はじまりの雨
雨が降りそうな空。
ぶらぶらと歩いている街がすっかり灰色で、見あげてみた空に、
「冬なんだから、雨が降るから暗いのではなくって、季節のせいなんだ。」
と、ひとりつぶやいた息を吐き出す。
あたしたちが、ふとした寂しさから陥ってしまった落とし穴。
一年前の昨日のこと、
さめざめと小雨が降る中、傘もささずに季節はずれなほど生温かい三条を後にし、そして、けだるく起きた初めてのふたりの朝。
その夜、電話で呼び出された居酒屋のお座敷の畳は、かなり古びていた。
かさかさに傷んだ肌をなでるように、イグサの網目に指をすべらして聞いていた、愛のはじまりの言葉は、
「君のためにも僕たち会わない方がいいと思うんだけど」
という緩やかなカーブの先にある、墓標のようなものだった。
周りの人に言えるようになるまで、かなり時間を費やしたんだ。
この街に越してきたばっかりのあなたには、そんなクダラナイしがらみはなかったのかもしれないけれど。
いつものこと。
あたしの学校が終わると、待ち合わせもしないまま、近くのカフェでお茶をした。
その日からあなたはいつもアイスコーヒー、あたしはココアフロートをスプーンで食べる。
そのあとは、すっかり真っ黒に日焼けした手に包まれて鴨川の土手に座り、ビール片手にちっちゃな打ち上げ花火を見た。
あたしには媚薬がついてるとクンクンする彼の鼻に「ちゅ」をして、あなたの左がそっと開くと、そこにすべりこむあたし。
こうして時間は過ぎていった。
数えらんないほどのキス。
数えらんないほどの笑い声。
数えらんないほどの涙。
「あたしとあなたは、いつまで一緒にいれるんだろう?」
「そんな先のことどうだっていいよ。そっと終わっていくこの一年をふたりで見送ろう。」
と、やさしくいつものようにキスをして強く抱き寄せて欲しかった。
ひとりで歩く琵琶湖疏水沿い。
なかなか雨は降りそうにない、あなたのいない街。