extra2-4 電波塔修理記録4
ゴミ屋敷と化してしまった駄菓子屋は非力で無能なキヌタニのおかげで店として最低限の機能を取り戻したかのように見えた。
だが、アイスのない駄菓子屋など存在する価値はなく、ゴミ店主であるキヌタニはやはりエリスのサンドバッグにされてしまうのであった。
さらには売り物のランタンを大量に持ち出されてしまうのだが、彼がそれに気づくことはないだろう。
後はヤムチャが鹿を仕留めたりエリスが深夜残業をさせられたりと色々ありましたが、面倒なのでここでは省略しておきます。
突然停電したらまずはスマホのライトを頼りにすると思いますが、すぐに復旧しないとどうしようか焦りますよね。
懐中電灯とかランタンとかないと特に……一人暮らしでも電池式の光源は持っておくことをお勧めします。
さて、電波塔は無事に復旧するのでしょうか?
そこからはエリスにとって働き詰めの日々となった。
朝六時に集会所へやって来た俺に叩き起こされてそこから駄菓子屋で朝食。
ヤムチャと合流して午前中は足場の修繕、さらには追加で必要な場所に足場を追加。
昼頃に起きてきたミーシャが電波塔に来たら回路の交換作業をお願いして俺とヤムチャは昼の休憩に入った。
二時間ほど休んでからヤムチャは畑仕事や狩りに、俺は電波塔の作業に戻った。
夕方になると畑仕事をしているボールが料理をしに行くミーシャと入れ替わりでやって来て、鉄骨の解体をしてくれた。
夕食の後はボールと三人で鉄骨をひたすら解体した。
だが俺は次の日に備え、八時くらいで作業を終えて早めに寝ていた。
そこからはボールとエリスが深夜まで作業を続けてくれていたんだ。
つまりエリスは朝食から深夜まで、夕食の時間以外はずっと毎日働いていたわけだから、とてつもないグロッキー状態になっている。
復旧八日目の昼間、今だってほら……立ったまま失神しているかのような顔つきでミーシャが作業する様子を眺めているぞ。
「これで……配線は直ったんじゃないかしら?」
「よし、じゃあ確認してみよう。」
俺はポケベルを取り出して一階層下の足場からミーシャに電話をかけてみた。
すると上の方からピロピロ!とポケベルの鳴る音がした。
「『うん!ちゃんと繋がったみたいね!!』」
ミーシャのポケベルから聞こえてくる声と上から直に聞こえてくる声が重なる。
「よし!これで電波塔の方は修理完了だ!」
「終わったぁ〜……じゃあお休みー。」
エリスはそのまま顔面から前に倒れ込み、炎天下でとても熱くなっているであろう足場の鉄骨に顔を埋めて眠ろうとしている。
だが、まだ気を抜くには早いぞ?
「おいエリス、お前が破壊したのは電波塔だけじゃないぞ?森のあちこちで送電線がショートしてるからそれを交換しなきゃいつまで経っても電気は使えないからな。」
「えぇ〜……もう私は電気無しでもいいわぁ〜。」
ずっとアイスが無いだの暑いだの文句を一番言ってる奴にだけは言われたくないな。
「……あれ?下を見て、誰かいるよ?」
唐突にボールがそんなことを言い出すのでみんなして地上の方に視線を向けた。
すると、確かに誰かが電波塔のそばを歩いている。
そしてゆっくりと周囲をキョロキョロとして、どこかおぼつかない足取りだ。
「遠目であれだが……シンタローじゃねえのか?」
ヤムチャがそう言うからよく目を凝らすと……うん、確かにシンタローの見た目だが何と言うか、立ち振る舞いに違和感を感じるんだよな。
「おーーい!シンタローー!!」
ボールが大声で叫ぶとシンタローらしき人物はこちらを見上げた。
そして次の瞬間、彼は頭を抱えると大声で笑い出した。
「そうじゃん!w俺はシンタローだわwww」
……あいつはつくづくよく分からないやつだが、今回ばかりは一から十まで意味不明だぞ。
そんなことを思っていたらシンタローはいつの間にか俺たちのいる所まで足場を登ってきていた。
「いやーwwボールに名前を言われて記憶が突然戻ったわww声をかけられなかったらまだ記憶喪失のままだったかもなーww」
え……?
記憶……喪失だって??
それが本当なら大事件だぞ!?
