一度休憩して駄菓子屋に朝御飯を食べに行かないか?」
「朝飯か、さっき駄菓子屋に行ったときはまだ開店してなかったみたいなんだけどな。」
「そうだな、開店時間はキヌタニの起きる時間にもよるがいつも八時前後だ。ちなみに駄菓子屋の入り口は鍵が外側からも開けられるタイプだから、勝手に入ってあいつを叩き起こせばそれよりも早く開店させられるぞ。……って言ってもそんなことするのはシンタローくらいなものだがな。」
俺も最近ではキヌタニを起こさないで勝手に売り物を食べるようになったが、昔は毎朝あいつを無理矢理起こして朝飯を用意させていた。
「や、奴は……我の……下僕、だぞ……いつ何時でもこき使って、やるのだっ……!!」
「ま、まあ……だったら行くとするかい?シンタロー君は??」
「い、行くに……決まっているだろう……!!貴様が、駄菓子屋で……良からぬことをせんように……監視するのだっ……!!」
……と言うわけで駄菓子屋へ再度三人で向かうことになった。
駄菓子屋の中は既に電気が点いていて中からはキヌタニの声が聞こえてきた。
「zzz~……。」
「本当なんだよぉ!確かにバケツが一つ減ってるんだ!」
「zzzzzzzzzzz~……。」
「ねえ聞いてるの、ヤムチャ!?」
「zzzzzzzzzzwwwwzzz~!!」
「いや、今何か笑ったよね!?」
いつものように駄菓子屋の売り物がいわゆる『神隠し』にあったキヌタニがヤムチャを呼びに行ったのだろう。
実はこの時、まだキヌタニはポケベルを持っていなかったんだが、理由は……単純によしだくんがポケベルを渡していなかった……正確に言うと後回しにしていたら渡し忘れたが正しいのか?それだけなんだ。
そして朝早くに呼び出されたヤムチャは眠いのか眠くないのか分からなかったが、レジのあるカウンターの上に寝転がって寝たフリをしていた。
「おい下僕!!シンタロー様だぞ!早くアイスの用意をするのだ!」
「うわあっ!?し、シンタロー……今日はいつもより遅かったね。で、でも今はそれどころじゃないんだよ!!夜のうちに売り物が消えちゃってたんだ!!」
「貴様の売り物など知らぬ!!我の命令を聞くのだ!!!」
俺はヤムチャにしがみついていたキヌタニを無理矢理アイス売り場まで引きずり倒すという、とても無駄なことをした。
「わ、分かったよ……じゃあアイスを食べたら売り物の捜索を手伝ってね?」
「下僕が我に頼み事をするなど5000兆年早いわ!!態度を改めろ!!」
俺はキヌタニが差し出してきたバリバリ君(ドラゴンフルーツ味)であいつの頭を殴打した。
「ぎゃあっ!?な、何するの……!?」
「今回はアイスで勘弁してやったが今度はフライパンだからな!!」
「ひえええっ!?!?ゆ、許して……。」
キヌタニは片手で殴られた頭を押さえ、ガタガタと体を震わせながらもう片方の手で高級アイスのガーデンダッシュ(とんこつしょうゆ味)を渡してきた。
「さてと、俺もアイスを食うとするか!!」
寝たフリを止めたヤムチャもアイス売り場に近寄ってきた。
「あ、ヤムチャも売り物の捜索をお願い!」
キヌタニはヤムチャにもガーデンダッシュ(めんつゆ味)を差し出した。
「俺は今日も今日とて雪かきと狩りに行かなきゃならねーんだ、悪いがそんなアホらしい真似に付き合ってる暇はねえぞ?」
ヤムチャはそこまで言うとガーデンダッシュを一口で丸飲みにした。
「まあ、キヌタニ……ドンマイだな。じゃあ俺たちもアイスを貰うとしようか。」
「そうだな。頂くとしよう……ああ、それからバケツなら今朝方に俺が拝借したぞ?」
ジョージのその発言でキヌタニの動きがピタリと止まった。
「え?駄菓子屋の売り物を……勝手に持っていったの……!?や、ヤムチャ!この人、万引き犯だよ!!早く捕まえないと!!!」
キヌタニはあたふたしながら売り物のロープをヤムチャに渡そうとした。
「あ?キヌタニ、てめえは何を言ってんだ??昨晩、俺がジョージに駄菓子屋の売り物は持って帰っていいって言ったんだよ。万引きってのはな、俺とお前の両方に無断で売り物を店の外に持ち出すことを言うんだよ!!」
ヤムチャはロープを自分の後ろに放り投げるとキヌタニに指をビシッと突きつけた。
「えぇ……そんなあ……。」
キヌタニはその場に立ち尽くすことしかできなかった。
30分後……。
「さて、朝飯も食ったしな……今日も雪かきと行くか……。」
ヤムチャは売り物のスコップを手に取った。
