5-17 時間切れまでは何気ない話を
ーー前回のあらすじーー
森の住人たちとの対面を終えて、家の外に出たコルクはプロトンがまだ何かを隠しているのではないかと疑ってきていた。
本当のことなど言えるはずもないプロトンはエリスを裏切って、正体の掴めないスタークを裏切者に仕立て上げたのだ!!
だがコルクが返してきた返事は意外なもので、彼は裏切者ではないと……そう告げて来たのだった。
どうにかコルクからの疑いを晴らして一安心だったエリスとプロトンは、プラネタリウムに映し出されるまだ見ぬ星空を見上げながら将来のことについて語り合い、そしていつの間にか眠りに落ちていた。
暗い所は眠くなりますよね、プラネタリウムなんて寝るためにあるのではないのでしょうか?
さすがに鼾をかいて爆睡していたら周囲から白い目で見られそうですけどね……。
これはとても疑問なのですが、プラネタリムで寝る人がいるのにお化け屋敷で寝る人がいないのはどうしてなんでしょうか?
まさか本物のお化けが出るわけじゃないし……怖いんですか?(激震)
読者の皆さんはお化け屋敷得意ですか?
それともおどかす方が好きですか?
今回は神通力使いで幽霊みたいなチッダールタと見た目からして怪物なヤムチャのお話です!
容赦なく吹き付ける風はとても冷たい。
また季節は巡って冬になったんだと改めて実感する。
『チッダールタ、これからコルクはプロトンと二人で北三叉路からよしだくんの家方向に向かうわ。南側へ行ってちょうだい!』
透明化の術をかけて仕込んでおいた小型イヤホンからはエリスの声が聞こえてくる。
「おい仙人……こんな寒いのに夜遅くから外へ行こうだなんてどうしたんだよ?」
隣には鋼のような筋肉を纏っていて寒さを感じさせないようなヤムチャが居る。
私たちはよしだくんの家から出て、森の南東エリア、以前にヤムチャの家があった場所まで来た。
少し外に出て二人きりで話をしないかと、連れ出してきたんだ。
「以前、洞窟の中で恋愛相談を受けたが、それくらいなものでお前と二人でこうやって話をする機会がなかったからな。もっと普通の話がしたかったんだ。」
もちろん、連れ出すための口実なのは間違いないが……話してみたいのも本当だ。
「普通の話か……確かにお前と会ってからはずっと慌ただしかったな。お前には助けられてばかりで、それに関係する話ばかりしてたか……。」
ヤムチャは自分の家の残骸を横目で見て言った。
「本当に慌ただしい日々だった……。それでもこの襲撃が起きるまでだが、私としてはお前たちと出会ってからの数か月間は楽しくもあったぞ。」
「そしてこの襲撃で俺たちは日常を奪われた……。その日常がどれだけ価値のあるものだったか……今まで何度も思い知らされた、だが今回は桁違いに強くそう思うぞ。」
……こういう話がしたいんじゃない。
「長い間、お前たちは家族のいない中で暮らしてきた。それでも強く、逞しく生きてきたのだよな……。聞いてもいいことなのかは分からないが、数年経った今でも家族を失ったことで苦しむことはあるか?」
「……昨日プロトンに会って久々にその苦しみを思い出した気がするぜ。決して忘れていたわけじゃねえ、だが……ジョージが殺されて、キヌタニやくーちゃんも……。その度に悲しみが上書きされていくのを感じるんだ。」
「何度も辛いことがあって……こういう言い方しか出来ないが、本当に大変だったのだな……。」
「思えば、家族が居なくなったあの日以来、ずっと何かに脅かされて生活していたな……。たまに強盗まがいな奴がやって来るんだ。決まって全員、切羽詰まって何かに怯えている……。この森は呪われてるんじゃねえのかとも思ったりするぜ。」
「やはり……もうしんどいか?」
「しんどい、か……。そうだな、どうしたらこの状況から抜け出せるのか知りてえかもな。」
「この森以外に行けるとしたら……安全な場所があるなら、移住したいか?」
