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魔女の館

作者: kasasagi




 ――winter



 夢と理想を混ぜ合わせると、あまいあまい綿菓子のような現実になりました。


 魔女の館には、二人の子供だけが住んでいます。魔女の館は、村の人達が『魔女の館』と呼んでいるから、魔女の館なのです。

 二人の子供は兄妹でした。親を知りません。二人は物心ついたときから魔女の館に住んでいます。

 ふしぎなことに、兄妹はお互いの姿をみることができません。話すことしかできません。

「おにいちゃん、どこー? どこにいるのー?」

 魔女の館はとても広いです。妹は兄をさがして走りまわります。兄が「暖炉のまえにいるよ」と大声をあげます。二人しかいない館には、よくひびきました。妹はすこし驚きました。「わっ」と短く叫びます。虫や鳥は驚きません。魔女の館には二人だけしか住んでいないからです。

 暖炉のまえに来た妹は、兄をおこりました。どこかに行くときは連れていってほしいと言いました。

「うん。ごめん。次からはそうするよ」

 妹は兄のいる場所に当たりをつけて近づきました。ぜったいだよと言いました。

 兄は暖炉に火をくべようとしています。さむい冬が始まっていました。凍えてしまいそうでした。妹の肩はさむそうにふるえていました。

 火がつくまでにながいながい時間がかかりました。それでも、なんとか暖かくなってきたので、二人は暖炉のまえで身をよせていました。

「あったかいね」

 妹が言いました。兄はこっくりと頷きました。

「おにいちゃん?」

 兄は眠り込んでしまっています。つかれてしまったのです。

「おにいちゃん、どこー? どこにいるのー?」

 妹は必死に声をあげます。兄は起きません。やわらかいソファーにもたれかかって気持ちよさそうに寝ています。

「おにいちゃんー?」

 妹は兄を探して走りまわります。そしてとうとう部屋から出ていってしまいました。

 魔女の館には、二人の子供だけが住んでいます。魔女の館は、村の人達が『魔女の館』と呼んでいるから、魔女の館なのです。

 二人はお互いの姿を知りません。声しか知らないのです。


 あまいあまい綿菓子のような現実は、夢と理想を混ぜ合わせたものでした。




 ――spring



「お花がさいたよ」

 妹がそう言うと、兄がうなずきました。

「そうだね。春が来るんだね」

 まだまださむい風が吹いていましたが、中庭ではいろんな花が目をさましはじめていました。二人がずっとむかしに植えたものでした。


 魔女の館で花が咲きはじめると、村の住人達はうれしくなります。秋や冬は、魔女の館に枯れ木とか枯れ草とかが生えていて、とてもおそろしく思えてしまうのです。

 けれど、春になるにつれ、魔女の館は良い匂いを運んできて、とてもきれいになっていくので、だれも怖がりません。魔女の館に住んでいる二人の子供が、花がたくさん大きくなるように水をあげて、荒れてしまった庭をきれいにするからです。


