童話迷宮『死にたがりのピエロ』
「生きるってなんだろう?」
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●ある時代、ある場所、乱れた世界のかたすみに 一人の道化が住んでいました。
彼の名はジョン・ドゥ。 小さなサーカス団の下っ端。
そんな彼の願い。それは、つらく苦しい今の生活から逃れ、エルの楽園で静かに眠ること。
「はやく……シニタイ」
そう、彼は『死にたがりのピエロ』だったのです。
ジョン・ドゥは毎日の不当な重労働に嫌気がさし、ある月の輝く晩、サーカスから逃げ出してしまいました。
「ぼくの死に場所はここじゃない……」
死にたがりのピエロは自分の死に場所をさがす旅に出たのです。
●ある時、ジョン・ドゥは、戦争の終わらない国に辿りつきました。
そこで、地雷で左足の無くなってしまった男の子に出会いました。年は12才くらいでしょうか。
少年は、不便そうでしたが 幼い弟たちを養いながら 懸命に生きていました。
そんな彼を見て ジョン・ドゥは 「もうぼくは死ぬ人間だから……」
と自分の左足をちからいっぱい引き千切り、少年の大腿部にくっつけてあげました。
すると、あら不思議。少年は自由に野を駆け回れるようになったのです。
男の子は「ありがとう。本当にありがとう」と涙を流してジョン・ドゥにお礼を言いました。
ジョン・ドゥはなんだか照れくさくなってしまい、無言でその場を立ち去りました。
しかし、いくらはやく走ろうとしても、うまく走れません。
ジョン・ドゥはいっしょうけんめいバランスをとりながら、前に進みました。
死にたがりのピエロは片足のないつらさを身に染みて感じたのです。
●次にジョン・ドゥは、病気で目の見えなくなってしまった幼い女の子に出会いました。
少女は この世界の全てを愛し、慈しむ 優しいこころをもっていました。
命を蔑み、世界を恨み、リアルを拒絶すること。それが意味のないことだと彼女は知っていたのです。
ジョン・ドゥは、そんな彼女を見て「もうぼくは死ぬ人間だから……」
と、もっていたナイフで自分の眼球を抉り、少女の空白の瞳にそっとハメてあげました。
するとあら不思議。 少女は自由に世界を視ることができるようになったのです。
しあわせ音色を手に入れた少女は「ありがとう。本当にありがとう」と涙を流し、ジョン・ドゥにお礼を言いました。
女の子は、本当はずっと みんなと同じ世界を視てみたかったのです。
ジョン・ドゥはなんだか照れくさくなってしまい、無言でその場を立ち去りました。
しかし、いくら前に進もうと思っても、まっすぐに歩けません。
まっくらになってしまった世界に彼は、恐怖を感じ がたがたと震え、涙を流そうとしました。
しかし、涙はいつまでたっても流れてきません。
「そうか……ぼくにはもう瞳がないんだった…」
死にたがりのピエロは目の見えないつらさを身に染みて感じたのです。
●彼はいつしか「死にたくない」と願うようになっていました。
みんな、懸命に生きている。
だから、僕も生きたい。もう一度、最初からやり直そう。
少年と少女にプレゼントした、左足と眼球に想いをはせながら。
優しかった空白を愛おしいそうに さすりながら。
ジョン・ドゥは大きく息を吸い、世界に力強く宣言します。
「僕は――負けない」
死にたがりのピエロは、サーカスに戻る決心をしました。
●サーカスへと向かうとちゅう、道に 見ず知らずのおばあちゃんが倒れていました。
おばあちゃんの心臓は止まっていました。まだ命の歌が鳴りやんでから、そんなに時間がたっていないようです。
ジョン・ドゥは空白の瞳を閉じて ゆっくりと息を吐き、静かに決断をくだします。
「僕は生きたい……生きて、がんばりたい。でも……」
次の瞬間、彼は自分の胸をもっていたナイフで捌き、どくどくと脈打つ心臓を抉り出しました。
「…ッつあ…っ…かはッ」
そして おばあちゃんの止まってしまった心臓ととりかえてあげたのです。
おばあちゃんは息をふきかえしました。
おばあちゃんが「ありがとう」を言おうと彼のほうを向くと、ジョン・ドゥはその場に崩れおちていました。
彼は動きません。いくらさすっても、動きません。
ジョン・ドゥは死んでいました。
●おばあちゃんは、命の恩人であるジョン・ドゥのためにお墓をつくってあげました。
噂を駆けつけてやってきた 左足のなかった少年も、目の見えなかった少女も 彼のお墓を見て わんわん泣きました。
ひとしきり泣き終えた少年と少女は 涙をぬぐい、哀しみを胸に秘め、それぞれの明日に向かいます。
そんな彼らを遠い空から見つめる影ひとつ。
死にたがりだったピエロは、いつまでもエルの楽園から、世界を見守っているのです。――にっこりとほほえみながら。
≪WORLD END≫「――優しい世界でありますように」