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眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─  作者: 倉永さな
《第一話・出逢い編》
8/29

八*琳子のピンチ

 桃花の結納は、飛び入り参加の樹と悠太を加えて、行われた。

 結納は滞りなく行われ、和やかな雰囲気の中、食事となった。

 甘太郎は終始ご機嫌で、樹と悠太もさりげなく場を盛り上げてくれている。一人沈んでいるのは、琳子だ。姉のめでたい席だから笑顔にならなければと思うのだが、どうしても笑顔になれない。琳子は一人、時々、樹と悠太を見つつ、ぼんやりと時が過ぎるのを待っていた。

 そうして過ごしていると、樹は悠太と視線を合わせると、うなずき合い、それから甘太郎に顔を向けたことに気がついた。


「すみません、俺たち、そろそろお暇させていただきます」


 その声に時計を見ると、かなりの時間が経っていた。料理もあらかた食べ終わり、お酒もなくなってきた頃合だ。


「なあに、泊まっていけばいいじゃないか」


 と甘太郎は言うが、さすがの二人も辞退している。


「お父さん、私もそろそろ帰るね」

「琳子は泊まっていかないのか?」

「うん。明日、用事が入ってるのよ。朝早いから、帰るね」


 明日の予定などなにもないのだが、実家に長居したくない。


「それでは、俺たちは琳子を送っていきます」

「おお、そうしてくれ。送っていくついでに、襲ってもいいぞ」

「お父さんっ!」


 酔っ払ってご機嫌な甘太郎の言葉に、琳子は悲鳴を上げた。


「ボクたちは紳士なんで、そんなことはしませんよ」


(どこが紳士なのよっ!)


 と琳子は心の中で突っ込みを入れ、退室させてもらった。着付けをしてもらった部屋に行くと、真由が待っていてくれた。

 真由はご機嫌で琳子が脱ぐのを手伝ってくれている。


「最初は驚いたけど、二人とも、いい人じゃない」

「いい人に見えたの?」

「あら、いい人じゃない。二人とも、本当に琳子のことを考えてくれていると思うわよ」

「…………」


 今までの噂を知っているのもあり、琳子は素直になれない。

 二人はたくさんの女たちと遊んできた。……それは過去のことだからこの際はよいとしよう。

 二人は琳子のことは本気だと言うが、琳子は本気とは思えない。どうみても今までと毛色が違うのが珍しくて、遊んでいるようにしか受け取れない。

 琳子がなにも言わないことに真由はどう思ったのか、おかしそうに口を開いた。


「二人とも、桃花のことをぜんぜん見てなかったわよ」


 そのことはさすがに琳子も気がついていた。

 二人の桃花への態度は、どちらかというと迷惑そうだった。あれは、お局さまを相手にしているときと同じ様子であった。しかし、あからさまにしていないのは、琳子の姉だからだろうか。


「昔から琳子より桃花って男ばかりだったから、ちょっとびっくりしちゃった」


 ぼんやりとしているようで、見ているところはきちんと見ているらしい。伊達に長い間、客商売をしてきたわけではないようだ。


「いい男だから、きっと今まで、いろいろあったんだろうけど」


 鋭い言葉に琳子は思わず笑う。


「ああいう人はね、本気になったら周りなんてどうでもいいの。本命しか見えなくなってしまうのよね」


 真由はそういうが、琳子にはどう見てもやはり二人が本気のように見えない。


「遊ばれて泣くのは、私よ」

「琳子は疑い深いのね」


 男が口にする『愛の言葉』を信じられないことを知っている琳子は、どうあっても信じることが出来ないでいる。


「とりあえず、二人と付き合っちゃえばいいのよ」

「おかーさん!」

「いいじゃない、公認二股。あー、わたしも若ければ、やってるんだけどなぁ」

「私、そんなに器用じゃないわよ!」

「そんなの、知ってるわよ。だけど、お付き合いしてみないことには、本当はどんな人か分からないじゃない?」


 真由の言葉に琳子はうつむく。


「琳子はなにを躊躇しているわけ?」


 どうにも煮え切らない琳子に真由は疑問を口にした。


「あの二人は女遊びがひどいっていう噂で……」


 琳子は社内で聞いたことのある噂話を口にした。それを聞いた真由はため息をつく。


「噂が真実かどうかなんて、分からないでしょ。真実を知るには、その人と付き合ってみないことには分からないわよね」

「でも……」

「それまで、本当に女の人と遊んでいたとしても、逆に考えるのよ。それだけたくさんの女が近寄ってくるってのは、魅力があるってことでしょう? そんな二人に琳子は言い寄られているのよ。自信を持ちなさい。それに、琳子と付き合ってもその癖が治らないのなら、琳子が改めて振ってやればいいじゃない」


 とても母の言う言葉とは思えないと琳子は真由を見た。


「結婚しないって言うけど、結婚しないことイコール男と付きわないってのは違うと思うのよ。付き合ったから必ず結婚をしないといけないわけじゃない。いい男と付き合って、美味しいご飯を食べさせてもらって、セックスしたっていいじゃない」

