5-30 三度目の選択
ーー前回のあらすじーー
ヤムチャが拉致されたまま帰って来ない中で、同様に姿を消したはずのキヌタニが翌日には駄菓子屋に戻って来ていた!!
森の住人たちは彼にどういうことなのか説明しろと詰め寄るが、意外にもキヌタニは自分は何もしていないとシラを切り、さらには本当のことを言ったチッダールタを嘘つき扱いしてきたのだ!!
まさか彼らがキヌタニのことなど信用するまいと高を括っていたチッダールタだが、何と嘘つき扱いされたのはチッダールタの方だったのだ!
今まで自分がしてきたことは何だったのか……感情的になり絶望したチッダールタは森の住人たちの前から姿を消した。
数日経ち……今度はコルクが直接森にやって来て、自分たちの仲間にならないヤムチャを他の住人たちの手で説得するように要求してきたのだ!
だがそれに森の住人たちが反発するとコルクは怒りに震え、誰一人として生かさないとばかりに徹底的な空爆で100エーカーの森を壊滅させたのだ……。
生き残ってしまったチッダールタは後日、偶然にも森へと戻って来たキヌタニを目撃する。
彼はヤムチャ以外の仲間が犠牲になったことに納得が行かなくてもう一度、過去に戻って運命を変えてくるなどと大層なことを言ってきたのだ……!
そして彼は気が付いた、自分ももう一度やり直せばいいのでは……と。
再び1995年3月へ戻ろうとしたその時、思わず躊躇ってしまった。
きっと次に時空を越えたらその時は自分の人生が終わりを迎えると気が付いてしまったから。
だが彼はこの人生で出来ることはもうないと、それならば別の自分にこの記憶を託そうとそう思って時空を超え、何も知らないもう一人のチッダールタへ自分の経験を引き継いだのだった……。
そして今回は三度目の……この世界でチッダールタが何を思ってどう行動したかが語られます。
三度目の正直で臨んだ彼の人生にどれほどの価値があったのか……それを考えながら読んでみてください。
こうしてこの……三度目の世界にやって来た私が最初にしたことは自らの亡骸を隠すことだった。
遺体を滝壺に沈め、イルミネーションが付いた服はそのまま拝借することにした。
記憶を引き継いだ私はなるべく以前の私と同じように行動しようと心がけた。
そして以前の私がうっかり忘れていたことや予想出来なかったことに関しては行動を改めてよりよい未来を作ろうと思った。
まずはお前たちを滝壺から救い出した時だ。
意識が戻る前に私が勝手に想像した隕石を落ちてくるイメージをお前たちに送り込んだんだ。
その方が話をスムーズに進められると思ったからな。
もうみんな分かっていると思うが、私は予知夢なんて本当は他人に見せることが出来ないんだ。
……ちなみにシンタローとミーシャが入れ替わっていた光景は私の気まぐれだぞ。
気まぐれのつもりだったのにそんなことを頭の片隅で考え続けていたら、事故でエリスとシンタローが入れ替わってしまったとはな……。
その次に考えていたことはエリスを救うことだった。
キヌタニはエリスに虐められ続けて明らかに精神が壊れ始めていた。
そして前の世界の襲撃ではヤムチャを捕らえるのに、キヌタニはおびき出し役という明らかに代えの効かない役割を担っていた。
ならばエリスにキヌタニを虐め続けさせれば良いのでは?
そう考えたら、彼女を死なせるわけにはいかなくなった。
キヌタニとエリスを洞窟へ置き去りにしたあの日……私は頃合いを見て、ついでにヤムチャとシンタローも連れて夜に洞窟へ向かった。
そして……キヌタニがエリスを滝壺へ突き落とす場面に遭遇したのは全くの偶然だったんだ。
あと少し、向かうのが遅れていたら取り返しの付かない事態になっていたな。
キヌタニは危険な存在だったが、それと同時に駄菓子屋の店主としてこの森に欠かせない……。
だからお前たちが彼を処刑しようと言い出した時は動揺したぞ。
さすがに駄菓子屋を潰す訳にはいかない……私がお前たちに保護観察を提案したのはそれが理由だ。
無事にフジモンを出迎えてこの騒動も終わるだろうなと思っていたその時、未来から……前の世界からもう一人のキヌタニがやって来たんだ。
私には何故だか分からなかった。
どうしてこんな数ヶ月も前まで彼は戻ってきたのだろうか……。
