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眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─  作者: 倉永さな
《第二話・楽しいいちご狩り編》

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八*露天風呂と樹の過去

 ふと目が覚めると、あたりは真っ暗だった。琳子はぼんやりとした頭で寝返りを打ち……視界の先に、自分以外の人間がいることに驚いて飛び起きた。そして、見覚えのない景色に戸惑いを覚える。

 ここはどこだろう。

 少し痛む頭を押さえながら考え、思い出した。

 そうだ、ここは悠太の親戚がやっているという旅館の離れだ。夕食でお酒を飲み過ぎて酔いつぶれたようだ。そう思うと、急激に喉の渇きを覚えた。

 琳子は部屋を見回し、両隣に樹と悠太が眠っているのを見て、ため息を吐く。

 そして自分に視線を落とし、いつの間にか浴衣になっていることに驚きを覚えた。ご丁寧にパンツ以外の下着も脱がされている。二人して楽しんで着替えさせたのだろうなと思うと、羞恥で頬が赤くなった。


「琳子さん、気分は大丈夫?」


 突然、声を掛けられて琳子は身体を震わせた。琳子が起きたことで、悠太もつられて目を覚ましたようだ。


「あ、ごめんなさい。起こした?」


 布ずれの音がして、悠太が近寄ってきたのが分かった。琳子は身体をかたくして身構えた。


「そんなに警戒をしなくても」


 悠太の苦笑するような声に、琳子はかたい声で返す。


「信用ありませんから」


 琳子の声に悠太は口の前で指を立てて見せた。琳子は慌てて口を押さえる。


「樹が起きる。隣の部屋に行きましょう」


 二人は樹を起こさないようにそっと隣に移動した。

 悠太が電気をつけて、琳子はまぶしさに目を細めた。明るくなった室内はすっかりと片付いていて、琳子は申し訳ない気持ちになった。


「酔いつぶれて、すみません」


 琳子の謝罪に、悠太は作り付けの冷蔵庫から水を取り出しながら笑みを浮かべた。


「お代はしっかりもらいましたから」


 お代とは琳子の裸を見たことのようだ。琳子は真っ赤になった。


「酔って前後不覚になっている女性を抱くことはさすがにしませんから」

「そういう問題ではなくてっ!」


 悠太に渡されたお水を飲みながら、琳子は文句を口にした。


「勝手に脱がすのは、酷いです」

「あのままだったら、苦しかったでしょ? 口移しで水を飲ましたのも、覚えてなさそうだし」


 そんなこと、覚えているわけがない。言われても分からない。


「酔って警戒心のなくなった琳子さんも、すごくかわいかったなぁ」

「……普段がかわいくなくて、すみません」


 その返しに悠太はにっこりと笑う。


「素直な琳子さんもかわいいけど、普段はもっとかわいいと思うよ」


 琳子は悠太から視線を逸らし、水を飲み干す。


「ボクは寝ますけど、お風呂に入ってきてはどうでしょう? 木の隙間から見える星空がきれいですよ」


 悠太はもう一杯水を注いで一気に飲み干すと、座卓の上に置いた。


「おやすみなさい」


 と挨拶をして、悠太は隣の部屋へと戻っていった。琳子もおやすみなさいと返し、悠太を見送った。

 琳子はどうしようかと考え、掛け流しの露天風呂だったことを思い出して入ることにした。

 部屋の電気を消し、廊下に出る。ガラス戸からわずかに入ってくる月明かりを頼りに歩みをすすめ、奥にあるという露天風呂に向かう。

 磨りガラスの引き戸を開けるとからからと音を立てた。中に入ってゆっくりと締めて、鍵を掛けた。

 脱衣所になっていて、タオルなど入浴に必要なものはすべて用意されているようだった。

 脱いでタオルを持ち、奥にあるもう一つの引き戸を開けた。

 そこには、湯気が立つ石造りのお風呂があった。周りは樹木が生えていて目隠し状態だし、山肌も見える。上を見ると天井がなく、きらめく星空が見える。


「うわぁ」


 思わず声が洩れるほどの視界。琳子が住んでいるあたりでは見ることができないほどの星の量に圧倒され、しばらく見とれていた。

 しかし、寒さを思い出し、琳子は慌てて身体を洗うことにした。

 洗い場に視線を向けると、うっすらと灯る明かりが辺りを照らしていて、うすらぼんやりと幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 まずは頭と身体を洗った。

