1-7 3件の抗争
ーー前回のあらすじーー
100エーカーの森に迷い込んでしまったエリスはミーシャの料理に釣られて集会所で捕獲され、散々文句を垂れておきながらキヌタニの駄菓子屋に滞在することが決定してしまった。
何だか偉そうなエリスと彼女を嫌がっていたキヌタニ……そんな二人が喧嘩せずに過ごせるわけもなく……
駄菓子屋はエリスに破壊されずに済むのだろうか?
はたまたキヌタニの手に刺さった箸は抜けるのだろうか??
……100エーカーの森ではそんなトラブルの火種が無くても何かが起こってしまうようです……。
今回は誰と誰が喧嘩してどちらがボコボコにされてしまうのか……?
読者の皆さんは誰にボコされてみたいですか??
骨の髄までしゃぶられる想像をしたら本編へGO!
「やれやれ、変な奴が来て一時はどうなるかと思ったが……丸く収まって良かった。」
よしだくんは人気のない夜道を歩いていた。
彼はこれから電波塔のメンテナンスに向かっていたのだ。
そしてそのついでに崖の様子を見に来ると……別の意味で丸く収まっている奴がいた。
壁にめり込んで鎮座しているボールである。
ボールはよしだくんが来たことに気づくと小刻みに揺れだした。
「あっ!よしだくん!助けてよー、動けないんだー!!」
「いや、お前さあ……いつも転がった挙句そんな目に遭ってばっかで、いい加減にその移動方法とニートを辞めようと思わないのか?」
よしだくんはそんな間抜けなボールを見てため息をついた。
「それは無理。今のままが一番楽だし。働くのめんどくさそう。」
ボールはさっきの必死さと打って変わってきっぱりと冷静に言い放った。
「働かないどころか自分の身の回りのことすら出来ないなら、その無駄な脂肪が全部燃え尽きるまでここにいろ。」
それに対してよしだくんもきっぱりと返した。
実際のところ、ボールは着替えや入浴も他人の手を借りないと出来なかった。
二日おきにヤムチャとシンタローが交代でボールの服の着せかえや入浴、もとい水浴びをやっている始末であった。
水浴びと言ってもボールの家の前で彼の服を脱がし、ホースとスポンジを使って家の壁磨きの感覚で二人はボールの「体磨き」をやっていた。
ちなみにボールの家の前はどの方向に進もうと下り坂になっていた。
家に戻るときに上り坂で減速しないと止まれないからだ。
だから何かの拍子に水浴び中のボールへ不用意な力を加えてしまおうものなら彼は転がりだして全裸のままどっかに行ってしまうという恐ろしい状況になったのだ。
……ちなみにシンタローが当番の日は必ず全裸で転がっているボールが目撃されていた。
シンタローのことだから恐らくわざとやっていたのだろう。
そんな状況でもシンタローがボールの水浴びを辞めることはなかった。
誰だって油ギトギトなボールの着替えや入浴を手伝いたくはないからだ。
ヤムチャも過去にはシンタローにボールの身の回りの世話を一任しようとしたことがあるのだが、ボールが毎日全裸で森の中を転がり回るのはさすがに嫌だと言うので渋々とヤムチャは使命を遂行していた。
「そんなあー、じゃあここにいるからポテトチップス100袋で我慢してあげるよ。」
ボールは自力ではどうしようもない状況だというのにとても呑気なものであった。
「……なあボール、お前の体に穴を開けたらそこから脂肪が全部出てきてスリムになる、ってことはないのか?」
静かに怒っていたよしだくんは急に真顔になりメンテナンス用に持ってきていたドリルを構えた。
「えっ?よしだくん??何をするつもり???」
「やる価値はあるよな?なあ、ボール?」
「いや、待って。何かサイコパスっぽいんだけど、それはミーシャのキャラだから、被ってるから!」
ボールはいつもと違うよしだくんを見ると、慌ててさっきと同様小刻みに揺れ始めた。
「あいつと一緒にされても困るんだが……。」
そしてボールに近づくとドリルの先端をボールの腹、いや背中…………どちらか分からないが、もしかしたら胴体……四肢かもしれないが……目掛けて降り下ろした。
彼は別にサイコパスでもなんでもない、いたって真面目な人間だった。
