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100エーカーの森の悲劇  作者: カンナビノイド¢39
第5章 終わらぬ悲劇の中で
154/162

0-26 もう一人の自分へ……

ーー前回のあらすじーー


 1995年の3月に戻って来たチッダールタは物静かに森の住人がどんな暮らしをしているのか見守りつつも、彼らが本来死んでしまうはずだったタイミングで介入して命を救ったのだった。


 彼らの前に姿を現してから、チッダールタはそれなりに森の住人たちと上手く付き合っていけていたようだった。

しかし、今いる世界では起きなかったこともいくつかあったのだ。


 まずはエリスが洞窟の滝壺に落ちて亡くなってしまったこと……。

そしてミーシャによってフジモンは銃殺されてしまった……。


 極めつけはキヌタニの手によってヤムチャがヴェルト・マスリニアに拉致されてしまったこと。

その瞬間を見ていた彼はシンタローにこのことを知らせて駄菓子屋へ急行するのだが、既にヤムチャもキヌタニも姿を眩ませていた……。



 前回ミーシャも言っていましたが、ヤムチャですら捕まってしまうのですから他の住人ならまず逃げることは不可能でしょう。

機関銃の弾は避けれても狙撃に使うようなスナイパーライフルの弾は速すぎて、かつ射程が長すぎてヤムチャにも有効らしいですね。


 読者の皆さんも機関銃の弾をかわしてくるような相手に遭遇した時は、スナイパーライフルに持ち帰ることをお勧めします。

もしそんな相手に気が付かれたら一瞬で間合いを詰められることは確定でしょうが……。

その一方でかなり予想外の出来事もあった。



翌日の昼前……寝坊常習犯のミーシャが起きてから食事をしに駄菓子屋へ行ったんだ。



そうしたら……キヌタニが何食わぬ顔で帰ってきていたではないか!!


きっと彼は自分が襲撃に関与していたことがバレていないとでも思っていたのだろう。



「あれ?今日の朝ご飯は随分と遅かったね。いや、ミーシャはいつも通りかな?それよりもみんな揃って来るなんて珍しいね。」



何事もなかったかのように彼はレジ台のあるカウンター前で椅子に腰掛けていた。





「キヌタニ……ちゃんと説明しろ!!」



突然よしだくんがカウンター越しにキヌタニへ掴みかかった!



「ひえっ!?えっ、よしだくん?きゅ、急にどうしたの!?」



「仙人が昨日、お前の行動を見ていたんだ。ヤムチャが駄菓子屋のそばで倒れて、そのまま店内に連れ去られた。そしてお前はそのそばに居たそうだな。その知らせを聞いてすぐに俺は駄菓子屋に来たが誰も……もちろんお前もいなかった。どういうことなのか説明出来るか?」



シンタローもキヌタニに詰め寄った。



「ひええっ!?そ、そんなあ……ヤムチャのことなんて昨日は見てないよ……!僕がいなかったのはトイレにでも行ってたからじゃない?」



あくまで彼はシラを切るつもりだったようだ。



「つまり、駄菓子屋では何も起きてなかったってこと?」


「そうだよ……!!みんなは僕よりもチッダールタの話を信じるの!?」



どうせキヌタニのことだからすぐに下手な嘘をついてバレるものだと思っていた。





だが私はキヌタニを……いや、この森の住人たちの絆を甘く見ていた。



「確かに、チッダールタの言うことが本当だという証拠もどこにもないわね……。」


「俺は仙人のことを信じたい。だけど……それがキヌタニを疑う理由にはならねえし……。」



 ミーシャはそもそも私のことをあまり信用してなかったようだが、シンタローからもあまり信用してもらえずこれはマズイぞと思った。



「おじいちゃんとキヌタニ、どちらかがうそつきなの……?」



くーちゃんは私たちを失望したような目つきで見てきた。



「私は嘘などついていない。」



「僕だって……!僕はずっとみんなとここで過ごしてきた!その僕がどうしてよく分からない組織の襲撃の手伝いなんてしなきゃいけないんだ!!」



まさかキヌタニがここまで堂々と嘘を吐ける人間だとは思っていなかった。




「そうなんだよな……その点は本当に疑問なんだ。」


「だとすれば怪しいのは仙人だよね……。」



よしだくんとくじらんもどちらかと言えばキヌタニのことを信じているようだった。




「どうして信じてくれないんだ……。私はずっとお前たちのために行動してきたのに……!」



私はつい少し感情的になってしまった。




「単なる消去法だ……納得行かないかもしれないが、俺はキヌタニを信じる。」



よしだくんにもハッキリとそう言われてしまった。




「仙人……お前は今まで俺たちのことをたくさん助けてくれた。だから俺もお前のことを信用していた。だけどな……俺たちにとってお前の正体は分からないことだらけだ。どうして俺たちを助けてくれるのかも、いつからこの森にいたのかも、どこから来たのかも……。普通ならそんな人間の言うことを信じたりはしなかっただろうな。」




