4-23 絶望の森 中編
ーー前回のあらすじーー
襲撃が終わってまず森の住人たちが行ったのはお互いの生存確認であった。
駄菓子屋にもキヌタニはおらず……本当にドーベル将軍と戦車の中で息絶えてしまったのだと彼らは改めて実感させられたのだった。
ミーシャの足をフジモンが懸命に手術をするも、左足はもう完治しないかもしれないとの宣告に一同は衝撃を受けた……。
それでも彼女の足はすぐに良くなるとみんなで口裏を合わせることにしたのだ。
夜になり、100エーカーの森が襲撃された原因であるキヌタニと駄菓子屋、そして敵との関係を推測すべく議論をしたが、ほとんどがフジモンによるファンタジーな妄想で話が終わってしまった。
今後は森の復興に向けて動いていく方針で意見がまとまり、絶望の底に落とされた彼らは再びいつもの日常を取り戻すべく、ゆっくりだが着実に前へ進もうとしているのだった。
何事も最初の一歩を踏み出すのが大変でしょう。
ですが、これほど早く前を向ける森の住人たちならきっと大丈夫なはず!!
……そういう目で本編を読んで頂けたらと思います。
次の日の朝はよしだくんの大声で目が覚めた。
「博士、見てください!大発明ですよ!!これさえあればみんな大助かりだ!!」
まだ6時前だったが、よしだくんがそんな独り言をずっと言っていたせいで眠れなくなっちまったからもう起きることにした。
そして着替えをしようとした時に、私物が何もねえことに気が付いた俺は自宅の跡地へ荷物を取りに向かった。
冷たい雨が降り、死体の腐臭が漂う中で屋根や壁の瓦礫をよけて俺は必要なものを探した。
服は辛うじて見つかったがそれ以外の私物はボロボロで使い物にならなくなっちまっていた。
まあ、元々必要最低限の物しか置いてねえ、小屋と間違えられるような家だ。
破壊されても構わねえ……ってわけじゃねえが本当に困るわけじゃねえんだよな。
この森の歴史書まで木っ端微塵にされたのは勘弁して欲しかったけどよ……。
眠り足りなかった俺は予備の着替えを置きに一度よしだくんの家に戻り、それから窓ガラスが割れて寒いのは分かっていたが騒がしいよりマシだと思って集会所に向かった。
集会所には誰もいないと思っていたがまだベッドで仙人が眠っていた。
何だか服のイルミネーションの光り方がいつもより弱い気がしたが、そもそも寝てる時まで光ってたら眩しいからわざとだろうなと思った。
あと数時間もすれば眠り始めてから丸一日経つことになるし死んでるんじゃねえのか?と心配になったがそういうわけでもなかったな。
俺は仙人を起こさねえようにそっとベッドで隣に寝転がってもう一眠りした。
次に目が覚めたときには仙人はもういなかった。
もう9時になろうとしていたしそろそろ動き出そうと思って俺はベッドから降りた、その時だった。
「うぼっ………!」
足で何か柔らかいものを踏んづけたと思ったら地面に仙人が倒れていたじゃねえか。
「おい仙人……床で何やってんだ?」
「ぐぅ…………人をベッドから蹴落としておいて、何という言い方なんだ…………。」
仙人は微動だにしないまま弱々しい声でそう言った。
「あ?俺、そんなことしてたか………?記憶にねえがまあいいだろ。それよりもそんなに長いこと寝てて平気なのかよ?」
「昨日は……神通力を無理して使ってしまってな。体力が戻るまではこうやって休んでいたいんだ……。恥ずかしい話だが、私は神通力で浮遊して移動することがほとんどだから自力では歩くことすら大変なんだ。」
これには俺も少し驚いたぞ。
だがよく考えてみれば仙人もおじいちゃんなわけだし、身体機能自体は年相応ってことなのかもな。
「じゃあ休んでてもらうしかねえな。何か欲しいものはあるか?」
「いや大丈夫だ。だが、もし私のことを呼んでも返事をしなかったらフジモンを連れてきて欲しい。私は神通力のおかげで生き永らえているところもあるからな……。それが使えない今、そのまま死んでもおかしくはないんだ。」
