(7)
ローゼンカ栄達の盛宴は催されたものの、ローゼンカも賓客も気まずさを噛み締めるだけに終始した、ひとりを除き。そのひとりとは、もちろんデンセルだ、デンセルのみ満悦して、ローゼンカを飼い犬のごとく各テーブルに連れ回し、歓談に割り込んで軍隊仕込みのとっぴな自己紹介をさせる、まるで仕込んだ芸を披露させるみたいに。ローゼンカには屈辱だったが、従うしかない。白銀を受けたのは自らの選択。そこから発生する屈従ならば、苦杯だろうが飲み干さなければならない。が、その決断はほんとうに省察をもって、為されたものか?
この回答に欺瞞でかえすのに時間はかからなかった。そして、それよりもはやく、デンセルは綿密かつ周到に、悪辣な毒手を放っていった。気づけば屋敷にしろ衣食にしろ、父に書く手紙の便箋インク羽ペンにいたるまで、デンセルのつて無くして入手してないものなど無くなっている。そしてそのすべてに紹介料という名の中間マージンがのる。収入も資産も桁違いなら費用も債務も桁違い、仮に栄位を返上したとして、どう返済の目処をたてる? 収支表を見ればため息ばかりが出る。
もちろん改善の試みもしたーー消耗品の一部を違う業者にするなどーー、が、より高いマージンを請求されるに終始した。ローゼンカはポッと出の名ばかり貴族、才覚でのしあがった新興貴族ですらない。きっと内情は火の車、永続しない客。そう見抜かれていたローゼンカは、ふっかけられるだけふっかていい社交界の闖入者と思われていた。
だが、これはローゼンカの失錯ではない。そもそも、先の大戦より80年、繁栄と拡大の一途をたどってきた連合国が、大国たるロデニアをもあなどった、その平和回帰へのあなどりこそ諸般の根因。だれも戦争なぞしたくない、するにしても短期かつ小規模、垢をおとすていどで済ませたい。ロデニアだってそのはずーー。それは確かにじっさいそうで、ここ数十年、「戦争」は慣例で行われてきたし、多少こじれたにしても、いや極限といわれる事態にいたってさえ、交渉と妥結で秩序は保たれてきた。でもそんなものは幸運でしかなかったし、もっと厳密にいえば、それを幸運と感謝できる大器たちが、双方向からあぶら汗をながしながら、懸命に増築してきた所産にすぎない。にも関わらず、それを所与のものと誤解した小器どもが、火薬庫で花火遊びをするみたく、いとも簡単に火をつける、万が一の場合にも大丈夫、消火の備えは万全だからと。そして爆炎に焼かれ、あとには肉塊ひとつ残らない。最悪なのは、危機感に震え上がっている者のすくないことで、それは貴族社会どころか一般庶民にまで浸透し、火の手は迫っているのに「いや、あれは敵を焼く火だ」などとうそぶいて、鎮火を叫ぶどころか、その見物のお供まで売り歩く始末。デンセルにしろ卸商にしろ、ローゼンカの周りを翔ぶ蚊どもは、まさにこれだった。
(水底なんだ。深海をひとしく押し潰し、どんな欠落をもたちどころに塞ぐ。ひとりふたりの問題じゃない。社会全体が我利をもくろみ、つけ入る隙をさがし蠢いている)
名誉白銀騎士などというウドを続けるうち、そうしたことがローゼンカにも次第にわかってきた。
28才になったローゼンカを悩ませたのは、劣勢にかたむく戦況とそこに関与しえないジレンマ。考えてみれば、国益に踏み潰される弱者仲間の悲泣を防ぎたいがための受勲なのに、貴族の護符におさまって以来、戦火とは無縁の中核都市で毎月の収支にばかり気をとられている。当初の使命感はどこへいったか。もちろんまだ胸にある、まだ煌々と灯をともしている。でもそれは至近にあった少年のころに比べ、現実という論理迷路の壁にはばまれ、容易にアクセスできないものになってしまっていた。
「鉄壁は使命
防塁を堅守し
我、荒地に散るとも
故国の礎石となるを喜ぶ」
これは養成所の玄関にかざられた鉄の詩章だが、ローゼンカはいつしか詠むのをやめた。代わりに台頭したのは次の白銀の論理だ。
「弱者を守るには師団を守る必要があり、
師団を守るには貴族を守る必要があり、
貴族を守るには白銀である必要があり、
だから、
自分がなしていることは、
絶対的に正しい」
ほんとうに正しいか? でもだからだ、であればこそ、ナルナド喪失の遺恨が輪唱をおおきくした。ナルナドは駐屯所不在のあいだ、ほぼすべて時間を貴族との社交に割いていた。つまり醜怪な貴族社会との盾でもあったわけで、その手段とその秘訣がすべて、ナルナドの身魂とともに今やどこぞの荒野で塵芥に帰してしまっている。そして、そんな偉功の人物すら紙切れ一枚で死地送りにできる「力」を、ローゼンカは痛烈に認識する。その「力」とはーー
(権力。けっきょく「力」とは、権力でしかないのか)
この結論にいたり、その性分を鑑みてみれば、ローゼンカには絶望でしかない。なのに、この境地にいたってさえ、己の使命に呪縛され、身動きできないでいる。
