DeaD Or AlIvE
若干の残酷描写ありです。
でもそんなにグロいわけではないです。ご了承ください。
其処は、世界の果ての果て。
暗い闇の深淵に閉ざされた其処に、闇より黒く染まった彼らはいる。
その『世界の果て』が何処にあるのかを知るものは誰一人としていない。
ならば、何故彼らは其処にいるか?
引き寄せられるのである。闇の奥に、呼ばれてしまうのだ。選ばれて、そして連れて行かれるのだ。
『力』があるが故に、選ばれ―――そして、選択しなければならない。
路地裏を全力で駆け、逃げる男がいた。
年は、十代後半くらいだろうか。
白いブラウスに赤い斑点を大量に付け、右腕は肘から下が無い。
けれど、そんな事を気にしている暇は無かった。
逃げろ。
逃げろ。
逃げろ。
逃げろ。
生きたいのだろう。
生きたいんだろう。
生きていたいんだろう。
死にたくない。
死にたくない。
「来るな……! 止め……」
グチョリ、と気持ちの悪い音がした。
彼は地面に転がる肉塊を見ながら、口元に裂けんばかりの笑みを浮かべている。そんな彼の片手には、何かの書物に描かれていそうな、鎖鎌だった。
その鎖鎌は、彼の丁度足元に落ちている肉塊に深々と突き刺さっており、赤い雫を周囲に巻き散らせている。その鎌が、ズルリと引き抜かれた。
鎌が引き抜かれると同時、赤黒い液体が鎌から滴り、更に肉塊からも同じ液体が溢れ出る。
ただでさえ濃かった鉄錆の臭いが更に強烈に成り、金属特有の、否。
―――血液特有の臭いが、赤い霧となって周囲を取り囲んでいた。
「弱い弱い弱い……あははっ」
彼はその肉塊を見ながら、恍惚な笑みを浮かべていた。
白いその肌には幾筋もの赤い液体が飛散し、こびり付き、上下黒で統一された学生服は更にどす黒く色を変えてしまっていた。
「此処が何処だか分かってんのかよぉ? おい、兄さん?」
ガンガンと足元に転がる肉塊を蹴る少年。
その肌は異様なまでに白く、そして華奢にも思えるのだが―――しかしその顔は狂気に歪んでいて。
彼は暫く足元の肉塊を蹴り続け、そしてそれが何の反応も示さない事を理解すると、
「なんだ、もう死んだのか」
白けた顔で、そう一瞥する。
ほぼ同時に、バイブの低い音がした。
チッと舌を討ち、彼は電話に出る。
「―――此方、学園治安維持隊。用件は」
《月羽治安維持隊長、あの男はどうなりました?》
電話の向こうからの問いかけに、月羽は口元に鋭い笑みを刻む。その狂気の、そして狂喜に染まった笑みを浮かべたままに、彼は口を開いた。
「っは、もう殺したよ。っつーか、なんであんな雑魚この街に入れやがった? このクソ生徒会が」
《何とでも吼えていれば良いわ。彼は『力』があったから連れて来ただけなんですから》
「あんな雑魚に『力』がある―――だと?」
彼は一度言葉を切り、少し息を吸う。
「あんな意志も意思もクソ弱ぇえ雑魚に力が有るだぁ? 腐ってんのかテメェら、つーか一度でも考えた事あんのかよ? 俺らは雑魚のゴミ掃除の為にいるわけじゃねえんだ。いつまでもンな風に嘗め腐ってるっつーんなら……――――――喰うぞ?」
吐き捨て、そしてブツンと電話を切った。
そして、彼は面倒臭そうに足元を見て、頭を掻いた。
其処にあるのは死で、
其処にあるのは躯で、
其処にあるのは生の痕跡。
少しだけ屈んで、月羽は肉塊を観察する。
苦悶に満ちた声を上げたこの肉塊は、否、死体は最早声も発する事が出来ない。そして、もう動く事も出来ない。心臓は止まり、脳は死んだ。地面に流れ出ているこの男の血液の量は既に致死量は遥かに上回っていて、その死体の色は最早色が抜けていた。
試しに、自分が持っている鎖鎌をズブッ、と突き刺してみるが、血はもう出て来ない。最早流す血も無いと見える。