いや、そんなことをサラッと言うんじゃねえよ!って思ったな。
「心配ならフジモンを集会所に待機させてやってもいいんだぜ?」
「そんなすぐに死んだりはせんよ。だが、1日に2回位は様子を見に来てくれると助かる……。」
「分かったぞ、必ず来るからな。」
俺は仙人をベッドに戻してから、自分のやるべきことをしに集会所を後にした。
くじらんの家ではフジモンとくじらんが森中に散乱している遺体を片付けるため、リヤカーや荷車を準備していた。
「ヤムチャ君おはよう、僕たちは作業に取り掛かる準備は出来てるよ。でもさ……、」
フジモンは何か言いたげだった。
「どうしたフジモン、やっぱり医者としてあの惨状を見るのは辛いかよ?」
「違うんだ。店主とドーベル将軍は戦車の中で亡くなったって………そう言ったね。」
「ああ、そうだな……。」
俺は当時の記憶を掘り返されてしんどくなっちまった。
「思うんだよ、戦車が崖から落ちた後にドーベル将軍と会話をしたって。君たちは二人が死んだところを見てないんだよね?」
「ん?何が言いてえんだ……??」
「僕も戦車の構造をそんなに詳しく知っているわけじゃないんだけど、戦車が炎上したからってその内部まで火が回っているとは限らないんじゃないかなって………。だから、二人はまだ生きてるって、医者の僕はそう信じたいんだ。」
フジモンはいつもより少し遠慮がちにそんなことを話した。
「その状況を見てた俺はあまり同意できないけどさ。でもあの戦車もそのままにするわけにもいかないし、もし死んじゃってても放置なんてダメだよ。」
「だから最初に二人の死亡確認をしたいんだ。……ごめん、これは僕の我儘だ。」
驚くくらいフジモンは謙虚だった。
「いいぜ、どうせいつかはやらなきゃいけねえことだろ。」
「じゃあ、崖まで行くんだね。」
「ああ、片付けはそれからでもいいだろ。」
俺たち三人は遺体の処理を後回しにして戦車の残骸が落ちている場所へと向かった。
冷たい雨に濡れている戦車は光沢を失って黒く力尽きたように佇んでいた。
「戦車の出入り口は………ここか?」
俺は戦車のてっぺんに……崖から逆さまに降ってきたせいで、地面すれすれにあった出入り口の蓋を力づくでこじ開けたぞ。
すると、人間の足のようなものが飛び出てきた!
「これは………どっちの足だ?」
俺がその足を掴んだ瞬間、氷のような冷たさが手に伝わってきた。
この足の主は間違いなく死んでるって確信したな……。
そして狭い出入り口から体を引っ張り出した。
「き、キヌタニ…………。」
四肢がありえない方向にねじ曲がり、口を大きく開けて何かを叫んでいたようなキヌタニの姿は目を背けたくなるほど無惨だった。
「店主は……即死だったんだろうね。医者の僕がこんなこと言うのも何だけど苦しみながら死ぬよりも良かったかもしれない。」
フジモンは手を合わせた。
「覚悟はしてたけど、こんなの……信じたくないよ。」
くじらんはその場にへたれこんだ。
「俺だって全部夢だと思いたいぜ。……ドーベル将軍は、奥にいるな。………!!!」
ドーベル将軍の肩を掴んだとき俺は衝撃的なことに気がついてしまった。
「温かいぞ!!フジモン!!」
俺はドーベル将軍の体を戦車から引きずり出すと、フジモンがすぐさま駆け寄ってきた!
「脈がある!!衰弱しているけど大丈夫だ!!」
「でも……!彼は敵で……!!」
くじらんはドーベル将軍を助けることを躊躇っていた。
「いや、殺すな!絶対に生かして敵の情報を聞き出すぞ!!」
俺たちは大急ぎでくじらんの家にドーベル将軍を搬送した。
キヌタニもドーベル将軍も火傷しているような跡はなく、戦車の内部まで火が回らなかったのが幸いだったんだろうな。
「店主とは真逆で打ち所が良かったんだろうね。命に別条はないようだよ。……まあ意識が戻るかどうか、そこは注意深く見ていかないといけないね。」
フジモンは点滴の処置をしてそう言った。
肋骨や手足は何か所か骨折していたようだが、生きているだけ安いもんだよな?
