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riverside

嗤う月

作者: 渡辺律

愛されることまで望んでいたわけでもない。

だけど、最低限の礼儀は必要だと思うのよ。


















「ねぇ、アナタ。今日はお仕事お休みなのよね?」

「ああ。だから行きたいところがあれば連れて行ってあげるよ」

「嬉しいわ。新しくできたレストランがとてもおいしくって素敵なところだと美月みつきに聞きましたの。そこに行ってみたいのだけれど」

「じゃあランチはそこにしよう。他に行きたいところは?」

「そうねぇ」


 優しい、優しい夫。

 政略結婚ではあれど、夫はわたしを本当に大切にしてくれている。仕事が忙しいなか、こうして時間を作ってわたしのわがままを聞いてくれるし、わがままを聞ける時間がないときは、花やお菓子、アクセサリーなんかの贈り物を贈ることを忘れないよくできた夫だ。夫が声を荒げたりするところをわたしは見たことがない。夫はわたしの前では常にやさしい笑顔だから。


 それでもわたしは知っている。

 夫が浮気をしていることを。





 夫からすれば、それは浮気ではないのかもしれない。

 だって後から割り込んだのはきっとわたしだから。

 夫との結婚をわたしが望んだわけではなかったけれど、政略結婚なんてそんなものだ。今まで家の恩恵にさんざん預かってきたのだから結婚くらい自分の希望が通らなかったとしても当然だろう。家を捨てれば好いた相手と結婚することだってできたのだろうけれど、そこまでの熱情は私にはなかったし、好きな相手もいなかったからわたしは政略結婚を受け入れた。

 ところが、夫は違ったらしい。

 驚くことに高校時代から愛をはぐぐみ続けた相手がいた夫は、政略結婚が決まったとき、あの手この手を使ってどうにか結婚せずにすむようにはたらきかけたらしい。

 ところが結果は惨敗。大学卒業を待ってわたしと入籍することになってしまった。


 その婚約披露パーティーに。夫の恋人もいた。

 

 笑顔というよりも泣き顔に近い表情で一心に夫だけを見つめる彼女。その隣には夫の親友である男が気遣わしそうに立っていた。夫は表面上は笑顔で来客をもてなしていたけれど、ふとした隙に彼女に視線をやっていた。

 わたしがそのことに気が付いていたなんて知りもしないで。









「お連れ様がお待ちです」


 わたしが行きたいと言ったレストランに入れば、すぐに給仕が対応してくれた。連れがいるなど聞いていない夫は少し驚いていたけれど、ごめんなさい、驚かせたくて、と笑ってみせれば、すぐに許してくれた。


「お待たせしてごめんなさい」


 明るく個室に入る。うん、いい感じだ。

 部屋にいたのは夫の愛人と夫の親友。ぎょっとしているのは愛人と夫だけ。

 さぁ、楽しいパーティーを始めましょう。











「言いたいこともいろいろあるでしょうけど、せっかくだもの。美月が紹介してくれたお店ははずれがないの。だからまずは料理を楽しまない?ほら、アナタも座って」


 何か言いたげな愛人と夫を黙らせる。わたしはあなたたちに反論を許すつもりはないの。


「ええと、柏木さんでよかったかしら?直接こうしてお話するのは初めてよね。わたしは彩月さつき。好きに呼んでくださるとうれしいわ。ここはね、私の妹が紹介してくれたお店なの。雰囲気もいいし、きっと美味しいと思うわ。わたしの妹は食いしん坊なの」


 愛人はうつむいてしまっている。

 うーん、知ってはいたし、予想もしていたけれど、彼女はかよわいタイプらしい。それが本性かどうかはともかく。ちょっとだけ夫の趣味を意外に思ったけれど、自分が守ってあげなきゃ、って思える相手が必要な時もあるのかもしれない。主にプライドの問題で。


 給仕に合図して、料理を持ってきてもらう。


「アナタ、黙っててごめんなさいね。せっかくだからアナタの高校時代とかのお話を聞きたいな、と思って。だから高校時代仲の良かったっていうお二人を呼んだの」


 にっこりそう言ってしまえば、夫に言える言葉などない。彼女は愛人なんだ、とどの口がいえようか。



 会食は夫の親友の協力もあり、表面上は和やかにすすんだ。






 食後のコーヒーが出され、わたしはその香りを楽しんでから、さて、と切り出した。


「あのね、まあアナタの高校時代を知りたかったというのも嘘ではないけれど、本当でもないの。ちょっとお話をしたいと思って。本当は竜崎さんは関係ないんだけど、こういうのは証人がいたほうがいいと思って。

 ―――― 別れる、って選択肢はないのよね?」


 夫と愛人の顔色が変わる。


「知らないとでも?婚約披露パーティーであんなにアイコンタクトしていて?あんなに露骨にされるとは思ってもみなかったわ。政略結婚だから、仕方ないところもあると思うの。でも、あなたはそれを了承したのよね?だったら人として最低限の礼儀は守るべきじゃないかしら?」

「っ、結婚するつもりなんてなかった」

「うん、なかったとしても結局は家の意向に逆らえなかったのよね?逃げてもよかったのに。あなたが逃げても弟さんがいらっしゃるじゃない。家を継ぐことに何の問題もなかったはずよ。だけれど最終的に家を選んだのはあなただわ」


 そうでしょう?と笑ってやれば今まで見せていた笑顔が嘘のような刺々しい表情を向けられた。


「でも、同情すべき点がないわけでもないの。だからね、条件を付けようと思うわ」

「条件?」


 わたしの言葉にうつむいていた顔をはっとあげる愛人。その瞳の奥は強かな光が灯っている。


「そう。三年間。今日から三年間会うのも連絡も取りあうのは禁止。そして斎さんはとりあえずわたしをパートナーとして見る努力をすること。あと、わたしとの間に子供を設けること。三年後にそれでもやっぱり愛を貫き通すというのであれば別れてあげるわ。ただし、柏木さん以外との再婚は認めないし、柏木さんとの間に子供を作るのはナシね。後継者争いとか出てきちゃうとまずいから。反論は認めないわ。もし、柏木さんと斎さんが密会しているのがわかったら、柏木さんを訴えるから」

「えっ」


 心底意味がわからない、という表情をしている愛人にやさしくわらってあげる。


「当たり前じゃない。あなたは他人の夫を寝取った悪女だもの。訴えられてもしかたないわよねぇ」


 それを三年待てば訴えずに合法的に夫を返してあげると言っているわたしの親切心に感謝してほしいくらいだわ。

 

なんか尻切れトンボですみません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 作品拝見させて頂いてありがとうございます! 面白かったです! 読み終わった時スカッとしました。
[良い点] 面白かったです。続きが気になります♪ [一言] できれば続きがみたいです。自分の想像が拙いので(((^_^;)
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