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眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─  作者: 倉永さな
《第一話・出逢い編》

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十一*密会

 不本意ではあるが、琳子は樹と悠太に部屋の前まで送ってもらった。


「部屋の中は大丈夫か?」

「さすがに中に入ってとなったら、犯罪ですよ」

「昨日、待ち伏せしていたようなやつだぞ。なにをするか分からないじゃないか。ああ、琳子を一人にするのは心配だ」

「……琳子さんを心配するフリをして、その実、隙あらば襲ってやろうとしてるだけでしょ?」

「なんでばれたんだ」


 その言葉に、悠太と琳子は呆れて顔を合わせてため息を吐く。


「あの……大丈夫です。なにかあったら、連絡を入れますから」

「絶対だぞ。遠慮するなよ。夜中でもいいからなっ」


 樹に念を押され、琳子はうなずく。

 琳子にしてみれば、昨日、襲われたのは通り魔的なものだと思っていたのだが、どうにも樹と悠太の対応を見ているとそうではないように感じてしまう。疑問に思いつつも、琳子は部屋に入った。

 部屋の中は琳子が会社に行く前と変わっているように思えなかった。

 だから家の中まで入ってというのは心配しすぎということが分かり、ホッとした。とはいえ、二人の態度に釈然としないものを感じた。


 部屋に帰ってくると、着ている赤いワンピースがどうにも不似合いに感じて、すぐに脱いだ。

 着慣れた部屋着に着替えるとほっとする。そして、たまっていた雑務をこなしていくうちに忘れてしまった。


 ふと気がつくと、お昼を過ぎていた。琳子は空腹を覚えて、冷蔵庫を開けた。

 驚くほど、なにも入ってなかった。食料を調達しないといけないと分かっていても、外に出るのが億劫になり、琳子は棚をあさってカップ麺を見つけてお湯を沸かす。お湯を注いでタイマーを掛けて一人で食べた。

 朝、あまり食欲がなくて結局残してしまったけど、三人で摂った朝食が思ったよりも楽しかったことをふと思い出してしまった。

 今まで淋しいと思ったことはなかったのに、どうして急にそんなことを思ってしまったのだろうか。

 そして──。

 琳子は気がついてしまったのだ。

 あの二人に、急激に惹かれ始めているということを。


     ***



 月曜日、通常通りに出社した琳子に迫ってきたのは、いつもの後輩だった。


「りんこ先輩っっっ!」

「おはようございます……っ」


 琳子はいつものように挨拶をしたけれど、後輩のあまりの形相に思わず身を引いた。

 後輩は目を見開き、血走った目で琳子に唾が飛び散るのも構わないでフロア中に響き渡るほどの大声で聞いてきた。


「宮王子先輩と中司先輩がおうちに挨拶に行ったって、本当ですかっ!」


 後輩の一言で、土曜日の出来事がすでに広まっていることを知り、琳子はげんなりした。

 それにしても、どこからその話が出てきたのだろう。


「先輩っ!」


 後輩の血走った目を見ていると、無言もよくないと分かり、琳子はうんざりしながら口を開いた。


「うちの実家は和菓子店で、たまたま買いに来たのは確かで……って」


(ちょっと! 最後まで聞きなさいよ!)


 毎度のこととは言え、後輩は話を最後まで聞くことなく、走り去って行った。捏造されて噂が飛び交うのかなと思うと、朝からどっと疲れてしまった。

 まったくもって、だれが噂を流しているのだろうか。

 まさか、樹と悠太の二人が意図的に流して?

 琳子は思わず、勘ぐってしまう。

 樹と悠太の二人は必死になって琳子と付き合おうとしている。琳子はずっと断り続けているが、それでも諦めてくれない。噂を流して琳子に無理矢理うなずかせようとしているのなら、これは逆効果というものだ。さすがの二人もそこまで馬鹿ではないはずだ。自分たちが目立つことは自覚しているようだし、いくらなんでもそんなことはしない……と思いたい。

