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眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─  作者: 倉永さな
《第二話・楽しいいちご狩り編》

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二*いちご狩りは危険な香り

「ああ、自己紹介がまだだったわ。あたしは一郷明美です。よろしくお願いします」


 明美は琳子に向かって深くお辞儀をした。琳子も合わせてお辞儀をした。


「いつもうちのいちごを使っていただき、ありがとうございます」


 明美はにっこりと笑みを浮かべ、琳子を見た。いちご大福用のいちごはどこからか仕入れてきているのは知っていたが、それがこの農園から直接だったとは知らなかった琳子は、あまりの偶然に驚いていた。


「え、おばさんのところのいちごなの?」


 驚いたように声を上げたのは、悠太だ。


「そうよ。白雪さん専用のハウスで栽培して、毎日お届けしているの」

「ふへー。知らなかったあ。意外なところで繋がってるんだね」

「もう、ほんとよ。まさか悠太くんが白雪さんと知り合いだったなんて、あたしも驚いているところよ」


 そんな会話をしているところに、クマのように大柄の男性が奥から現れた。


「あ、あなた。悠太くんが来てくれてるんだけど、それがびっくりなのよ。白雪さんところのお嬢さんと同じ会社らしくって、しかもね」


 と明美は弾丸のような勢いで男性に話を始めた。


「分かったから、明美。少し落ち着こうか」


 男性は苦笑して、それから琳子に身体を向けた。


「うちのいちごがいつもお世話になっております。一郷農園の一郷禎昭と申します。わざわざ来ていただきまして、ありがとうございます」


 とまた、深くお辞儀をされた。琳子も恐縮して、お辞儀をした。


「今年のいちごもなかなか出来がいいよ。悠太くん用にハウスを用意してるから、遠慮なく食べていってください」


   ***


 白い鉄柵を通り抜けた先には、ハウスがずらっと並んでいた。こんなにも何棟もハウスが並んでいることに驚いていると、ハウスの一番端に案内された。


「ここは悠太くん用にいつも用意しているのよ。試作品もあったりするから、後から食べた感想を聞かせてほしいわ。好評だったら来年からいちご狩り用のラインナップに加えようかと思っているの」


 琳子はただでいちごを食べることに恐縮していたのだが、その話を聞いて、安堵した。試食係と思えばかなり気分的には楽だ。

 中に入ると暖かく、外はまだ寒かったのを思い出した。


「う……わぁ!」


 一歩入り、琳子はその光景に驚いた。

 ハウス内はとても広く、一面に鉄パイプが組まれ、そこに白いプラスチックの箱に苗が植えられていた。実ったいちごがたわわにぶら下がっている。


「高設養液栽培っていう方法でいちごを栽培してるの。こうするといちごが土に触れないから衛生的で大きく育つの。しかもラックのようにいちごがなっているから屈まないですむから、車いすでご来場してくださった方にも楽しんでいただけるのよ」


 明美の説明に琳子は相づちを打ち、ハウス内を観察した。

 通路は幅広く取ってあり、多少混雑しても通行することが出来るようだ。これなら車いすでも楽に行き来が出来るだろう。


「ボクたち、先に食べてるね!」

「あ、悠太くん、練乳は……」

「いつものところだよね? 大丈夫だよ、ボク、あんまり要らないから!」


 悠太は今にも歓声を上げそうな勢いでハウス内に走って入り、真ん中のあたりのいちごをもいでは食べ、とやっていた。

 樹は悠太から離れたところで一つずつ吟味しながらもいで食べている。


「琳子さんもどうぞ」

「あのっ、私、いちご狩りって初めてなんです」


 明美は笑みを浮かべ、琳子にいちごの食べ方を説明した。


「いちごは下から斜めに持ち上げて、それで下に力を加えると簡単にもげるの」


 と実践して見せてくれた。琳子も見よう見まねで同じようにすると、ヘタのところからぽきっという独特の感覚が手に伝わり、簡単にもぐことができた。


「これに食べた後のヘタを入れてね。向こうに練乳も置いてあるから、ここに入れてつけて食べるのもいいと思うわ」

「私、練乳をつけなくても大丈夫です」


 琳子は明美から白いプラスチックのケースを受け取り、もいだいちごをそこに入れた。


「ここの列は『とよのか』で、向こうが『とちおとめ』。それで、今年はちょっと実験で『紅ほっぺ』を栽培してみたの。一番端っこの列がそうなんだけど、食べてみて感想を教えてほしいわ」


