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時間を取り戻せるなら  作者: Maika:)
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第1章 夢と願って

「………っ」


カーテンの隙間から日が入り混み始めた頃、稜は飛び起きるように体を起こした。背中は汗で下着がくっ付いていて、気持ちが悪い。


「はぁ………」


稜は額の汗をパジャマで拭き、押さえた。昨日の嫌な夢を見てしまい、吐きそうなくらい気分が悪かった。そんな事も他所に、廊下から誰かが上がってくる音が聞こえる。


「稜。おはよう」


「おはよう、清光」


稜の部屋に入って来たのは、綺麗な長い髪を肩まで降ろしている加州 清光だった。いつもは長い髪をポニーテールにしているが、稜にはどうでもよかった。清光が此処に、いや、稜の所に居るという事は、昨日のあれは現実で起こった事らしい。






「じゃあな、蓮衣」


「また明日ね」


昨日はいつも通り、親友の如月 蓮衣と桜台高校の校門で別れた。


「ねぇ、梨沙ちゃん。俺と遊ぼうよ」


「こんな奴より、俺と遊んだ方が楽しいよ?」


「え、いや、私………」


まただ。稜の彼女の南田 梨沙は小さい時からマドンナ的存在で、人気があった。そして毎日のように、先輩や同級生からナンパされている。


「あの」


稜は梨沙を囲んでいる先輩3人に割って入り、梨沙の手を握って目の前に立った。流石に先輩の方が背が高く、初めの頃は怖かったが、今は何とも思わない。


「来た来た。梨沙ちゃんの彼氏」


「こんな地味な奴の何処がいいの?」


「なー、カラオケ行こうぜー」


何故か今日はいつもよりしつこい。梨沙も少し怯え始めたのか、握っている手が震えている。


「梨沙も怖がってるんで、辞めてください」


「は?」


「こいつ、前から嫌いだったんだよねー」


「やっちゃいますかー?」


「!」


「稜!」


先輩の1人が、稜の腹を殴って来たのだ。稜は堪らず梨沙の手を離し、その場に倒れ込んでしまう。


「馬鹿………かよ………。梨沙………逃げろ………」


「嫌だよ!」


「ほらほら、早く立てよ!」


「く…っ……」


稜を殴った先輩は稜の髪を掴み、顔をぺちぺち叩いた。他の2人は流石にやばいと思ったのか、引きつった表情で逃げてしまった。


「梨沙を、俺に寄越せ。可愛がってやるからよ」


「嫌だ………って………言ったら………?」


「こいつ!」


「何してんだ!」


稜が少し微笑み、先輩に唾を吐いた。顔を真っ赤にして怒りを表した先輩は、稜の顔目掛けて拳を振り上げたのだ。しかし、校舎の中から先生が走って来て、先輩は稜から手を離して逃げていった。