今でも雪かきをする時のヤムチャは駄菓子屋からスコップを毎日一本ずつ取っていく。
雪かきが終わってそのスコップを駄菓子屋に返すかどうかは気分次第だ。
「雪かきは大変そうだよな、俺も寺の掃除が終わったら手伝ってやろう。」
「あ?何だよ??寺の掃除なんかしてやがったのか。そのくらい言えば総出で行ってやるのによ!」
「まだ終わってないなら俺も行くとしよう。掃除道具を駄菓子屋から追加で持っていかないとな。」
「我も監視役としてついて行ってやろう!こいつが危険な行為をやらかさんようにな!!」
そうして俺たちは掃除道具の準備をして、寺へと引き上げた。
「えっと……その売り物、ちゃんと返してよね??それからみんなのアイス代、1085円は誰が払ってくれるんだろう……?」
もちろん、返すのがめんどくさいという理由でこの時使った掃除道具が駄菓子屋に返却されることはなかったし、アイス代のことなんていつものように誰も覚えていなかった。
そしてお昼過ぎ……。
「すげえ!!壁も天井もめっちゃ綺麗じゃねえか!」
「こりゃかなり住み心地が良さそうだな?ここにも電気を通してみるか。」
寺は四人がかりで大掃除をされて、一片の汚れすら無くなった。
「いや、電気は必要ないさ。灯籠に入れる燃料さえあれば十分だ。」
「あ……あぁ……き、貴様ら……我を、こ……こまで、こき使……うとはっ……。」
そして俺は掃除中にふざけたことで何回もヤムチャの手で積もった雪の中に生き埋めにされ、挙げ句の果てには雪下ろしをするために寺の屋根に投げ飛ばされた。
結論、俺はふざけてヤムチャから制裁を食らうか、ヤムチャにこき使われるかの連続で力尽きてしまった。
「ったく、毎日ふざけてばっかでよ、少しは反省しやがれ!!はぁ……そんじゃ、気を取り直して雪かきと行くか。」
「掃除を手伝ってもらったお礼に俺も行くぞ。」
「き、貴様が、行くなら……我も……。」
そんな体力が限界に来ている俺の前にヤムチャが立ちはだかった。
「おいシンタロー……最近吹雪が続いてたから薪が手に入らなかっただろ?今日は晴れてるし久々に木こりにでもなってこい。もちろん、体力が戻ったらでいいぞ。」
ヤムチャは死神よりも恐ろしい形相でそう言うと、ジョージを連れて外へ出て行ってしまった。
「ひっ……!!うっ、む、無念……!!」
俺はしばらく寺の床に突っ伏したまま動けなくなってしまった。
三時間後……。
動けるようになった俺はヤムチャに言われた通り、素直に木こりをしていた。
ただし、ジョージの姿が遠目で確認できる場所で、だ。
「まだ雪かきは終わらんのか……それにしても今年の冬はやけに雪が沢山降るな。これは終末が近いかもしれん!!」
道の脇には2m以上も雪が積み上げられていた。
実際、そんなに雪が降ったのなんて俺の記憶ではあの冬だけだ。
「終末が来るとしたら我もそれに備えなければならぬが……ん?あいつ……何をしておるのだ?」
ジョージはヤムチャと二人で雪の壁を見つめて何か話しこんでいるようだった。
そしてしばらくするとヤムチャは落ちていた木の枝を手に取って何やら絵を描き始めたようだ。
「何だあれは……??幼子のお絵描きのように見えるが……?あ、待て……もしかして、さっき仕損じた魔法陣を何も知らぬヤムチャに描かせているのではないか!?!?」
こうしちゃいられないと俺は斧を放り投げて二人のもとへ駆けていった。
「うおおおおっ!!!させてなるものかーっ!!!」
俺はジョージとヤムチャの間に割り込み、木の枝で雪の壁に壁画を描き始めた。
「うおっ!ま、またシンタロー君か!!」
「おいおい!!シンタロー!今度は何をしやがるつもりだ!!」
止めようとする二人にはお構いなしで俺は木の枝を振り続けた。
そして……枝を振り回すこと15分。
「ハッハッハ!!どうだ!!もう貴様らが魔法陣を書くスペースなど無いぞ!!」
俺は壁一面にとある絵を描いた。
「こりゃすごい出来だな!!……ちなみにこれは何の絵なんだ??」
「クックック……聞いて驚け、これは我という世界の頂点を貴様ら愚民が崇めるというものだ!!名付けて『賢帝の誕生』だ!!」
俺は得意気にそう吠えた。
実際に描いたのはその説明の通りな感じの絵だった。
「ほーー。賢帝なら突然狂って壁画を書いたりしねえよな?つか、何が魔法陣だ??今はジョージにこの森の地図を書いてどこに何があるのか説明してたのによ!!」
「ひえっ!?……ぐべっ!!!」
ヤムチャは俺の首を掴むとそのまま壁画のど真ん中に俺の体を叩きつけた!!