いかんな……言ってはいけないと思っていたのに。
だが、そんな私の心配をよそに彼は迷わずこう切り出した。
「ミーシャはもう限界で……それで、あんなことをしたんだろうよ。でも……俺たちにとってここは唯一の居場所だ。例え他に安住の地があろうとも、少なくとも俺は移住なんてごめんだぜ!襲撃のあった日……シンタローに言われちまったんだ。俺が弱気になって移住を考えるか、なんてあいつの前で言ったらな、『そんな奴ら追い返せばいい』って返されちまってよ。その場では否定したが俺だってやっぱりここを離れたくねえ!」
そうか……。
私たちはもうすぐここから脱出出来るかもしれない。
それは……彼らをこの、出口のない監獄に置いていくということだ。
それが気がかりだった。
でも、そんな心配は要らなかったようだ。
もしかしたら、と思っていた。
彼らも私たちと一緒に外の世界で新しい人生を歩む選択肢もあるんじゃないかと……。
……少し悲しいが、私と彼らの世界は最後まで決して交わらない運命なのかもしれないな。
「それに、俺たちまで居なくなったらこの森のことを覚えている人間が消えていつかはここも忘れ去られちまう。それだけは嫌なんだよ、昔の幸せだった記憶まで無くなっちまう気がしてな……。」
故郷などなく、何十年も生きている私からすれば変えられない過去も忘れたくないが、それよりも今をどう生きるかが大切……でも、彼らには彼らの考えや人生がある。
「そうか……本当はみんなミーシャのようになってしまうんじゃないかと心配していたんだ。お前たちは本当に強いな……集会所か。」
いつの間にか私たちは集会所の前まで来ていたようだ。
「集会所はずっと変わらねえな……。廃寺は寂れて、駄菓子屋は雰囲気も変わって……もう当時から残っている建物はこれくらいだ。こう思うと、ずっとこの森に住んでいても昔の記憶が思い出せる物がどんどん消えてるんだな……。」
「ずっと昔、集会所は何に使われていたんだ?」
「大人たちが狩りに行く時の集合場所だったり、帰ってきてからの休憩所になってたな。あの頃はもっと慌ただしい場所だったぜ。何せ50人以上は住人が居たからな。」
「そうだったのか……。この森がそれほど賑やかな場所だったとは。」
「今は……当時とは別の世界に来ちまったようだ。……本当にそうなら良かったのによ。だとしたら、元の世界に戻る方法があるかもしれねえだろ?」
「別の世界か……キヌタニは未来から来たが……。もしかしたら本当にそういう世界があるのかもしれない……いや、変に希望を持たせることは言わないほうがいいな。」
「仙人……お前でも別の世界があるかなんて分からねえんだよな。安心しろ、そんなものに縋るほど俺は落ちちゃいねえ!」
「その強さ、私も見習いたいよ。……あの門は、何のためにあるんだろうな?」
森の入口の門のことだ。
ずっと疑問に思っていた。
外の世界には繋がっていないのにどういうわけか存在する門……。
「あの門を閉じてもすぐ横から侵入者は入って来れるしな。確かに門の外には道もねえ。だが……あの門がよしだくんや、恐らくエリスを迎え入れたのは紛れもねえ事実だ。それだけで俺はあの門に価値があると思ってるぜ。」
「昔からあの門は存在していたのか?」
「本当はその昔、門から道が続いてたらしいんだ。だが、いつしか無くなっちまった。ある時から外の世界との関わりを断って、それからはほとんどただの飾りだったようだぜ。」
元々は外の世界との関わりがあったのか……。
今更ながら新しい事実を知ってしまったな。
「どれほどの時代が過ぎてどれだけ見た目が変わろうともここは100エーカーの森、俺の故郷だ。誰にも奪わせねえよ!」
悔しいな……。
もっと、こうやって話しておけばよかった。
ヤムチャだけじゃない。
シンタローもミーシャも、くじらんもよしだくんも、キヌタニも……。
『今度はよしだくんの家から出て駄菓子屋の方に戻って行ったわ。もう戻った方がいいかも。』
