5-16 まだ見ぬ星空を……
ーー前回のあらすじーー
森の住人たちと顔を合わせたコルクはまず、襲撃の際に対峙した眠っているミーシャに気が付いて頭部に傷があることを不思議に思った。
彼女に触れようとするも、それより早くシンタローの逆鱗に触れてしまい彼女の喉にはダーツが突き刺さってしまう。
それにイラついたコルクも本気でシンタローを消そうとして容赦なくピストルを向ける!!
だがその勝負は最終的には胸に被弾しながらもシンタローがコルクの右目をダーツで突き潰したところで、彼女が飽きてしまったらしく中断となった……。
死闘の途中で飽きるなんて相手が悪ければそのまま殺られていたでしょう……。
この切り替えの早さは戦場で知り合いの味方が絶命した時には役に立つかもしれません。
「そんな奴、うちの部隊に居たっけ??」コルクなら言いかねないでしょう……。
もしかしたら本当に彼女は戦死した仲間の存在をすぐに忘れることが出来るのかも?
カレーを食べると忘れたいことを忘れられると昔聞いたことがありますが、改めて調べてみるとカレーは認知機能の低下を防いでくれるんだとか……。
もし今夜、読者の皆さんの食卓がカレーだったとしたら普段より記憶力が良くなっているか、ちょっと意識してみてください……。
「さて、コルク……彼らは今、絶望の淵に立たされている。それはよく分かっただろう。」
「そうだね……随分とバカだったよね?」
え……?
今なんて??
「自分が生き残ったっていう、そのことだけでも前向きに考えられなかったのかな?あの子たちは視野が狭いって言うか……頭が悪いのかな?」
は……??
本気で言って……いや、本気だろう。
お前は人の気持ちを理解することが出来ないのか?
「まあとりあえず、任務は上手く行ったようで良かったわ。あの骨の山を見れば私たちの仲間が居ないのも納得がいく……でもプロトン、君はまだ隠し事をしてるんじゃない?」
コルクは俺の顔を覗き込んでくる。
……何だ?
ヤムチャのことは隠し通したはず……!
……それとも、
最初から全部お見通しなのか!?
月明かりに照らされた彼女の表情からは何も読み取れない。
無表情ではないのにどんな顔かと言われれば表現出来ない、ある意味向けられて一番恐ろしい表情だ……。
いや、カマをかけられている可能性もあるんだ!
だとすれば、最善の選択は……。
エリス、済まない……。
俺は決意して口を開いた。
「コルク、今回の作戦で俺たちと森の住人の争いに横槍を刺した第三勢力がいる可能性がある。キヌタニが死んだのはそいつが原因かもしれなくてな。」
「前にも怪しい奴が何人か森に住んでいるとは言ってたね。それで、何が言いたいの?」
「その第三勢力に属すると思われる人物と会ってみないか?」
「な、何ですって……!?もう特定したって言うの!?」
コルクは驚きの表情に変わった。
さっきの表情を続けられたら正直、怖かったぞ……。
「確信はないが……可能性は十分にある。そいつの所に案内するか?」
「ええ……プロトン、まさか君がそこまで探りを入れていたなんて驚いたよ!」
「じゃあ、駄菓子屋の近くに戻るぞ。」
彼が本当にそうかなんて実際全く分からない。
だが、キヌタニの仇は俺としても取ってやりたいんだ。
そのためならコルクだって協力してくれるはずだろう。
駄菓子屋の前まで来た俺はコルクに双眼鏡を渡した。
「ここから見えるといいんだが……。」
洞窟の中を二人で覗き込む。
「もしかして……『あれ』のことを言ってるの?」
「ああ……『あれ』で間違いない。」
『あれ』とは……洞窟の中で手足を鎖で拘束されて必死に藻掻き続けているスタークのことだ。
彼と一緒にここから脱出したがっているエリスを裏切る形にはなるが、やはり彼は信用出来ない。
いくら協力しているとは言っても、エリスはスタークに拘る理由を教えてくれないし、それなら俺は自分の信じる道を行くしかない。
「なるほど、これが君の隠し事だったのね。どうしてわざわざ隠していたのかは知らないけど……ちょーっと、これは期待外れだったかな?」
期待外れだと?
やっぱりヤムチャのことを隠していると思われてたのか!?
「プロトン、残念だけど私は彼を知っているわ。確かに森の住人でもなければ私たちの仲間でもない……だけど、スタークは裏切り者じゃないの。これに関しては君の落ち度じゃないよ?彼を見たら怪しいとは思うだろうからね。」
コルクの知り合い……!?
だとして何故この森に居るんだよ?
「結局……彼は何者なんだ?」
「それは秘密よ。……私とドーベル将軍だけのね。」
ドーベル将軍??
彼がスタークと関係あるのか??