そして俺は雪の壁の中にめり込んでしまった。
「全くよ……絵のクオリティはバカ高いくせに描くものが本当にゴミっつーか……。」
「シンタロー君、こんなに絵が上手なんだな……。」
「だが結局は才能の持ち腐れだぞ。ジョージ、もう一回説明し直すからな、終わったら集会所でミーシャの料理を手伝ってやってくれねえか?俺はちょっくら狩りに行ってくるからよ。」
「あーー、昨日のミーシャちゃんの料理はかなりやばかったな……。つまりは今日の夕飯がかかってるわけだ、だとしたら気合を入れなきゃな!」
「そんじゃ頼んだぞ。それからシンタロー、お前はそこでしばらく反省しとけ!!」
ヤムチャはそれだけ言うとこの森の説明を再開した。
「ぐうっ……貴様……お、覚えてろっ……!必ず、我の前に、屈させてやるからな……!」
俺は雪の壁に深く埋め込まれてしまったせいで脱出するのに30分もかかってしまった。
そして『賢帝の誕生』の壁画から脱出した俺はジョージに復讐(?)すべく集会所へと向かった。
「くっ……そろそろ痛い目を見せてやらねば……。これ以上調子には乗らせんぞ!!!」
俺は集会所に到着するとまずは窓越しに中の様子を伺った。
中ではジョージとミーシャが調理台に向かって何かやっているようだった。
「……背を向けられてるんじゃ何をしているのかいまいち分からんな。」
俺は少しだけ窓を開けて二人の会話が聞こえないか耳を澄ませてみた。
当時のこの森はセキュリティが本当にガバガバだったな……。
特に集会所は誰も寝泊まりしてなかったから戸締まりなんてしてなかった。
まあ、個人の家では各自ちゃんと戸締まりはしていたかもしれないが……きっとそれはよしだくんと『神隠し』を恐れていたキヌタニくらいだ。
「そうそう、そうやって包丁の刃をまな板と垂直になるように……。」
「うう~~難しい……!!」
どうやら包丁の扱い方を特訓しているようだった。
「あれは……敵を殺すための刃物の心得か!?いや、ミーシャが刃物を使えても厄介なことにはなるまい。もう少し様子を見るか……。」
一時間後……。
空が赤みを帯びてきて俺の張り込みをする集中力も無くなってきた。
そして集会所の中からはいい匂いが漂ってきて、さすがの俺でも二人が料理をしていることぐらいは理解できた。
遊び帰りの小さい子でもそこにいたら家の中に入って『おかーさん、きょうのごはんはなーに?』って言いながら調理場に走っていくだろうな。
「用はあれだ、ミーシャちゃんはズボラってわけだな。」
「な、何よーっ……!!そ、それはそうかもしれないけど……。」
「野菜を煮る順番や調味料の分量と組み合わせをちゃんと考えれば、後は大丈夫だと思うぞ。」
「わ、分かったわよ。ちゃんと、考えてみるわ……。」
この光景に俺は……絶句していた。
「(な、な……サキュバスやコカトリスの餌しか作れんはずの……あのミーシャが……作った飯からこんな……鼻腔をくすぐる匂いが!?!?)」
しばらく唖然としていた後で、ジョージがミーシャに黒魔術を教えたのではないかと閃いた瞬間、俺の背後に誰かが来た。
「よお、そーんなとこでなーにをしてんだぁ??」
振り向くと……泣く子もトリプルアクセルを飛んでしまいそうほど恐ろしい顔をしたヤムチャが立っていた。
「ぎゃあーーーっ!!!!!あ、あっ、あっ……。」
俺は恐怖のあまり腰を抜かしてしまった。
「な、何があったんだ!?!?」
「あっ、シンタロー!!……とヤムチャ?何かあったの?」
俺の絶叫を聞いてジョージとミーシャが集会所から飛び出してきた。
「………………(ガクガク)((( ;゜Д゜)))」
「いーや?んまあ、何かあったと言えばあったし、ねえと言えばねえな。」
ヤムチャは頭をポリポリ掻きながらそう言った。
「何か……はっきりしないわね。」
「まあ簡潔に言うとだな、このシンタローって奴、ジョージのストーカーだぞ。」
「えっ??俺の???」
ジョージは意味が分からんというように考え込んだ。
「シンタロー……ストーカーだったの……?」
ミーシャはいぶかしげに持っていたお玉をこちらに突きつけてきた。