どうやら時間切れのようだな。
随分と長い間、この森には世話になったな。
本当は、ここで果てる覚悟も出来ていた。
だが世界を巡る時の流れは変わり、予想もしなかったチャンスが訪れた。
「寒さが厳しくなってきたな……。あまり遅いとみんなが心配するだろうから戻るとしよう。」
「もういいのかよ?だが、仙人の服装はマジで寒そうだな……!じゃあ、帰るとしようや。」
私たちはもと来た道を辿り始めた。
ヤムチャ……この世界でお前たちに出会えたこと、私は感謝しているぞ。
お前たちにとっても私との出会いが無意味ではなかったことを私は願う。
「おい、帰ったぞ……って、シンタロー!何があったんだ!!」
よしだくんの家に戻ってくると、壁にもたれて座り込んでいたシンタローの胸に穴が開いていた。
「ヤムチャ……プロトンだ!あいつが仲間を連れてきた。しかもあの女……襲撃の時にミーシャの足を奪った奴だ!!」
しゃがみこんでいるよしだくんは怒りに満ちた目で自分の真下にある床を見つめていた。
「俺は……正しいことをしたんだろうか?ミーシャの片足を奪った相手の片目を奪ってやったんだ。でも……彼女の姿がミーシャと重なって……。」
シンタローはミーシャを見ながら銃創を押さえていた。
「傷の治りが遅いな……。フジモン、早く帰ってきてくれ。」
自分の傷でここまで苦しむシンタローは見たことがない……。
やはり『あれ』は一定の効果があったのだな。
本当にジョージはすごい、改めてそう思うよ。
「俺の居ねえ間に……よくも!!!」
ヤムチャの腕には力が込められているのが分かった。
「だけど……プロトンの様子は変だったよ。その女の邪魔をしてきたりして、どこか無理やり付き合わされているような感じだった。」
「ヤムチャを死んだことにしろと言ったのも、仲間が来ることが分かっていたからなのかもな……この家にあの女を連れてきた理由は分からないが、もしかしたら本当に……彼は助言をしに来ていたのかもしれない。一度話を聞きに行く必要があるのかもな。」
くじらんとよしだくんはヤムチャのことをじっと見つめていた。
「俺に……あいつを信用しろってか?バカを言うなや、最初から俺はあいつのことを信じてるぞ。だがその仲間の女とやらは……絶対に許さねえ!!!」
だがそう言うと彼の腕に込められた力はみるみるうちに抜けていった。
「だがよ、死んだことになっている俺にどうしろって言うんだ?あいつに話を聞きに行くとしてもまたその仲間と出くわすかもしれねえんだろ?」
「それなら俺が行くさ。何でもかんでもお前に任せっきりじゃ居られないからな。それに、彼とは話してみたい……。博士の近くに居た彼なら……俺が居なくなった後の博士の話が聞けるかもしれないからな。」
よしだくんはずっと俯いたままそう淡々と喋った。
まだ彼はドーベル将軍が生きていることを知らないのだったな。
プロトンはそのことをさっき知ってしまったようだが……もうよしだくんもドーベル将軍と会っていい頃だろう。
そして、私も覚悟を決めなければならない。
「よしだくんはプロトンと会ってくればいいだろう。そしてシンタロー……ミーシャを助けたいなら私に秘策がある。」
それを聞いてシンタローは目の色を変えた。
「ひ、秘策!?いっ……てえ!!」
慌てて立ち上がろうとして撃たれた傷が響いたらしい。
「な、何だそれは??」
「恐らく、私よりもお前の方が詳しいと思うぞ。私は話で聞いただけだからな、お前は一度体験しているだろう?」
「体験した……それってまさか……??」
「ああ、ミーシャの精神面に私と二人で入り込むんだ。」
それを聞いたシンタローの反応は意外と淡白なものだった。
「あれは……考えてることがバレバレになるから少し抵抗がある……それ以前にあの力はジョージの特殊な魔術なんじゃないのかよ?」
「確かに私の神通力だけでそんなすごい技を使うことは出来ない。だから、ここはジョージの力を借りようと思うんだ。」