「お花、きれい」

 妹がうっとりした声で言いました。

「これからもっとふえるよ。だから準備しなくちゃ」

「うん」

 兄は妹に言い聞かせるようにしてから重たい道具をもって、掃除をはじめました。妹はじょうろで水やりをはじめました。

 たまに妹がかおを上げて「おにいちゃんー?」と呼ぶと兄がここに居るよ、と答えます。それで妹は安心して、水やりをまたはじめるのです。

 魔女の館の春はそうやって訪れます。花が咲いても、村の人達が怖がらなくなっても、春は来ないのです。二人の子供がつれて来ます。

 掃除がおわり、兄は妹に、家のなかに戻ってなさいと言いました。二人にはひろいひろい庭だったので、もう夜が近づいてきたのです。

「おにいちゃんも?」

「もうすこししたら、帰るよ。レンガをかたづけたらね」

 妹はいやだなと思いましたが、暗いのは怖いので家のなかにもどりました。家のなかなら、明かりがついているのです。

 妹は家に入ると一度、居間にまで行き、居間にあった椅子をひとつ引きずって玄関までもどって来ました。玄関扉がひらいたらすぐにわかるように、そこで待つことにしました。


 春がやって来ようとしていても、魔女の館はとても静かなままでした。しかもなかなか兄がもどって来ないので、妹はだんだんさびしくなりはじめました。



 村の人達が魔女の館を怖がらなくなるのには、もうひとつ理由があります。春の夜になると、きれいな歌がきこえてくるのです。それをきくと、もっとうれしくなるのでした。

 けれど、魔女の館は『魔女の館』なのです。村の人達はだれが歌っているのか確かめようとはせずに、歌をききながらひっそりと眠りにつくのです。




 ――summer



 雨があがったころに、兄は外へでてみました。じわりじわりと鳴りそうなほど、太陽はたくさんの光をふらしていました。雨よりずっと多いようでした。

 あんまりにまぶしいので、兄は手をかざしながら、辺りを見回しました。


 庭はいくらかの花がさいています。水たまりの匂いと花の匂いがまじって、あたらしい季節の匂いがします。


 開いていたドアから、兄をさがすために妹がでてきました。

 しかし、妹はすっかり晴れたそらを見ると、すこしの間、兄のことをわすれてしまいました。中庭をかけまわって、太陽の光をあつめてまわりました。

 ふしぎなことに、そうしていると妹はみるみるうちに笑顔になっていくのでした。どうしてか、とてもたのしくなったのです。


 ばしゃばしゃと音が鳴りだしたので、兄はなにごとかと思いました。

 雨がふっているわけではないのに、それは水がはねる音にしか聞こえなかったからです。

「お兄ちゃん、たのしいよ」

 ばしゃばしゃという音にまじって、妹の声がきこえてきました。ほんとうにたのしそうな声だったので、兄もとてもたのしい気分になりました。

 兄は水たまりをふんづけてみました。ばしゃっと鳴りました。

「お兄ちゃん?」

 妹のふあんげな声がしました。ばしゃばしゃという音はやんでいました。

 兄は思いきりはねまわってみました。ばしゃっばしゃっと鳴りだしました。


 妹はその音をきいて、またかけだします。



 水がはねる音がいっぱいに鳴ると、まるで雨がふっているようでした。

 しかし、魔女の館のちかくにいる人たちはふしぎに思ってそらを見上げても、雨なんかどこにもふっていないのです。

 それでも音だけは聞こえてくるので、村の人たちは、太陽が雨をふらしているのだと思っています。

 これからあつくなりますよ、という合図に、太陽が光の雨をふらしているのだと思っているのです。


 光の雨を見たいと思う人はたくさんいます。魔女の館の方を見て、いろんな人が想像します。

 けれど、いつまで経っても、ほんものを見る人はあらわれないのでした。

 『魔女の館』にはいるというのは、とてもとてもおそろしいことなのでした。




 ――autumn



 庭がちらかっていたのに気づいたのは妹でした。たくさんの落ち葉が庭にひろがっていました。妹がそのことを兄におしえると、兄は庭を見にいきました。

「いったい、どこからこんなものが入ってきたんだろう」

 ふしぎに思っていると、とつぜん、落ち葉がふわっと宙にまいあがりました。風があばれていったのです。兄はとてもおどろきました。

「わあ……」

 しかし、妹はうれしそうな声をあげて、落ち葉がぱらぱらと飛んでいくのをながめます。そうやって落ち葉を飛ばしていると、いつもまわりをさむくしていく風とはまるでちがうものであるように見えました。


 兄は落ち葉をあつめて燃やしてしまおうと考えました。庭のあちらこちらに落ち葉がちらばっているのを見ると良い気持ちにならなかったのです。庭がきれいになったほうが、兄はうれしいのでした。