「奇跡だね……ねえ!よしだくんもここに連れてきてあげようよ!」
「ダメだ!」
俺はくじらんの提案をきっぱりと突っぱねた。
「え………な、何でよ!よしだくんだってドーベル将軍が生きてるって知ったら元に戻るよ!」
「よしだくんだって少なからず敵と関係があるんだぞ?まだ今の何も分かってねえ状況でそんなこと、させられねえよ!!」
俺だって……会わせてやりてえ!
だがそれでまた敵が動き出したら………!
お前らが何を言おうとそれは認めねえ!
「くじらん君、仲間のためを思うなら確かによしだくんをここに連れてくるべきなのかもしれない。でも……この森を守るためならそんなこと絶対にダメだ。ヤムチャ君、この森のリーダーとしてその判断をした君のことを尊敬するよ。」
不覚にも、フジモンの言葉で泣きそうになっちまった。
「そう言ってくれて何だか楽になったぜ。よし、くじらん俺たちは片付けをしに行くぞ!」
そうして時間が過ぎ、日が暮れてキヌタニの遺体を駄菓子屋に運んできた時のことだ……。
「おかえり、キヌタニ……。」
くじらんはキヌタニにそう語りかけた。
「ほら、家に帰って来れたぞ………くそっ………何か言ってくれよ………!」
文句でも暴言でも良かった。
俺たちは冷たくなったキヌタニが口を開くのを待っていた。
だが、どれだけ待ってもキヌタニが喋ることはなかった……。
「二人とも……どうしたんだい……?」
どれくらいそうしていたんだかな……俺たちの目の前にはミーシャの様子を見てきたフジモンが立っていた。
「フジモン……いや、喋りかけたらよ……キヌタニが返事をしてくれるんじゃねえかって……すまんこんなことして、バカだよな……。」
気がついたらもう泣いちまっていた。
「バカなものか……!少なくとも僕はそんなこと微塵にも思わない!!」
フジモンは強く優しい口調で俺たちに言った。
「連れて帰ってあげたかったんだ、キヌタニの家にね……。」
くじらんも隣でいつの間にか泣いていた。
「きっと彼も喜んでいるさ……帰ってこれて良かった、ってね。」
そこまで言ってフジモンはアイス売り場の扉を開けた。
「でもこのまま放置していたら体が腐ってしまう……。寒いとは思うけど……彼をここに入れておいた方がいい。」
正直、キヌタニのことをアイス売り場に押し込むのは気乗りしなかったな……。
だが、遺体が腐るよりはマシだと思ってとても冷たいアイス売り場に、せめて体が凍りつきすぎないくらいの温度設定にして寝かせておいた。
「安らかにお眠りください………。」
フジモンは売り物の白いカーテンをアイス売り場のワゴンにかけると深々とお辞儀をした。
俺もくじらんも泣いちまったから、まだみんなにキヌタニの遺体をこの段階で見せる気にはなれなかったな。
だからそのワゴンはカーテンで覆ったままで、他のみんなにはもうアイスが中にはないからワゴンを保管しているとか三人で適当に話を合わせて誤魔化しておいた。
正直、シンタローは何となく察していたかもしれないがな。
その次の日もシンタローと3人で遺体処理をして………、
襲撃から数えて4日目のことだ。
俺は朝起きてすぐ仙人の様子を確認しに行った。
「仙人、大丈夫か?」
「……………………………。」
この日の仙人からは返事がなく、服のイルミネーションも光らないまま静かに眠り続けていた。
「まずいのか……!?フジモンに確認するしかねえな。」