「稜………」


「大丈夫だよ。梨沙は怪我無い?」


梨沙が、兎のワッペンが付いたハンカチで稜の口元を拭くと、さっきの先生がこっちに走って来た。


「大丈夫かね?」


「はい。少し喧嘩になっただけですから。それに、梨沙が怪我無いみたいなので、大丈夫です」


稜は先生に頭を下げ、梨沙の頭を撫でて手を繋ぎ直し、帰り始めた。


「本当に大丈夫?ゴメンね、私のせいで………」


梨沙は帰りながら、心配そうに稜の顔を覗き込んだ。


「何言ってんだ。梨沙は何も悪くないだろ?僕の方こそ、ごめん。明日からは僕のクラスに来てくれないか?」


「そうだね、その方が私も安心」


「あー、腹減った。食べに行くか?」


「私、クレープ食べたい!」


「そういえば駅前に新しいクレープ屋が出来たって蓮衣から聞いた」


「行こ行こ!」


梨沙の表情から恐怖が消え、嬉しそうに稜の手を引っ張って走り出した。それから稜と梨沙はクレープを食べたり、ショッピングしたりしている内に、時間を忘れていた。


「あー、楽しかったー!」


日が落ち始め、辺りが薄暗くなって来た頃、稜と梨沙は梨沙の家の近くの公園で、ブランコに揺られていた。


「梨沙、食べ過ぎ。晩御飯食えるのかよ」


「まだまだ入りますー」


「僕の家、今日は肉じゃがなんだ」


「え?本当?」


「食べに来るか?」


「いいの?」


「あぁ。母さんも喜ぶだろうし」


「稜のお母さんのご飯美味しいから大好き」


「梨沙の料理が1番美味しいけどな」


稜はそう言ってブランコから降り、梨沙の目の前に立って目線を合わせるようにうずくまる。


「カレーしか作れないよ?」


「全然いい」


「家事も掃除も下手くそだよ?」


「分担すればいい」


「稜って変なの」


「うっせぇ」


梨沙の頭をクシャッと撫でた稜は梨沙の手を取り、立ち上がった。


「帰ろうぜ」


「うん!」


2人が歩きだそうとした時、公園の入口で気配がした。こちらをじっと見つめる何かが。


「梨沙、待って」


「?」


「あそこ、何か居ないか?」


稜が入口を指差すと、街灯で照らされた影がゆっくりとこちらに向かって来るのが分かった。動物ではなく、完全に人だ。


「夕方だから人ぐらい居るよ」


梨沙はそう言うが、稜は何か気になって仕方が無かった。そしてその姿を見た瞬間、2人の顔色が変わった。それは、見るからに今の時代の服装では無いし、腰には刀がある。


「僕達に何か?」


「うん。でも、君には無いかな」


「!」


「稜!」


それは稜のみぞおちに蹴りを入れると、稜はフェンスまで飛んで行ったのだ。そのまま稜は胸を押さえ、その場で動けないでいた。


「おっと、お嬢さん。君は行っちゃだめだめ」


梨沙が稜の傍に駆け寄ろうとすると、それは梨沙の腕を掴み、引き寄せた。


「お………い!………梨沙から…離れろ!」


稜はフェンスを握って立ち上がり、それを睨み付けた。梨沙は遠くから見ても分かるくらい、震えていた。


「嫌だよ。僕はこの子に用があるんだ」


「私………何も………」


「うん。君は何もしてない。だけど、幸せでしょ?僕ね、幸せな人を見ると、殺したいほどイライラするんだよね」


「そんなの………知るかよ………」


「だって、僕の大好きな沖田くんが居なくなっちゃったんだもん。まだ遠征から帰らないのかなー」


「沖田………?」


「沖田総司。知らない?」


「新選組の………。沖田………総司は………何年も前に………死んでる………」


「は?何言ってんの?はあ、だから人間って嫌い」


「話は………どうだっていい………。梨沙から………離れろ」


「だから嫌だって。この子には、手伝ってもらいたい事があるの。でも、嫌ならいいけど?この子がどうなってもいいならね」


「おい!」


それは腰の刀を抜き、梨沙の首元に刃先を当てた。丁寧に手入れされている刀だ。一振りすれば、梨沙の首は無くなる筈だ。


「わ………分かった。分かったから………刀を降ろして」


「何言ってんだよ!」


「私が言う事聞けば、稜には何もしない?」


「うん。それは約束するよ」


「分かった。貴方に協力するから、稜には触らないって約束して」


「梨沙!」


『ごめんね、稜』


梨沙は口を動かし、声にならないように呟いた。そしてそれは刀を鞘に戻し、梨沙の腕を掴んだまま、夕方の薄暗さと共に消えてしまったのだ。


「梨………沙………」


公園には、稜しか居なくなってしまった。稜は居なくなった公園の入口を見つめ、涙を流し続けた。


「なんで!なんで梨沙なんだよ!」


何度も何度も、稜は地面を殴った。だが、それと同時に、自分にも力があれば、自分にも戦える強さがあればと思い始めたのだ。


「なら俺に、力を貸してくれないか?」


「………?」


心を読まれた気がして、稜は不信感を抱きながら顔を上げた。するといつの間にか目の前には、さっきの奴と同じような格好をしたのが立っていたのだ。やはり、腰には刀がある。


「もしかして、俺と同じような奴、見たのか?俺はそいつと同じだが、違う所もある。………俺は加州 清光だ。で、多分あんたが見たのが、大和守 安定」


「………仲間なのか?」


「仲間だった、かな。正確に言えば。でも、話は後だ。安定が送り込んできたのが、こっちに向かってる」


清光と名乗った男が腰の刀を引き抜くと同時に、公園に10人くらいの男が入って来た。だが、おかしい。顔には狐のお面がしてあり、刀を握っている。短いのもあれば、自分の背丈より長いのもある。


「守りたい物があるなら、戦え」


清光は懐から何かを取り出し、稜に投げた。稜は落としそうになるが受け取り、拳を開く。そこには綺麗な水晶が埋め込まれた、指輪があったのだ。


「これで、奪い返せるのか?」


「お前次第だが、俺はお前に付いて行く。なんか、助けたくなった」


「よく分かんないけど、これで梨沙が助けられるなら、なんだってしてやるよ」


そう言って稜は水晶の指輪を右手薬指に付けた。すると稜の左の鎖骨が光り始めたのだ。何か、力が湧いてくる気がした。


「光に触れば、契約は完了だ!」


清光は叫びながら、狐達に飛びかかって行った。稜が言われた通り鎖骨を触ると、黒い薔薇の刺青が入り、真ん中から刀の柄が現れ始めたのだ。痛みを感じないまま稜は刀を手に取り、清光の背中を追うように飛びかかった。


それから稜は刀の使い方なんて分からない筈なのに、体が勝手に動くように、機敏に狐達を斬って行く。そしてそれが、さっき起こったような感覚が、まだ残っていたのだ。







「昨日の事を信じたく無い顔してるな」


「当たり前だろ。梨沙が居なくなったんだぞ?なんなんだよ、あいつ!」


稜は唇を噛み締め、手元にある枕を投げ捨てた。清光はそんな稜を見て、無言で枕を拾い上げる。


「あいつも、あの狐達もなんなんだよ………。僕と梨沙が何したって言うんだよ!」


「落ち着け。言っただろ、安定は幸せな奴らが殺したいほど嫌いって。あいつはまだ、大好きな沖田くんが死んだ事を信じられないんだよ」


「でも「朝から五月蝿いんだよ!近所迷惑だらうが!」


稜が反論しようとした時、下の方から怒鳴り声が響いた。


「はぁ………。朝から五月蝿いのはどっちだよ………」


声の主は、稜の母ーーー優子だった。優子は元ヤンで、怒らせてしまうと誰も手に負えない程やばい母だ。


「稜の母上って怖いな」


「まあな。これ以上怒ったら本当にやばいぞ」


稜は顔をパチンと叩き、清光と一緒に下へ降りていった。


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