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俺ら暇

作者: 襖障子

「真央ちゃん三回転半飛ばないと抱いて上げないよって、スケートリンクに向かって観客席から、ワイ言うたんよ」


「随分と上から目線だね、ってかそれが海根あまねの夢?」


「昨日見た夢な、ちょっと興奮したわ」


穏やかな笑顔で返す海根。


「夢ってそっちじゃねえよ! 代子島よこしまは?」


「『ゆりっこ!』の声優のチケット買ってる」


スマホの画面と睨めっこしたまま代子島は答えた。

 『ゆりっこ!』は彼が最近ハマっているアニメである。棚には漫画とライトノベルが置かれている。本が傷まないように隣の本との間隔が絶妙に空いており、彼の本に対する愛着が感じられて心地良かった。心遣いは部屋の隅々に至り、掃除機が丁寧に掛けられたであろう部屋の空気は常にホテルのような清潔感があった。

『ゆりっこ!』フィギアが入れられた縦長ブラックのケース棚、隣にテレビ、本棚と続き、向かいにベッドが置いてある。テレビとベッドの間に収まりよく四角のテーブルがハマっていた。

この空間を味わいに週に3度は大学が終わると代子島の家に集まった・・・・・・がここには心地良さだけが充満している。進まない停滞する。大学の卒業式を終えた今日も、電車で向かった先は、いつもの通り、代子島の家だ。何も生み出さない。何も動き出さない。


「何ブツブツ言ってるンや、隅田? 」


ベッドの上に立つと弾力に足下が沈みこんだ。


「皆聴いてくれ! 俺達は流れに流されて生きてきた、事ながれ主義はもう沢山だ」


「ベッドから早く下りろカス」


「いいと思うで、隅田の考えも、みんな違くてみんな-」


「金子みすゞはいいよ! 違う、違うんだよ、事なかれ主義はもう辞めよう! はっきり言うぞ、俺達若者が今日立ち上がらねば、あああもう」


「し、静かに『ゆりっ子!』始まる」


代子島がテーブル上のリモコンを掴むと流れるようなモーションでテレビをつけた。


-『あかねちゃん、私達、今日でもう離ればなれだね』


『美紀ちゃんと離れたくないよ~ふえ~』


「ふえ~卒業式、俺もかなしいわ~」


「ちょ、俺んちのリモコン投げんな隅田!」


『私、卒業しても美紀ちゃんとの出会いは絶対に忘れない、忘れないもん』


-「今日もゆりっこ! 神回でしたね」


リモコンをティーカップを置くように身長にテーブルに戻すと、満面の笑みで代子島は答えた。


「歯を見せて笑うの腹立つなあ」


「女の子同士の恋愛もええなあ」


海根は感心したような声を上げている。


「仲間との間に亀裂が入った回の次の回は絶対に神回になります!」


「卒業式と桜ってベタやけど、別れの寂しさが良い具合やね」


「ちなみに、俺も今日旅立ちます、天国へ」


間を5秒置いて言ったはずがビデオのストップボタンを押したみたいに反応がない。


「俺、今日代子島の家から帰宅したら死にます」


10秒くらいしてから再生ボタンがおされた。


「皆違くてみんないい・・・・・・やからな、俺はいいと思うで」


代子島は親指を力強くたてた。


「金子みすゞの使い方ちげーだろ、グッドじゃねえよ代子島! ああー俺の人生はもう終わりだー」


「就活失敗したのまだ気に病んでるんか、焼き肉パーティ、代子島、またやってええ?」


代子島は立ち上がると台所に電気コンロをとりにではなく、ファブリーズのフタを開けて逆さにした。


「空っぽや、残念ながら今日は出来ないみたいやな」


海根は肩を組んでこようとしたが振り払った。


「ちょっとどうしてこうなった!? 俺いつも一生懸命やってるじゃん!? なんでこうついてないわけ!」


「まあ、色々な、人は事情を皆抱えてるわけやから」


「知るかよ、なんで俺が就職失敗して、アニメ見てばかりの萌え豚が就活成功してんだよ!」


代子島を指さして俺は言った。

俺は少し自暴自棄になっていたかもしれない。いつもの風景に穴をあけた。覗いて見たかったのかもしれない。


「てめえ、萌え豚に謝れ!」


目から火花が散る。いつもならここで目を背けて冗談と流していた。

でも、今日はそうしなかった。


「謝らない」


「萌え豚より萎えた仏陀のが良いってのかよ」


「萎えたぶっ、なに?」


フランスの諺で会話が途切れることを天使が通ると言う。


「まあ、まあまあまあ気にするなや」


「萎えた仏陀? ぷぷ、萎えた仏陀」


「文句あんのかよ!」



「その通りだ! 俺達は萎えた仏陀だ」


「・・・・・・」


「悟りを開いたわけでもねえ 俺達の卒業はスルーで、他人のしかもアニメの中の卒業式なんかに感慨深げになりやがって!」


「それはお前も一緒やろ」


「どうしたんだよ、海根、お前、急に怒ったような声だして」


「ええやろ、今日はとことん話会おうや、大学生の暇な会話、わいらは今日、大学生を卒業した、これからは、生産的な人間になるわけや、まずはこの会話を意味ある、いや、意義ある会話にしてみようやないか」