 シンタローが私に向けた表情は今までのチッダールタに向けられていたものではなく、どこの誰とも分からない赤の他人に向けられるものだった……。


それがとても悲しく、怒りも湧いてきた。




自分に出来ることは全てやってきたつもりだった。


そこまでしても、私はやっぱり他人との信頼関係が築けなかったのだ。


私のせいではなかったのだろう、明らかに相手が悪かった。




でも……私は完全に心が折れてしまった。




「私のことを信じないのならば勝手にすれば良い。だが、もうお前たちに助言などしないぞ。」



それだけ言い残すと私は姿を消して住処としていた洞窟へ戻った。


洞窟まで帰ってきて姿を現すと、中で拘束されていたもう一人の私……スタークが少し驚いていた。



「うおっ!?て、てめえ……突然出てくるんじゃねえ!!俺様がびっくりするだろうが!」



「やれやれ……お前の身勝手な愚痴を聞いてやるほど今の私には余裕がないのだがな。」


「てめえの事情なんか知ったことじゃねえ!俺様のことを常に意識して行動しやがれ!!」



我ながら過去の自分にもうんざりした私は一度姿を消して、スタークに話しかけた。




「他人の事情か……どうして他人のことをこうも鬱陶しく思うのだろうな?」



「何を訳の分からねえことを聞いてやがる!そんなの他人が俺様の思い通りにならねえからに決まってんだろ……お前もな!!」


「では、他人が自分の思い通りになれば良いと?」


「当たり前だろ!この世の全員が俺様の思い通りになったら最高すぎるぜ!!」



なんて身勝手な……そう思うと同時に一理あるなとも思ってしまった。



 今回だって、皆が私の言うことを思うがままに信じ込んでくれていたら……どれだけ良かったかと思ったことか。



だが、現実にそんな事があるはずもなかったよ。




「他人と関わるというのは……難しいものだな。」


「他人となんて関わってもロクな目に遭わねえに決まってらあ!!このスターク様がおっしゃるんだ、間違いねえ!!」




それを聞いてやはり彼は私自身なのだなと改めて思った。


スタークの言うことを完全には否定出来ない自分がいたんだ。



 色々な人間と出会って私も歳を重ねるごとに少しずつ心境に変化はあったが、性格の根本は意外と変わらないなと……自分のことが嫌いになった。






そして、住人たちとは顔を合わせないまま五日が経った。


相変わらずヤムチャは森に帰ってきてはいない様子だった。



 もちろん彼のことは心配だったが、誰も私のことを信用してくれない以上は何か手を貸す気にもなれなかったし貸しても無駄だっただろう。




そして、昼前だっただろうか。



何の前触れもなくキーーーン!!という甲高い音が響いてきた!!




『はいはーい!100エーカーの森の住人どもー!!北東にある崖の下に集合しなさーーい!!』



そして拡声器を通したようなとてつもなく大きな声が聞こえてきたんだ!!



私は大慌てで洞窟の外に出て声のする方を見た。



すると……電波塔の一番上でヤムチャが磔にされていた!!


遠目でミーシャやよしだくんが崖の方に走っていくのも見えた。



私は何が起きたのかと動揺していたが一度冷静になって、姿を消してから彼らの背中を追った。





崖が遠目に見える位置で私は立ち止まり、住人たちの背中を見守った。




『これで揃ったかな?』




崖の上で戦車から顔を出し、拡声器を片手に喋るコルクの横にいたキヌタニが頷いた。




『さてと、それじゃあ最後の交渉を始めようか。』




彼女はそのまま続けた。




『私たち、ヴェルト・マスリニアは君たちのリーダー、ヤムチャの身柄を預からせてもらった。目的は彼を私たちの仲間に引き入れ、最強の兵士として戦場の最前線で戦ってもらうこと。』