 しかし、考えれば考えるほど、その疑惑を拭うことが出来ない。

 特に今回の件は休みの日だ。たまたま目撃されてしまったという可能性がまったくないわけではないが、それはできすぎのような気がする。

 となると、二人が噂を流していると考える方が違和感はあるけれど、自然なような気がする。

 と悶々と考えたところで、琳子は答えが出ないことに気がついた。

 ここで無駄に邪推するより、琳子は本人たちに直接聞ける立場にあるのだ。それならば、二人に真相を正そう。


 ──という結論に達したのだが、どちらかというと琳子は、今まで二人を避けていた。

 どうすれば二人に接触できるのか、分からない。

 今までは偶然、会っていた。その偶然を望むのがいいのだろうかと考えて──日曜日に二人の連絡先を聞いていたことを思い出した。

 とりあえず、二人を呼び出そう。

 琳子はそう考え、スマホで二人に聞きたいことがあるとメッセージを送った。

 それほど待つことなく、二人から速攻で返事が返ってきた。しかも二人とも示し合わせたかのような内容で、思わず琳子は吹き出してしまった。息が合いすぎ。

 メールの内容は、本日の十九時過ぎに例の定食のお店で、だった。


     ***


 業務中にも関わらず、琳子はさまざまな人に樹と悠太との関係を聞かれた。

 付き合ってるのかという質問はまだかわいいもので、下世話なものは何回やったのやらどっちがいいの、三人でやっちゃってるのというものまでさまざまで、こちらが赤面して答えられないようなことを聞いてくる人までいた。

 あまり刺激のある会社ではないせいか、人の色恋沙汰に対して、驚くほど噂が広がりやすい。

 噂を流したり聞くだけでは飽き足らず、直接、真相を確かめにくるというのは事実確認をきちんとしようとする現れだが、業務中に堂々と、仕事とはまるで関係ないことで聞きにやってくるのはどうだろう。

