5-5 医者の責任
ーー前回のあらすじーー
キヌタニが墓地に埋められてしまうと言う情報を得たプロトンは彼を再び蘇生させ、そのことを伝えて必ず助けるとそう告げた。
だがキヌタニは……『もういいから』と、生きることが辛いとそう本音を漏らしたのだった。
翌朝、彼は森の住人たちとプロトン、そしてスタークに見届けられながら今度こそ本当に、短くて不幸な生涯を終えたのだった……。
『人生の終わりを見届けてくれる人がいるだけ、幸せだとは思えなかったのかな?』
前回のお話を読んだ上でこんな感想が出てくるなら化け物級のポジティブ人間です。
それはもはやあなたの強みです、誇りに思ってください。
そうは思えなかった読者の皆さんは、一か月ほど断食をして是非メンタルを鍛え直してください。
断食は(長期的に見て!)本当に心が安らかになるのでお勧めです!!
どうしても空腹が我慢出来なくなったら、ダンゴムシでも食べて飢えを凌いでください。
フジモン……何でこんな時に限って足が速いんだよっ……!
キヌタニが……燃えていた……それはもちろんショックだったよ!
でも、走ることを止めちゃダメだ。
フジモンを追いかけることが今、この俺に……くじらんに出来ることなんだから!
「くっ……密林の中に入った……猪に襲われたりして危険なのに!」
100mくらい前を走り続けるフジモンを諦めずに俺も追った。
「こんな視界の悪い所……どこに行ったのー!?」
俺も密林に飛び込んで試しに叫んでみたけど、もちろんフジモンからの返事は聞こえてこない。
「でも足場が悪いからそんな遠くには……いたっ!!ねえ、そんなところで何をする気なの!?」
フジモンは真上を見た俺のすぐそばの大木に登っていた。
「く、くじらん君!止めないでくれ!!僕はもう……自分の命で償うしかないんだ!!」
フジモンは太めの枝の上に立つと、木に纏わりつくツタを器用に束ねて輪っかを作った。
「こうでもしないと……僕は自分が許せない!」
フジモンはその輪っかの中に首を通した。
えっ!?
それってもしかして、ドラマのワンシーンとかで見たことある……!?
「ちょっと、何考えてるの!?落ち着いてよ!!」
俺もフジモンを追いかけて木に登った!
「医者が人の命を奪っておいて冷静になれるもんか!!もう……終わりだー!!」
そのままフジモンは足をつけていた枝から飛び降りた!
そして彼の体は首にかかったツタだけで支えられて宙ぶらりんになった……。
「フジモーーン!!!」
間に合わなかった……。
どうしてこんなこと……。
ギリギリ彼に追いつけなかった俺は、ツタがぶら下がっている木の枝に立って彼を上から持ち上げようとした。
でも彼の体に手をかけた時、彼の首にかかっていたツタがブツリと切れちゃった!
「えっ、あっ、あああーーー!!!」
そしてそのまま二人で木の枝をバキバキと何本もへし折りながら地上に落ちた……。
「いたた……ふ、フジモン……?」
「……………。」
フジモンは微動だにせず、息もしてなかった……!
「ねえ!しっかりしてよ!!!」
体を揺すっても全く反応がない……。
そうだ!心臓マッサージ!!
もし何かあった時にためにって、以前フジモンが教えてくれたんだ!!
「このあたりを……はっ、はっ……!」
絶対に助けるんだ!!
俺はフジモンの胸骨を圧迫する!
「ねえ、まだ俺は……診察をしっかり受けてないんだよ?まだお前の仕事は終わってない!!」
やっぱりこれ……かなり体力が要る!!
「こんな償い方間違ってる!!もっと……他にっ!」
でも、ここで止めたらフジモンは……!
助けられる人が要るなら全力で救う……彼はそう言っていた!!
お前に大切なことを教えてもらったんだ!!
この恩は絶対に返す!!!