ヤムチャを殺害するなら襲撃で彼を狙撃した麻酔弾を実弾に変えれば済むだけの話だったのにな。
今になって思えば、もしかしたらと思うことがある。
未来からこの時代にやって来ると、その時代にも自分自身がいる。
つまり、もう一度未来に戻ったとしてもそこにはもう一人の自分がいる。
もし襲撃ギリギリのタイミングに戻ってきてヤムチャの殺害に成功した後、邪魔者扱いされてさっさとコルクに未来へ追い返されようものなら、戻った先で彼はどんな処遇になるか分かったものではなかっただろう。
キヌタニは……隙を見てもう一人の自分を殺害し、この時代の彼に成り代わろうとしていたのかもしれない。
現に彼は何故かピストルを携帯して、私を撃とうとしてきていたしな。
だが、そんな彼の目論見も失敗に終わってまた月日が流れた。
私はどうしてもフジモンを救いたかった。
ずっと昔……私に人間らしさを教えてくれた彼を見殺しにするなんてとても出来なかったよ。
私はフジモンが死ぬはずだったあの夜、私はずっとよしだくんの家のそばで張り込んでいた。
ミーシャが家の中に入ったのを確認して私も窓の外から様子を窺った。
彼女が撃つなと思った瞬間、私は外界に放たれる弾丸の運動エネルギーを全て吸い上げて弾薬をその場に全て落下させた。
嫌な予感がするなどと言ってエリスやフジモンの窮地を救ったわけだが、予感などではなくこういう事が起こると私は予め分かっていたんだ。
それからは先ほど話した通り、ヤムチャの身代わりとしてキヌタニを葬って今に至るというわけだ。
私は自分の晩節のために過去に飛んでまでもう一度この森へと戻ってきた。
だがいつしか……お前たちを救うという目的も自分の中で大きくなっていたよ。
お前たちの後悔が私の過去と重なるような気がして……最善の道を進まなくてもいい、だが後悔する選択だけはしないで欲しい……そんな思いで見守ってきた。
この森から脱出出来るチャンスがあると分かった時は複雑な気持ちだった。
外の世界に出れるなんて思ってもなかったから、もしそんな事が出来たら何をしようか……考えたこともなかった。
ここで藻掻いているお前たちを見捨ててまでやりたいことなんて私にはないだろう。
お前たちの生き様を見届けながら人生を静かに終えていく……それが一番の幸せなのかもしれない。
だが……もし私が若かりし頃にこの森から出て行き、人里に戻っていったとしたらどうなった?
それを見てみたくなったのも事実だった。
だから私はフジモンやスタークとともにこの森から出ていくことを選んだ。
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「私の昔話はこれで終わりだ。口を挟むこと無く最後まで聞いてくれて感謝するぞ。」
遂に全てを話してしまったな……。
私はスタークと同一人物であり、実質的に二回も時空を超えてきた……。
そんな私の正体を知って皆はどう思ったのだろうか……?
「思っていたよりも数百倍は壮大な物語だった……。それにしても二度目の世界じゃ私は随分と適当にこの森を処分したんだね……呆れたものだよ。」
コルクは別の世界での自分の行動が気に食わなかったらしい。
「ねえ……チッダールタ……。」
地面を這ってボロボロのエリスがこちらに近づいてきた。
「私ね……心の底からスタークに一目惚れをしていたの。前の世界であなたを無理矢理にでも一緒に基地へ連れて行かなかったこと、ずっと後悔していたわ。だから……コルクに『この残念な結末を変えてくるわ』なんて適当なことを言って過去へ飛ばしてもらったの……本当は計画のことなんてどうでもよかったのよ……私は今度こそスタークと一緒に生きていくんだと決意していた。でも……あなたは自分の力で未来を変えて、ここまで生き延びた。私の助けなんて必要無かったけど……それでも、この世界へやって来たことは微塵も後悔していないわ……!」
そこまで言うと彼女は私の膝にしがみつき、目には涙を浮かべて私の顔を見つめてきた。
「私は……あなたに会いたいだけの一心でこの世界までやって来ました。本当に……久しぶり、私の愛しい人……!!」
涙と鼻水にまみれてぐちゃぐちゃの、とても愛しい笑顔だ……。
エリス……そうだったんだな。
計画や森の住人たちの運命など関係なく、私を救うためだけに……!!