何にせよ、彼が裏切り者でないという事実はコルクの勘以外のちゃんとした根拠に基づいているんだろう。
そしてこれ以上は何も教えてくれなさそうだ。
「これで俺の案内は終わりにしたいところだが、まだ気になることはあるか?」
「いや、もういいかな?今のところは君のことを信用していいと思ってる。だから今日は帰るね。」
それだけ言うと彼女は俺のことを置いてさっさと駄菓子屋の中に入り、エレベーターの起動ボタンを押そうとしていた。
「ああ、待て待て!俺も地下に行くっての!!」
慌てて俺もエレベーターの方に駆け寄った。
地下に戻るとエリスは倉庫の一角に立ち、物思いに耽っているようだった。
「もう夜も遅くなってきたし私も早く帰って寝たいところだけど……おーい?」
コルクはエリスに近付いて彼女の目の前で手を振った。
「え?……ふあっ!?ふ、二人とも……!戻ってたのね!!って!!その目!何があったのよ!?」
「この目は必要な犠牲だったの、別に大したことじゃないわ。で、君は何をしてたの?どうやら目を開けたまま気を失ってたわけじゃないみたいだけど?」
いや……さすがにそれは違うことくらい分かるだろ……?
まさか目を開けたまま気絶する人間がこの世にそうそういるとも思えないしな……。
「あーー……えっとね、この駄菓子屋が役目を終えた今、この倉庫はどうなるのかな……って、考えてたのよ。」
「なるほど……確かにそれは考えてなかったなあ。こっちに荷物を送る必要もなくなるしね。もうここは放棄しちゃうことになるかな?」
「で、でも……ここには高値な売り物やあの通信機器だってあるのに……。全部ここで腐らせるつもりなの?」
「そりゃもちろん、もったいないけど……どうしたの?そんなことを心配してたわけ?」
「何と言うか……気になりだしたら考えるのを止められなくなっちゃって……。」
「まあ……まだまだ使える武器とかもあることだし、貴重品は少しずつ運び出しますか。じゃあ二人とも、早速だけど手伝ってね?」
……え?
結局俺も巻き込まれるのかよ……。
でもこの量は……一人じゃ無理だな。
俺は改めて倉庫を見渡してそう思った。
で、結局三人で一通り戦闘用の売り物を大きくもない列車に詰め込んだ。
「さてと、この武器はアフリカへの遠征部隊に送ってやるとしますか……向こうはかなり押されているようだしね。じゃあ、また明日に荷物を取りに来るから。私が来るまでに日持ちがしなさそうな食料品をまとめておいてね?」
それだけ言い残すと彼女は列車を発進させて暗いトンネルの中へと消えていった。
……どこまでも人の話を聞かない上司だな。
あんなのが毎日そばにいたら気が狂うぞ??
「はぁ……お疲れ様。あの様子だと上手く行ったのかしら?ねえ、あの左目……争っているような音は聞こえたけど、一体何が?」
「シンタローがあいつの目を潰した。ミーシャの足の仇だとさ。」
「そう……なのね。本当に必要な犠牲だったのかしら?……とてもそうだとは思えないけど。」
エリスはまだ真っ暗なトンネルの先を見つめていた。
「あいつは片目を潰されても余裕そうにして、彼らのことを煽っていたよ。もしかしたら『もっとポジティブに考えろ』って言う彼女なりのメッセージだったのかもな。」
そんな態度をとられた側からしたら、そのメッセージも伝わりようがないけどな……。
「お前も指示出しご苦労だったな。ヤムチャとチッダールタは見かけなかったがお前が誘導してくれたんだろ?」
「あなたがコルクの位置を教えてくれたから出来るだけ遠ざけるように誘導させたわ。そろそろ家に戻っている頃じゃないの?」
「ヤムチャがさっきの出来事を知ったらどう思うかな……次に会ったら俺が殺されそうだ。」
「それはないんじゃない?……いやごめん、分からないかも。だったら会わなきゃいいだけよ。」
「会わなきゃいいって……本気で言ってるのか?」
俺はつい感情的になってしまった。
「俺は彼らを幼い頃から知っている。もう会うななんてそう簡単に割り切れるものか……!」
「ねえプロトン、よーく聞いて?」
だが、エリスも真顔で俺に言い返してきた。
「私たちの中だとヤムチャはもう死んでいるっていう認識なのよね?もう居ないはずの人間に何度も干渉をするのはあなたも彼らも危険が伴う……分かるわよね?」
「……何でそんな正論を突き付けてくるんだよ。」
反論出来ない。
これ以上の干渉はお互いのためにもならないんだから。
やっと会えたと思ったのにもうお別れをしなければならないなんて……。
でも……。
「これからこの森はどうなる?俺たちが居なくなった後……彼らは生活出来るのか?」
「もちろん生活が成り立たなくなる可能性だって十分にあるわよね。でも、それを分かっていてヤムチャを助けようとしたんでしょ?」
「俺は彼に生きて欲しい……でもその結果、不幸になるなんて……。」
「不幸、ねえ……部外者の私に言われるのはすごく腹が立つかもしれないけど……この森に居る時点である程度不幸みたいなものでしょ……ごめんね、こんな言い方しか出来なくて。」
エリスの言い分は正しい。
ここにいること自体がどれだけ幸せを奪われているか……俺にも痛いほど分かる。
「別に怒ったりはしないさ。でも……生きていれば何とかなる、ってこれじゃあ言ってることがコルクみたいだな。」
「生きてさえいれば……か。いや、本当にその通りだと思うわ。」
そう言うエリスはどこか遠い場所を見つめていた。
「でも、とりあえず今は作戦が上手く行ったことを喜ぶべきよ。……ほら、肩の力を抜いてっ!」
エリスは急に強く俺の両肩を叩いてきた!