 しかも興味本位で琳子の元に訪れる大半は事実無根のことを聞いてくる。なにを考えているのだろうか。

 琳子は呆れて、最後には苦笑いしか浮かんでこなかった。

 そうしてようやく就業時間が過ぎた。

 就業時間中に聞いてくる人は時間をもてあましている人たちだ。チャイムと同時に帰って行く。

 おかげでこれからの残業時間には静かに仕事が出来ると思ってたまっていた業務を集中して作業していると、突然、スマホが震えた。

 驚いて着信名を見ると、樹だった。時間を見たら、待ち合わせをとっくに過ぎていた。

 琳子はスマホを鷲掴むと席を立ち、廊下の端で応答した。


「わわっ、ご、ごめんなさいっ! 今から出ますっ!」

『そんなに慌てなくても大丈夫だ。俺も今まで仕事をしていた』


 苦笑とともに告げられた言葉に、琳子はホッとした。


『悠太から、さっき終わったと連絡が入った。とりあえずビルの下にいて』


 樹に指示をされ、琳子はきりのよいところまですすめて今日は終わりにした。時計を見ると、最初に提示された待ち合わせ時間をすっかり過ぎていた。

 着替えた後、エレベーターに乗ると、樹と悠太が乗っていた。


「……お疲れさまです」


 琳子はどんな顔をすればいいのか分からず、しかし、挨拶はした。


「お疲れ。いいタイミングだ」


 樹は楽しそうに笑い、琳子を見た。

 三人は無言のまま、降りた。


「定食店にお局さまがいるらしいから、別のところに行こう」


 そういう情報はどこから仕入れるのか、樹は残念そうに言うと歩き出した。


「イタリア料理は好き?」

「はい」

「じゃあ、あそこに行くか」


 樹の先導でお店へと向かう。道を折れて折れて、隠れ家的な場所にたどり着いた。


「ここは悠太以外、知らないんだ。これからは俺たちの隠れ家だな」

「樹が琳子さんをすっごく気に入ってるのがよっく分かったよ」


 二人に導かれて、琳子は店内へと足を運ぶ。


「いらっしゃいませー。って、樹と悠太! 久し振りねっ」


 店の奥から、きれいな女性が出てきた。琳子は思わず、見とれてしまう。


「こんばんは。奥の席、空いてる?」

「ごめんね、今日は先客がいるのよ。こっちなら空いてるんだけど、いい?」

「そこ、二人がけだよね? 今日は三人なんだ」

「三人? って、うっそー。女の子を連れてくるなんてっ!」


 女性はまじまじと琳子を見つめてきた。


「こ……こんばんは」


 たじろぎながらも琳子は挨拶をした。穴が開きそうなほど見つめられ、琳子は視線のやり場に困った。


「……今まで聞いてきたタイプとはまったく違うみたいね。なによりも二人がここに連れてきたってことは、変な子じゃないってことでしょ」

「そうそう。琳子さんはいい子なんだよ」


 いい子と言われて、琳子はなんだか変な気分になった。


「じゃあ、今日は特別にこっちの部屋を開放してあげる」

「え? 特別室?」

「うん、そうよ。ゆっくりお話がしたくて、ここに来たんでしょ」

「店長、さっすが!」

「ほっぺにチューでいいわよ」

「いくら店長がきれいな女性に見えても、男だもん。申し訳ないけど、お断りっ」

「まあ、ケチね」


 悠太とのやり取りで琳子は目を見開いた。


「……男っ?」

「ええ、そうなの」


 まったくそう見えなくて、琳子はまじまじと見つめてしまう。


「学生の時の体育祭で女装をしたら目覚めちゃったの」


 とウインクしてくるのを見ていると、とても男の人には見えない。


「普段は男なんだけど、お仕事のときだけ、この格好なの」


 楽しそうに笑っている店長に琳子は唖然と見ていることしか出来なかった。

 店長の案内で、立ち入り禁止と書かれている階段を上って二階へ。


「お料理は適当でいい?」

「琳子、なにか食べられないものは?」


 樹が気を使って聞いてくれた。琳子は特にないと首を振った。


「あの人はちょっと変わっているけど、口は堅い。心配しなくてもいい」


 ここに上がってくるときにグラスと水の入ったポットを持ってきていたので、琳子はそれぞれに注いだ。


「ワインでも飲む?」

「ボクは今日はいいや」

「私もいいです」

「そうか。じゃあ、やめておこう」


 琳子は水を飲み、二人に視線を向けた。それを受けて、樹が口を開く。


「それで、聞きたいことって?」


 樹が琳子に対して質問したところ、店長が料理を持って現れた。前菜がきれいに盛り付けられている。


「今日は飲む?」

「いや、やめておく」

「じゃあ、すぐにお料理を持ってくるわね」


 店長が出て行くのを確認して、琳子は口を開いた。


「今日、会社に行ったら、二人がうちに来たことがすでに流れていて……それで、二人が言いふらしたんじゃないかと思って、直接聞いてみようと思ったの」


 琳子の言葉に樹はテーブルを叩いた。届いたばかりの前菜の上のフォークが硬質な音を立てた。


「言いふらすなんてこと、するわけないだろう」


 当たり前の答えが返ってきて、琳子は内心、ほっとした。


「ボクはお昼過ぎにそんな話が社内を流れているって知った。真相はどうなのかって聞いてくる人がいたから、和菓子を買いに行ったとしか答えてないよ」

「俺も聞かれたが、悠太に付き合って和菓子を買いに行ったと答えた」


 土曜日の話によると、琳子の両親に話をしにいく前提であったのは確かであるようだが、どうやら二人はそのことに関しては伏せた。二人が嘘をついているとは思えず、琳子は目を伏せた。


「疑ってごめんなさい……」


 殊勝な言葉に樹は目を細めた。


「謝る必要はない。疑われても仕方がないからな」

「それよりもせっかくの料理を食べよう」


 悠太はそう言って、取り皿に分けてくれた。


「中司さんって、マメなんですね」

「もー、他人行儀だなぁ。ボクのことは悠太って呼んでよ」

「でも……」

「俺も樹でいいぞ」


 琳子は二人を見比べる。期待のこもった瞳を向けられ、しかし、琳子は首を振った。


「無理です。中司さんと宮王子さんと呼ばせてください」

「律儀な性格してるな」


 樹はすぐに諦めたようで、前菜を口にしながら琳子を見ていた。


「早く食べてしまわないと、料理がそろそろくるぞ」


 琳子と悠太はあわてて食べ始めた。前菜を食べ終わったタイミングで、店長がたくさんの料理を運んできた。


「食べ切れなかったら、持って帰って」


 と持ち帰れるようにパックを持ってきてくれた。


「ごゆっくり。なにかあったら、そこにベルがあるから押してね」

「了解。ありがとう」

「いいえ。いいのよ」


 店長は前菜が乗っていた皿を持って、部屋を出て行った。

 それにしても、と琳子はテーブルの上を見た。

 三人が食べるにしては、少々どころかかなり量が多いように見える。食べきれるのかと心配をしていたが、それは杞憂に終わった。樹と悠太が驚くほど食べていたのだ。

 明日の朝ごはんにと先にとっておいてよかったと琳子は二人の食べっぷりを見ていてそう思った。

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