 妹は兄から落ち葉をあつめるということを聞くと、言うとおりにしました。たくさんあつまってから飛んでほしいと思ったのです。さむい風はきらいでも、落ち葉をおどらせる風はきらいにならなかったのでした。


 二人が動きはじめてからしばらくすると、庭にひろがっていた落ち葉がひとつの場所にあつまりました。

 きれいになった庭を見て「じゃあ燃やそうか」と、兄が言いました。妹はそんなことがしたいわけではなかったので、いやだと言いました。

「でも、そうしないとじゃまだよ。風がふいて、さっきみたいにちらばるかもしれない」

「いいもん。もやしたら、なくなっちゃうもん」

 兄はこまりました。放っておいたら、また庭はきたなくなってしまいます。しかし、妹があまりにかなしそうに言うので、どうにかしようと思いました。



 すこし暗くなりはじめていました。夜がかけ足でおとずれようとしているのです。村の人たちはそれぞれの仕事をはやく終わらせて、はやく家に帰ろうとしています。家に帰って、家族といっしょにあたたかいご飯をたべたいからです。


 そんなとき強い風がふきました。つづいて、たくさんの落ち葉が飛んできました。風がやってきたのは魔女の館のほうからでした。


 村の人たちは落ち葉をもって帰りました。落ち葉はよく燃えるので、火をつけるときにちょうどいいのです。もっとほしいと思いましたが、月がきらきらしていてさびしい夜は、魔女の館をいっそうこわいものに思わせるのでした。

 『魔女の館』の中にあるものよりも、魔女の館がおそろしいのでした。




 ――

the beginning



 夢も理想も、生まれたときは、どんな形もしていませんでした。


 魔女の館には、二人の子供だけが住んでいます。魔女の館は、村の人達が『魔女の館』と呼んでいるから、魔女の館なのです。

 女の子は泣きました。男の子はそんな女の子がかわいそうで泣きました。二人の子供は兄妹でした。


 どんなにさむくても、暖炉に火をくべて、やわらかいソファーで寝ていれば冬は終わります。


 どんなにさびしくても、荒れてしまった庭を掃除して、花に囲まれながら歌っていれば春は終わります。


 どんなにつかれても、太陽の光をあつめて、光の雨をふらしながらかけまわっていれば夏は終わります。


 どんなにかなしくても、たくさんの落ち葉をあつめて、風におどるのをながめていれば秋は終わります。


 季節がなんどめぐってきても、終わらないことはありません。兄妹は二人で仲良く、いろんな季節を過ごしていくことができるのです。妹は兄の姿を知りませんが、兄のことが大好きです。兄は妹の姿を知りませんが、妹のことが大好きです。

 なのに、二人は泣いています。たのしいことも、うれしいことも知っているのに、たのしくも、うれしくもなかったからです。


 魔女の館はいつまで経っても『魔女の館』です。魔女の館には、二人きりの兄妹が住んでいます。しかし、それを知る村の人はだれもいません。『魔女の館』は、とてもおそろしいので、村の人達はだれもちかよりたがらないのです。


 『魔女の館』と村をへだてるのはとてもおおきな扉です。村の人達は、はなれたところから、扉が開いていないのを確かめながら、『魔女の館』の中も、さびしいことも、かなしいことも知らないまま、いろんな季節を過ごしていくのです。


 魔女の館の扉には、かんぬきがふたつ。妹にしか見えないものと、兄にしか見えないものがあります。かんぬきさえどければ、二人は外に出ることができます。しかし、扉のむこうになにがあるのか知らない二人は、ずっと、それが怖かったのです。


 『魔女の館』はいつまで経っても『魔女の館』です。それでも、どれだけ『魔女の館』が怖くても、『魔女の館』に住んでいる兄妹を怖がる人なんていません。扉が開けば、二人はただの仲の良い兄妹だからです。


 いつか、妹は顔をあげます。兄は妹を元気づけます。そして、二人は、かんぬきに手をかけるのです。





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