「考えてもみろや、今日一日、お前の近くにずっとこいつが居なかったか?」
「え??そうか……?いや、確かに……。」
「うわぁ……シンタロー……こういうおじさんが好みなのね……。」
ミーシャは即座に俺から3mほど距離をとった。
「こういうおじさん……ミーシャちゃん、それどういう意味??」
「え?特に深い意味はないけど。」
このミーシャの言葉は多分本当に深い意味はなかったんだと思う。
「と、とにかく……シンタロー君はどうして俺をストーカーなんか……??」
「あれだ、奴の頭には治らないキズがあって、世界が普通とは違う見え方をしているんだぜ?」
「ち、違うぞ!わ、我は選ばれた者にしか見えない物を見ることが出来るのだ!!」
俺はこのタイミングで正気を取り戻した。
「選ばれた者にしか見えない物っつーのは見えちゃいけねえ物のことだろうな。まあいい、そろそろ晩飯も出来るようだし俺は中で用意でも手伝うか。」
まあ、そんなこんなで晩御飯の時間になった。
確か……この日はちゃんこ鍋だったか?
「おお、見た目からしてもう旨そうだな!!」
「ふっふー♪今日のは自信作なのです!!」
「え?普段も自信満々でみんなに出してるよね?」
「あなたはいつも一言余計なの!」
ミーシャはお玉でキヌタニの頭を殴った。
「痛いっ!だって……。」
「でも良いじゃないか。ミーシャちゃんの料理の腕が上がるならみんなも嬉しいだろ?」
「こんなうめえ料理が毎晩食えるんならそりゃもちろんだ!……なあジョージ、出来れば毎日ミーシャの料理を手伝って欲しいんだが……。」
ずっと後日の話だがどうしてそこまでその前の夜、頑なにジョージを引き留めたのかヤムチャに聞いたことがあるんだ。
『俺にはどうにもあいつがこの森を偵察してやがるようにも思えてな……使い方を間違えれば危険な魔術を操れるし、あんまり放置はしたくねえってわけだ。そうなるとここで暮らさせるのが奴を監視する一番いい方法だってわけよ。』
ジョージを信用してなかったが故にヤムチャはあんなことを言い出したわけだ。
だからこのお願いもジョージをこの森に引き留めておくための作戦だったんだろう……もちろん旨いご飯が食べたいってのもあったんだろうが……。
もっと言ってしまえばこの日、俺がジョージのことをストーカーしていたのはヤムチャにとって好都合だったんだ。
ヤムチャの目を盗んでジョージが悪事を働こうものならすぐさま俺にバレてしまってたからな。
まあ、俺の方が変なことをしそうだったから、ヤムチャはジョージを監視している俺を監視してたわけだが……。
さらにはこの日の朝によしだくんが寺に来たのもヤムチャの策略で、ヤムチャは朝の四時くらいまで、それから後はよしだくんが遠くからジョージのことを監視していたらしい。朝になったらよしだくんがジョージに接触して行動を共にするようにも言われてたらしいな。
そしてヤムチャ自身も一緒に寺の掃除と雪かきをして、さらにはミーシャと料理をすることで自然に誰かがジョージを監視出来るようにしていたわけだ。
駄菓子屋では寝たふりをしていたが……もしかしたらヤムチャは寝不足で本当に寝ていたのかもしれないな。
今振り返ると、そのあたりがやっぱりヤムチャは……俺たちのリーダーなんだなって思うよ。
「こっちは居候してる身だし俺に出来ることならやらせてもらうよ。そんでさ……。」
ジョージは俺の方を見てきた。
「これはさすがに可哀想じゃないか?」
「まあ……俺らからしたら見慣れた光景なんだがな……。」
よしだくんは肩をすくめた。
「き、貴様ら……わ、我をこんな目に遭わせて無事でいられると思うなよ!?必ずや死ぬよりも恐ろしい神の祟りが訪れるぞ!!!」
逆さ磔にされていた俺は藻掻くことも出来ず、とにかく口で抵抗していた。
「あ?神は感謝していると思うぜ?こんな暴れん坊をよくも封印してくれた、ってな!!あ、シンタロー……お前、晩飯抜きな?」
「!?!?ちょ、ちょっと待t……、」
「それじゃあ、いただきます!!」
「「「「いっただっきまーす!!!」」」」
俺の存在を無かったことにしてその場にいた全員が夕飯にがっつき始めた!