きっと寸止めをかけるつもりだったのだろう。
「あ。」
だが、想定外のことがあったとしたらドリルが彼の予想より重かったことだ……。
「やば……い。(刺さっちまった(小声)。)」
よしだくんは顔を青くしてボールの方を恐る恐る見る。
「ん?よしだくん、何か言った?」
しかし当のボールは分厚い脂肪のおかげで何も気づいていない様子だった。
よしだくんはこれを見て平静を取り戻したと同時に何やらドリルに細工をし始めた。
「いいかボール、よーく聞け。今お前の体にはドリルがぶっすりと刺さっている。それが明日の正午に抜けるようにタイマーをセットした。それが抜けたらお前は一巻の終わりだ。」
よしだくんはそれだけ言い残すとさっさと家に帰ってしまった。
「えっ?えーっ!?!?何か良く分からないけど怖い!!怖いんだけど!ちょっと待って、置いてかないでー!!あーーっ!!俺、この後見たいアニメがあったからテレビを持ってきてー!!……おーい。」
だがよしだくんは振り返ることなく去っていった。
「いや、よしだくんここまで一体何しに来たのー!?」
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一方こちらは駄菓子屋のキヌタニとエリス。
かなり広めの駄菓子屋の中のかなり狭い寝場所……いや、もはや生活スペースを巡って言い争っていた。
「だ・か・らぁ!あんたなんかがレディの着替え見たり、ましてや同居なんてありえないし!それ以前に二人で生活するには狭すぎるから店のスペース以外は全部私以外立ち入り禁止!!」
エリスはものすごい剣幕でキヌタニを壁際まで追い詰めていた。
一方のキヌタニはさっきからずっとガタガタ震えて縮こまっていた。
「ひ、昼間は着替えどころじゃなかったけど、全く、き、気にしてなかったじゃん……。」
「あんたみたいな気持ち悪いやつに見せるほど私の体は安くないのよ!」
エリスはキヌタニに往復ビンタをかました。
「うぶっ!!何で今日初めて会ったばっかなのにそんなこと言われなきゃいけないのかなあ……そもそも集会所にいる時はこんなにヒステリックじゃなかったのに……。」
キヌタニはエリスのビンタによって全ての歯が虫歯のごとく頬が腫れてしまっていた。
「あの中じゃそれほどあんただけが気持ち悪いの!!」
エリスはそう言いつつキヌタニの首を締め上げた。
「だ、だと……したら僕に……ど、どこで寝ろと……。」
キヌタニは息が苦しそうにかすれ声で答えた。
「アイス売り場の中で寝ればいいじゃない。」
エリスはキヌタニの首を解放して、夕方に彼が売り物を補充したばかりなのに(ついさっき彼女が)空っぽになった(した)アイス売り場を指差した。
「え??そ、そんなの凍死しちゃうよ……。」
キヌタニはエリスに対してサイコパスを見るかのような表情をしていた。
「と言うか、テレビも棚も無いしすごく部屋が殺風景で小汚ないわね、もっと家具を用意しなさい、もちろん新品でおしゃれなやつをね!」
一応、駄菓子屋自体はこの100エーカーの森の中ではそれなりに広い建物ではある。
だがしかし、ほとんどが店としてのスペースで占められており、キヌタニの居住空間なんて六畳のワンルーム程度のものなのだ。
そんな狭い部屋にある家具と言えば、冷蔵庫(自分用の余った売り物を冷やしておくため)、電子レンジ(自分用の余った売り物を温めるため)、ちゃぶ台(そして売り物の残りを床に座ってここに置いて食べる)、寝具が1セット(だから結局どちらか一人は床で寝なければならない。ヤムチャ、ツメが甘かったな!)……その程度だった。
「そんなもの、必要ないしどこにもないよ……。」
キヌタニが俯き、震えながら弱々しく言うとエリスは怒りの壁ドン、いや壁キックをけしかけた。
「ほんっっっとーにつっっっっかえない家主ね!!仕方ないから駄菓子屋の売り物食べ放題、使い放題で許してあげるわ!感謝しなさい!!」
それだけ言い捨てると布団を敷き、キヌタニを蹴り飛ばして追い出し、駄菓子屋と生活スペースの仕切りの引き戸をピシャリと閉め、電気を消し、布団に入ってしまった。
