終末直前のロボット
「独りにしないでよ…」
私のおとうさんは最後の人間だった。
「おはよう。結」
造られてから最初に聞いた言葉。ふとした瞬間に思い出す、あの優しい微笑み。お気に入りの黄色い花柄のマグカップを片手に、本から顔をあげて私に話し掛ける姿。
おとうさんは最後の人間だったけど、寂しくはないと言っていた。私が居てくれるから…と。
「おとうさん、どうして私は他のロボット達のように力が強いとか、空を飛べるとか、速く動くとかが出来ないの?」
ある日、私は他のロボット達と比べて劣等感を感じておとうさんに聞いた。おとうさんは少し驚いたような顔で
「誰かに、なにか言われたのかい?」
と、尋ねる。私は首を振って、
「誰もそんな事言わないよ。人を傷つけるような言葉を言えないように、プログラムされているんでしょ?」
と、言うと
「よく知ってるね」
おとうさんは頭をグシャっと撫でて褒めてくれた。くすぐったい。
「本当に、おとうさんの身勝手な理由だよ」
「え?」
「結。人はね、独りではダメなんだ」
「でも、おとうさんは最後の人間でしょ? おとうさん以外の人間は地球にはいないもの。だから、他のロボット達に大切にされているんでしょ?」
「おとうさんはね、家族が欲しかったんだ」
「おとうさんには、お父さんやお母さんがいたんだよね?」
「そうだよ。血は繋がって無かったけれど良い両親だった。でもね、おとうさんは結婚をしてみたかった。子供が欲しかった。ロボット達は優しいけど、家族ではないから…」
「私はロボットだよ」
「結には穴だらけの初期プログラムしかしていないよ。確かに、結はロボットだけどね、今の結はロボットではなくて、自分で学んで考えて間違えたりもする。優しく賢い、おとうさんの娘だよ」
「よくわからない…」
「ははっ、結にはまだ難しいか」
そうだなぁ。と、おとうさんは考え込む。
「結は限り無く人間に近いロボットという意味さ」
「…ふぅん」
「ほら、ご飯にしようか」
結局、よくわからないままその話は終わってしまった。
「おとうさん、なんで私には痛覚があるの?」
私が木登りをして落ちた時、物凄い痛みに思わず聞くと、
「自分を大切にしてほしいからだよ」
と今まで見たことのない悲しそうな顔をして、珍しく怒られた。
「…ごめんなさい。もう、危ない事はしません」
痛覚があると、自分を大切にできる。というのはよくわからないけど、木登りはもうやらないことにした。痛いのは嫌だから。
「…ごめんね。結」
おとうさんは病気で、もう先は長くは無くなった時。
「結。お前は、人間に近いからきっと独りは辛いだろう…」
「でも、私はロボットだから大丈夫だよ」
おとうさんは緩く首を振って、お前は優しいから…。と呟く。
「わたしが死んだ後、結はどうする?」
「おとうさんの意思に従います」
「身勝手にお前を造ったんだ。終わりくらい、自分で決める権利はある」
「私は…」
「欲を言うと、娘には早死にして欲しくない」
言葉が出てこない。悲しさと寂しさと辛さの中に、温かい気持ちが広がる。気持ちなんてないくせに。
「娘を残すのが、こんなにも辛いなんて…」
掠れたおとうさんの声。ただただ、手を握ることしか出来ない私。ロボットのくせに、ロボットのくせに、ロボットのくせに、ロボットのくせに、ロボットのくせに……
涙が出るのは何故だろう。
「大好きだよ。造ってくれてありがとう…」
「しあわせだったよ。結。結、結結結結…」
最後の人間の最後の言葉は、娘の名前だった…
最後の人間が死んだ後、ロボットが中心の世界になった。
「人間の歴史博物館を作る。我々は彼らの為に産まれたのだから、彼らの歴史を残すのだ」
と、あるロボットが言い出す。
「君は最後の人間が造った最後のロボットだ。君には歴史的価値がある。そこで、歴史博物館の管理者に抜擢された」
「…はぁ」
気の抜けた返事しか出てこない。泣き疲れて今は全てがどうでもいい。成り行きに身を任せて私は歴史博物館の管理者となった。
「我々は何のために動いているのか」
