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眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─  作者: 倉永さな
《第一話・出逢い編》

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四*意外な趣味

 琳子は四階で打ち合わせをしている業務部の部長に資料を渡して、階段を使って五階に戻っているところだった。


「またつきあってくれよ」

「なんで俺が? 女の子を誘っていけばいいじゃないか」

「女の子は付き合ってくれないよ……」


 聞き覚えのある声に、琳子はどきりとした。

 気弱な声は悠太だろう。相手がだれかはわかりきっている。


「どうしてだよ、付いてきてくれるかもしれないだろ?」

「いや、でもっ」


 琳子はどうすればいいのか分からず、思わずその場に立ち止まった。

 もちろん立ち聞きをしようという気はないのだが、顔を合わせるのはなんとなく気まずい。


「とにかく、その日は無理だから! 他をあたってくれよ」


 樹の声とともに、階段を降りてくる音が聞こえた。


(うわっ、まずいっ)


 別に悪いことをしているわけではないのだが、どうにも会いたくないというのが琳子の本音だ。気がつかれませんように、という祈りはむなしく。


「あ、琳子」


 見事に気がつかれてしまった。


「こ……こんにちは」


 琳子は引きつる顔にどうにか笑みを乗せようとして、失敗した。樹はそのことに気がついた。


「どうしてこんなところにいるんだ?」


 探るような視線に、琳子は逃げようとするのだが……。


「えっ? 琳子さんがいるのっ」


 悠太の弾む声に、琳子は蛇二匹ににらまれている蛙になったような気持ちになった。


「もしかして、さっきの話、聞いちゃった?」


 悠太も樹の後ろから階段を降りてきた。悠太の質問に、琳子は思いっきり首を振った。


「聞いちゃった訳だ」

「きっ、聞いてませんって!」

「悠太。どうせなら琳子を誘えば?」

「いや、いいよっ。ボク一人で行くから」

「へー。一人で行けるんだ」

「いっ、行くよ!」


 樹はにやけた笑みを悠太に向け、肩を叩いて階段を駆け下りた。


「じゃあ俺、営業に行ってくる!」

「あーい、いってらっしゃーい」


 困ったような笑みを浮かべ、悠太は樹を見送った。


「わっ、私も戻りますっ。失礼しますっ」


 琳子は慌てて、階段を駆け上った。


「ボクも戻るかなぁ」


 そんなのんびりした声が、琳子の耳に届いた。


     ***


 それからは特に樹と悠太と絡むことなく、ようやく迎えた金曜日。あの資料室のキスから一週間。

 琳子は終業の合図とともに、席を立った。


「りんこ先輩、先週の合コン、よかったですよー」


 先週、合コンに行こうと誘ってきた後輩が声をかけてきた。


「で、今日もそのメンバーで集まって飲もうっていう話になってるんですけどっ」

「ごめんなさい。今日はもう、予定が入ってるの」

「え、もしかして、デートですか?」

「違うわ」

「わー、いいなぁ、デート」



(人の話、聞きなさいよ)


 琳子は思わず、心の中でツッコミを入れる。


「りんこ先輩、今度、彼氏を紹介してくださいねっ」

「……彼氏なんて、いないから」


 どうしてこの人の頭は男のことしかないのだろう。そんなことを思いながら、琳子は更衣室へ向かった。


「中司くんに断られた?」

「しっ! 声が大きい!」


 先週の金曜日から、どうにも琳子は樹と悠太の二人に絡む出来事にやたらに遭遇しているなと、思わず大きなため息をつきそうになった。


「今日、コンサートに誘ったら、予定があるからって」

「マジで? 他の子とデートなんじゃない?」

「あたしってものがありながら?」


 もてる人は大変ねと思いながら、琳子は急いで着替えた。

 琳子は今日という日をとても楽しみに待っていた。

 それは、今日は待ちに待った……。


(落語っ!)


 年寄り臭いとよく言われるけど、実は琳子は無類の落語好きだ。ひいきにしている噺家がいるわけではないのだが、そこそこマメにあちこちの寄席に行っていたりする。しかし最近は仕事が忙しくて、行くのは久しぶりだ。

 琳子は更衣室を出て、混み合っているエレベーターホールを見て、一度では乗り切れないと判断して、階段へと向かった。

 開演時間も近づいているのもあり、階段を駆け下りた。

 三階は飲食店の入っているフロアで、そこでお弁当と飲み物を購入した。口演が始まる前に食べてしまいたい。

 琳子は早足に寄席へと向かう。その少し前に悠太がいることに、琳子は気がついていなかった。


 今日の会場に着き、琳子は指定席を探して椅子に座った。

 周りを見ると、いつものことだが年齢層は上の人たちばかりだ。一人で来ている人も多いが、二・三人で来ている人もいる。琳子と同じようにお弁当を持ち込んで食べている人が何人もいた。

