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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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もう後がない令嬢は捨て身になる

作者: 木山花名美
掲載日:2026/04/10

※やや残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。

 

 玉座の間に、一人の侯爵令嬢が連れて来られた。

 二人の兵に挟まれているその令嬢は、生まれてから一度も袖を通したことのない粗末なドレスをまとい、頑丈な手枷で両手首をまとめられていた。


 王から淡々と罪状が読み上げられる。

 王太子の婚約者でありながら、王室の貴重な財宝を盗み隣国へ売り飛ばしていた罪。

 純潔でなければいけない身でありながら、複数の男性とまぐわい、さらにそれを隠して入宮しようとした罪。

 とどめは──側妃候補で王太子の想い人である子爵令嬢を、呪い殺そうとした罪だ。


 どれもこれも、令嬢にとっては身に覚えのないことだった。しかし、いつかはこんなふうになるのではないかと、心のどこかで思っていた。



 自由奔放な王太子と真面目な侯爵令嬢。

 寄り添おうとする令嬢とは逆に、王太子は幼い頃から彼女を嫌い距離を取っていた。

 王太子に想い人ができてから、彼女はさらに疎まれ、王太子だけではなくその取り巻きたちからも、陰湿な嫌がらせを受けてきていた。


 それでも令嬢は耐えてしまった。

 このような些細なことで動じてはならない。いずれは王妃となり、全ての民を愛し、国を導く王を支えていかなければならないのだからと。

 誠実に向き合い対処すれば、いつかは王太子殿下も自分を認め、パートナーとして信頼してくださるはずだと。

 哀れにも、そんな希望を抱き続けてしまったのだ。



 どこかで覚悟していたとはいえ、まさか魔女として処刑されるとまでは思っていなかった。

 この国では呪術は禁忌だ。特に人を呪い殺そうとした者は、いかなる身分であっても魔の使いとされ、浄化するために火あぶりの刑に処される。

 ──たとえ、それが冤罪だとしても。


 呪術で殺されかけたと証言したのは、王太子の想い人だった。

 自分はやっていないと必死に訴える婚約者を、王太子は話すら聞かず、簡単に牢へ入れたのだ。


 そこまで疎まれ……いや、憎まれていたのかと思えば、もう令嬢は涙も出ない。

 ただ王室と、この国の未来を憂いた。



 火あぶりの刑を言い渡された瞬間、令嬢は、王太子に寄り添う想い人を冷静に見つめた。

 口元を手で覆い、怯えたように眉を下げてはいるものの、その瞳の奥はわらっている。


(……いいわよ。もう私には後がないんだから。何だってやってやるわ)


 ふっと笑い返したその直後、令嬢の顔が歪む。落ち着きがなくなり、気が狂ったように暴れ出した。兵が連行しようとするが、腕をふりほどこうとますます暴れ、「殿下! お助けください!」と叫んだ。


「醜悪な魔女め!」

「悪あがきしやがって!」

「さっさと燃やせ!」


 罵声を浴びせられ、涙に濡れた頬を叩かれ、乱暴に口を塞がれ──

 それでも兵の手に噛みつき息を吐くと、令嬢は狂ったように叫ぶ。


「こんなことっ……あり得ません! 今までずっと、貴方様のお傍にいたではありませんか!!」


 人権を失った令嬢は、物のようにズルズルと引きずられながら、残酷な玉座の間を後にした。



 明日執行される魔女狩りに、興奮冷めやらぬ玉座の間。ざわざわと揺れる熱気と狂気の中、華奢な肩を震わせる想い人を、王太子は腕で抱き寄せた。


「大丈夫。君を脅かす醜い魔女は、もう明日にはいなくなるのだから」


「……ですが、こんなことむごすぎます」


「君は優しすぎるんだよ。もしあの魔女が正妃になっていたら、側妃の君がどんな目に遭わされていたか。あの感情のない冷たい目……初めて会った時から、恐ろしい女だと思っていたよ」


「どうかそのようなことを仰らないでください。あの方は幼い頃からずっと、殿下のお傍にいらっしゃったではありませんか。それに、もしあの方が私を呪い殺そうとしたのだとしても……私には、あの方が魔女だとはとても思えないのです。本当に醜く恐ろしいのは、今、殿下にこうして抱き締めていただいている私の方ではないですか?」


 王太子は人差し指を彼女の唇に当て、しっと制する。


「そのようなことを言ってはならない。魔女を庇うような発言をしたりして、君まで疑われたらどうするんだ」


「もし……もし私が魔女だと疑われたら……。あの方のように叫んだら、殿下は助けてくださいますか?」


「当たり前だろう。それに、もし聖女のように清らかな君を処刑するというのなら、僕も一緒に炎へ飛び込んでやるよ」


 その言葉に、彼女は澄んだ涙を流す。

 王太子はそれを心から美しいと思いながら、長い指で拭った。



 翌朝──異様な晴天の下、処刑場には、貴族から平民までたくさんの民衆が押し寄せていた。

 しばらくして、痣だらけの令嬢が引きずられるようにして現れた。昨日のように暴れることはなく、ただ虚ろな目で大人しく杭に縛り付けられていたが、王太子に気付くなりカッと目を見開き、掠れた声で叫んだ。