「ミーシャだってっ、よしだくんだって、仙人だってっ……フジモンの患者じゃないの!?お前は……患者を見捨てるの!!?」
嘘つき……!!
お前にはまだ助けられる患者が沢山いる!!
「ここで逃げるなんてっ……それこそ医者失格だーーっ!!……はっ!!」
「ふうっ……うう……すう……。」
心臓マッサージを始めてから二分くらいが経ったかな?
彼の息が戻った……!
「はぁっ……よかった……!森に、戻ろう……!!」
息が苦しい……。
でも早く、みんなの所に戻らなきゃ……!!
俺はフジモンを背負ってさっきの火葬場に戻ってきた。
もう……走れない……!!
俺はフジモンを背中から降ろして地面に寝かせた。
そして近くでは全てを諦めたような表情のヤムチャが座り込んでいた……。
「ああ……かなり早かったな。そりゃ、お前にかかりゃあすぐに捕まえられるか。」
ヤムチャはこちらを見ると表情を変えずに言った。
「そんな……冷静になってる場合じゃないよ!フジモンは……首を吊って、死のうとしたんだ!さっきまで、息もしてなかったし……!」
そこまで俺が言うとヤムチャはスッと立ち上がった。
「何だと……!?それで……?」
「心臓マッサージで、息は吹き返したけど……まだ何も、返事がないんだ。」
「そうか……いや、よく心臓マッサージなんてとっさに出来たな。仕方ねえ、よしだくんの家で様子を見るとしよう。」
「うん……他のみんなは?」
「シンタローはくーちゃんを探しに、仙人とミーシャはそれぞれ洞窟と集会所に帰ったぜ。」
くーちゃん……さっきは本当にどうしたんだろう?
そのことを疑問に思いながら俺はヤムチャと一緒によしだくんの家へと向かった。
フジモンをベッドに寝かせた時、首にガッチリとツタが食い込んだ跡が見えたんだ。
それほどの体重が首にかかったら……すぐにツタが切れて本当に良かったよ。
「くーちゃんの方が早く見つかると思ったんだけどよ……そんなこともなかったな。」
と、その時ヤムチャのポケベルがけたたましく鳴った!
「うおっ!シンタローか?」
ヤムチャは通話に出た。
「もしもし?ああ……タッキーが密林に出たがってる?……それはマズイな、この俺がくーちゃんを直接助け出して……あ?……ああ、そうだな、タッキーに任せるとしよう……。」
通話相手はやっぱりシンタローだったみたい。
ヤムチャは一瞬、『この俺がくーちゃんを直接助け出して』の部分だけすごく声が大きくなったけど、すぐにしょげて通話を切った。
「どうやら、くーちゃんは森の外まで行っちまったらしい……。タッキー、くーちゃんを頼むぞ……。さて、俺は次に何をすればいいんだ……?」
ヤムチャは森のリーダーでいつも頼りになるけど、最近はあまりに色々と事件が起こるからさすがに困ってるみたい……。
ここは俺が助け舟を出そうかな!
「ヤムチャは家が粉々になっちゃったんでしょ?自分の家もないのに他のことを頑張ろうなんて無茶だよ。まずは新しい家を作って落ち着こう?」
「そうか……そうだよな。いつまでも他の場所で寝泊まりするわけにもいかねえしな!じゃあ、駄菓子屋まで建材を取りに行くか!!」
よかった、俺でも役に立てたみたい!
