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眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─  作者: 倉永さな
《第一話・出逢い編》
9/29

九*二人の王子

 琳子の身体に強い衝撃が来るはずだった。しかし、覚悟をしていたものの、いつまで経っても訪れない。それどころか、力強い腕に抱きしめられていた。鼻腔をくすぐる匂いは、覚えがあるもの。琳子は恐る恐る、目を開いた。


「琳子、大丈夫か」


 そこには、別れたはずの樹がいた。


「おまえ、オレの大切な人に手を上げたな」


 声がした方に視線を向けると、鬼のような形相の悠太が琳子を襲った男に蹴りを加えていた。いつもはふんわりと柔らかな雰囲気をかもしている悠太が、悪鬼のような恐ろしいオーラを漂わせて回し蹴りを食らわせていた。


「あいつに任せて、俺たちは行こう」

「樹、待てよ!」

「そいつを殺さない程度でな」

「オレでさえ、琳子を抱きしめてないのにこの男は抜け駆けしたんだぞ! 許せるか!」


 悠太は切れるとどうやら怖いらしい。琳子はそれだけは即座に理解した。

 樹に連れられて道に出ると、タクシーが止まっていた。


「どうにも嫌な予感がしてタクシーで追いかけたら、声が聞こえたから」

「樹、とりあえず警察には通報しておいた!」

「よし、俺たちは帰ろう」


 樹はジャケットを脱ぐと琳子に掛け、有無を言わせずタクシーに乗せた。

 てっきり、琳子の部屋へ行くのかと思っていたら、歩いてきた道を戻り、駅を通り過ぎて反対側へと行った。


「ここでいいですか?」

「ああ、ここでいい」


 樹は答え、支払っている。琳子はどうすればいいのか分からない。


「ほら、降りて」


 樹に促され、琳子はタクシーから降りた。

 樹と悠太は琳子を挟むと、目の前のマンションへと入った。琳子が住んでいるところよりも立派で、思わず周りを見てしまう。

 エレベーターに乗ると、最上階と思われる『10』と書かれたボタンを押した。


「悠太の部屋、片付いてるか?」

「ボクにそれを聞くんだ」

「……俺の部屋の方がましってことか」


 到着を知らせる音がして、エレベーターが開いた。降りて、廊下を歩いて一番奥まで行く。

 樹はスーツのポケットから鍵を出して開け、琳子に入るように促してきた。戸惑いの表情を向けたら、身体を押されて入れられた。後ろから樹と悠太が入った。ドアが閉められ、樹が口を開いた。


「ここは俺の部屋」

「なっ」


 琳子は絶句した。まさか部屋につれてこられるとは思わなかった。


「あんなことがあった後だけど、俺と悠太で代わる代わる、抱いてやろうか?」


 あまりの言葉に、琳子は樹の頬を叩いていた。


「それだけ元気があるのなら、よかった」


 叩かれたにもかかわらず、樹は笑みを浮かべて琳子を見ていた。


「冗談抜きで、その気なら俺も悠太も大歓迎だけど?」

「冗談じゃありませんっ!」

「そっか。残念」


 まったく残念そうではない口調で言うと、樹は琳子に鍵を渡した。


「なに?」

「俺は今日、不本意ながら悠太の部屋で寝る。琳子はここで寝ろ」

「はい?」

「あのまま家に帰っても、あのヘンタイが追いかけてくるかもしれないからな。不安だろう?」


 樹は靴を脱いで中に入り、クローゼットを開けてなにかあさっているようだった。


「俺ので申し訳ないんだが、寝るときはこれに着替えて。ベッドはそこ。トイレはこっち。シャワーを浴びたかったら、ここ。使い方は特に説明は要らないと思うからしない」


 樹はそれだけ言うと、琳子にスウェットを押しつけるようにして渡すと、靴を履きなおした。


「隣の部屋が悠太だから、なにかあったら鳴らして」

「え、あのっ」

「一人寝が淋しいっていうのなら、寝付くまで一緒にいてやってもいいけど、身の保障はしかねるぞ」

「そういうわけではっ!」

「じゃあ、おやすみ。落ち着かないかもしれないけど、遠慮なく使ってくれていいから」


 樹はそれだけ言うと、悠太とともに部屋を出て行った。


「俺たちが出て行ったら、すぐに鍵を閉めろよ」


 と言われたので、琳子は鍵を閉めた。


 突然のことに、琳子の思考はついていかない。

 戸惑いつつも、持っていたかばんを椅子に置き、コンビニで買ったものを冷蔵庫に入れさせてもらう。中を開けると、ほとんどなにも入っていなかった。

 メイクは実家で落としてきていたので問題ない。

 服のままでいるのも先ほどの男の匂いが染み付いているような気がして気持ちが悪くて、脱ぎ捨てた。

 引き裂かれたスカートとブラウスに改めてぞっとする。もしも二人が来ていなかったら……そう考えたら怖くなった。

 手渡されたスウェットは躊躇はしたが、他に着る物がなかったので仕方がなく着替えることにした。ぶかぶかだけど着心地は悪くない。

 ベッドはここと言われたところに行くと、少し散らかってはいたが思ったよりはきれいな部屋だった。かなり躊躇したが、恐る恐る、ベッドにもぐりこんだ。

 抱きしめられたときに香った樹の匂いがして、どきどきする。

 しかし、緊張と疲れのために急に眠気が襲ってきた。

 ここのところ、仕事が忙しくてずっと満足に眠れていなかったのもある。

 妙な安堵を感じて、琳子はそのまま眠ってしまった。


     ***


 目が覚めたとき、見知らぬ天井に琳子は混乱した。

 カーテンの隙間からは明るい日差し。

 しばらくの間、琳子は自分の身になにが起こったのか思い出せなかった。

 そうだ。

 ぼんやりとしていた頭に、昨日の出来事がよみがえってきた。

 桃花の結納が終わり、家に帰っている途中に見知らぬ男が襲ってきた。壁にぶつけられそうになったところを樹と悠太に助けられ、なぜか樹の部屋で寝ることになった。


 そこまで思い出し、琳子はあわててベッドから降りて着替えようとしたが、服を手にとって、激しく破られしまったことを思い出した。床に投げつけたところで、ドアフォンが鳴った。