「記憶喪失もそうだが今までどこに行ってたんだ?」
「それがさあ、密林を彷徨ってたりもしてたんだけど森の中にいる時間も短くはなかったぜ?ww」
「だが、俺たちはお前のことを全く見かけてねえぞ?」
「多分偶然だと思うぞ?ww俺もみんなには見つからないようにしてたからなww何も分からない状態って他人から世界の全てまでが怖く感じるんだぜ?www」
シンタローは笑いながらそう話してるが、きっと笑い事じゃないだろう……。
「ボールに集会所で空気砲に撃たれて気絶して、目が覚めたら俺は何故か駄菓子屋の裏で血まみれになって倒れていたんだよな。一体ここはどういう場所なのか分からないまま、まず思ったのは……とても腹が減ってたことだなww」
……何だろう、とてもシンタローらしいが記憶喪失の人間とは思えないな。
それ以前に空気砲のくだりって一週間以上前じゃないか……??
ボールとエリスに森の中を案内したことは覚えてないのだろうか??
「それで匂いにつられてそばにあった駄菓子屋の売り物を片っ端から食っていったんだよなww値段が売り物に書いてあったけど不思議とそれは気にならなかったぜwww」
俺はヤムチャに教えられて駄菓子屋でのタダ食いを覚えたが、こいつは何も知らないままそれをやったのか……。
いや、シンタローにとってはお金を払うことが前提の知識としてないからそこは変わらなかったのかもしれないな。
「そしたらなー色々と腐ってたみたいですごい腹が痛くなっちゃってさww半日くらいトイレから出られなくなっちゃったんだよなーwww本当思い出してもウケるぜww」
どこかで聞いた話だなと思ったが腹を壊したミーシャと同じじゃないか。
シンタローとミーシャって似てないようで何気に似ている所も多いんだよな。
と言うか、駄菓子屋の裏口にあった売り物って……腐っていたからキヌタニが処分したやつじゃないのか??
そんな物を食べたらとてもじゃないが、お腹は無事じゃ済まなかっただろう……。
ところで駄菓子屋のトイレはキヌタニが主に使っているはずなんだが……あいつは半日間トイレに行かなくてシンタローの存在に気がつかなかったのだろうか?
キヌタニだからもしかしたら『鍵がかかってて誰かが入ってるなあ。』くらいにしか思わなかったのかもな。
「トイレから出る頃には夜になっていて俺は真っ暗な道を彷徨ったぜww所々にあった家からは暖かな光が灯っていて何だか見つかっちゃいけないような気がしたなww」
「人見知りでもねえくせによ、コソコソ隠れてんじゃねえぞ。」
ヤムチャにツッコまれたがシンタローは構わず続けた。
「そんな時に明かりの灯ってない家を発見したんだよなww空き家かと思って入ったら……突然上からタライが降ってきたんだぜ!!wwビックリしてそのまま密林に逃げ込んじゃったよww」
「つまり……自分の家に仕掛けたトラップに自分で引っかかったってことだよね?」
「そういうことだ!!wwボールはよく分かってるなww」
一体こいつは何をしていたんだ……本当に意味が分からない。
「夜中に密林でのサバイバルは命がけだったぜ!wwオオカミとかイノシシだけじゃなくクマまでいるんだなww足元に落ちてた石を投げて目を潰してなけりゃ今頃酷い目にあってたわww」
記憶が無くなっても投擲術だけは本能で残っていたのか健在だったんだな。
「そんな感じで今の今までこの辺を彷徨ってたんだけど、みんなは電波塔で何やってんの?ww」
何も知らないシンタローはそんなことを聞いてきた。
こっちはこっちで大変だったと言うのに……。
「いいかシンタロー、この森は絶賛停電中なんだよ。夜もみんなロウソクやランタンだけで過ごしてらあ。だがたった今、電波塔そのものの修理が終わってポケベルは使えるようになったぞ。後は各建物に続く送電線を修理しなきゃならねえ。……これで合ってるかよ、よしだくん?」
言いたいことは全部ヤムチャが言ってくれたな。
「ああ、その通りだ。だからシンタローにも復旧を手伝ってほしいんだが……、」
「停電してるの!?wマジでウケるなwwwいいぜ、こんな真夏に扇風機も動かないんじゃ地獄だからな!wそうと決まれば現場に直行だ☆ww」
俺たちの反応も待たずにあいつは足場をひょいひょいと降りていく……どの箇所から直すかもまだ言ってないんだがな。
「シンタロー……みんなでヤムチャのRPGをしたことを覚えてないのかな?」
ふとボールが小声で俺が思っていたのと同じことを呟いた。
「ホッ……これならまた切り刻まずに済みそうね。」
そして今まで異様に静かだったミーシャは突然物騒なことを口走った。
切り刻むって……何をだ??