そうして俺たちは駄菓子屋に行くことにした。
駄菓子屋に入ったヤムチャは建材売り場の前で足を止めた。
「思うんだ……。もう駄菓子屋が使われることもねえ。そうなった時、きっとここは取り壊して……キヌタニの記憶もきっと薄れちまう。だから……新しい家なんていらねえ、俺はここに住むぞ。」
ヤムチャはそんなことを考えてたんだ……。
でも店主のいない駄菓子屋の建物は、きっといずれボロボロになって崩れ去ってしまう……。
ずっと昔から見慣れてきた光景が無くなる……それを想像しただけでもすごく嫌だなって思った。
「いいと思うよ。駄菓子屋がなくなるのは俺も辛いからさ。みんなもきっとそうだよ!」
「そうだよな。じゃあ随分と店内も荒れちまってるし、まずは掃除から始めるとしようぜ!床に散らばった売り物も整理するぞ。」
キヌタニ……お前のことは絶対に忘れないよ。
それから、売り物を片付けて、商品棚も解体したよ。
どこに何の家具を置くか決めて……いや、家具は全部シンタローが作ってくれる前提でやってるの、明らかにおかしいよね??
まあ、確かに家具ならシンタローにお任せなんだけど……。
「床は少し古いが……改装しすぎて面影が無くなるのも良くねえからな。こんなもんでいいだろ。……これだけの売り物がある店を一人で長い間よく切り盛りしてたな。何の取り柄もねえ役立たずだなんてよしだくんは前に言ってたが、普通にすごいぞ……。どうして俺たちはそれに気づいてやれなかったんだ。」
「そうだよね。それなりの広さがあって、何百種類の売り物を一人で管理して……。」
本当に凄かったんだな、キヌタニは。
声には出さないけど心の底からそう思える。
きっと俺たちが来ていない夜中の間も働いて、すごく大変だったと思う。
そんな替えの効かない人間だったからこそ……ここはもう駄菓子屋じゃなくなる。
「……さて、ミーシャやフジモンの様子でも見に行ってやるか。」
「ミーシャならそっとしておいた方がいいぞ。」
い、いつの間にかシンタローが駄菓子屋の入り口に……一体いつから!?
「シンタロー……何をしてるのか分からねえと思ったらミーシャの所にいたのか。」
「……まあ、少し気になっただけだ。しばらく一人になりたいんだとさ。で、今の言い方だとフジモンは見つかったんだな?」
「……見つかったぞ。自殺未遂をしていたけどな。」
「とっさに助けたけど、まだ意識はなくて……。」
それを聞いたシンタローは目の色が変わった。
「何だと!?……それほどにショックだったんだな。もちろん、あれを見て何も感じない方がヤバいとは思うが。」
「もう自分の命で償うしかない、って言ってたよ。……でも、そんなの間違ってるよね?」
「……自殺しようとするくらい思い詰めたんだ、あいつは裏切り者な訳がない。なら、仲間として教えてやらなきゃな。命を捨てて償うより、命を救って償えってな。」
シンタローも俺と同じ考えで安心したよ。
「んじゃ、フジモンの様子を見に行くか?……目が覚めてるとは限らねえがよ。」
「寝てようが叩き起こしてやるさ。また自分の命を投げ捨てようとする前に行ってやろうぜ。」
俺たちはよしだくんの家に向かった。
「フジモン……起きてるか?」
ヤムチャはそう言いながら、この前彼によって破壊されたドアを除けた。
「!!!や、ヤムチャ君……くじらん君とシンタロー君も一緒かい……。」
俺たちが家に入った時、フジモンはベッドの上で起き上がっていて酷く動揺していた。
手には注射器が握られていて……医者としてまた何か考えを巡らせていたのかな?
「とりあえず、意識が戻ったようで何よりだ。なあ、フジモン。俺は……、」
「来るんじゃない!」
シンタローがフジモンに近寄ろうとした途端、フジモンは突然叫んで注射器の針を自分の左腕にあてがった!
い、一体どうしたって言うの!?