 琳子もすぐにお弁当を開いて、食べ始めた。お弁当をかなり食べ終わった頃、隣に座っている婦人に話しかけられた。


「お嬢さんは一人ですか?」

「はい」

「若い頃から落語をたしなむなんて、なかなかいいですわね」


 上品に笑う婦人につられ、琳子も笑みを浮かべた。

 琳子の落語好きは、祖母の影響である。幼い頃より寄席に連れられていき、独特の空気と世俗とかけ離れた毒気にいつの間にか魅了されていた。祖母が存命中はそれこそ二人でよく出掛けていたのだが、亡くなってしまい、しばらくは足が遠のいていた。だが、ふとしたときに落語を耳にして、その懐かしさとストレス解消を兼ねて、また、足を運ぶようになった。


「亡くなった祖母と一緒によく来ていたんです」

「そうなの。すてきなお祖母さまだったのね」

「はいっ」


 琳子は祖母のことを褒められて、うれしくなった。

 両親は商売で忙しく、四歳上の姉と琳子の二人の面倒をよく見てくれていた。姉の桃花は祖母が苦手だったらしいが、琳子は大好きだった。

 祖母は厳しい人ではあった。だけど、その祖母がいたから今の琳子がいるのであって、この落語を含めて、良かったと感謝をしている。


「子どもも孫も付き合ってくれないのよね。お祖母さまがうらやましいわ」


 話をしていたら、開演時間になったようだ。会場内に拍子木の音が鳴り響く。

 客席の電気が落ち、暗くなった。その一瞬の時、視界の端に見覚えのある姿が見えたような気がした。


(まさか……ね)


 こんな場所で見るわけがない。琳子は自分に言い聞かせ、舞台へと視線を向けた。


 琳子は二時間半、たっぷりと落語を堪能した。何度もお腹を抱えて笑う場面があった。笑いすぎて、涙が出てきた。

 名残惜しいけれど、あっという間に終わってしまった。客席が明るくなり、三々五々とお客たちは帰って行く。


「またお会いできたらいいですね」


 琳子の隣に座っていた婦人はそう声をかけ、席を立った。


「そうですね。時間が取れたら寄席には足を運んでいますから」


 琳子は会釈をして、婦人を見送った。琳子はもう少し、客が減ってから席を立とうと思っていた。それがあだとなってしまったのだ。


「あれ? 琳子さん」


 聞き覚えのある声に、琳子の眉間に思わず、しわが寄る。反射的にうつむいてしまう。


「やっぱり、琳子さんだ! こんなところで会うとは、思わなかった!」


 前の方からやってくるのは、悠太。先ほど、ちらりと見えてまさかと思ったが、どうやら本人だったようだ。

 悠太は人混みをかき分け、琳子の隣の席に座った。そこは先ほどまで婦人が座っていたところ。


「ここで会うなんて、奇遇だなぁ」


 気のせいか、周りの視線を感じる。琳子は立ち上がろうとしたが、悠太に腕をつかまれた。


「琳子さん、ボクと樹の会話、聞いていたんでしょ?」

「なっ、なんのことですかっ」

「嫌だなぁ。なにも追いかけて来なくても」

「!」


 そこでようやく、先日の階段でのやりとりを思い出した。

 悠太は樹に付き合って欲しいと話をしていた。どうやら、今日の寄席に付き合って欲しいと樹にお願いをしていたらしい。それを知っていたら、今日、来ることはなかったのに。


「勘違いしないでくださいっ」


 琳子は周りを気にしながらも、強く否定した。


「私は昔からっ」


 そこまで言って、琳子は慌てて口を押させた。

 落語が好きだと知られたら、馬鹿にされるかもしれない。

 昔、趣味は落語を聞くことだと話をして、思いっきり馬鹿にされた過去を思い出した。それ以来、落語が好きだということは秘密にしている。


「そっ、祖母に付き合って……」

「お祖母さん? でも、琳子さん、今、一人……ですよね?」


 悠太に指摘され、口ごもる。


「琳子さんも落語が好きなら、遠慮しないで誘えばよかったなぁ」


 悠太も一人で来ているところを見ると、彼も落語が好きなのだろう。しかし、弱みを見せないのが一番だ。


「しっ、失礼しますっ」


 琳子は慌てて席を立ち、外へと出た。


(なんで、よりによって、ここで会うわけっ?)



「琳子さん、待ってよ!」


 悠太は琳子の後を追って、出てきた。琳子はそのまま走って駅へと向かった。

 その現場を見ていた人物が、いた。

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