遂にあの計画が実行に移されたんだなと思った。



そして過去に少しだけ思ったあの感情……。




『計画が上手く行けばみんな幸せになっていたかもしれない……。』




この時になって思い出した。




もしヤムチャが組織の要求を受け入れたらあんな悲劇は決して起こらない……。


もう誰も犠牲にならなくていい……。




『その要求を彼は拒否したの。五日間もありったけの拷問をしてやったのに折れないなんてさすがは私たちが見込んだ最強の人間だよ!……でもこのままだと困るから、今日はこの森に住む君たちからも彼を説得してもらいに来たの!』




コルクは電波塔で磔にされているヤムチャの方を指差した。




「てめえら……!!そいつらの言うことに耳を貸すんじゃねえ……!!世界征服がどうとか……訳の分からねえ事ばかりほざいてやがった……。自分たちのことしか考えずに他人を傷つけるロクでナシだ……!!」




ヤムチャはとてつもなく大きな声で崖の下にいた住人たちに呼びかけた!


彼の身体を遠目でよく見ると、全身が傷だらけになっていた……。




『そうだね、自分勝手かもね。もちろん、世界征服も私利私欲のためだよ?でもそれが可能な私たちの仲間にしてあげるって言ってるの。断る理由がどこにあるのかな……?』




コルクは随分と呆れている様子だった。





「ふざけるなーーっ!!!」



最初に叫んだのはミーシャだった。



「ヤムチャがあんたらの身勝手で汚い野望なんかに手を貸すものですか!!私たちは他人を傷つけるような真似なんてしない!!」



「そうだ!お前たちの目的なんて知ったことじゃない!!お前たちが何者なのかは知らないが協力なんてまっぴらごめんだ!!」



シンタローもコルクに怒鳴り散らした。




『君たちにヤムチャを説得してもらおうと思ったのに……やれやれ、ここの森の住人たちは将来のことを考えられない低能な人間の集まりなわけ?』



「他人のことを考えられない方がよっぽど醜いよ!!俺たちはそんな誘惑に乗ったりしない!!」



くじらんも反論した!!




『揃いも揃ってゴミばかり……って、そこ!!何してるの!?』



電波塔の方に目を向けるとよしだくんがヤムチャを助けようとしていた。




『くそっ……!!ゴミは腐って異臭を放つ前に処分しなきゃね!!空挺部隊、出動!!私たちは巻き添えを食らう前にさっさと撤退するよ!』



コルクはそれだけ吐き捨てると戦車の中へ戻り、その戦車も密林の奥へと消えていった……。


 すると今度は入れ替わりで爆撃機が轟音を立てて何機も空からやって来て、手始めにそのうちの一機がミサイルを放った!!



そのミサイルは……電波塔にいた二人を直撃した!




ドカーーン!!という音を立てて彼らは一瞬にして霧散してしまった……。



それを皮切りに他の機体も空爆を開始した!!



あまりの衝撃的な出来事にミーシャたちは逃げることすらせず、電波塔の方を見つめるだけだった。



 落ちてくるミサイルや爆弾の数が多すぎて神通力を使っても耐えきれないと判断した私は、とっさに爆速で移動し洞窟の中へと逃げ込んだ!!





「な、何だ……!?俺様の昼寝を妨げるゴミは制裁してやるって……度が過ぎるだろ!?」



あまりの爆音に昼寝から目覚めたスタークも困惑していた。


念のため、私はそんなスタークも宙に浮かせて洞窟のさらに奥へ避難することにした。





それから一時間は爆撃が続いていただろうか?