「んがー……ごぉー……。」
一方のエリスはどうやら倒れ込んでそのまま寝てしまったらしい。
もちろん、このまま寝かせておくなんて優しい真似はしないけどな。
「おいエリス、今から送電線の交換をするぞ。」
俺はエリスの首根っこを掴んで無理やり立たせた。
「うーん……よく寝た気がするわぁ。あれぇ……?私ってばどれくらい寝てたのかしらぁ?」
「そうだな……ざっと一時間は寝ていたぞ。」
本当は十分にも満たないんだが、ここはぐっすり寝ていた気になってもらおう。
「随分と時間が経ってたのねぇ……仕方ないわ、午後の作業をするとしますか。」
やれやれ……本当にちょろいな。
これは本当に余談なんだが、後でエリスの顔を見たら熱々の足場に顔を埋めていたせいで、足場に触れていた部分が真っ赤に腫れて水ぶくれも出来ていた。
その日の夜には俺の家に電気が灯って、みんな扇風機の近くを取り合っていた。
ボールに至ってはヤムチャの家からわざわざテレビを持ってきてアニメを見ていたな。
電波塔そのものが直ってから変わったことと言えばシンタローが手伝いに来てくれるようになったことくらいで、作業の内容自体はずっと同じことの繰り返しだった。
ただ、故障した電線の真下に一回ずつ新しい足場を組み直さなきゃならないから面倒だったな。
そして翌朝のことだ、俺たちは重大な選択を迫られている。
電波塔からそれぞれの家までの送電線が正常なら電気が復旧するということがはっきりした。
つまり、ここからはどの建物から電気を復旧させるべきかみんなで決めなければならなくなったんだ。
まだ(?)朝の九時だがあのミーシャですら起きてきて駄菓子屋でビーフジャーキーを齧っているものだから事の大きさが分かるだろう。
「よし、全員揃ったな。それじゃあ早速だがどの順番で電気を復旧させるか話し合いたいと思う。俺の考えとしては電波塔から近い建物から直していくのがいいと思う。」
そして送電ルートの関係でヤムチャの家がミーシャの家の下流、シンタローの家が駄菓子屋の下流に当たるんだが、上流にある家の電気を復旧させないと下流の家には電気が通らない。
「一応俺の中だと、ミーシャの家→ヤムチャの家→駄菓子屋→集会所→シンタローの家っていう順番で考えている。」
「えぇーw俺の家は最後なの?ww悲しくてウケるなww」
シンタローの家に関しては電波塔とはほぼ正反対だから仕方ないんだよな。
「駄菓子屋は三番目なの!?売り物を氷で冷やすってすごく大変なんだよ!すぐにでも電気を通してよ!」
ここで突然キヌタニが口を挟んできた。
そして自分のことしか考えてないし随分と身勝手じゃないか……?
「文句垂れてんじゃないわよ!!誰かさんがあんな所で逆さ吊りになってたからこんなことになってるんでしょうが!!」
目にとても濃いクマを浮かべたエリスが怒鳴ってサイダーの空き缶をキヌタニの顔面に投げつけた。
「ぶひゃっ!?そ、そんなあ……僕は何も悪くないのに……!」
だが、この暑さの中じゃアイスを売るのはさすがに無理がある。
みんなも早くアイスを食べたいだろうし駄菓子屋の電気を最優先で復旧させるのは悪くないかもしれない。
「みんながいいなら俺はアイスのために駄菓子屋が最初でもいいと思ってるけどな。」
そう俺が言うと約一名を除いて全員が納得したような表情になった。
「甘えてんじゃないわよ!!さっさとアイスを私に貢ぎなさい!!」
エリス以外はな……。
こいつと来たらアイスが売られてないのを確認して毎朝のようにキヌタニへパンチやキックをお見舞いしている。
「まー、また腐ったものを食べたらたまったものじゃないし駄菓子屋くらいは先でもいいわよ。」
「涼しい場所が欲しかったら駄菓子屋に来ればいいかww商品棚の冷蔵庫があるおかげで夏は本当に涼しいからなww」
「そう考えるとアイスが恋しくなってきたな!!早く直しに行くか!」
「あ!!ちょっと待てよww」
コーラの空き瓶をそこら辺に投げ捨てて足早に立ち去ろうとするヤムチャを何かあったのかシンタローが引き止めた。