「人間の為に、でした」
「そうだ。しかし、人間は絶滅した。では、改めて聞こう。我々は何のために動いているのか!」
「…」
「では、質問を替えよう。この先、我々は何のために動けばいいのか!」
「…わからない」
「…人間が大切にしていた物の為?」
「それだ!」
「人間が一番騒いで成し遂げられなかった事といえば、地球環境問題でしょうか」
「そうだな」
「我々ロボット達が多すぎるのが、原因でしたね」
「ならば、我々ロボットが減少すれば問題解決に貢献できるのでは?」
「緑化に貢献できるロボット等、優先順位を決めてロボットを減少させましょう」
「工業用ロボットや、情報処理ロボットはもう不必要だな」
私の知らない所で、守地球法が決定された。
「あなたは歴史博物館の管理者であり、何よりも、歴史的価値のある保護すべきロボット。ですから、あなたは守地球法の非対象者です」
もう、おとうさんのいない生活に慣れてきた頃の話だ。
「ですが、あなたの意思によっては死ぬ事も可能だ。もし、地球の為に死にたいならば、こちらを浴びてください」
と言って渡されたのは、ロボットを融解させる液体だった。いわく、すぐに蒸留し気体になるので環境に害は出ないらしい。
「では、失礼します」
守地球法によって知合いのロボット達は次々と、蒸留して消えていった。
「独りにしないでよ…」
あの液体の容器を握り締めた。
寂しくて、「人間は独りではダメなんだ」というおとうさんの言葉が身に染みて解る。
「私も、死にたい…」
でも、死ぬ勇気は無くて、誰も居なくなった世界で、誰も来ない博物館の管理者を続けた…
…誰も来ないならば、呼べばいいじゃない。
暇で暇で、博物館の大量な本を読んでから気が付いた。
おとうさんと暮らしていた家はかつてのままに残っている。私はおとうさんの部屋を漁ってあるものを探す。
「…あった!」
それは、研究者だったおとうさんの先祖が造ったいわゆるタイムマシーン。正確には、タイムトラベルマシーン。過去にいる人を呼び寄せる機械だ。
「これなら、人を呼べる」
けれども勿論、時空を越えるのには相応のデメリットがある。この機械は一人の人間につき、一度しか使えないこと。人間には時空を越える事は大きな負担になる。人にもよるが、二度使用した人は大抵よくて廃人、悪くて消滅。だから、往復一回の一度しか使えない。
ふたつめは、遡る時間にもよるが、移動時間が掛かること。場合によっては往復一ヶ月以上掛かる。つまり、空白の時間ができてしまう。
みっつめは、滞在時間に制限があること。最長一時間という、何とも短い限られた時間なのだ。
「それでも、知ってもらいたい。誰かと、話したい…!」
最初に呼んだ子は恐怖心から訳がわからずに暴れた。だから、次からは心をコントロールする機械を使うことにした。本当は使用が禁止されていたが、混乱して下手に暴れてその子が怪我をするよりはマシだろう。
次に呼んだ子は、とても落ち着いた少年だった。その少年は、別れ際に「またね!」と言って笑ったが、もう二度と合えないことを伝えられずに制限時間となった。
私はそれから、猛勉強をするようになった。もう一度、合えるように…。デメリットが少しでも緩和されるように…。
そうして、移動時間を短縮することが可能となった。初めて私が造った機械で人を呼んだ。その子は、前に呼んだ子にそっくりで、話を聞くと息子だったらしい。
人間は絶滅した。ロボットも私だけだ。でも、まだ終末じゃない。私が止まるその日まで、地球が崩壊するその日まで。
私は最後のロボットとして、沢山の子と話をしよう。そうして、彼らの生きた証を本として、歴史博物館ごと私が守り、伝えよう。
終末はまだ来ない_
今日の空です。
お付き合い下さり、ありがとうございます!
結がタイムトラベルマシーンを使って
おとうさんを呼ばないのは、
おとうさんが既に一度使用しているからです。
あらすじにも記載しましたが、
この話は、
短編小説『終末のロボット』と関連しています。
是非そちらもご覧下さい。
精進します