爆音が止んでから私は様子を見に、再び地上へと戻った。




森の中は……酷い有り様だった。


形を保っていた建物は駄菓子屋くらいなものでそれ以外は全て灰の山になっていた……。



崖の方へ近づくにつれて、地形の抉れ方が激しくなっていた。


彼らの居た所には集中的に何十発もミサイルを落としたのだろう……。


皆の遺体はとてもじゃないが部分的にすら見つけることが叶わなかった。




くーちゃんの亡骸もきっとヤムチャの家で灰になってしまったのだろう。


どこに居たのか全くもって分からなかった。




そして森の中を一周して洞窟の入口へ戻ってきた時、激しい喪失感に襲われた。




……今回もこんな終わり方をしてしまったのか。




それも今度はよしだくんやエリスまで……。




私がスタークだった時よりもっと悪い未来になってしまった……。




もう、私は他人と上手く付き合っていくことが出来ない……そういう定めだったのかと思った。



襲撃が起きるまではそれなりに上手くやっていけていたのにな……。



そう思っているとどこからかタッキーがやって来た。



『チッダールタ!よくぞご無事で!!!』



「タッキー……みんな、死んでしまったよ。残っているのは私たちとスタークだけだ。」



『あれほど徹底的に相手も攻撃して来るなんて……。それほどに彼らを憎んでいたんでしょうか?』



「組織にとって……あの計画はたくさんの人間が人生を賭けて進めてきたものだ。だとしたら……怒りも相当なものだったのだろうな。」



以前キヌタニの母親にものすごい剣幕で怒鳴られたことを思い出していた。



「そうだとして……もし私があの時みんなに信用してもらえていたら、もっと違う結果になっていたのかもしれない。」



『どうか自分を責めないで……と言っても無駄でしょうね。人間でない僕にも本当は何か出来たんじゃないかって思うんです。』




そうして二人、黙ったままお互いに荒れ果てた地面を見て考え事をしていた。



本当にあの時はどうするのが正解だったのか、今でも分からない。



もしかしたら私がどうあがいても無駄だったのかもしれないな……。




しばらくしてタッキーがこう告げた。



『僕は主と共に不思議な現象に巻き込まれてこの時代へとやって来ました。もしかしたら……これよりも少し前の時代に飛んでこんな終わり方を回避する方法だってあるのかも……すみません、あまりに神頼みが過ぎますね。』



「さすがにもう一度タイムスリップが起きるなど、期待はしないことだな。残酷なようだがそんな低い可能性に望みを託して生きていく方がよっぽど辛いだろう……。」



『そうですよね、この現実を受け入れるしか与えられた選択肢はないのでしょう。……僕はこれから旅に出ます。主が居なくなり従うべき命令もない、だとしたらせめて今からは自分の意志で行動しようと思うのです。もしよければ……チッダールタも一緒に行きませんか。』



 タッキーは良かれと思って言ってくれたことは分かっていたが、仮に誰かと一緒でももう密林の中を彷徨うのは嫌だった。



「済まないが、お前と一緒に行くことは出来ない。スタークを放ってはおけないんだ、あいつはきっとここから動きたがらない。そしてそうなると必ず死を待つのみになるだろう。」



『あなたが彼に固執する理由は分かりませんが、きっと事情があるのでしょう。深くは聞かないことにします。では私はこれで失礼します、チッダールタもどうかお元気で……。』



 スタークのことなど本当はただの言い訳だったのだがタッキーはそれ以上詮索するような真似はせず、あの世界で自分らしい生き方を始めたのだった。





タッキーが森を去った後も虚無感に包まれたまま、私はただ何もせずに過ごしていた。




そして二週間が経った頃……私は偶然にも駄菓子屋から出てくるキヌタニを目撃したんだ!


こちらに気が付いたキヌタニは私の方に近づいてきた。




「チッダールタ……生きてたんだね?戦闘部隊がこれでもかっていうくらいにミサイルを落としたって聞いてたからさすがにもう死んだと思ってたよ。今回の件はチッダールタが本当のことを言ってたのにみんなから嘘つき扱いされて災難だったね。」




 嘘をついていたのは自分で他の住人は全滅したと言うのに、よくもまあそんな『災難』だなんて言葉で普通に片付けられるものだと一周回って感心したよ。



「僕は駄菓子屋の売り物を整理しに来たんだけど、チッダールタは最近どうしてたの?」



「私は……何もしていないよ。再びこんな結末を迎えてしまった自分にはもう何が出来るかも分からないさ……。」




「ふーん、何だかよく分からないけどさ。僕もこんな結末は予想出来なかったよ……。ヤムチャが僕たちの仲間になることを拒んだ時点できっともう彼は生きてられないだろうなとは思ってた。でも、他のみんなまで巻き添えにすることはなかったんじゃないのかなって……。どうせこのまま組織の基地に行っても面倒な仕事を押し付けられそうだし、僕はコルクの作ったタイムマシンで過去に戻ってこの森を救いに行ってくるよ!」