「俺の家が最後なのはみんなスルーなの?ww家の中が真っ暗だとトラップに引っかかって大変なんだよwww」
それはトラップを外せばいいだけじゃないか……?というような顔を全員している。
もちろん、俺も同感だ。
「それじゃあ、そろそろ行きますかー。」
ミーシャも立ち上がって駄菓子屋から出ていこうとする。
「ねえ待ってってww集会所なんてみんなでご飯食べるだけなんだから最後でいいじゃんww」
なるほどな……正確にはエリスが寝泊まりしているんだが。
「だけど集会所ってみんなが毎日行く場所だよ?シンタローの家はシンタローしか行かないけど……。」
ボールが地味に正論を突いてきた。
「でもなー少なくとも集会所に電気が無くて昨日のお前たちが困ってるようには見えなかったぜ?ww」
……まあ、確かにそれはそうだ。
料理は今まで通り出来るし、ランタンを持ってきて雰囲気を楽しんでいたまであるからな。
「正直そこはどっちでもいいわ。自分の家と駄菓子屋さえ直れば後は復旧しなくてもいいし。」
ミーシャのこの発言はさすがに身勝手すぎるけどな……。
……もしかしてその二軒が復旧したらもう手伝いに来ないつもりなのか??
もしそうだとしたらその分はシンタローに頑張ってもらうか……。
「じゃあ、今日からは駄菓子屋の復旧に向けて作業をするぞ。ついでだから店で売られている鉄骨も持ち出して足場にしよう。」
俺がそう言うとみんな動き出し、肩に鉄骨を抱えて外へ出ていった。
「んーーzzz……。」
そしてエリスはさっきまでキヌタニに怒鳴っていたのにいつの間にか寝ているじゃないか……。
「エリス、まだ寝るには早すぎるぞ。」
「んえぇ……?アイスはどこよ……??」
俺は彼女の頬をビンタして叩き起こしたが、かなり寝ぼけたような返事が返ってきた。
「アイスなら向こうだぞ。」
「本当だわ……動いているアイスがあるじゃない。」
俺が作業ポイントに向かうみんなの背中を指し示すと、彼女はみんなのことをアイスだと勘違いしたのかそっちへフラフラと歩いていった。
そろそろエリスも限界みたいだが、せめて倒れるまでは頑張ってもらうか……。
俺もみんなの背中を追った。
「ねえ……食べたものを片付けないのはまだいいけどさあ、空き瓶を床に放り投げるのはやめない?いつもバラバラに割れて破片の掃除が大変なんだよ……。」
その日のうちに駄菓子屋の電気は復旧し、次の日にはヤムチャの家とミーシャの家が、そしてその二日後にはシンタローの家が、さらに二日後……作業開始から十四日目に集会所に電気が灯って完全復旧した。
俺は電波塔そのものの修理だけで二週間を見込んでいたから、予想よりも相当早く終わったことになる。
これもみんなが手伝ってくれたおかげだ。
そしてエリスはとうとう最後まで倒れずに頑張っていた。
あいつが働き詰めになってくれていたのも大きかったな。
……日記を書くのはこれくらいでいいだろう。
大変ではあったがそれなりに楽しかった二週間だった。
日記も書くことが充実してこれは電波塔修理記録としてまとめられそうなくらいだ。
しかし……一人だと家の中が随分静かだな。
ずっと騒がしいのは困るがみんなで所狭しと一つの扇風機を取り合うのも悪くはなかった。
本当にこの森の住人たちはみんな賑やかだ。
騒がしい日々は明日からもまだまだ続くだろう。
そして俺は博士が迎えに来るその日までここでの生活を存分に楽しむだけだ。
さて、明日はどんな日になるかな?
これでエリスもようやく社畜卒業ということで、ぐうたら生活を送ること間違いなしでしょう。
森の住人たちがアイスに見えるぐらい参っていたようですが、そこからさらに一週間も一日二十時間労働をしていたものだから大したものです。
読者の皆さんは人間がアイスに見えてきたらさすがに休むことをお勧めします……。
間違って齧ったりしたらトラブルになりかねないので……(不味そう)。
番外編は次回で最後になるかと思います。
電波塔修理記録は四回に分けてしまいましたが、次のお話は一回で読み切れる長さになりそうです。
では、次回のお話でお会いしましょう!!!