「俺達は社会へ羽ばたく、心地良い世界から脱しないといけないんだ、議論だとか、会議は踊るだとか、書を棄て町へでようだとか? とにかく、大学というぬるま湯から社会という圧風呂へ」


「圧風呂か、押しつぶされそうだな」


「社会という圧風呂にな」


「なんで代子島がドヤ顔するんや」


「・・・・・・どうせ社会に出るならヒーローとか良くない?」


「ヒーロー? 仮面ライダーとかか?」


「どうせ社会に出て行かなくちゃならないなら、悪い奴より正義の味方になりたくねえ?」


「俺達は社会の歯車やない、社会を乱す悪い奴から守る正義のヒーローや」


「でも、正義って言うけど悪はどこにいるのか」


代子島の投げたブーメランは海根を通り俺へ、そしてまた代子島に戻ってきた。嫌な沈黙が訪れる。海根が調子を上げて応えた。


「悪? 政治家とかか?」


「賄賂とかか? でも、坊さんにお経読んでもらうときもコトヅテ払うよな」


「あれはちゃうやろ、てか、悪ってなんや?」


「悪は解釈だろ、俺達が悪と判断したもの、それを悪としていいんじゃないか」


「悪と判断? どういうこっちゃ?」


「てか、いつから仕事の研修始まるの?」


「代子島さん、現実的な話するのはやめましょーよ」


「ゾッとして急に冷めたわ、また萎える仏陀に逆戻りや」


「・・・・・・」


「どうしたの? 代子島?」


「いや、なんでもない、腹いてえ、ちょっとトイレ行ってくる」


「無理スンナや」


ドアが閉められて代子島は行ってしまった。取り残された俺達は、代子島抜きにして、会話の火は消えなかった。


「これじゃね、憎むべき悪って、この現実っていうか」


「何言ってるんや、現実が敵だったら、ヒーローは誰を倒すんや」


「・・・・・・現実社会?」


そのとき、窓の外から一筋の光が走った。すぐに耳を閉じたが、音は聞こえてこなかった。


「あれ、近くで鳴ったはずなだけど、雷じゃないのかな?」


「隅田、ちょっとビデオモードになってるのテレビにしてや」


「どうしたの、急に?」


天根は答えず、代わりに閉まったドアに向けて話かける。


「よこじまーいいなーちょっとニュース見るでー」




-本日19:00、宇宙戦争が始まります。皆さん、注意為て下さい。


青天のへきれき。


「宇宙戦争? なんかの映画の予告?」


「予告やないやろ、ニュースやろ小倉さんでとるやん」


「映画の予告をニュースでやってるだけでしょ?」


みなさん、これはフィクションではありません。今起きている事件です。

19:10現在首相官邸は宇宙人の大群により占拠されております!