 そう言うと明美は悠太と樹のところにもいってなにか説明していた。

 琳子は『とよのか』と言われたいちごを何個か食べた。

 いちごをもいで、口に入れようとしたところ、ふわりといちごのいい香りが鼻腔をくすぐった。そのまま口に入れて噛むと、じゅわりと果汁があふれてきた。甘みと酸味のバランスがよく、これなら何個でも食べられそうだ。

 移動して、『とちおとめ』を食べてみる。こちらは『とよのか』よりやや細身で甘みが強い。

 ふとハウスの端を見ると、悠太と樹が真剣な表情をしていちごを食べていた。

 あそこは明美が『紅ほっぺ』と言っていたエリアだ。琳子も足を向け、二人から離れたところで『紅ほっぺ』をもいで食べてみる。

 先ほどの二品種と同様に甘いが、その中にほどよい酸味があり、しかもジューシーだ。つい手が伸びて、口に運んでしまう。


「わあ、琳子さんも結構食べてますね」


 突然、真横から声がして、琳子は飛び上がった。


「わぁっ!」

「美味しそうにいちごを食べていたけど、俺も味見」


 反対からは樹の手が伸びてきて、琳子のあごが掬われた。拒む間もなく唇を重ねられ、舌が侵入してきた。突然のことで、琳子は抵抗することも忘れ、あっさりと受け入れた。

 樹の舌は琳子の口腔内を遠慮なくなめ回し、息が苦しくなってきた頃にようやく、離された。樹を押し飛ばし、琳子は肩で息をしながら樹に苦情を申し入れた。


「いきなりなにをするんですかっ!」

「なにって、味見。いつもより甘くて美味しかった」


 口角をあげ、樹は甘い笑みを向けてきた。琳子は真っ赤になり、顔を逸らす。


「いっつも樹って抜け駆けばっかりするよね」


 悠太は唇をとがらせ、手短にあるいちごをもぎ取り、口に含んだ。琳子の肩をつかんで振り向かせると、悠太は琳子の唇に重ねた。悠太の舌とともにいちごが口の中に流れ込んでくる。


「んっ」


 少しぬるいいちごが悠太の舌に乗って届けられ、口内に甘い味が広がる。苦しくなって悠太にしがみつくと優しく抱き寄せられ、さらに深く口づけられる。口の端からいちごの汁が混じった唾液がこぼれ落ちてきたのが分かった。

 口が離され、琳子は無意識のうちに甘いため息を吐く。


「ふふっ、琳子さん、感じてくれた?」


 悠太はこぼれ落ちた液をなめとり、琳子の口に軽くキスをする。


「ほんと、美味しいね、このいちご」


 にっこりと微笑まれ、琳子はまた、赤くなった。


「琳子さんもこのいちごみたいに赤くなった。かーわいいっ」

「ったく、悠太、いつまで琳子といちゃついてるんだ」


 悠太はべりっと音がしそうな勢いで琳子からはがされた。悠太は不満な表情を樹に向けた。


「悠太とだけは取り合いたくなかったんだよなぁ。他のヤツになら勝てるけど、悠太相手だと五分五分だからなぁ」


 深いため息とともに、樹は悠太をにらみつけた。


「ボクだって樹と争いたくはなかったよ。でも、仕方がないじゃないか、琳子さんが魅力的なんだから」


 しかし、当の琳子はどうしてまでこの二人が自分に固執するのか分からず、三度目の付き合うなんて言わなければ良かったという思いを胸に抱えてしまっていた。


   ***


 琳子と樹は一通りいちごを食べ終わり、ハウスの端に用意されている休憩所にいた。悠太は水を得た魚のごとくハウス内を縦横無尽に走り回り、いちごを嬉々として食べている。それを見ているだけでお腹いっぱいになった。