「なっ」


 琳子は頬に熱を持ったことを自覚した。


「それで子どもが出来たって、認知さえしてもらえるのなら結婚はしなくていいと思うのよね。面倒はわたしが見てあげられるし」

「おかーさん……」

「養育費を分捕るくらいの強さがないと、これから先は女一人で生きていくなんて、出来ないと思うのよ」


 琳子は唖然と真由を見ることしか出来ない。


「人生は一度しかないのよ。楽しんだものが勝ちだと思わない?」

「…………」


 そうは言っても、琳子は真由の考えに賛同することが出来ない。


「まあ、諦められる前に結論を出すことね」


 琳子としては、今すぐにでも諦めてほしい気持ちで一杯だ。




 着替えを済ませて客間に向かうと、樹と悠太だけが待っていた。


「父は?」

「飲みすぎて眠くなったと言って、さっき部屋へ戻ったようだよ」


 確かに、いつも以上に飲んでいたような気がする。

 桃花の結納が無事に終わり、しかも、奥手の琳子と付き合いたいと二人も来たのだから、よほどうれしかったのだろう。


「甘太郎さんの和菓子談義、面白かったなぁ」

「悠太と話が弾んでいたよな」

「克浩さんも面白い人でしたね」


 克浩という名前を聞き、琳子の胸の奥が痛む。その微妙な表情の変化に樹は気がついたようだ。しかし、特になにも言ってこない。


「さて、帰るか」


 二人同時に立ち上がるのを見て、琳子はあわてた。


「私、一人で帰れます。すみません、まさかお待たせさせているとは思わなくて」

「なにを言ってるんだ。一人で帰すわけ、ないだろう?」


 樹の危険な笑みに、琳子は後ずさった。


「樹、琳子さんをおびえさせてどうするんだよ」

「いやぁ、つい。いつもだったら送っていってそのまま家に上がりこんでというパターンが多かったから、思わず」

「樹ってがつがつしすぎだよね」


 二人の会話を聞いて、琳子はあわてて客間を飛び出した。


「琳子、待てって。冗談だって!」


 樹も琳子を追っ手あわてて飛び出た。腕を掴むと、力強く振り払われた。


「あなたたちに送ってもらう方が危険だから、一人で帰ります!」

「送っていく」


 そういった樹の表情が思った以上に真剣で、琳子は断りの言葉を飲み込んだ。悠太も遅れてやってきて、琳子は二人に挟まれて夜道を歩くことになった。


 三人は無言で歩く。そして、琳子は部屋の近くのコンビニに到着したところで立ち止まった。


「もうここからすぐなので、一人で帰れます」

「え……でも」


 心配そうな声を上げたのは、悠太だった。


「……分かった」

「樹! 近くだからって」

「今日はここまでにしよう。琳子はきっと、俺たちに部屋がどこにあるのか知ってほしくないんだろう。それくらい、察してやれよ」

「だけど」

「悠太」


 きつい口調に悠太はそれ以上、口にしなかった。琳子がコンビニに入るのを見届けて、二人は去っていく。

 琳子としても、ようやく二人から解放されてほっとした。

 明日の朝ごはんを買って、部屋へと向かう。

 仕事でこれくらいの時間になることはままあった。遅い時間なので家々の電気が消えて暗いが、街灯はついているので大丈夫と言い聞かせる。

 しかし、コンビニを出てからどうにもつけられているような気がする。琳子は後ろを気にしながら歩く。明かりの下で立ち止まり、後ろを気にするがだれもいない。気のせいだろう。

 そう思って歩き出し、少し暗くなった細い道の横を通りかかったところ。


「!」


 腕が伸びてきて、強く引き込まれた。琳子は突然のことに声も出せない。

 引き寄せられ、後ろから抱きつかれて口に手を当てられた。首筋に当たる息が熱くて不快だ。


「大人しくすれば痛くはしない」


 聞いたことのない声。きついアルコールの匂い。

 琳子の身体はこわばる。どうすればいいのか分からず、逃れようとするのだが、震えて力が入らない。

 こんなことなら、強がらずにマンションの下まで二人に送ってもらえばよかった。

 琳子は後悔の念に駆られていた。

 二人はもう、とっくの昔に帰ってしまっている。助けを求めるのも都合がよすぎるだろう。


「へっへっへ、こんなきれいなねーちゃんに挿れられるなんて、ついてるなぁ」


 その言葉に今からされることを想像して、鳥肌が立った。冗談じゃない。こんな、どこのだれとも分からない男に初めてを奪われるなんて!


「んー!」


 琳子は必死に抵抗した。すると男は髪の毛を強く引っ張ってきた。痛い。頭皮から根こそぎ抜けそうだ。

 男はスカートを強く引っ張った。縫い目から裂けて、帰るだけだからとストッキングを履いてなかったのが裏目に出て、素足があらわになる。それに気がついた男は興奮して、鼻息が荒くなった。さらにはブラウスにまで手をかけ、ボタンを引き裂く。はじけ飛んだボタンが琳子の頬にぶつかった。

 琳子は身の危険を感じて、抵抗した。男は琳子を大人しくさせようと身体を強く引っ張り、壁にぶつけようとした。

 琳子は痛みを覚悟して、きつく目を閉じた。

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