後ろ姿がイケメンだった
そうしてお話は冒頭に戻る。
私はよく考え方が極端だと言われる。零か一か。生きるか死ぬか。死神だと、信じるか信じないか。
そんな私は先ほどの男性のことを「信じた」。
死神だと、信じた。
だからこそ、嫌な、後ろ向きな気持ちに心がドボンと沈んだのだ。
「これがしたい!」そう話す子供に「無理だよ!」と言うことのなんと残酷なことか。悲しいことか。
その悲しかった気持ちも、彼は面白そうに笑い、私の背に回ったかと思うと又も面白そうに私の体を反転させた。
そんな彼のふざけた態度に私は半ばヤケクソで「死んで見せます」そう言い放ち踵を返し図書館裏の森へと入った。
街外れの、明かりがついていなければ確実に廃墟な図書館の裏には大きな森が広がっている。
普段立ち入る人はおらず、近くに民家も無いため熊が出るとか出ないとか。
ちなみに鹿と猿、猪は私が過去に見たことがある。
その理由だが、この図書館、廃墟の仲間みたいな顔をしておいて結構他にはない本が貯蔵されている為ちょくちょく私は足を運ぶ。ここで働いている人は見たことがないが、毎回明かりはついている。
それによる静けさ、非日常感も堪らなく好きで勉強道具を持って丸一日居座るなんて事もザラだ。
そんな私でも熊を見たことはない。だからきっと熊がいるとかいないとかの話は噂でしかないのだろう。
「・・・前言撤回。・・・こんばんは?」
人間、思考が追いつかないと取り敢えず挨拶で誤魔化すようだ。
私は「こんばんは」と挨拶をした。熊に。くまに。ベアーに。
この時期に熊って起きているの?冬眠はいつするの?今って食べ溜めしている期間?もしかして目の前に餌が現れた?それじゃあつまり?
「あっ、死んだわこれ」
最高に情けない声を出して牙をむき出しながら向かってくる、私よりも大きい熊を映した瞳をそっと閉じた。
獣臭さと走ることによって生まれた生ぬるい風を右頬に受けた瞬間、着ている制服の襟後ろを「ガッ!!!」と口で捕まれる感覚が走る。
そのまま熊は私を持ち上げ走る、走る、走る!!!
季節ならではの乾いた冷たい風を背中で受け止めながらされるがまま、運ばれるがまま、私は目を閉じ続ける。
このまま巣にでも運ばれるのだろうか。抵抗もする気はない。抵抗したところで勝てる気が一切しない。
「食べるときはまず頭からいってくれないかな・・・。手足をちぎってからとか痛くて抵抗してしまうかも・・・」なんて事を考えていたら熊の動きが止まった。
おかしいな・・・。途中で向きを変えた感覚がない。これだと向かったのは図書館の方になるんじゃ・・・。
「ぐふぇっ!」
思考を無理矢理停止させる乱暴さで地面に放り投げられ、踏まれた蛙のような声を腹の底から出す。
地面に衝突した左腕をさすりながら反射的に目を開くとなんと言う事か。あの廃墟図書館の裏、それが目に入った。
「えっ、なんで・・・」
答えなどくれないことはわかっているが不思議に不思議を重ねて不思議でコーティングしたような熊の行動に思わず振り返る。
すると不思議な熊は「さて、帰ろう」そんな一仕事終えた雰囲気を醸し出しながら、森へと帰っていこうとしている。
「何これイケメン・・・。熊さん抱いて・・・」
不思議なことが起こりすぎて我ながら訳のわからない事を口走った。
けれどこれだけは言わせてほしい。
本当に、後ろ姿がイケメンだった。