「ほら、事件や言うとるやん」


「いやいや、フィクションでしょ、どう考えても、なあ、代子島? ああ、トイレだったか」


天根は代子島のスマホの暗い画面に向かって手を伸ばした。


『18:30 今夜の首相官邸攻めるの、腹痛いんで欠席します、すいません』


「何これ? ゼミのライン?」


水洗トイレの流れる音と蛇口を捻る音の数分後やってきた。


「おい、代子島、ロックくらい掛けとけよ、中見ちゃったよ、なあ、海根?」


「・・・・・・」


「なんでそこで黙るんだよ、海根も言ってやれよ、悪い冗談辞めろって」


「代子島、お前宇宙人やったんやな」


海根の視線はまっすぐ、代子島を見据えて微動だにしなかった。


◇「ちょっと狭いな、この部屋、代子島、お前、なんでベッド壁際に配置したん?」


「『ゆりっこ!』を丁度良い距離から見るためだ! てか、俺の部屋なんだから俺の自由だろうが!」


「確かにその通りや、でもな、お前の身勝手な配置のせいで、ずざざって三人で違いに距離とって睨み効かせ合うアレができんやん」


海根は窓際、そして代子島は縦に長いフィギアケースの前に陣取り、残された俺は手持ちぶさたでベッドに座りこんでいた。


「いや、てか、海根も超能力者ってマジで?」


「ああ、本当や、でもごめん、能力は一般人の前でなんどもできんねん」


手の皺と皺を合わせて、眉根を寄せて謝る海根。神妙な面持ちが返って嘘くさい。


「代子島! 悪いけど、ここで始末させてもらうで」


「無理して闘わなくても、防音だから大丈夫だよ」


「何言ってるンや、レオパレスだから壁薄い言うていつも文句いってたやろが、騙されんで、ワイは!」


「めんどくさいなあああ、宇宙人的な謎の技術で外に聞かせたくない情報はシャットダウンできるの!」


「謎の技術ってなんや」


「しらね、俺も仕組みまでは、命令されて取り付けただけだし」


「なんやしらんのか、てか、なんや隅田、お前さっきからずっと黙ってて」


向けられた言葉に仕方なく頷いた、首のコリを感じた。


「どうしたんや、隅田? 溜息なんかついて」


「だって、代子島が宇宙人で海根が超能力者なんでしょ」


「そうやな、まあ、能力が身についたのは最近やけど、それがどうしたん?」


「俺だけただの人間じゃん、何それ?」


「それがどうしたんや、力を合わせてやっつけようや」


「むりですー、だって俺ただの人間だもの」


「何急にぐれとんねん」


「なんで黙ってるかなあ、俺さあ、面接落ちる度、お前等にすっごい相談したじゃん」


「ああ、残念会と称して色々なパーティここでやったな」


「・・・・・・お陰で臭いとるのにファブリーズ何本も駄目にした」


「あのときさ、俺が就職のことでめっちゃ悩んでたときお前等さ、宇宙人と超能力者だったわけじゃん?」


「うん」「せやな」


「なんか、俺、馬鹿みたいじゃん」


「実はちょっと馬鹿じゃないかとか思ってますた」


「ちょ、代子島、お前、いや、ちゃうねん、みんな違くてみんないいやろ、な」


「よくねえから! 全然良くねえから! 俺だけ除け者じゃん、勝手に盛り上がって、互いに敵同士であることが発覚して、人間である俺を間に挟んで拮抗状態を保ってるけど、俺、ただの観客じゃん!?」


「落ち着けや、ある意味お前は平和を守ってたんや、悪から守ってたんや」


「うわめっちゃ、恥ずかしい、宇宙人と超能力者の間に立って、敵ってなんだろとか真面目に語っちゃいましたよ、めっちゃ恥ずかしい!」


「知らなかったんやからしゃあないやん、なあ、代子島?」


「ぷぎゃーアホス人類」


「お前、何仲間とラインで交信取ってんねん!?」


「傷ついたー、純情な心が傷つきましたー」


「まあ、ちょっと落ち着くか、なあ、代子島、あれ、代子島は?」


「トイレに行ったよ」


「また腹壊したんか、あいつ、しゃあないな」


-現在、宇宙人の侵略行為は東京から北に向かっており-


「もう、宇宙戦争とか、どうでもいいや」


「駄目やろ、何か対策を練らんと」


「・・・・・・ラーメン行かね?」


「代子島? 腹治ったの?」


「うん、腹減ってきたから、行こうぜ」


「なんで敵とラーメン喰いに行くんだよ、だいたい非常時に店やってるの?」


「玄関開けたらどうなってるんやろな」


「窓からだとブロック塀しかみえないしなあ」


「外の様子見に行くのもう少し後にせん?」


「なんで?」


「いや、本当はこれ、事件起こったらワイも集合せなあかんかったから、もう遅刻やし」


「・・・・・・しょうがねえなあ!」


代子島は円錐のカップを三つテーブルの上に置いた。


「カップラーメンやん、どうした?」


「買い置きしておいた奴、喰えよ・・・・・・なんだよ、この金?」


「釣りは要らないから」


「いらないよ、別に」


「宇宙人にもらうカップラーメンとかないから」


「せやけど、まあ、いいやろ、この場合は」


「この場合ってなんだよ! 首相官邸が攻撃されてるんだぞ、 何もしないでいいのかよ!」


「じゃあ、外行けよ、電車なら30分くらいで着くぞ・・・・・・結局食べるのか?」


「食べてからでいいかなって、なんか、麺のびたらまずいし」


「問題は山積みやけど、まあ、カップラーメン食ったらこれからのこととか一応代子島も入れて話合おうや、俺は残ったのでいいから先に選んでや」


「俺、カレー味」


「僕はシーフードで」


「ワイは、トムヤムクン味か、これ臭いきついから、一気に食べると鼻にむせるんよねえ」


湯気から出る煙で部屋は満たされた。次第に啜る麺の音。汁からほとばしる香辛料の混じり合った臭い。俺らは日新のカップヌードルを啜った。

CMのせいで宇宙に浮かぶ地球を連想させられる。

湯気で眼鏡が曇って視界が遮られた。

麺を啜っている間、沈黙に耐えかねてまた二言三言と戯れ言を交わした。


テレビのニュースからはキャスターが現場の様子を緊急速報として逐一報道していた。

書いている時は楽しかったのですが、読み返してみるとどうでしょうか。。。

感想よろしくお願いします。

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[良い点] 全体的に笑いました。 「てめえ、萌え豚に謝れ!」の返しに「謝らない」 「小倉さんでとるやん」→小倉智明さん本人出演ですか(笑) レオパレス→見られたらどうするのでしょう(笑)せめてどこ…
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