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奇異怪会 自選集  作者: 水無月 雨音
2/4

弐 肝試し

 中学一年の晦日の夜。珍しく私は家にいた。

正確にいえば、私達家族は家にいた。小学校の時分から、年末年始はスキー旅行に行っていたのだ。その年は宿が取れなかったのか分からないが、家での正月を迎える事になっていた。

 私はその頃から文字書きを趣味としていた。全く小説とは呼べない稚拙な文体で、ほぼ会話文で占めるようなモノをノートに書き綴っていた。

「アマネ、電話!」

 階段下から母親の声がし、私はシャープペンシルを置き、階段を駆け降りる。

「誰から?」

「フジノさんからよ」

 私は黒電話の側に置いてある受話器を耳に当てる。

「もしもし?」

『あっ、ミナヅキさん、明日の夜ヒマ?』

「明日? 大晦日って事?」

『そう。除夜の鐘撞き行かない?』

「除夜の鐘?」

 私は聞き返しながら、台所に立っている母親の顔を見た。

 母は私を一瞥し、何か考えているようだった。今思えば、どこまで手綱を緩めていいのか思案していたのだろう。

「ちょっと待って」

 私は受話器を押さえ、母親に首を傾げる。

「フジノさんがね、みんなで除夜の鐘撞きに行かないかって誘ってくれたんだけど、行っていい?」

 母は私の顔をジッと見詰め、息を吐いた。

「特別だよ」

 私はその特別に嬉しくなった。大晦日は夜中まで起きていても怒られない日。夜十時に寝なくてもいい日。さらに今年は、特別に夜中に外出してもいい日になった。

「やった! あ、フジノさん? お母さんがいいって」

 私はクラスメイトのフジノに了承を伝えた。それから、いろいろと話をしているうちに、自分は出汁に使われているのが分かった。

 フジノは付き合っている同級の男の子がいた。

 彼と付き合い出して、親はかなり厳しい事をいうようになったとか。ようは除夜の鐘撞きデートに行くために、私や他の子を誘ったのだ。向こうもグループで来るそうだ。




 除夜の鐘がある寺院まではかなりの距離があった。だが、初の除夜の鐘撞きと深夜の外出とあって、徒歩四十分の道程はさほど遠く感じなかった。

 私達、五人は参道の階段を上がり、寺院にお参りをし、除夜の鐘を突く。上手く鳴るかドキドキしたが、私の突いた鐘の音は、大晦日の夜空に鳴り響いた。

 いち早く鐘を突き終えたフジノは、彼氏のグループを見つけ、近寄っていく。煩悩を払う為の除夜の鐘なのだが、思春期は煩悩真っ盛りだろう。誰も除夜の鐘撞きの意味など考えもしない。

 フジノの彼氏グループは四人。四人のメンバーの顔を見て、私の心臓が少しおかしくなった。私も煩悩まっしぐらだ。

「よう」

 その原因マサキが私に軽く手を上げる。

「こんばんは」

 私はマサキに素っ気無い返事を返していた。我ながらもう少し笑顔で返事が出来ないモノかと、思った。

「ミナヅキはお参りしたの?」

「もう、お参りも鐘撞きも終わってる」

 どうも自分の中で言葉がギクシャクしているのが、気に入らない。いつもマサキと話すとつっけんどんになる。

「それより、彼女のサイトウさんはどうしたの?」

 マサキが口を軽くヘの字にした。

「あいつの家、かなり厳しくてさ。誘ったんだけど断られた」

 私は手に持っていた甘酒の湯飲みを見詰めた。

「そう」

「あ、それ、甘酒?」

「あ、うん。この甘酒、ちょっと苦手」

「じゃあもらう」

 彼は私の手から湯飲みを取り、湯飲みに口付けた。

 私の頬が熱くなった。暖を取るために焚かれた焚き火の所為だけじゃない。

「ミナヅキさん、マサキ」

 フジノが私達を呼びながら近寄ってくる。それと同時にマサキは、同じ部活仲間の女の子に手を上げ、話出した。

 私は軽く溜め息を吐き、フジノを見た。

「フジノさん、これからどうするの?」

「肝試ししない?」

「肝試し?」

 自然と眉間に物凄く皺が刻まれる。

 フジキは不思議そうに私を見詰めている。

「ダメかな?」

「ダメってわけじゃないけど……」

 フジノの彼氏は苦笑いを浮かべた。

「何も起きないって。裏手の墓地に行くだけだから。怖くないって」

 確かに怖い。何が怖いかといえば、上手く言葉に言い表せない。強いていうなら、大袈裟かもしれないが、命の保証が全くない怖さかもしれない。

「いいよね、ミナヅキさん」

 私は頷くしかなかった。ここで嫌だと言えるほど、私は強くない。

 どうやら私の同意が最後だったらしい。みんな、集まって話出した。

「どうやって行く?」

「ごちゃっと集団で行こうよ」

「ええ。面白くねえよ」

「でも、ペアだと女の子が一人余っちゃうよ」

 フジノ以外の女の子達の顔が瞬時に青くなった。

「いやあ! 一人は絶対にイヤ! マサキ、一緒に行って!」

 部活仲間のスミダさんがマサキの腕を取った。なぜかマサキは私をチラ見してくる。

 私はマサキの視線を無視し、フジノ以外の女の子に微笑んだ。

「みんなで一緒に行くなら、私一人でいいよ」

 その発言で全員の視線を集めてしまった。

 フジノが私に笑い掛ける。

「度胸あるう」

「別に度胸なんてないよ。ただし、一番後ろがいい」

「そう言って逃げる気だろ?」

 マサキが口の端を上げた。

「逃げないよ。後ろに人がいるのが苦手なの」

「ゴルゴ13か、お前は」

 マサキの言葉で笑いが起きた。

 結局、マサキ・スミダ組が先頭、私は最後一人で歩く事になった。




 墓地は寺院の裏山の斜面にあり、やっと二人擦れ違える坂道を登って行かなければならない。外灯はあるが舗装はされていない。鬱蒼(うっそう)とした雑木林を登って行かなければならない。