「さっきはパニックになった勢いであんなことをしてしまったけど……今は冷静になって、それで考えたよ。やっぱり僕はこの命をもって罪を償うべきだってね。この注射器の中身は毒物さ、打てば時期に心臓が止まる。でも……まだ覚悟が出来てないんだ。それまでは一人にしてもらえるかな?」
「そんな……どうしてそういう考えになっちゃうの?」
「くじらん君……僕はね、自分がこの世に生きている意味を悟っているんだ。目の前の人間を救う、それが僕の使命だったはずなんだ。店主を救えなかった以上、もう僕の生きている意味もない!」
「急に何を言い出しやがる……。キヌタニが死んだのはてめえの責任じゃねえ!!」
自分が生きている意味なんて……そんなことに正解なんてないはずなのに!!
ヤムチャが怒鳴っている時、どこからかガチャリという小さな音が聞こえてきた。
「違うね、あれは僕の責任さ!!僕がしっかりと彼の死亡確認をしていれば、助けられたかも……いや、絶対に助けられたんだ!!」
そう叫ぶ彼の注射器を持つ手は震えていた。
「ミーシャも、仙人も、よしだくんだってお前のことをまだ必要としてるんだぞ?それでもお前は死ぬことを選ぶのかよ!?」
シンタローも口調が激しくなった。
「僕はワガママだね……。患者を見捨てて死のうとしてるんだから。でもどうか、こんな僕を許してくれたま……ゴブッ!!」
!?
突然、フジモンの後頭部に何かが直撃した!
一体何が……?
「うぐっ……!!何だいこの痛みは……クモ膜下出血かい!?」
「いくら名医でも、さすがに今の状態だと自分の症状を当てるのは難しいんだな。」
「よ……よしだくん!?」
ご乱心なフジモンに夢中で気が付かなかったけど、よしだくんがいつの間にかシェルターから出てきてたみたい!!
食事をずっとしていなかったからか、随分と痩せてしまっている。
そしてフジモンの後頭部に当たったのは彼が投げつけた金属製のスパナだった。
「今までずっと自分の心に巣食う悪魔に負かされていた……でもお前たちの話が聞こえてきて、どうやらまた医者のプライドとやらが暴走してたみたいだったからな……。それでようやく思い出したよ、お前と大事な約束していたことをさ。」
約束……何の話だろう??
「正直……止めて欲しくはなかったし、止めてもらえるとも期待してなかったよ。でもどうやら……僕はまだ死ななくていいようだ。」
フジモンは迷いなく注射器を壁に叩きつけて破壊した!
って……えっ?
死ななくていいって……本当は死にたくなかったってこと!?
「よしだくん……もう平気なのか?」
「今の俺が正常かと言われれば自信はない。だが、今のお前たちの会話を聞いて少しは正気を取り戻したよ。俺も……現実を見なくちゃいけないからな。」
本当は……ドーベル将軍は生きてる。
でもそれを伝えられないなんて……。
「よしだくん、現実を見なきゃいけないのはみんな同じだぞ。まだお前の知らねえ事実が待ち受けてるが……俺たちも受け入れきれてねえ。それでも、前に進むしかねえんだ。みんな一緒にな。」
「あれだけの襲撃があったんだ。みんな無傷だなんて思ってないさ……。でも、お前たちと一緒ならもう、目を逸らさない。」
「分かった。……さて、何から言えばいいんだ?とりあえず外に出て順番に説明して回るか。」
俺たちは一列になってよしだくんの家から出ようとした。
思い立ったら即行動!!の精神は素晴らしいですが今回のフジモンのようになると……。
自分の周囲に突然そんなことをしだす人がいたら、ドン引きですよね。
その場のノリで死んだりしたら友達も居なくなりますよ……。(そういう問題?)
作者もお腹が減ったからと、昔コンビニの床に落ちていたカップ焼きそばの欠片を衝動で拾い食いしたら、思いの外ドン引かれました……。
よしだくんは2章で大嫌いなスタークを助けようとしたり、今回もフジモンのピンチで約束を思い出して突然正気に戻ったりと、かなり義理堅いようです。
そういった人間が最後に笑うことを信じて、次回からもよろしくお願いします!
もちろん、そんな結末が用意されているとは誰も思っていないでしょうが……。