「痛いっ!!……えっ!?嘘でしょ!?そんなぁ……。」
そんなキヌタニの嘆きにも静寂しか返ってこなかった。
「お願いだから誰かあの悪魔を追い出して……。」
キヌタニは仕方なく駄菓子屋のちょっと冷たい床に寝そべって眠りについた。
「……はぁ。まさかこの国で一番レベルの低い大学で留年してるなんて言えないわよね……。レディのことを根掘り葉掘り聞くな、なんてとっさに言っちゃったけど……私が美人で良かったわー。」
エリスは布団の中でポツリと独り言を漏らした。
あいにくキヌタニは既に寝入っていてこの独り言を聞いていなかった。
「何だかこの布団、すごく臭いわ……いつから洗ってないのよ!うっ……こんな布団に潜ったら……もう……お腹が……アイス食べ過ぎたかも!?トイレ!トイレはどこー!!?」
この独り言を聞いていれば彼女はただのおバカでナルシストだと分かり、さらには弱味を握ることもできたのに……どこまでもキヌタニはダメな奴であった。
「ムニャムニャ……みんな、ひどいよぉ……ムニャ……箸、いたいよぉ……。」
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夕方のチャットを終えたスタークはその後どうしていたのだろうか?
「クソッ、いくら鍵をかけたからって奴が生きてやがったらいつ押し入れられるか分かったもんじゃねえ!こうなりゃ籠城だ!!」
スタークは窓やドアに家の中にあった木材を全て打ちつけて補強していた。
彼の家は全く光が入らないシェルターと化した。
「よし、これならあの変態だってそうそう入ってはこれねーだろ!安心したら腹が減ったぜ、アイスでも食いにいくか!!」
そう言ってスタークはドアを開けようとしたが……今の今まで自分のしていたことに気づいた。
「……俺、外に出られねえじゃん。……はぁ!?何で出られねえんだよ!?」
自分のしていたことに自分でキレて、補強したドアを思いっきり蹴飛ばすが全くびくともせず、代わりにスタークの右足がへし折れた。
「ああああ!!!……こ、こうなったのも全部あのエリスとかいう変態のせいだ!!ならあいつをぶっ殺せば万事解決だな!!」
また独り言をつぶやいて玄関のドアにスタークは手をかけた。
「だから出られねえつってんだろー!!!」
今度はドアに頭突きをした。
しかし雁字搦めに補強されたドアは微動だにもしなかった。
その代わり、スタークの頭蓋骨にヒビが入った。
「こ、この木材を外すのにどれだけかかるか分かったもんじゃねえ……と言うかこれだけ頑丈に打ち付けたらもう外せねえだろ!どうせそのうちヤムチャあたりが喧嘩売りに来て壊しやがるから気にせず寝るか!!」
スタークはベッドに横になったが空腹で中々寝付くことができなかった。
「…………仕方ねえ、打ち付けた木材でも食ってみるか!」
スタークは再びベッドから起き上がり木材にかぶり付いた。
そしてもちろん……
「中々いけるな!……ってんなわけあるかー!!!!くそ不味いぞ!」
そう叫んで何回も顔を壁にぶつけ続けた。
そんなスタークの顔はいつの間にか血で真っ赤に染まっていた。
「……だが今ので食欲も失せたからようやく寝れるぜ、どいつもこいつもロクな奴が居ねえな!」
スタークは無事眠りにつくことができたが一つ誤算があった。
別にヤムチャたちは好んでスタークと喧嘩しているわけではなかったということだ。
気にくわないので出会ってしまったらやむを得ず戦っていただけなのだ。
……なのでわざわざスタークの家まで(エリスはともかく他の)誰かが訪ねてくることはなかった。
アイス売り場で寝たら凍死する以前に通報→逮捕ですかねー(マジレス)
キヌタニのことだからどうせ布団を洗うなんて考えはないでしょう、絶対にそんな布団には潜りたくない!
で、結局箸は抜けませんでした、と。
それで……スタークは一体何やってるんですかね??
自分で自分をボコボコにしている……ドMですね!
まあ、登場人物が一人減って楽になるからいいや。。