「殿下っ……殿下! 私をお助けください! 私はっ……うっ……魔女などではありません!」


 喉を詰まらせながらも必死で訴えるが、王太子は冷たい視線を向けるばかりだった。


「黙れ! この魔女が!」

「さっさと殺せぇ!」

「焼き殺しちまえ!!」


 薪に火が点けられる。罵声と歓声に煽られ、小さな火はたちまち炎となり、令嬢の足元へと這っていった。


 その瞬間、令嬢は、王太子に寄り添う想い人を冷静に見つめる。

 口元を手で覆い、怯えたように眉を下げてはいるものの、その瞳の奥は微笑わらっていた。


「違う……違う! 私は……うっ、私は魔女じゃない! 殿下の隣の……うっ……その女こそが魔女だ!」


 王太子の顔が、怒りで黒ずむ。剣の柄に手をかけ、叫び続ける令嬢の元へ向かおうとするが、想い人がそれを必死で止めた。


「どうか……どうかお止めください! 危のうございます!」


 王太子は何とか怒りを抑え、足を止める。美しい想い人を腕に抱き寄せ、醜い魔女を離れた場所から睨みつけた。

 その間にも、炎はどんどん勢いを増し、令嬢の身体を呑み込んでいく。恐ろしい断末魔の叫びが響き渡る処刑場で──想い人は突然、ふふと笑い出しこう言った。


「殿下、あの方を助けなくてもよろしいのですか?」


「当たり前だろう! あんな恐ろしい魔女、火あぶりでは足りないくらいだ!」


「本当によろしいのですか? あの方を処刑するなら、一緒に炎へ飛び込まれると、昨日そう仰ったばかりですのに」


「……何を言っているんだ? 君は」


「私、貴方の想い人ではありませんよ。貴方の愛するマリア子爵令嬢はあちら。()()だけ入れ替えたのです。……呪術でね」


「呪術……」


「はい。身に覚えのない罪で魔女狩りに遭うくらいなら、本当に呪術を使ってみようと思ったのです。ほら、私、散々嫌がらせを受けていましたでしょう? いざという時身を守るために、独学で身に付けただけなのですが……。案外魔女の素質があったのかしら。笑うだけで、簡単に中身を交換できてしまいました」


 王太子の目が恐怖に満ちていく。

『想い人』から離れ、震える足で少しずつ後ずさった。


「可笑しいわ。私を冤罪で処刑したかったくらい愛していた方なのに。器が変わっただけで、全然中身に気付かないんですもの。優しすぎる? 清らか? ふふっ、本当は貴方が誰より憎んでいる、醜い婚約者なのに」


 王太子は、顔をゆっくりと炎へ向ける。

 怨めしげな婚約者()の目に、想い人(中身)が重なり、その場に崩れ落ちた。


「ほら、よろしいのですか? 早くしないと炎が完全に回ってしまいますよ。まあ今さら助けたところで、余計に苦ませるだけでしょうが。せめて炎に飛び込んで、生きながら焼かれる苦しみを共有されては?」


「あっ……あああ……ああ!」


 王太子は頭を抱え唸り出す。

 やがてふらりと立ち上がると、想い人()の顔に覆い被さる婚約者(中身)を、涙目で睨みつけた。


「このっ……」


『恐ろしい魔女め』

 後に続くはずだったこの言葉は、突風に遮られる。激しい火の粉が辺りに舞い、民衆は慌てて逃げ出した。

 それは王太子にも襲いかかり、クラヴァットへ引火する。払う間もなく立ち昇り、尋常ではない勢いで顔を燃やしていった。


「やめっ! やめろぉ! あああ……」


 兵が何度も水をかけるが、炎は消えなかった。


 魔女は地面で転げ回る王太子から、炎の中の杭へと視線を移す。

 自分が捨てた器が、無惨な屍へと変わりゆく様子を、ただ呆然と見つめていた。




 一国の王太子をも道連れにした魔女は、その後も人々の間で語り継がれ恐れられた。

 この事件を機に、呪術以上に危険で残虐性のある魔女狩りが初めて問題視され、廃止されることになった。そして議論の末、呪術に関する新しい法律が制定されたのである。


 魔女の祟りを間近で見た王太子の想い人マリア子爵令嬢は、精神を病み、実家に引きこもった。

 同情の目が向けられたものの、皆祟りを恐れ、近付こうとはしなかった。




 あれから一年後、マリアとなった魔女は、生涯神殿で祈りを捧げることを志願し、家を出た。


(神様は、魔女である私を赦さないだろう。祈るどころか、神殿に足を踏み入れることすらできないかもしれない)


 そう覚悟していたが──

 神は彼女を拒むことなく、あっさりと神殿へ招き入れた。



 祈りを捧げながら、魔女は自分が犯した罪を振り返る。

 笑うことで中身を入れ替え、さらに、自分が本当のマリアだと言うことができない呪術を、王太子の想い人へかけた。

 呪いを解く方法は二つ。

 王太子が自ら中身の入れ替わりに気付くか、マリアを助けるため炎へ飛び込むか。

 王太子がそのどちらにも失敗しマリアが死んだ場合には、自分も魔女として王太子に殺されようと思っていた。

 ところが、なぜかあの時、不思議な炎が王太子を包み、マリアとともに燃やしてしまったのだ。


 神々しく、清らかに感じたあの炎。

 罪の意識から逃れたいがために、そう見えただけかと思っていたが──


(もしかして、神様ですか?)


 その問いに答えるように、神殿の窓から温かな光が差し込む。

 器を撫でる優しいぬくもりに、魔女は澄んだ涙を流した。


ありがとうございました。

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