 琳子が出す音以外、なにも聞こえない世界。この世にたった一人取り残されたような気持ちになる。

 ぬくもりを感じたくて、髪の毛をタオルで巻いて、湯船に浸かった。お湯の温かさにほっとした。腕に触れるとつるつるとした感触に笑みが浮かんだ。


 星空を見上げながら湯船に浸かっていた。

 今にも降り注いできそうな圧倒的な量に、息をするのも忘れて見とれていた。しんと静まり返った中、少し怖いと思っていると、琳子が入ってきた反対側で音がして、思わず身構えた。だれかが入ってきたようだ。

 湯気越しにぼんやりと見える。琳子のことには気がついてないらしい。

 どうしようと迷っているうちにその人物は身体を洗い終えたのかこちらに近づいてきて、そこでようやく、琳子がいることに気がついたようだ。

 樹だった。


「あれ、琳子? なんだ、入ってたんだ」


 悠太と入れ替わりに起きてきたらしく、琳子が入っていることに気がつかなかったようだ。


「……一緒に入ってもいいか?」


 樹らしくない断りの言葉に、琳子は思わず笑った。


「樹のことだから『一緒に楽しもう』って強引に入ってくるのかと思いました」


 樹は少しバツの悪そうな表情をして、琳子から視線を逸らして言い訳がましいことを口にした。


「俺だってそれなりにデリカシーってものは持ってる」


 琳子はくすくすと笑い、湯船の端に寄って態度で示した。樹は珍しく遠慮がちに湯船の端に入ってきた。さすがに恥ずかしくて琳子は樹に背中を向け、口を開く。


「酔っ払ってすみません。介抱していただいたようで、ありがとうございます」

「あ……いや。悠太がほとんどやったから」


 どうにもさっきから樹らしからぬ気弱な言葉に、琳子は調子が狂う。


「樹、もしかしなくても寝ぼけてます?」


 琳子はそっと振り向いて、言葉を失った。

 樹は琳子に背中を向けているようで、気がついていない。

 琳子は慌ててまた、樹に背中を向けた。


「さっきまでぼんやりしていたけど、琳子がいるのに驚いて目が覚めた」


 琳子は今、見たことを樹に質問していいのか悩み、口を開きかけて閉じた。

 少し距離があるし湯気越しでよく見えなかったが、それでも右肩から背中にかけて大きな傷跡が見えた。

 聞くに聞けなくて、琳子はいつもとは違うどきどきに支配されていることに気がついた。


「琳子、長湯するとのぼせるぞ」

「え……あ、はい」


 そう言われ、琳子は自分が長い間、浸かっていたことを思い出した。

 慌てて立ち上がったがすでに手遅れだったようで、しっかりとのぼせて視界がくらくらして、目の前が黒くなった。

 よろけたのは分かったが、どうすることもできない。バランスを崩し、お湯の中に倒れ込んでしまった。


 背中越しにその音を聞いた樹は振り返り、琳子がお湯に沈んでいるのに慌てて駆け寄った。腕をつかまえると力強く引っ張り、お湯から引きずり上げた。


「琳子、大丈夫か?」


 お湯から引っ張り出すと琳子はきつく目をつむっていた。樹は琳子の身体を抱きかかえ、慌てて頬を叩く。琳子はすぐに気がつき、うっすらと目を開けた。


「ごめんなさい、のぼせてしまったみたいです」


 力ない声に樹は泣きそうな表情をして、琳子を抱きしめた。

 どうしてそんな表情をするのか分からない琳子は自分は大丈夫と伝えたくて、すっかり全裸だということを忘れ、背中に手を回して樹に抱きついた。指先が傷跡に触れた。


「びっくりさせるようなことをしないでくれ……」

「ごめんなさい」


 樹の懇願に、琳子は素直に謝った。

 琳子が樹の胸にしがみつくと、とくとくといつもより早く鼓動を打っているのが聞こえた。びっくりさせてしまったようで、申し訳ない気持ちがいっぱいになった。

 琳子が樹の背中の傷跡を撫でると、樹の身体がびくりと震えた。


「あ……ごめんなさい。その、痛かった?」


 樹は無言で首を振った。


「背中の傷、見た?」


 樹の質問に琳子はどう答えればいいのか分からず、無言でなぞり続けた。


