第六章 貴方が殺された理由
「私の名前は、杉山絵梨」
その一言で、最後の最後まで信じていた広田や瑞希の望みは完全に消え去ってしまった。
杉山絵梨はそんな二人の姿をみて、再び挑発的な笑みを浮かべた。
「何故、伊原薫と入れ替わったんだ?」
俺は今回の件で唯一残った疑問をぶつけてみた。
「あらその辺は調査不足なのね」
杉山絵梨のその時の笑顔は、まるで蛇のようであった。
「じゃあ、教えてあげるわ。アンタたちにもね。知らないと、夜気になって眠れないわよ〜」
すると杉山絵梨はドアの方へ近付いていき、ノブを握った。
「でも、こんな辛気臭い所じゃ嫌よ」
俺たちは杉山絵梨の要求通り、再び場所を変えることにした。
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「あなた、だれ?」
私たちはほぼ同時に同じ言葉を発していた。
私と薫が初めて出会ったのはお互い小学一年生の時、今は工場になっている場所にあった小さな公園だった。会った瞬間、ホントびっくりした。だって目の前にもう一人の自分が立っているのだから。でもすぐにお互い全くの別人であることを確認した。それが縁で、私と薫は友達になった。一緒に公園で遊んだり、一緒にお菓子を食べたりした。また時々、私たちの瓜二つな風貌を利用して、ちょっとした悪戯をしたりもした。私たちは本当に仲良しだった。それこそ、実は生き別れの双子の姉妹なんじゃないかって思うくらいに。
でもそんな楽しい日々は長くは続かなかった。小学校六年生の時、私の両親が離婚し、私は母方の実家へ引っ越すことになってしまったのである。私は薫と離れたくはなかったが、こればっかりは子供にどうすることもできない。私たちは泣く泣く別れることとなった。
しかし私と薫の関係は完全に途切れることはなかった。お互い内緒で連絡を取り合っていた。高校生になってからは、数ヶ月に一度会って遊んだりもしていた。会う度に、お互いがお互いの成長を喜び合っていた。
私と薫は親友。同じ顔を持ち、心を共有し、お互い笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣いた。二人はどこにいても、いつも一緒だった。一つだけ違うことがあるとすれば、蕎麦が食べられるか食べられないかくらいであった。
そしてある日の事、私は薫に誘われ久しぶりに生まれ故郷にやってきた。故郷は私が引っ越した頃に比べ、だいぶ発展していた。昔は山しかなかった所には大きな工場が幾つも建てられていた。
私たちは昔よく遊んでいた公園で待ち合わせをしていた。しかし待ち合わせの時間になっても薫は姿を見せなかった。こんな事は初めてだった。私はその場所で三時間程待ったが、結局薫は姿を見せることはなかった。
不審に思った私は、かつて一度だけ行ったことのある薫の自宅へ行ってみることにした。幸い薫が住んでいる辺りは殆んど昔のままだったので、奥底に眠っていた記憶は簡単に掘り出すことができた。
一時間程して、私は薫の家に到着した。
この時、変な感じがした。その頃もう陽が殆んど沈み、暗闇が近付いていたのにも関わらず、家の外灯はついていなかった。そして、門扉と玄関の扉が開いていたのである。
私は思い切って中へ入ってみることにした。中は真っ暗であった。しかし、どこからか何かの音が聞こえていた。廊下を進むにつれ、それは水の流れる音であると認識した。そして程なく、その音はある扉の向こうから聞こえていることに気付いた。
私は扉を開けた。扉の向こうは風呂場であった。脱衣所の向こう側にある浴室から、その音は聞こえていた。それはシャワーの音であった。
私は浴室へと通じる扉を開けた。そこには扉を背にペタンと座っている人影があった。それが薫であると私には瞬時に判った。
私は風呂場の電灯をつけた。
その瞬間、私はそこにある現実を受け入れることができず、言葉を失った。
風呂場の床が、壁のタイルが、そして湯船に張られたお湯が真っ赤に染まっていたのだから。
薫の足元には、血のついた剃刀が転がっていた。
そして私は薫が何者かに乱暴されていることに気付いた。誰が薫にこんな酷いことをしたのだ?
私はそいつを絶対に許さない。地獄の果てまで追っていき、薫が受けた苦しみを三倍にして返してやる!
そして私は考えた。私が薫と入れ替わり、薫をこんな無惨な姿にした奴を追い詰めてやると。私と薫は仲が良かったが、薫の交友関係については殆んど知らなかった。だから薫と入れ替わり、薫として生活することにより、情報を収集して犯人を割り出し、薫に代わって復讐することを誓ったのだ。
薫との入れ替わりは、思っていた以上にあっさりいった。同居している母親ですら、気付かなかったのだから。
そしてその後の調査で私が知った事実は、とても衝撃的なものであった。
薫の交友関係を調べていくうちに、偶然兄である伊原賢一の女性トラブルについての話を聞くことができた。それによると伊原賢一は友人である佐伯裕二のカノジョを強引なやり方で奪ってしまったとのことであり、佐伯は伊原賢一に対し、強い怨みを持っているようであった。
そこで私は、佐伯裕二が自分のカノジョを奪われた復讐として、薫を乱暴したのだと考えた。
その推理、半分は当たっていた。薫を乱暴したのは佐伯裕二とその仲間数人であった。しかし真相にはさらに忌むべき事実が潜んでいたのだ。
佐伯裕二は当初、薫を乱暴することで伊原賢一への復讐を済ませようとは思っていなかった。町のチンピラ達に金を渡し、伊原賢一をリンチにするつもりだったらしい。
そしてその際、恐怖に怯えた伊原賢一は地面に額を擦り付け、こうホザいたそうである。
「妹の薫をやるから、勘弁してくれ!」
自分の身が可愛いばっかりに、何の罪もない薫を汚い狼共に差し出したのである。
何という兄! 最低の兄! 許せない、許せない、許せない!
私の中で、何かが音を立てて崩れていく気がした……。
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「これが、伊原賢一を殺した理由。そうよ。私が伊原賢一を殺したの。ホント、よくここまで判ったわね」
杉山絵梨は大きなため息をつき、最後にそう呟いた。
俺たちの目の前には、惨劇の現場となった西館の庭園が広がっていた。