 風で雑木林が揺れる度に女の子の悲鳴が聞こえる。

 マサキは時折私を振り返り、私の確認をする。

「逃げないわよ」

「逃げたら承知しなねえからな」

「逃げないから、前向いた、向いた」

 私は苦笑いを浮かべながら、手で払う。

 それでもマサキは振り返る。私も苦笑いを返し、手で払う。

 分かってる。マサキは私が一人だから心配してくれているのだ。他の男の子達も気にしてくれている。

 私は冷えきった手を擦り合わせる。

 深夜になって急に冷えてきた。吐く息がかすかに白い。

 私の背中がいきなり悪寒を覚えた。まさにゾッという擬音が似合う寒気。

 マサキが振り返る。私は苦笑いを返し、手で払う。

 ふと、頭数が気になり、数え出した。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9…… うん。ちゃんと九人いる」

 私は安心したように頷いたが、慌てて頭数を数え直した。

「1、2、3、4、5、6、7、8…… 9……」

 私はもう一度ゆっくりと数え直した。

「1。2。3。4。5。6。7。8……」

 私は唾を飲み込む。

 有り得ない。でも、確かにある。

「――9」

 そう。私はみんなの後頭部を数えているのだ。

 私を入れたら…… 十人……




 私の吐く息が雪のように真っ白になった。




 マサキの前にいるのは、だれ?




 マサキの前に黒い髪の後頭部が見える。

 まるで私達を誘導するかのように、マサキの前をユラユラ動いている。

 私の毛穴という毛穴が粟立った。私の足が自然と止まる。

 マサキがまた振り返った。立ち止まる私を不思議そうに見詰めていた。

「――ミナヅキ、どうした?」

 私は何も言えずに首を横に振る。だから、嫌だったのだ、肝試しなんて。しかも深夜の墓地なんて。

「大丈夫か?」

 みんなもその声で私を振り返る。

 私は道が続いているはずのマサキの前方を見詰めていた。

 外灯は確かに点いている。それなのに、道が見えない。漆黒の闇がそこに存在している。

「――み、道が」

 私はそれしか言葉に出来なかった。

 マサキ達が前を見て、再び私を見た。

「道がどうした?」

 マサキの前にいた頭がピタリと止まる。その頭、身体がない。頭しかない。

 私は逃げ出したかった。でも、身体がピクリとも動かない。頭の中で警鐘が鳴り響いている。

 頭が、ゆっくりと振り返り始めた。

 動かせない瞳は、それをただ見詰める事しか出来なかった。

 真っ白い面長の顔に二つの空洞、毒々しいほどの真っ赤な口。私は女だと思った。

 空洞と目が合う。ゆっくりニンマリと真っ赤な口が裂ける。

「お前、見えるのか」

 悲鳴すら上げられなかった。

「ミナヅキ、顔真っ青だぞ!」

 漆黒の闇からポと白いモノが複数浮いて出た。

 警鐘は最大に鳴り響いている。




 声さえ出れば。




 私はなぜかそう思っていた。声さえ出れば助かる。

 クイっとロングスカートの裾が引っ張られた。その途端堰を切ったように、私は有りっ丈の悲鳴を上げていた。

 それに連動し女の子達の悲鳴が上がる。前にいた仲間が私の横を擦り抜け、一斉に下り出した。

 でも、私は動けない。

 頭が物凄い形相をし、私を睨み付け、獣のような雄叫びを上げる。

 グイッと腕を掴まれた。

「なにしてんだ!」

 私はマサキに腕を引かれ、動く事が出来た。でも、後ろから迫ってくる気配は消えない。漆黒の闇が迫ってくる気配。振り返らずにいられない。

 私は何度も振り返る。それに釣られてマサキも振り返る。

「なんだよ、なんなんだよ!」

「マサキの前にね、女の人の頭だけが浮いてた」

 マサキは表情を強張らせ、引く手が強くなった。

 闇の迫るスピードが私達より早い。周りが段々黒くなっていく。このままだと、私もマサキも漆黒の闇に飲み込まれてしまう。

 また、スカートの裾が引かれた。

 私の口から悲鳴が上がる。

 もう一回スカートの裾が引かれる。

「イヤあっ!」

 はっきりと拒絶の叫びが出た途端、一瞬にして辺りが明るくなった。パッと灯が点いたようにだ。

 私は仲間の所まで降りて来て、改めて振り返った。

 漆黒の闇の中で頭達が咆哮を上げていた。だが、一定のところから降りて来れないようだった。

 フジノが溜め息を吐いた。

「怖かったあ」

「マジ、ビビったよ」

 みんなの視線が自然と私に集まった。

「ミナヅキさん、もしかして見える人?」

 男子の一人が口を開いた。

 私は首を振った。

「分からない。でも、スカートの裾を引っ張られた」

 マサキは私を見詰めている。マサキには分からないだろう。なぜ見えた事を口にしないのか。

 ここでは口にしたくない。してはいけない気がしたのだ。





 数年後、マサキに聞かれた。

「――なんであの時、見えた事口にしなかったんだ?」

 大人になった私達が偶然街中で再会し、思い出話に花を咲かせていた時だ。

「あの時、見えたって口にしたら、せっかく張ってもらった結界が破れちゃうからよ」

 マサキは不思議そうに私を見詰めていた。

「結界…… やっぱりそういう力があるのか?」

 私はマサキに微笑んだ。

「見えない人、感じない人よりはね。――ただそれだけよ」



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