第1話 入学式
「ヤベッ! 寝坊した!」
アメリカから日本へと帰ってきた鉄閃は、今日のこの時間は本当なら魔法師学園の入学式に出席するために、もう家を出ていなければいけない時間だ。
入学式が始まる時間は午前8時半から、鉄閃が起きたのは午前8時20分。
どう頑張ってもあと10分で身だしなみを整えて、学園に行き、入学式に出席だなんて不可能だ。
鉄閃は、どうせ出席出来ないのならとゆっくりと行くことにした。
(全く、お前は……)
呆れたように呟くのは、鉄閃と同化している魔族のヴァールト・F・ジェレミアンだ。
幼少の頃に紆余曲折を経て、彼と同化した鉄閃はそれ以来ずっと一緒に過ごしてきた。
(起こしてくれても良かったじゃないかよ)
(何度も声をかけたぞ、俺は。その度にあと5分あと5分と引き伸ばしたのはお前だろうに)
(ぐっ……)
手早く準備をしながらヴァールトと会話する鉄閃。
咎めたように鉄閃が話しかけると、反論が即行で帰ってきた。
事実であるだけに言葉に詰まる鉄閃は、誤魔化すように焼き上がったトーストに手早くバターを塗ると口に銜える。
餞別として貰ったドクロパーカーをワイシャツの上に着て、その上からブレザーを着る。
魔法師学園の制服のブレザーの胸元には、ラインが刺繍されている。
そのラインの数で何年生かを分かるようにしているのだ。
そもそも、魔法師学園に何年で卒業する、という決まりはない。
1年毎に行われるその試験に合格すれば、晴れて魔法師となるわけだ。
それまでは何年学園に居ても構わないわけだ。
しかし、毎年毎年多額の金が掛かるし、訓練等でした怪我を治すのも実費、実地訓練の準備等にかかる金も自腹。
そんなところに何年も居ては金がいくら有っても足りなくなってしまう。
故に、通常は皆2年ほどで卒業試験に合格し、巣立っていく。
最低でも4年、それだけ居れば自分の生活が苦しくなってしまう。
準備を終えた鉄閃は、鞄を持ってブーツを履き、マンションのベランダから飛び出す。
ブーツへと魔力を流すと、それは遺憾なく能力を発揮する。
空を踏みしめ、大空を駆け回るブーツ。
これもまた、餞別として貰ったものだ。
† † †
魔法師学園・池袋校に到着した鉄閃は、入学式が行われている講堂から聞こえてくる長ったらしい校長の声をBGMに校内をあてもなく散策していた。
講堂や本校舎、グラウンド、図書館、部活棟、生徒会本部、風紀委員会本部、学生会館等々様々な設備が整えられている魔法師学園を見て回る。
そして、訓練場まで来たときに無性に体を動かしたい衝動に駆られた。
幸い、訓練場の入り口は開いていたのでそのまま入り込み、第1訓練所と書かれたプレートの掛かった部屋に入る。
真ん中まで歩いた鉄閃は、両の手に1丁ずつ銃剣を持つ。
70㎝は有りそうな長大な銃身と、それに沿うようにして取り付けられた銃身よりも長い80㎝程の刀身。
深呼吸をして心を落ち着けた鉄閃は、動き始める。
右足で踏み込み右の銃剣を左から右へと振り抜く、その勢いのまま回転するようにして左の銃剣も振るう。
右の銃剣を左下から袈裟に切り上げ、左の銃剣を左上から袈裟に切り下ろす。
そうやって何分も何十分も銃剣を振り回して動き回っていた鉄閃は、人が近付いてくるのに気づけなかった。
もう終了にしようと銃剣を仕舞ったときに、訓練所の入り口から拍手が聞こえてようやく気づけた程だ。
「銃剣とは、面白い武器を使うんだね。君」
パチパチパチと聞こえてきた拍手に、自分の注意力の散漫さを呪った。
なぜヴァールトが教えてくれなかったのかは知らないが、それにしても注意を怠っていた自分の悪い。
「何の用ですか?」
若干警戒しながら問いかけると、線の細い優男は苦笑しながら答える。
「そんなに警戒しないでよ、君に用があった訳じゃないんだけどね。訓練場の鍵を閉め忘れたのに気づいて閉めに来たら、扉が開いていて、見に来てみれば君が居たって訳さ。君は、新入生だよね、入学式は?」
「そうですか。寝坊しました」
「くくっ、そうそうか。あ、それとね君に用がないって言ったけど、あれ嘘ね。今用ができた」
「何でしょうか」
「君さ、僕と模擬戦してみない? 大々的に宣伝してさ」
唐突な先輩らしき人の提案に、どうしてそうなったのかがよく分からない鉄閃であった。