「おいおい!!わ、我の分は…………ゴブッ!?」
「うるさいわよ、これでも食べてて?」
ミーシャはお玉を俺の口に押し込んだ。
「ムゴッムグムグ!!??ハグハグ……ブゴァッー!?!?」
一人寂しくお玉を齧った俺は、余りの不味さにそのまま失神してしまった……。
ん……ここは?
俺が次に目を覚ました時……どうにも温かい感じがした。
身体も磔にされていたはずだが、今は自由の身になっていた。
「ここはどこだ……いやこれはミカエルが我に見せている夢か……??だとしたら……我は死の淵を彷徨って……。」
俺はその温もりに溢れた空間に何があるか見渡してみた。
と、首を振ると俺の頬に何か擦れるものがあった。
「何だ……ん!?!?」
目の前には白い布、そのまた先には細い生足が俺に視界に入った。
「こ、これは……え、エンジェルの膝枕!?!?な、何て清らかな……。」
俺はその神聖な生足に頬擦りをした。
「ひっ!?え、エンジェ……どーもありがと!!!」
次の瞬間、俺の頭上から鉄拳が降り注ぎ、俺の体は宙を漂い始めた。
そして俺は後頭部に大きな衝撃を受けたことで幻想から目を覚ました。
「ここは……ヤムチャの家の風呂場ではないか……。と、と言うことは……。」
俺は恐る恐るエンジェルの偽物の方を見る。
「ええ、そ、そうよ!!……エンジェルじゃなくて悪かったわね!!」
身体にバスタオルを巻いていたミーシャは不機嫌そうに湯船から出て行ってしまった。
「ど、どういうことなんだ……??ちょ、ちょっと待たないか…っ!?!?ゲホゲホ……。」
俺は湯船から出た途端に呼吸が出来なくなってしまった。
「ま……またジョージの仕業かー!!!!」
俺は全力で叫んだがそれからというもの誰一人として風呂場に来ることはなかった……。
後でよしだくんから聞いた話だが、酔っぱらったヤムチャとジョージが俺に水中呼吸が出来る魔術を重ね掛けして風呂に沈めた上に、そのことを忘れて放置されていたらしい。
ちなみに、ミーシャにこの夜のことを聞いたら『知らないわよ!!』と怒られてしまった。
あれは……夢だったのか??
それは今でも謎のままだ。
ちなみに魔術が解けたのは朝の四時頃、俺は湯船の中で寝ていたところに呼吸が出来なくなって跳ね起きた。
湯船はとっくに冷め切って水風呂になっていたからか俺はまたしても風邪を引いてしまった……。
良い機会ですので万引きの定義を作者と広〇苑で再確認しましょう。
『万引 (まんびき)
……買い物をするふりをして店頭の商品をかすめとること。』
ちょっとボヤっとしてますね。(それより深い意味もないでしょうけど)
今度はWi〇ipedia先輩に聞いてみましょう!!
『万引き(まんびき)とは、盗犯の一種。買い物客として商業施設に入場し、手にした商品の一部もしくは全部について、金銭を支払うことなく持ち去る犯罪行為の通称である。』(原文ママ)
なるほど、分かりやすいですね!
……ですが100エーカーの森辞典ではかなり意味合いが異なるようです。
これも確認してみましょう!
万引 (まんびき)
……森のリーダー若しくは店主の双方に無許可で駄菓子屋の売り物を店外へ持ち出すことを指す。なお、駄菓子屋の売り物であっても食料品を無許可で無銭飲食した場合は『万引き』ではなく『食い逃げ』となる。また、店主が『万引き』の事実を認知せずに売り物が店内から無くなっていた場合には『神隠し』となる。
違いが理解出来ましたでしょうか?
少しややこしいですね……何度か読み返して反芻して頂ければ分かって来るかと思います。
興味が無いと居眠りをしていた方には補習がありますので覚悟していてください!!
きっと……いつか……やると思います。