俺はポケベルでフジモンに連絡をした。
「チッダールタ……どこか悪いとかじゃないみたいなんだ、これは老衰だよ。残念だけど老衰は治せない、若返りの薬でもない限りね。」
フジモンは冷静に、だがどこか割り切ったようにそう言った。
「どうにかならねえのかよ!何か俺に出来ることはねえのか!?」
「ヤムチャ君、落ち着いてほしい。病気ならば僕は全力で治してあげたいと思う。でも老衰は病気じゃない……老いていくのは人間としてごく自然なことで、それを止めることも不可能だ。……いつかは死んでいくこともね。」
フジモンは最後だけ俺から目を逸らしていった。
「私は……………まだ…………生きてる………のか?」
仙人の口からとても小さくて弱々しい声が聞こえた。
「仙人!!死ぬんじゃねえ!!」
「ヤムチャ…………大声を………出すな。なら私は………まだ……死ねないな…………。フジモン…………1秒でも………長く…………私を………生かして………くれ。」
仙人は薄っすらと目を開けてフジモンの方を見ると声を絞り出すようにそう伝えた。
「チッダールタ………?いや、分かった。医者の意地で君を出来るだけ延命させてみせる!」
そしてフジモンは一度くじらんの家に帰ると、点滴バッグやら何やらを大量を持ってきて仙人の体に繋ぎ始めた。
何をしているのかは見てても分からなかったが、とりあえずその場は任せて俺はその日も作業に取り掛かった。
そして次の日の朝のことだ。
くじらんからポケベルに着信があった。
「こんな朝早くからどうした、何か問題でも起きたか?」
『問題っていうのは違うかな?でも早く来て欲しいんだ、ドーベル将軍が……ついさっき、目を覚ましたよ!』
この知らせを聞いて俺はポケベルの通話を切るのも忘れる勢いでくじらんの家にすっ飛んでったぞ。
「ヤムチャ、ドーベル将軍なんだけど……なんか様子がおかしいんだよ。」
くじらんの家に着いてすぐにそんなことを告げられた。
「おかしい?どうおかしいんだよ??」
「それは、会ってみたら分かると思うよ……。」
「何なんだかさっぱりだが……それじゃあ敵の大将とご対面と行くか。」
俺はなるべく平静を保とうと深呼吸をしながらドーベル将軍とフジモンが待つ部屋に入った。
「おや、君は…………?」
初めて見たドーベル将軍の第一印象は、子供を持つ普通の優しそうな父親、そんな感じだった。
「ヤムチャ君、彼は………。」
フジモンが何か言いたげだったが、彼の顔を見ると俺は自分が制御出来なくなっちまった……。
「おい!!!てめえは………何をしたか分かってんのか!!!」
ドーベル将軍の胸ぐらを掴んで至近距離で怒鳴り散らした。
「うっ………な、何をするんだ…………。」
俺に怒鳴りつけられた彼は何も分からないようで唖然としていた。
「ヤムチャ君!ダメだよ!!!彼は、ドーベル将軍は……!」
「ヤムチャ、話を聞いて!!!」
フジモンに静止され、くじらんには背中側から押さえ込まれた。
「何も………分からないんだ。私は……誰なんだ?」
その言葉を聞いて、俺は全身から力が抜けた。
その場でどうすればいいのか分からなかったし、絶望した。
こいつを尋問して敵の情報を聞き出すことも、仲間を殺されたことの怒りをぶつけることだって叶わねえ。
よしだくんといつかは再会させようにも何一つ覚えてねえんじゃ何の意味もねえ!
