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眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─  作者: 倉永さな
《第二話・楽しいいちご狩り編》

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19/29

七*お泊まり会

 すっかり日も沈み、明かりがないと周りが見えない暗闇の中、ヘッドライトを頼りに車はすすんでいく。

 なにがどうなったら今の状況になるのだろうかと琳子は思案して、二人にはめられてしまった間抜けな自分を恨むことしか出来ないことに気がついた。どれだけ自分のペースですすめようとしても、この二人の前では無力であるようだ。

 一体どこに向かっているのだろうか。不安な面持ちで琳子はいた。

 足場の悪い道を通っているのかしばらく車はかなり揺れ、そして静かに止まった。


「さて、着いた」


 樹の声は琳子には死刑宣告に聞こえた。

 琳子はこのまま車内に残って、ここで一晩、過ごしてもいいとさえ思った。幸いなことに後部座席は広く、琳子一人なら身体を伸ばして眠ることができる。


「ここはボクの親戚が経営している旅館なんだ」


 悠太はシートベルトを外し、後部座席に身を乗り出して琳子に説明をしてくれた。


「悠太は親戚が多すぎる。一郷さんとはどういう繋がりだ?」


 琳子が疑問に思っていたことを、樹が聞いてくれた。


「明美さんがボクの父親の妹なんだよ。ここは……あれ? どういう関係だったかな。思い出せないや」


 悠太の知っている旅館というのは分かった。


「樹と二人でいちご狩りに来て、樹の仕事の都合がつけば、こうやって何度か泊まりに来てるんだ」


 二人がここに何度か泊まったことがあるのも分かった。


「泊まるっていうけど、二人は着替えは?」


 聞くだけ無駄なような気がしたが、琳子は確認のために聞いてみた。


「持ってきてるに決まってるだろ」


 と当たり前のように返された。

 いちご狩りをしてここに泊まることは定番になっていたようなので、最初から泊まるつもりでいたのだろう。着替えのない琳子のためにアウトレットモールで買い物をしたとすると、用意周到としか言いようがない。


「さ、降りて」


 琳子はこの二人相手にあらがってもどうにもならないと分かり、諦めて大人しく車から降りた。

 建物を仰ぎ見る。

 暗くてよく見えないが、木の門の奥には平屋の日本家屋。威風堂々とした立派な造りの建物に琳子は呆然と立ち尽くした。


「すごいでしょ、ここ」

「はい。すごすぎて言葉も出ません」


 正門は今から訪れる客のために、見えにくい足下をライトが重点的に照らしていて、それがより荘厳な雰囲気を醸していた。

 門の右側には木の看板が掛けられていて、『綾戸旅館』と書かれているのが読めた。門の向こうには黒松だろうか。覆うように幹が張り出していて、歴史を感じさせた。


「さて、行くか」


 樹と悠太はそれぞれ用意してきたという旅行かばんを持ち、さらに琳子の買った荷物も持ち、正門に向かって歩き始めた。琳子は慌ててその後ろを追いかける。

 三人が正門をくぐろうとしたところ、奥から一人の女性が現れた。黄色い地色に赤の模様が入った着物を着ていた。黒い髪はきれいに結い上げられていて、うなじが美しい。年の頃は琳子の母と同じくらいだろうか。口元に笑みを浮かべながら、近寄ってきた。