「琳子だから話すけど、昔、事故に遭って、死にかけたんだ」


 囁くような声に琳子は樹の抱えていた心の傷に触れてしまったことに気がつき、抱きつく腕に力を込めた。


「小学生の時、通学中に車に突っ込まれて、死にかけたんだ」


 琳子は思わず、息をのんだ。


「生死の境目をうろうろして、かろうじて命を取り留めた感じだった」


 樹のその言い方は、まるで生き残ってしまったことを後悔しているような言い方だった。琳子は悲しくて、かぶりを振った。


「俺が事故に遭って、ライバルが減ったと男子は喜んでいた。でも、悠太だけは違ったんだ。マメに見舞いに来てくれた」


 その当時のことを思い出したのか、樹は笑みを浮かべた。


「悠太はあの頃からあんな調子でさ。学校が終わるとすぐに来てくれて、『樹、お菓子食べる?』なんてすごいのんきなんだ。こっちはお菓子を食べるどころじゃないってくらい痛いのに、いつもと変わらず接してきて……。ほんと、腹が立って仕方がなかったな」


 痛いのにあの調子で接してきたら腹が立つだろう。


「でも、あいつなりに気を遣ってはくれていたみたいなんだ。痛いだろう、苦しいだろうなんて同情めいたことは一切、言わなかった。俺のこと、心配じゃないのかなんて思ってある日、ぶつけたら……『それで怪我がすぐに治るのなら、いくらでも言うよ』って。『心配じゃなかったら、毎日来ないよ』とまで言われた。しかも、『悔しかったら早く良くなって、一緒にお菓子を食べようよ』なんて言ってきたんだ。ほんと、昔から嫌なヤツだったよ」


 その当時のことがすぐに思い浮かび、琳子は笑ってしまった。


「下手な慰めの言葉よりも、ずっとあれが効いたな。悠太のおかげで生きる気力が湧いてきた……って、これ、悠太には内緒な」


 樹のいたずらそうな笑みに、琳子の心臓はどきりと高鳴りを覚えた。


「ようやく傷はふさがったけど、跡はこんな感じで残ってしまったから、水泳の時間が苦痛だったよ。この傷をさらさないといけなかったから」


 背中の傷はやはり、事故を思い出して辛いもののようだ。

 そういえば、と琳子は思い出す。樹がいつも女性と関係を持つときはすべては知らないが、琳子と出会った資料室や車の中といった場所ばかりのような気がする。家にも連れ込まない主義らしいし、隠していたことだったのかもしれない。


「……ごめんなさい」


 琳子は思わず、頭を下げて謝っていた。


「どうして琳子が謝る?」

「その、踏み入ったことを無理矢理に話をさせたみたいな形になったから」


 樹は笑い、琳子を見た。琳子は視線を感じて、顔を上げた。


「琳子にはいつか話そうと思っていたから、いいタイミングだったよ」


 それに、と続ける。


「でも、今は生きていて良かったって……琳子に会って思ったんだ」


 樹の中でそのとき、なにかが変わったと琳子は感じた。

 いつも以上の柔らかな笑みに、琳子も自然と笑みが浮かぶ。きゅっと樹にしがみついた。次の瞬間、樹はにやけた表情になった。


「やっぱり、琳子の肌って気持ちがいいな。そんなに抱きつかれてたら、我慢が効かなくなるんだけど、分かっててやってる? 挑発してる?」


 そう言われ、琳子のお腹のあたりに、先ほどはなかったかたくて熱い感触があった。見るなと頭の片隅が警鐘を鳴らしているにもかかわらず、琳子は身体を離す時に好奇心にあらがえず、思わず見てしまった。


「qあwせdrftgyふじこlp」


 琳子はとっさに口をふさいだが、それでも意味をなさない声が漏れ出す。


「ま、これでお互い様ってことだ」


 樹は立ち上がり、これ見よがしに見せつけてきた。琳子は真っ赤になって慌てて目をそらした。


「悠太のとどっちが大きいかなぁ」


 樹のセクハラ発言にとうとう我慢がならなくなった琳子は、静かな離れに響き渡る悲鳴を上げた。


「きゃあああああ!」


 しかし、ぐっすり眠っている悠太の耳には届かなかったようだ。


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