「ヤムチャ君、彼はいわゆる記憶喪失なのかもしれない。でもいつか記憶が戻る日だって来るかもしれない。それまで僕は……、」
「もういい。」
俺はくじらんの腕を振りほどくと立ち上がって無言のまま家の外に出た。
込み上げていた感情が全部引いちまってもう今日は何もしたくなくなった、そう思っていた時だ。
「敵の大将はどんな奴だった?」
家の壁に寄りかかっていたシンタローに声をかけられた。
「うおっ!?なんだ、こんなとこにいたのかよ……。」
「くじらんからポケベルで聞いてな。すぐにすっ飛んできたよ……でも、顔を合わせる勇気はないな。ドーベル将軍の顔を見たら多分、我慢出来なくなる。一体どんな怪物なのか考えただけでも怒りが止まらない!」
シンタローも俺と同じだったんだろうな。
「安心しろや、怪物なんかじゃねえ………記憶喪失のただのおっさんだ。」
「記憶喪失だって!?……ははは、それを聞いて安心したよ。それならまともに顔を合わせられそうだ。……本当はドーベル将軍が生きてるって聞いた時、助からなきゃいいのにって願ってたんだ。色々聞きたいことはあるがそれでも……仲間を奪った相手が生きてることが許せない、ずっとそう思ってたからな。」
そう言ってシンタローはくじらんの家に入った。
そんなシンタローの言葉を聞いて、何だか俺も安心しちまった。
気持ちの整理がつかないまま『本当の』ドーベル将軍と顔を合わせなくてよかったのかもしれないなってよ。
だから……奴の記憶が戻るまでに俺は自分の中で踏ん切りをつけるって決めたんだ。
ちなみにシンタローは『今はこれで許してやる』って言って、一発だけ思いっきりドーベル将軍の頬をビンタしたらしい。
そしてその夜、今度はエリスからのSOSが入った。
何でもベッドが狭いって話だった。
随分と下らねえし、ミーシャとくーちゃんと3人で寝てるんだから確かにそうかとも思ったがどうやら事情が違ってな。
もっと詳しく話を聞いたところ、こういうことだったらしい。
ドーベル将軍だけじゃなく、仙人のこともあるからフジモンは何だかんだ人手が欲しくてくじらんにも頼み事をしたりするらしいが、その助手を結構な頻度でエリスが進んでやってたらしいぞ。
何でも最近のエリスは医者になりてえみたいだが……バカなあいつにそれが可能かどうか……は置いておくとしてだ。
それで、昼夜問わずエリスは家を留守にしてフジモンの助手をしているってことだ。
すると何が起きるかって言うと、ミーシャの世話をする奴がいなくなるんだよな。
てなわけで、シンタローがミーシャのもとに召喚されて、エリスが夜中に帰宅したらシンタローまで自宅のベッドで寝てる状況の出来上がりってことらしい。
いつもの女王気取りなワガママかと思ったら割と深刻な悩みだったからな。
考えた末に、よしだくんはシェルターに放置しておくことにして、集会所を大急ぎで修理してミーシャと俺で住むことにした。
その関係で仙人はよしだくんの家に移動させることになったぞ。
エリスがくーちゃんと二人きりになるのも良くねえかと思ってシンタローはエリスの家で同居してもらうことにした。
その流れで俺にも新しい悩みが出来てだな………。
ミーシャをトイレに連れて行ったら、『一人で出来るから!!』って俺が出ていく前に必ずビンタされるんだよな……。
覗くつもりなんてこれっぽっちもねえのによ!
どうにもシンタローがここんとこ四六時中顔を腫らしてるような気がしたが、きっとそれもミーシャのせいだろうな……。
次の日……つまり昨日には遺体の回収が終わって、日が暮れる頃に大量の薪を集めて明日にでも火葬しようとその場を後にした。
俺はふと、何かを思い出したわけでもねえが駄菓子屋へと立ち寄った。
腹が減ってたわけでも、何が欲しかったわけでもねえ。
ただ駄菓子屋に来たかったんだ。
『え……?ヤムチャ……売り物はタダじゃないよ?売り物を買う時は本来、お金を払わなきゃいけないのに……。』
『えっと……3人のお会計、5283円は……?それに……えっと、名前忘れちゃったけど……お持ち帰りっていうかそれ、万引きなんだけど……!?』
『あっ!スターク、アイス代500万払え!!』
『えっと、そのコスプレとかアイテムとかお会計は全部で25万3200円になります!!』
『みんな駄菓子屋の売り物を好き勝手に持っていくけどそれは泥棒なんだよ!?もうみんなの好きにはさせないんだからね!!』
夕焼けで赤い日差しの差し込む誰もいないはずの駄菓子屋から声が聞こえてきたような気がした。
ひょっとしたら駄菓子屋の床でキヌタニが白目を剥いて倒れているんじゃないかとも思った。
だがあいつは空っぽのアイス売り場の中で永遠の眠りについていた。
「俺は……お前を守ってやれなかった。」
冷たくなったキヌタニの姿を見ていた俺は唐突に頭の中で嫌な想像が浮かんだ。
ーー守れなかった?そんな都合のいいこと言わないでよ。守らなかったんだよね!?ーー
「うぐっ!!!!あ、頭がっ………!!」
そんなキヌタニの声が頭に反響して頭痛へと変わった。
その頭痛は頭から顔を駆け抜けて吐き気を催した。
ーー僕が……どれだけ苦しかったか分かる!?エリスからは暴力をふるわれて、みんなからは無視されて!ーー
さらにキヌタニの声は四肢に飛んで痺れに変わった!