彼はどこか自慢げにそんなことを宣言してきた……。


彼はそれだけ言い残すと駄菓子屋の中へと引っ込んでしまった。




前の世界で彼の母親から聞いた話を踏まえるとキヌタニもすごく必死だったのだろう。


 組織の目的であるヤムチャが死ねばこの森の存在意義も無くなり、彼も他の住人たちと一緒に『本物の』100エーカーの森へ帰ることが出来たかもしれない……その可能性に賭けていたのだろう。




そしてこの時、私は察してしまった。




『全部キヌタニが悪いのではないか?』




彼さえいなければ、ヤムチャが連れ去られることも私が嘘つき扱いされることもなかっただろう。



せめてもの仇……今すぐ殺してやりたい。


だが、そう思った頃にはもう彼は地下に降りてしまっていたのか既に姿が消えていた……。




 彼と再会したのはお互いに時空を超えてこの時代に再びやって来た時……そして先程話した通り、キヌタニは私に殺害された。


 まさか彼とまた再会することになるとは思ってなかったし、彼もその世界の記憶を私が持っていたとは思わなかっただろう。



彼の顔を見た時にはすぐさま殺意を思い出し、殺すことに何の抵抗もなかったよ。



……それこそエリスを殺害したキヌタニのようにな。





 後からキヌタニの言っていたことを思い出して、彼はあんなふざけたことを言っていたのか……と私は思ったがそれはほんの一瞬だった。



私だって時間を遡ってここへやって来た。


それも次こそは上手くやってみせるという希望を持ってな……。


確かに未来は変わったが、そう簡単に望むような結末にはならない……。




それでも彼の言ったことを心から否定する気にはならなかった。



 もし私が過去に戻ろうという時に『どうせ上手く行かないのだから無駄だ』と止められても、間違いなく私はこの時代へやって来ただろうからな。




そこまで考えて私はようやく気がついた。




私ももう一度過去へ戻れば良いのではないか?と。



そう思って私は目を瞑り、時間エネルギーを感じ取った。



相変わらず1995年の3月にはエネルギーの空白地帯が残っていた。




そしてまたその空白に手を伸ばした時、鳥肌が立った。


全身から力が抜けるような感覚がしたんだ。




この時代に戻ってくる時に私は多くの神通力と体力を奪われた。



もし次に同じことをしたら……きっと自分の体はもたないだろうな。


そう確信して一度は戻るのを止めたんだ。




そして今後のことを考えた。



 こんなことになってしまった手遅れな世界で私に何が出来ようか……もはや寿命を待つことしか出来ないのだろう。



そんな余生に何の意味がある?




残りの人生を腐らせるくらいなら……伝えよう。


もう一度戻れば、まだ何も知らないもう一人の私がいるはずだ。


彼に私の記憶を託すとしよう。




そして人生のラストページは彼に飾ってもらうんだ。


きっと次は上手く行く……そう信じて。


そう決心をして私は今度こそ再び1995年3月に舞い戻ってきたんだ。




だがもう……体力は限界に来て、息をすることすらとても大変だった。


 目の前にいたもう一人の私へ記憶を引き継がせる、そのために戻ってきたのだしそれしか考えていなかった。



その一心で私はもう一人の自分へ記憶を引き継いだのだった……。









          過去編第3話

              時空を駆ける者たち     END

 作者は正直、この二つ目の世界でチッダールタがとった最後の行動が理解出来ません。

確かに記憶を引き継いだのは紛れもない別世界の自分自身なのでしょう。


ですがそれって本当に『自分』ですか?


 『自分』は他の世界もこの世界も全部ひっくるめてたった一人のはずです。

もしそこで死に、意識が無くなったら別の自分へ魂が乗り移るわけでもありません。


死んでしまったら『自分』自身はそこで終わりなのです。


 別の世界の自分に未来を託したとて、自分視点では見届けることも出来なければ恩恵もなく何の意味もないはずなのに……。


 読者の皆さんならばチッダールタと同じ行動をとるでしょうか?

それとも自らの生を最後まで全うするでしょうか?



 チッダールタのお話は続きますがこれで一応過去編は終了となります。

ちなみに過去編のタイトルはエリスやキヌタニのことも指して『者たち』としました。

次回からは三度目の……本編の世界の話に戻ります。


 そして実は……第一部は残り二話で完結します。

最後までチッダールタが綺麗にお話をまとめてくれることを祈りましょう!!

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