「迎えに来てくれてありがとう……次はもう、お前のことを拒絶などするものか……!」
ただ、嬉しいんだ。
これほどまでに私のことを想ってくれていた人間がこの世界に存在していたというその事実に。
そして悔しいんだ。
これまでその事実に気がつけなかった自分に。
もしあの時に戻ってもう一人の自分へアドバイス出来るなら、迷いなく彼女と生きていくように言うだろう。
「……まさかそんなことのためだけに私をこうも利用したなんて、こりゃもう一周回って関心しかないよ、はぁ……。」
コルクは怒る気力すら無く、ただどこか遠くを見つめている。
「こんな時空を超えたラブストーリーが現実にあるなんて……お前の言っていた『時空を超えて追いかけるほど好き』は冗談でも何でもない、心からの本音だったんだな……!」
プロトンも目元が震えている。
「僕が君に人らしい心を取り戻させていたのか……。だとしたら、この世界の僕は君からとても大事なものを貰ったよ……。」
フジモンの言葉の真意は分からないが、とても優しい顔になっている。
「まさかお前とスタークが同じ人間だなんて想像も出来なかったよ。……全て話してくれてありがとう、一つ前の世界と同じようにもうお前のことを疑ったりはしない。」
シンタローもこちらへ歩いてきた。
「この世界へ来てくれてありがとう。……本当は今よりももっと明るい未来がやって来る選択肢もあったのかもしれないとずっと心のどこかで思い続けていたよ。でも本来なら俺たちはもうこの世に居ないはずだったんだな……だから、今日ここでみんな死ぬとしても俺はお前に感謝しかないし、後悔なんて微塵もないよ。」
本来なら犠牲にならなかったはずのお前たちの家族を巻き込んでしまった……。
それでもそんなことを言ってくれるのだな。
「俺は……もっとお前に構ってやるべきだったと、そう後悔しているよ。そうすれば別の世界でフジモンが成し遂げたようにお前の心を開くことが出来たのかもしれなかったからな。」
よしだくんは少し暗い声でそう言いながらやって来た。
「お前は元いた世界で他人との関わり方を間違えたと言っていたが、それは明らかに相手と環境が最悪だっただけだ。だからお前は何も悪くない!そんなに過去の自分を責めないでくれ!」
彼は私の皺だらけな手を握ってきた。
嘘でもいい、そう言ってくれる人間が一人でもいてくれることがどれほど救いになるか……。
「私はあんまりあなたのことを信用してなかった。そしてスタークと同一人物だって知って余計に信用がなくなったわよ。だけど……、」
シンタローに背負われているミーシャが口を開いた。
「今話したことくらいはさすがに全部信じてあげてもいいかなって思える。ついでかもしれないけど私たちのために未来を変えようとした……それも感謝してあげる。だからこの気持ちくらいは素直に受け取ってよね……。」
彼女は私の目から全く目を反らそうとしない。
これは彼女なりの不器用な真剣さだろう。
「仙人……一番最初の世界とこの世界、どちらが良いかと言われればもちろんこの世界だ。その理由は言うまでもねえ、お前が居てくれたからだぞ。だがよ……誰がどう足掻こうと本当に明るい未来なんて訪れやしねえんだろうぜ……俺が存在する限りはな。」
ヤムチャはただ一人、その場に立ち尽くしていた。
「お前の昔話を聞いてる間に嫌な想像をしちまった。もしも俺が生まれてこない世界があったのだとしたら……ここにいるみんなは今頃何も知らずに家族と平和に過ごしていたんだろうぜ。」
彼はそこまで言うと座り込んだ。
「俺は……どうして生まれてきちまったんだ?勝手に最強戦士だの何だのと期待されて、気がつけば家族と切り離されてやがった。そう思えば今度は身勝手に処分される……俺自身の意志はどこにも介入する余地なんてねえ。」
そしてノコギリを手に持った。
「だから最後くらいは俺の意思で……こんな目を当てられねえような悲劇を終わらせてやるよ。」
お前まさか……!!
でも……私はもう見守るだけだ。
「……後悔はないな?」
それだけは聞いておきたい。
後悔を残した終わり方だけは……絶対にして欲しくない。
「後悔なんてねえ、だからお前ら全員……今から俺がすることをしっかりと目に焼き付けておけ!」
ヤムチャはノコギリを構えて私たちにそう吠えた!
ならばお前のその決断……しかと見せてもらおう。
エリスの頭が悪いことは読者の皆さんならもうお気づきでしょう。
そしてまさかこれだけのために自らがいた世界も、自らが組織の中で築いてきた立ち位置も、全部捨ててやって来るとは……恋は人を盲目にするとはよく言ったものです。
読者の皆さんは恋が原因で盲目になったことはありますか?(ド直球)
周りが見えなくなる……言葉としてはそういう意味で正しいんですよね?
仕事もお金も気にせず一直線……スタークやエリスが普通の人間でそれも街中で出会おうものならきっとエリスの方は仕事をサボってどこまでもスタークの追っかけ(?)をすることでしょう……。
いや、それ以前にストーカーで逮捕されていることでしょう……。
彼らの出会った場所が100エーカーの森だったことはある意味幸運だったのかも……???
って、こんな下らない話をしている場合ではありません!!
何たって次回は第一部の最終回なんですよ!?
長いようで中身はすっからかんなこの物語もようやく一区切りつきます。
最後にヤムチャが下した決断は……?
森の住人たちの運命は……?
スタークたちやフジモンは森から脱出出来るのか?
ボールが転がってスタークたちを追い回していたところから始まった物語も、いつしかボールは転がらなくなってスタークはどんどん影が薄くなりました。
1-1話から付き合ってくださった読者の皆さん(そんな人います??)にもこの五年間で少なからず変化があったでしょう。
そんな中でも、仮に途中からでも読み始めてくださった方……私は読者に媚びるような真似は出来るだけしないと決めてきましたがこんな意味不明な茶番を読むために、流し読みするだけでも時間を割いていただいたこと、本当に感謝しております。
自分の気まぐれすぎるペースでここまで自分勝手な馬鹿たちが暴れ回るノンフィクションを書いて、そんなものを投稿などしていいのかと最初は迷いました。
それでもいざ始めてみるとPV数を気にしないようにしていた中でも、読んで下さる方がいて嬉しかった気持ちは最初から変わりません。
そしてPVが0の日が続いた時には(たまに)ヘコんだりもしました。
完結には程遠いですが、こんな物語も一旦は幕を閉じます。
改めて、次の最終回も最後までよろしくお願いします!!