ーー隕石が降ってきた時も僕は放置されて、今回だって……!!僕はみんなの仲間なんかじゃなかったんだ!!ーー
今度は腹に突き刺さってっ!
胸が……潰される!!
ーーまあ、もういいよ……。だって死ねたんだから。みんなの都合のいい玩具から卒業できたんだから。でも、忘れさせないよ!僕は……この森のみんなに殺されたんだ!!!ーー
突然目の前が真っ暗になった。
「…………。」
そしていつの間にか目の前には無表情のキヌタニが立っていた。
「キヌタニ!俺は、俺たちはそんなつもりじゃ……!」
はっ、とした。
俺の右手には鎌が握られていた。
その鎌は俺の意志とは関係なくキヌタニの方へと伸びていく。
「やめろ!違うんだぞ!!キヌタニ避けてくれ!!!」
だがキヌタニは無表情で俺のことを見つめたまま微動だにしなかった。
次の瞬間、俺の握っていた鎌は暴れ出し、キヌタニの体を何回も切り刻んだ!
「やめろー!!!あああーー!!!!」
キヌタニの体は粉々になり、生首の口が開いた。
「みんながしたのはこういうことなんだよ?無抵抗な僕の心を跡形もなくなるまでボロボロに引き裂いたんだ!!」
そう言ったキヌタニの体は突然に腐り、闇に飲み込まれていった。
「違う!!お前を傷つけようなんて……!!」
「違わないよ。」
背後にはいつの間にか無傷のキヌタニが立っていた。
「ひっ!!!キヌタニ………。」
俺が怯えていると再び鎌が暴走を始めて、キヌタニを肉片へと変貌させた。
「言い逃れなんてさせないよ!絶対に認めさせてやるんだから!!」
そう言うとまた新しいキヌタニが現れて、俺はまた彼を鎌でバラバラにした。
それを何度繰り返しただろうか……シンタローの声が聞こえてきやがった。
「………チャ………ヤムチャ!!」
目の前が明るくなった。
視界にはこちらを覗き込んでいるシンタローが映った。
「大丈夫か!?駄菓子屋から悲鳴が聞こえたから来てみれば……。」
俺は辺りを見渡した。
さっきまでと何も変わらない風景………
頭痛だけはまだ少し残ってやがった。
「駄菓子屋の空気、いつもと違って悪い何かが……。」
「シンタロー、ここから離れるぞ……!」
俺はシンタローの手を引っ張って、急いで廃寺へと向かった。
廃寺まで来るとさすがにもう頭痛は治まって嫌な空気も消えていた。
……少し前までスタークがここに住んでいたせいで随分と荒らされていたが、この時はそんなことなんてどうでも良かった。
「ここまで来りゃいいか……。よく聞け、どうやら俺はキヌタニの魂に話しかけられたらしい。」
「は……?」
突然のことにシンタローはポカーンとしていた。
「いや、魂に話しかけられたって………。さっきのお前は悪夢にうなされていたようだが……?」
確かに端から見ればそんな状況だったのかもしれねえがよ。
「駄菓子屋に入ったとき、キヌタニの声が聞こえてきて、頭痛と吐き気がしたんだ……。」
俺は駄菓子屋で体験したことををシンタローに伝えた。
「……俺たちに殺された?それはお前の罪悪感が生んだ幻覚じゃないのか?」
最初は俺の良くない想像かとも思ったが………。
「俺だけじゃねえ、キヌタニはみんなのことも責めてやがった。みんなのせいだなんて俺は全く持って思ってねえよ。」
「んー……じゃあその……魂に話しかけられたのが事実だとして、どうするつもりなんだ?」
「そりゃ除霊なんて出来ねえけどよ。せめて丁寧に弔ってやるとしようぜ。あいつは俺たちのことを仲間って思ってなかったようだが、俺にとってはあいつだって大切な仲間だ。」