「悠太くん、樹くんもいらっしゃい」

「理恵さん、こんばんは。急にすみません」


 悠太は申し訳なさそうに頭を下げた。それを見て、理恵は笑みを浮かべた。


「いいえ、来ていただいて、とっても助かったわ」


 理恵は笑みを深め、三人に視線を向けた。琳子は理恵と視線が合い、小さく会釈した。


「あら、初めて見る方だけど」


 理恵の疑問に悠太と樹が身を乗り出し、答えた。


「彼女は白雪琳子さん。ボクの」

「俺の」

「彼女なんだよ」


 樹と悠太の息の合った紹介に理恵は目を丸くして、次にはまた笑みを浮かべて三人を見た。


「ようするに、二人が彼女をもてあそんでるってことね。ほんと、相変わらず困った子たちね」


 理恵の呆れたような口調に、悠太と樹は思いっきり反論した。


「理恵さん、違うよ! ボクは本気なんだから」

「俺も本気だ」

「そうじゃなければ、ここに連れてくるわけないじゃないか」


 悠太の主張に理恵はさらに笑い、相づちを打った。


「電話で三人と聞いていたからどういうことかと思ったら、こういうことだったのね。一番奥にお部屋を用意させていただきましたわ」

「さっすが理恵さん! 話が早いな。案内は大丈夫だよ。今、夕食で忙しいんでしょ? ボクたちのためにわざわざごめんね」

「とんでもない。お出迎えするのは当たり前でしょ?」


 理恵は琳子に視線を向け、会釈をした。琳子も返す。


「突然ですみません……」


 恐縮している琳子を見て、理恵は微笑みを浮かべた。


「大丈夫ですわ。それよりも、あなたも大変ね。このわがまま王子たちをよろしくね?」


 理恵にそう言われ、琳子はどう返せばいいのか分からずに曖昧な笑みを返した。


「理恵さん、ボクたち、お部屋に行かせてもらうね」

「ご案内出来ずに申し訳ございません」


 理恵に頭を下げられ、琳子は慌てた。


「あのっ、お気遣いありがとうございます」


 琳子も同じように頭を下げたところ、悠太に引っ張られてバランスを崩した。


「おっと、琳子さん、ごめんね」


 悠太は琳子を抱きとめ、どさくさに紛れて腕の中に閉じ込める。琳子は悠太から逃れようと慌てた。琳子の反応がおかしかった悠太は、琳子の耳元で転がすような笑い声を上げた。甘ったるい笑い声が琳子の耳をくすぐった。


「まあ、仲がよろしいのね」


 人前でそんなことをされた琳子は恥ずかしくて仕方がない。


「悠太っ」

「うん、ごめんね」


 まったく悪気がなさそうな謝罪の言葉を口にして、悠太は琳子を離すと手を引いて歩き始めた。

 理恵はそんな三人を笑みを浮かべて見送った。


 悠太と樹に連れて来られたのは、離れだった。平屋造りでこれで一室だという。


「え、ちょっと待って」


 引き戸を開けてくれて入るように促されたのだが、琳子はそこで立ち止まった。

 建物の後ろには山肌が見える。ここがこの旅館の敷地の端なのだろう。歩いてきた道を振り返ると、緑がうっそうと茂っていて完全に他と切り離された空間になっているのが分かった。ということは……。


「ここなら多少騒いでも暴れても、周りに迷惑がかからないから、いくら啼いてくれてもいいんだぜ?」


 樹のにやけた顔に琳子は嫌そうな表情を向けた。


「だからっ、どうしていっつもそっちに持って行きたがるんですかっ!」

「……仕方がないだろ。琳子と付き合うって決めたから、けじめをつけて最近はご無沙汰なんだから」


 先ほどのにやけていた表情とは打って変わって、真面目な表情でそう返されると、琳子も言葉に詰まった。


「琳子以外は要らないから、例え他の女が言い寄ってきても勃ちもしないんだがな」


 ストレートに言われて琳子は真っ赤になって視線を逸らす。不思議と琳子が悪いことをしているような気分になってくるのだから、たちが悪い。


「樹の気持ちも分かるけど、琳子さんを責めないの」


 悠太はフォローをしてくれるけど、こちらも同じ状況なのだから、やっぱり二人を縛り付けているのには変わらない。

 どちらも選べないのなら、早いところ二人にきっぱりと別れを告げた方が、お互いがいいのではないかと思うのだが……。


「とりあえず、中に入りましょう」


 悠太の声に思考が途切れ、渋々と玄関をくぐった。

 入った途端、い草と木のいい香りがして、琳子は自然と肩の力が抜けた。

 靴を脱いで上がると、磨き上げられた廊下があり、奥へとまっすぐに続いている。


「一番奥が掛け流しの露天風呂。裏は山だから、見られる心配はないよ。奥が寝室で、手前が食事をする部屋。お手洗いはこっちについてる」


 悠太の説明に琳子はうなずき、奥へと歩みをすすめた。ぼんやりと黄色い光りが優しく照らしてくれている。

 寝室と言われた部屋のふすまを開けると中は真っ暗で、手探りで壁をまさぐり、明かりをつけた。八畳間でなにも置かれていない。床の間があり、高そうな花瓶が置いてあった。

 その横は開き戸がついていて、荷物を入れられるようになっている。床の間の反対側に視線を向けると、ふすまで仕切られていた。中に入ってふすまを開けると、大きな座卓と液晶テレビが据え置かれている部屋だった。悠太が電気をつけてくれた。


「必要ならこのふすまを取り外して、一部屋としても使えるんだよ」


 感心していたら琳子たちが入ってきた反対側のふすまが叩かれ、開かれた。


「お食事をお持ちしました」


 どうやらそちらは給仕するために使用する廊下がついているようだ。樹が対応してくれている。琳子と悠太は寝室の開き戸の中に荷物を入れ、電気を消して座卓のある部屋へと移動した。


「日本酒をぬる燗で頼んだ」


 この状況でお酒を飲むのは危険と感じたが、琳子は半分くらいどうでもいいと思っていたりしたので、特に反対はしなかった。

 食事が運ばれてきて、琳子は歓声を上げた。想像以上の豪華な料理だったのだ。


「理恵さんの料理、すっごく美味しいよ」


 日本酒で乾杯をして、三人は食事を始めた。

 美しい彩りに上品な飾り付けを施された前菜は見た目も味もよく、そしてほどよい温度の辛口の日本酒が美味しい。つい、お酒がすすんでしまう。


「琳子さん、意外にいける口なんだ」


 と言われたが、ちょっと飲み過ぎてしまっているような気がして、琳子は慌ててストップした。が、すでに時は遅く、デザートを食べるとそこから先、ぷっつりと意識がなくなってしまった。

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