「琳子、俺」


 声で樹だと分かったが、開けることを躊躇した。スウェットのままだったし、開けたとたんに襲ってくる可能性も充分にあったからだ。


「……おはようございます」


 琳子の警戒した声に樹も気がついたようだ。


「別に襲ったりしない。希望するのなら、別だけど?」

「嫌ですっ!」

「ボクもいるから、安心して。朝ごはんを作ったから、食べようよ」


 悠太の声に琳子は冷蔵庫からコンビニで買っていたものを取り出してから、ドアを開けた。


「もしかして、起きたばっかり?」


 琳子はうなずく。


「寝起きの琳子さんを見られるなんて、ラッキー」


 昨日は暗いし気にしていなかったが、思いっきりすっぴんである。普段からそれほど濃いメイクをしていないものの、やはり、素顔を見られるのはかなり恥ずかしい。


「悠太はそういう微妙な女心が分かってないなぁ」


 といいつつも、琳子の顔を覗き込んできた。


「やっぱり、普段もあんまり、メイクしてないんだ」


 思わずグーで顔面を殴りそうになる衝動を押さえ、琳子は顔をそらした。


「きれいじゃん」


 その一言に、思わず樹の顔を見た。


「恥ずかしがることはない。そのままでも充分だ」


 樹はそれだけ言うと、玄関から出た。


「簡単なものしかないですけど、朝食にしましょう」


 悠太に促され、琳子は鍵を持って樹の部屋を出た。琳子が鍵をかけたのを確認すると、悠太が誘導して隣の部屋へと招き入れた。

 樹の部屋は生活感があまりないように見えたが、こちらは一転して、物があふれていた。といっても、乱雑というわけではない。

 ちゃぶ台が置かれていて、その上に少し焦げたトーストが置かれていた。真ん中にはバターとジャム。あとは空のスープ用のカップが置かれていた。


「スープはなにがいいですか?」


 座布団が置かれていて、座るように促された。琳子は座って、コンビニで買ってきていたサンドイッチを袋から取り出して、ちゃぶ台の上に置いた。

 籐のかごに入れられたインスタントスープを見せられた。


「ポタージュにコーンスープ、トマトにオニオンコンソメ。カレースープもありますよ」


 かごの中に入っているものから選べということらしい。琳子はポタージュを選択した。


「セルフで申し訳ないけど、カップに入れて、ここにお湯があるので注いでください」


 琳子は袋を開けて、カップにスープの粉を入れた。電気ケトルはすでに沸騰しているようで、取っ手を握ると熱かった。注意深くカップに注ぐ。


「二人は?」

「自分で入れるから、大丈夫」

「お気遣いなく」


 樹は勝手知ったる他人の家らしく、籐のかごからスープを出して自分で作っていた。


「あ、このサンドイッチ、美味しいですよね!」

「よろしかったら、食べてください」

「ほんと? やった」

「おまえには遠慮という言葉がないのか」

「樹に言われたくない!」


 やり取りを聞いていると、日常茶飯事ということが分かり、琳子はようやく、小さく笑った。


「笑ったな」


 樹に言われた言葉に、真由にも同じことを言われたことを思い出した。ここのところずっと、しかめっ面をしていたようだ。


「あの……いろいろとその、すみません」


 琳子の謝罪の言葉に、悠太は身を乗り出す。


「琳子さん、気にしないで!」


 琳子は思わず、身体を後ろに引いた。屈託のない笑顔が間近にあって、戸惑う。


「悠太、その身を乗り出す癖、やめろ。琳子がびびってる」

「あー、ごめんね。悪気はないんだ」

「悪気があってやっていたら、俺が叩きのめしている」

「やだなぁ、樹。じょーだんだよ、冗談」


 樹はきつい視線を悠太に向けた。悠太は話題をそらすように、口を開いた。


「ごっ、ご飯にしよっ!」


 いただきまーすと悠太は手を合わせ、すっかり冷めてしまったトーストを口に運んだ。


「焼くの、早過ぎちゃったね」

「まあ……食べられたらいい」

「樹は猫舌だからね」

「うるさいっ」


 琳子は戸惑いながらも同じようにトーストに手を伸ばす。


「サラダ用の野菜でも買っておけばよかったなぁ」

「昼に野菜を食べれば問題ない」

「現実的だなぁ」

「非現実的とはどういうことを言うんだ?」

「今から買ってこいとか?」

「よし、それを採用。今すぐ買って来い」

「やだよぉ」

「後で買い物に行こう」

「樹が珍しいことを言った!」

「琳子がこのままだと帰れないだろう?」

「あ……そうだね。だけど、買い物に行くにも、着ていく服がないよね?」


 昨日着ていた服が引き裂かれてひどいことになっていたことを思い出し、琳子は食べる手を止めた。


「樹、デリカシーなさすぎ!」

「……琳子、すまない」


 樹の謝罪の言葉に、琳子は力なく首を振るだけだった。

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