「ここのところドタバタして葬式もしてなかった……ヤムチャ、今のお前の話を少し信じる気になったよ。俺たちはいつだって、死んでもなおキヌタニのことを後回しにしているじゃないか……。」
シンタローの表情からは大きな罪悪感が感じられたな。
しかし、言われねえとあいつがひでえ目に遭ってたということに気がつかねえっていうのは本当に重罪だと心から思ったぜ……。
いや、気がついていたが気にしてなかったって方が正確だな。
「じゃあみんなも呼んで、明日にでも葬式をするぞ。あいつにも自分がこの森の仲間だということを実感してもらおうじゃねえか!」
「もう日が暮れるが、棺くらいは作ってやれそうだ。くじらんにも連絡して手伝ってもらうか。」
そこから3人で急いで手頃な木材を使ってキヌタニの体が収まりそうな棺を作り、集会所に全員集合してキヌタニの葬式を開くことを伝えた。
みんな快く賛成してくれる……この時ばかりはそう思ったよ。
「ヤムチャ、森のリーダーとして冷静に考えて?この森はミーシャ、よしだくん、仙人、ドーベル将軍っていう4人の怪我人と病人を抱えてるのよ!そんなことしている余裕はないわ!」
「エリス君……言いたいことは主治医の僕が一番分かるよ。余裕は本当にない!」
エリスとフジモンは深刻そうな表情で俺たちに訴えた。
実際、二人は昼も夜も忙しそうだったからな。
「でも、死者を弔うことを面倒くさがったらダメだ!ヤムチャ君、僕に出来ることがあるなら何でも言ってくれたまえ!」
だがフジモンは頼りがいのある口調で俺にそう言ってくれたんだぞ。
「いいのかよ!?そうだ、お前もキヌタニの遺体は見てるだろ?あんな痛々しい姿で葬式をするのも可哀想でな……。生前のキヌタニとの思い出が簡単に思い出せるように手術……って死んだやつに言うのは変だがよ。」
「待てヤムチャ、フジモンは多分普通のキヌタニを知らないぞ?……もう病んでたからな。」
シンタローに制止されてそう言われるとみんなの視線が一点に集まった。
「何よ!私が原因だって言うわけ!?」
「それ以外考えられないわよ!あんたがいじめるからでしょ!!」
エリスは吠えるがミーシャも吠え返した。
「二人共落ち着くんだ!とりあえず、傷跡を消して遺体を綺麗な状態にする、それでいいのかな?」
「ああ、十分すぎるぞ!お願いできるか?」
「任せてくれたまえ!時間もないけどやってみるよ!……そういえばこの森の埋葬の仕方って土葬なのかい?」
「基本はそうなんだが、あれだけたくさんの遺体があると火葬にしなきゃ厳しいだろうな。」
「ふん!私は行かないからね!ちょっと仙人の様子を見てくるわ。」
エリスはやけに不機嫌そうな言い方をして集会所から出て行っちまった。
「きっとエリスも疲れてるのよ……。ご飯を食べたら少しは落ち着くんじゃない?」
ミーシャにそう言われたので俺たちは晩御飯の支度をすることにした。
何とドーベル将軍は生きていました!!
記憶はないようですが、彼には罪を償ってもらわなければなりませんね……。
仲間を殺した黒幕と対面したヤムチャは、ドーベル博士の記憶がなくなっていなかったらどうしていたんでしょうか?
首と両足を持って真ん中から真っ二つに……ヒェッ!!
やはりヤムチャを本気で怒らすのは避けた方がよさそうです。
キヌタニは生前よりも死んで悪霊(?)となってからの方が色々とハイスペックのようで……。
もっと早くそうなった方が幸せだったかもね………。
次回で4章はおしまいです。
頭のおかしい作者がこのまま平和にお話を終わらせるわけもないので……。
さーて、最後は何が起きるでしょうか?
読者の皆さんも今回ばかりは全力で予想してみてください!!