「ジョージの力って、そんな事が出来るの?」
「くじらんも疑問に思ったか……。みんなは気づいていないと思うが、彼はこの世界に多くのエネルギーを遺していたんだ。」
彼は本当にすごい魔術師だったのだろうな。
襲撃の前に私が破壊した『あれ』も自分の神通力だけではびくともしなかっただろう。
「つーことはだ、そのエネルギーを使えばまた例の技が使えるってことかよ?」
「そういうことではあるんだが、ここではエネルギーが足りないんだ。共同墓地でないと上手く行かないだろう。」
「むしろ共同墓地でなら出来るんだな。でも……。」
シンタローはまだ迷っているようだな。
「あの時、飛び降りたミーシャを助けたのは俺の我儘でしかない。とっさの行動が正しかったのか……分からないんだ。」
「そんな……!助けなきゃよかったなんて本気で思ってるの!?」
「悪いが本気も本気だ。これ以上ミーシャを苦しめてやることが正しいわけないだろ……。」
「俺だってミーシャには助かって欲しい。だけどあいつの言葉を聞いて、とっさに動くことが出来なかった……。」
よしだくんはまだ俯いたままだ。
「ならよ、直接ミーシャにどうしてえのか聞いてこいや。」
ここでヤムチャが口を開いた。
「幼馴染みなんだから我儘ぶつけるくらい今更どうってこともねえだろうがよ?お互いに本音で語り合えばいいだけの話だろ。」
「ヤムチャお前……いや、そうだな。俺とあいつの間に遠慮は無しだ。どんな結末になろうとも……最期に話せるいい機会になるかもしれないしな。」
「最期って……!!」
「いや、本当に最期かもしれないな……。なあくじらん、シンタローが本気でそう言うのなら……もう俺たちにはどうしようもないだろ?」
よしだくんはさっきから本当に顔を上げようともしない。
もしかしたらシンタローよりも彼の方がこの現実を受け入れる準備が出来ているのかもしれない。
「私も出来る限りのことはしよう……だが、どんな結末にするかはお前たち次第だ。」
……そう、この件に関してはもう何があっても私は手助けしかしない。
力を借りる代わりに結んだジョージとの約束だからな。
『本当は俺の力を使えばまたミーシャを連れ戻すことは出来るかもしれない……でも、それが正しいとはどうしても思えない。俺の伝えたいことが分かるか?』
「(私も今まで彼らを救ってきたが、あくまでただの手伝いをしただけだと思っている。今回もそうだ、彼女を連れ戻すのは私じゃない……。)」
『ここは彼らが必死に生きている100エーカーの森、だから俺もなるべく大きな干渉はしないようにしていたんだ……あの時以外はな。』
「(結局、私とお前は似た者同士なのだろうな。何でもかんでも自分の力でどうにかしようとしているわけではないのだから。)」
『言われてみれば、な。だとしたら、俺の分まで彼らの進む未来を見届けてやってくれ。お節介な神通力使いさんよ。』
だから私は見届けるだけだ。
何があっても、どのような結末になろうとも。
作者は知らなかったのですが、イヤホンの誕生は1982年頃だそうで意外と古いのですね。
正直、ポケベルより後だと思ってました……。
ですが1995年にはもちろんワイヤレスイヤホンなど存在するはずもなく……透明に出来なければ一瞬でヤムチャにバレていたことでしょう。
おじいちゃんなチッダールタはイヤホンなど使ったことが無かったはず……。
もしかしたらプロトンから耳への付け方を教わり、テストで音声が送られてきた時には耳へダイレクトに音声が流れ込んできて、テレパシーとはまた違う感覚に戸惑ったことでしょう。
あんなただの紐から音声が送られてくるなんて糸電話じゃあるまいし……。
と言うのは作者の考えが古いのでしょうか……?
次回はよしだくんがヴェルト・マスリニアに立ち向かいます!!
彼はプロトンのもとから無事に帰って来れるのでしょうか?