第八章 帰り道にて
帰り道
駅へ向かう途中、ある工事現場の横を通り過ぎようとしていた。
ふと俺を呼ぶ声が聞こえた。
辺りを見回すと、現場横に停車してある軽トラに見覚えのある顔がみえた。
原田であった。
「何してんだ、こんなところでよ?」
休憩中なのか、原田はタバコをくわえながら話しかけてきた。
俺は原田の反応を確認すると、何も言わず立ち去ろうとした。
「おいおい、シカトかよ」
原田は俺の反応が予想外だったようで、軽トラの窓から身を乗り出して手を伸ばした。
そして俺は振り向いた。
一言、原田に言いたいことがあったから。
「アンタ、知っていたんだろ?」
俺の言葉を聞いた原田は、一瞬眉間に皺をよせた。そして軽トラから降り、俺の前に立った。
「……何の話だ?」
原田はとぼけているのか、それとも本当に判っていないのか。
俺と原田はお互い睨み合い、一言も話さず、一歩も動かなかった。
原田には俺のメッセージが届いているのだろうか。そして原田自身も、俺に対して何らかのメッセージを伝えようとしているのだろうか。
そんな無言のやり取りが数分続いた。
そして、
「いつもいつも、タイミングが良すぎるんだよ、アホ」
俺は身体を翻し、原田に背を向け、歩き出した。
この男、気付いていたのに、自分が火傷したくがないために……。
俺が調査に行き詰まったり、確証を得られなかったりしている時、決まって「あること」が起こり、話は進展していった。
それは原田からの電話であった。
結局俺は、この男の思惑通りに動かされていたというわけだ。
この男も、伊原家の運命を狂わせた事故の被害者の一人。今回の事件、真相に気付いてないわけがない。少なくとも伊原賢一と佐伯裕二とのトラブル、伊原薫が佐伯のグループに襲われたことは知っているはずだ。
俺の言葉に、原田はどういう反応をしたのだろうか。今の俺には、もう見えない。見たくもない。
そして折れれば駅が見える角にさしかかった時、遠くの方から声が聞こえた。
「じゃあ、どうすればよかったんだよ!」
声の主はが誰かは確認しなかった。
ただ、その声には、言い様のない悔しさが、これ以上ないくらい滲んでいた。
……悔しいのは判る。親友の荒んでいく様を止めることができず、ただ横から、後ろから見ているしかなかったのは、本当に歯がゆいことであっただろう。
でもアンタなら止められたはずだ。どんな修羅場が待っていようとも、親友を救いたいという気持ちがあれば、何とでもできたはずだ。
もしそうならば・・・誰も手を汚さずに済んだかもしれない。
誰も傷つかずに済んだかもしれない。
もし、そうならば……、
伊原兄妹は、こんな哀しい運命を辿ることなく、いつまでも仲の良い兄妹でいられたはずだったのに・・・・・・。
いつまでも、仲の良い家族でいられたのに……。
悔やんでも悔やみきれない。
そして俺は駅についた。
駅のホームから、数台のパトカーが、けたたましくサイレンを鳴らしながら、走り去っていくのが見えた。
電車の到着を知らせる放送がホームに流れた後、俺は瑞希に電話で伝えた。
これから帰ると。
完