「悠太は毎年、あんな感じ?」


 待ってもなかなか戻ってこない悠太に呆れ、視線を逸らした。樹を見ると、琳子と同じように呆れた表情をして悠太を見ていた。


「そ、毎年こんな感じ」


 明美が用意してくれていたおてふきで手を拭きながら、樹は大きくため息を吐く。


「確かにここのいちごは美味しいけど、さすがにあんなには食べられないな」


 琳子は紙コップに熱いほうじ茶を注ぎ、樹に渡した。


「お、サンキュ」


 琳子も同じように紙コップを手にして樹の横に座った。


「それにしても、あいつはよく食べるな」


 一郷夫妻が悠太のためにハウスを別にしていたのは、思いっきり食べてもらうためだったようだ。あれだけ遠慮なく食べていたら、一般客が食べるいちごがなくなる可能性があるかもしれない。


「悠太が戻ってくるまでちょっと寝る」


 樹は紙コップを目の前のテーブルに置くと、琳子の膝の上に頭を乗せてきた。そして落ちないようにと腰に手を回して、目を閉じた。


「え、ちょっと!」


 動揺したのは琳子だ。がっちりと腰をホールドされ、動けない。持っていた紙コップをテーブルに置いて樹を揺り動かすのだが、微動だにしない。一瞬にして眠りに落ちたようだ。これが噂の眠り王子か……なんてのんきなことを思えるほど余裕はなく、琳子は戸惑うばかりだ。

 数分後、琳子はあっさりと諦めた。

 悠太は変わらず楽しそうにいちごを食べているようだし、樹は気持ちが良さそうに眠っている。無理矢理起こさなくてはならない理由はないし、なによりもここまで運転をしてきてくれたのだ。疲れているのだろう。

 テーブルの上に置いたお茶を取り、口に含む。

 いちごを思ったより食べて口の中が甘ったるくなっていたため、さっぱりして美味しかった。飲み終わり、空になった紙コップを再度テーブルに戻し、樹を見た。

 閉じた瞳を縁取るまつげは思っているより長く、王子というあだ名は伊達ではないなと思わせる綺麗な横顔を見ていたら、どうでもよくなってきた。頬を指の背で撫でると幸せそうな笑みが返ってきた。


(……ちょっとかわいいかも)


 と一瞬でも思ってしまった自分に苦笑する。

 今日は休みのせいか、髪をワックスで固めていないようだ。さらさらの髪が無造作に顔に落ちていた。琳子は指先で毛をすくい、流してみる。思ったよりもかたい髪だったが、琳子の指をするりと抜けて行く。

 その感触を楽しんでいたら、悠太がようやく戻ってきた。


「ほんっと、琳子さんに膝枕してもらって、抜け駆け過ぎるよっ!」


 不満そうな悠太に琳子が視線を向けると、にっこりと微笑まれた。


「じゃあ、ボクはこっちをいただくっ」


 悠太は腰をかがめると琳子の後ろ頭をがっつりとつかんできた。琳子は逃げようとするが、動きが取れない。焦っているうちに悠太の顔が近づいてきた。いちごの甘い香りが鼻腔をくすぐる。何度かついばむようにキスをされ、頬に移動して、耳たぶを甘噛みされた。


「あ……やっんっ」


 思わず、琳子の口から恥ずかしい声が出てしまった。慌てて口を押さえようとしたら、悠太に素早く手をつかまれた。


「あはっ、琳子さん、かわいいっ」


 悠太は反対の耳も同じように甘噛みしてきた。琳子は唇をかみしめ、声が出ないように我慢する。


「ああ、ベッドの中で琳子さんを思いっきり啼かせてみたいなぁ」


 琳子はその言葉に強く首を振り、拒否をしっかり表明した。


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