三 天使の次女
「はじめから私がお相手するべきだったのです! 相手がお師匠様ならば、あなたたちごときにかなう相手ではありません!」
暮れはじめた紫色の空へ新たに昇る太陽!
それは黄金色の髪とドレスを風になびかせ、学院で最も高い鐘楼へ降り立つ!
「ああ、お師匠様! なぜよりによって聖夜の今日、魔王となってみなさまの希望を奪おうとなさるのです!?」
大きな瞳! 大粒の涙! 大きすぎる胸!
その肩へコウモリがとまってささやく。
「今夜だから、ではないですか? 手早く終わらせましょう。私は愛しき人と少しでも長く夜を楽しみたいのです」
「お姉様! 私とて合コン……ではなく舞踏会へ遅れては、売れ残りの王子様ばかりになってしまいます! 理想の相手を選べないのです!」
さらに大粒の涙! 大きく開いた胸元!
その前をカラスがよぎる!
「できそこないの弟子どもめ! 貴様らごときに私のなにがわかる!?」
コウモリがうやうやしくカラスへおじぎを見せる。
「強固なる呪いはすでに国中へ広がったと聞きおよんでおります。さすがはお師匠様。歴代で最も若くして学院長となり、三十代にして国一番の魔法使いと称された希代の実力」
「そうだ! 私はわずかな時間も惜しんで魔法の鍛錬を重ね、今の地位にいるのだ! それを貴様らは、クリスマスごときでなにを浮かれた格好など!?」
「くすくす。お師匠様は今夜まで仕事に追われ、昨年も、そのまた前の年も……」
「そうそう。どうせ私に予定なんかないだろうと、みんなして仕事を押しつけて。今年なんか、やっとパーティの時間をとれたのに部下も弟子もひとり残らず実家や舞踏会などと……はっ!? ち、ちがうぞ!? これはひがみなどではなく……」
金髪色白の美貌はカラスを見つめ、悲しげに涙を落としていた。
「お師匠様……いえ、聖夜を呪う魔王よ。私には年齢イコール恋人いない歴の気持ちなどわかりませぬが、毎年クリスマス前には独り身になっている者として、これだけは言わせていただきます…………ハイメガ粒子砲!」
かざした手の先へ降り注ぐ巨大な光の柱! 学院の鉄塔がひとつ爆散!
「えー?」
カラスはくちばしを大きく開き、奇妙な鳴き声をあげる。
光の柱は次々と降り注ぎ、魔法学院を大胆リフォーム!
兵士たちは黄金色の姫君を見かけるなり逃げ散り、息の続く限りに走り続けていた!
「ぜえ、ぜえ! 天使の姫様はすさまじき理想主義者! それゆえ、意にそぐわぬ相手や状況は粒子レベルで否定なされる! 近づくな! 退避せよ! 元カレ六名と同じ末路をさらすぞ!?」
いい年した近衛隊長も号泣しながらの全力疾走!
『天使の次女』はハイメガ粒子砲ですべてを破壊しつくす!
学院は跡形もないサラ地に!
「これで飛び散るがれきもありません! 本気を出せます!」
光の柱は何倍も増え、地面の掘削を開始!
カラスは頭をかかえてつぶやく。
「十階……二十階……三十階突破……やーめーてー? どれだけ苦労して準備したと思ってんのー? パーティ用の魔法を転用して、一階ずつしかけを用意しておいたのにー。それ反則ー」
カラスはコウモリにぽんぽんと背をたたかれ、はたと我にかえる。
「お、おのれー!?」
逃げ去った。
「さあ、お師匠様、お覚悟! 地下六十階! 七十階! 八十階……はっ!?」
突然に光の滝が止む。
「お姉様、もうしわけありません……」
「かまいません。あとは私に任せて、お行きなさい」
響きわたる鐘の音。
「舞踏会が! はじまってしまう!」
天使の姫君は理想どおりの予定に合わせるべく飛び去る。
「今年こそはいい殿方をつかまえるのですよ? 粒子砲は使わずに」