これは、やはり『死』なのだ。間違えようも無く死なのだ。
暫くぼけっとした黒い目で死骸を見つめていた月羽だったが、ふと、空を見上げる。
どんな世界でも、どんな時間でも共通している広大な空を。
もう空は赤く染まっていて、周囲の色も橙になっていた。
美しく、それでいて生々しい色だ。もう、夕焼けを見て、そう思う以外の感想は無い。
かつては、ただ美しい空だと思った。しかし、今はもう違う。
美しいとは思うが、生々しいと、そう思う。
あの茜色の空は、まるで血を零した様な色だ―――そんな例えを誰かがしたが、間違ってはいないんじゃないかって思えてしまう。
実はこの赤い空は人間の生き血で出来ているのではないか―――そう思えるほどの、赤々とした夕焼け。
「隊長!」
声がかかる。
明るく、弾んだ―――少女の声が。
立ち上がって振り向いてみると、其処にはやはり少女が立っていた。
茶色の短髪、赤縁の眼鏡―――そして、月羽が着ている学生服と同じ、上下を黒で統一されたその姿。そして、彼女の腕には一つの腕章が有った。
『治安』、その単語が一つ刻まれた腕章が。
その腕章は、月羽も腕につけている。
「よお、『仕事』は―――どうだ、終わったのか」
「はいっ、全員始末しました!」
言って、彼女は心底幸せそうに柔らかな笑みを月羽に見せた。
しかし、彼女の頬や、彼女の口元には赤い筋のようなものが沢山ついていて。
それが一体何なのか、と考えてしまうとあまり可愛らしい笑顔には見えない。
月羽と同じ、狂気と狂喜に染まってしまっていて。
「……そうか、お疲れさん」
「いえ! これしきで……」
何かを言おうとする少女に月羽は微笑みかけた。
凄絶で凄艶で聡明で凶悪で美しい、完璧な微笑を。
すると彼女の顔は一気に赤くなり、それを隠す様に慌てた様子で礼をして何処かへと駆けて行ってしまった。
一人、死体と共に残されて、空を仰ぐ。
嫌に成る程赤い空を。
嫌に成る程美しい空を。
嫌に成る程血に似た空を。
「……ふぅ」
静かに一息つく。
片手に持った鎖鎌を見て、あまりにべっとりとした血がついているのに気付いて、苦い顔をする。
鎖鎌を持つ片手には、まだはっきりと肉を裂く感覚が残っていて。
しかし―――だからこそ、やめられない。この仕事だから、俺はこの世界に生きているんだ。
殺す度に得る、生の実感を何度も何度も感じたくて。
人を殺す、その快楽から抜け出せなくて、彼は此処に留まり続けるのだ。
生と死とが混ざりあった、この歪な世界が何よりも愛おしい。
親よりも、
兄弟よりも、
祖父母よりも、
同級生よりも、
大事な大事な恋人でさえ、この世界には劣る。
この世界の全てが愛おしい。
狂喜さえ、
狂気さえ、
理屈さえ、
狂人さえ、
死体だって、愛おしくてたまらない。
日本の何処かのこの世界が大好きで愛おしくて。
何が有っても、この世界からは離れたくない。
「っは」
小さな小さな狂ってイカれた凶笑が漏れる。
楽しくて仕方がなかった。
嬉しくて仕方なかった。
ただただ、この狂気の渦にいるのがたまらなく楽しくて嬉しくて。
この世界に生きられるのならば、全てを捨てても構わないとさえ―――思う。
「っはははははははははははははははははははは!!!」
天に届くまでの声を上げて笑った。
イカれていても構わない、
狂っていても構わない、
生きて、この世界に棲めるのならば―――それで構わない。
血と死に溺れた世界を。
そしてどうか、殺す権利を。
どうかどうか―――生きて、他人を殺す権利を。
俺は、人を殺して、その屍の上に立っていたいんだ。
もしかしてもしかしたら長編化するかもしれない。
所詮、『かも』ですけどねww