「き、急にびっくりするじゃないか!」
「今日は布団を隣に敷いて二人で休みましょうか。……まさかあなたとこうやって隣り合わせで眠る日が来るなんてね。」
「そうだな……本来ならばこうやって直接話すことなど無かったはずだからな。」
少しだけ、エリスの発言に何とも言えない違和感を感じた。
でも、その違和感はすぐにどこかへ消えた。
「じゃあ布団を敷いて……そうだ、倉庫にあれはあるかしら?……えーっと。」
エリスは布団を敷こうとして、何かを思いついたのか倉庫の中を片っ端からまさぐり始めた。
「多分ここに……あったあった、プラネタリウムセット!!これで星でも見ましょう?」
「星って……そんなもの、外に出ればいくらでも見れるだろ。」
「あなた知らないの?ここの夜空から見えるのものが全てじゃないってこと!」
どういうことだ??
彼女はウキウキしながらプラネタリウムを天井に写し出す準備をしていた。
照明の消えた倉庫の高い天井に星空が映し出されている。
「これがいつもこの森から見えてる星空ね……。」
「ああ、変わり映えしないな。」
「そんなことを言えるのはちゃんと空を見てない証拠よ?」
布団に寝転がったままエリスはリモコンのようなものを操作する。
「これも見覚えがある気がするが、さっきとは別の場所なのか?」
「これは夏の空なの。季節によっても見える星は違うのよ?」
……知らなかった。
確かに言われてみれば、ふと見上げた時に違う星が見えていたような気もする。
「でも結局全部ここから見えるってことだろ?」
「だとしたらわざわざこんな機械を準備したりしないわよ。……世界ってね、すごく広いのよ?」
エリスは再びリモコンを操作した。
「世界のどこに居るかで見える星は変わってくるの。これは南極から見た空ね。」
「さっきと全然違うな……。」
「今映っている星座たちはこの森からじゃ決して見れないの。」
「そうなのか……じゃあ、俺は本物を見ることが出来ないんだな。」
「それでもお別れをする前に、世界はもっと広いってことをあなたに教えてあげたかった……残酷だったかしら?いや、でもどうか諦めないで欲しい。」
世界は広い、か。
俺の知っている世界は普通の人たちから見たらとても狭いものなんだろうな。
「お前はこれから自由になる。そしたら、この星空を実際に見に行けるんだな。空だけじゃない、集落も文化も食べ物も……様々な物を見ることが出来るんだろ?」
「ええ、きっと見に行くわ。みんなの分までね。でも、いつかあなたたちにも見て欲しい……。」
隣から静かな寝息が聞こえてきた。
いつかみんなで南極の星空を……。
そのためにも生きてさえいれば何とかなるのだろうか?
それを考えるのは……明日でもいいだろう。
見たこともない星空を眺めていたら、いつの間にか瞼が重くなって目を閉じていた……。
星たちが発する光は何年もの年月をかけて宇宙空間を突き抜け、地球までやって来ます。
つまり光がここまで辿り着くまでにかけた年月だけ私たちは過去の世界を覗き込んでいることになります。
決して遠くの星たちの現在の状況をリアルタイムで知ることは叶わないのです。
でもそれは遠く離れた星たちに限ったことではありません。
我々が普段見ている景色もその場所から自分のもとへ光が届くまでの時間分だけ過去を覗いているのです。
だから他人から見える自分と言うのは少なからず過去の自分だと言っても過言ではありません。
そんなこと言ったって、どうせ一瞬の違いでしょ?……というのは正しいです。
でも過去は過去なので現在の自分のことは自分にしか分からない……。
他人が何を言おうとそれは大してあてにならないと言うことですね。
それにどこからどう見るかで物の見え方など簡単に変わってしまいます。
だから何がどう見えていて、他人といくら違おうともそれはきっとおかしなことではないはずです。
次回はヤムチャとチッダールタの『世界』についてのお話です。
読者の皆さんは今ここにいる世界が本当に実在する物なのか考えながら次回をお待ちください……。