非番の日、29才になったローゼンカが街を歩く。ここはウラニア第3の都市ザルジャニー、72人の連合国貴族騎士が駐留する要塞都市でもある。この日は仲春の祝い、寒さ峠すぎ、ひとびとは重い毛皮の羽織をぬぎさって、活気にわく通りでは、ボレロを伴奏に手玉の雑技をするわかものが、衆目の関心をいっしんにあつめている。が、もちろんローゼンカは立ち止まらない。ローゼンカも今では立派な騎士、長きに渡りきたえた体は、腕も首も腿も、尋常ならざる武威を漂わす。しかも、ひとの胴ほどもある白銀の盾を背負っており、それが連合国の貴族騎士、ローゼンカなのは明らか。衆庶の祝いに貴族が顔をだす、それがいかに祝祭の雰囲気をぶちこわすか、ローゼンカも重々しょうちしていた。節度から観衆には混じれない、歩きつづけるしかない。
ローゼンカの歩行はつづくが、何をしているかといえば、警邏のつもり。もちろん、ウラニアにも衛兵はいる、槍すら携えている。でも、ローゼンカには他にやることがない、これ以外で私心を満たすすべがない。だから、本来やらなくていいことをやる、望まれてすらいないというのに。というのも、ロデニアとの開戦より4年、連合国がウラニアを盾ーーしかも、どう壊れようと構わない盾ーーとして位置づけていると、ウラニアの民衆はもう、暗黙裏に了解していた。にも関わらず、
「騎士さま」
「騎士さま」
「騎士さま、ご機嫌うるわしゅう」
すれ違う人からは、こんな恭しい挨拶がかえってくる。だが、祝祭を楽しんでねなどとは誰ひとり言ってくれない。
こんなとき、ローゼンカは故郷クルスの町を想わずにはいられない。いま時分なら根魚、産卵をむかえた旬の魚が、芽吹いたばかりのハーブで調味され、彩りも艶に、食卓を春に飾る。味もばつぐん、あまりにがっつくから、父さんに怒られたっけ。幼き日の思い出が蒼空に映写する。冬に閉じた家々がいっせいに開け放たれ、港に掛け声がもどり、春花が咲いて、町ぜんたいが色めき立つこの時期が、ローゼンカは年中で一番すきだった。
(父さん、元気にしてるだろうか? 健在だと、トーリの手紙にはあったが)
即刻、帰りたかった。父に、母に、憤慨するトーリでもいい、会って気のおけない話がしたかった。考えてみれば、ウラニア呼集から4年、いちども帰休していない。父親は健忘がすすんで、もう筆をとれなく、トーリが手紙を代筆していた。父は心配、しかしそれを黙殺し、封印するのは、きまって白銀の論理。自分はこの地にとどまる必要がある、でなければ民衆が、同志が、ひいては無辜の連合国人ーーそれは父母やトーリもだーーが、被害にあう。帰るわけにはいかない。
すると裏通りから「助けてくれ!」の叫び声、そして血相かえた身なりのいい男が飛び出してきた。
「強盗だ! 奴隷をうばわれた! だれか、助けてやってくれ!」
ごうとう! ローゼンカは金属音をたてて駆けつけた。「犯人はどこだ!」
「ああ、これは騎士様。ごきげん麗しゅうーー」
「挨拶はいい! 犯人は奴隷をうばって逃げた、そうだな?」
「はい」
「どっちへいった?」
「あちらでございます」路地裏を指示する。「大男で、左手が肘からなくーー」
「わかった!」聞き終わらぬうちに硬化発動、すぐさま走り出す。すると後ろから
「奴隷は10才ほどの少女にございます、どうか助けてやってくださいませ!」
おそらく傷痍兵、食うにあぶれての犯行だとローゼンカはおもった。開戦以来、激増していたから。
(そんなに遠くに行っていないはずーー、ならば!)
索敵の魔法を発動する。人の走る速度で遠ざかり、かつ大柄、前方150度100メートル内で、かつ人を抱えた異形のシルエットーーこれか!
ローゼンカは猛然と走り、そして右肩に少女らしきものを乗せ、短い左腕をふる巨漢の背が、貧民街の角をまがるのを見た。
「待て!」
2秒間隔で索敵魔法を発する。おそらく、どこかに逃げ込むはず。ただし、それは本来の使い方でなく、ローゼンカには過負荷ではあったが、その甲斐あって、男が茅屋に入ったのがわかった。ローゼンカも駆け込む。
「ここか!」目前に床板をはいで、荷を詰めこむ男の図。
「チッ、見つかったーーって、騎士! なんでこんなとこに連合国の騎士がーー」
「その子を返せ。そうすれば手荒なまねはしない」
「返せ? どの口が言いやがる! そもそもテメェら連合国がけしかけなけりゃ、こんな戦争なんぞ起きなかったんだ。見ろ! この手」そしてボロ布巻いた左腕を持ち上げる。肘から先が寸断されている。「テメェらの砲火魔法でやられたんだ、ロデニアじゃなくテメェらの! 俺にはこいつを売る権利がある。こいつは俺らウラニア人の戦果だ。なのに、それを、返せだと? どの口がいいやがる! この連合国人め!」そして腰から刃のかけたナイフをぬく。が、その激昂の悪口こそ、ローゼンカに深く刺さった。といって見逃すわけにはいかぬ。
「くりかえして言う。その子を放せ。そうすれば寛大に処置してやる」
「連合国人め! この犬の糞のはしっこやろうが!」
そして襲いかかり、でもローゼンカは棒立ち、しかし、弧をえがいて叩き込まれる切っ先は、ローゼンカのこめかみで砕け散った。眼を裂こうとする破片すら眼球で跳ねかえる。
「ナイフを1本むだにしたな」
ローゼンカは男の頭をわしづかみ、昏倒の魔法をかける。効力はすぐにでた。そして脱力する男の脇に手をいれ、抱きかかえるように優しく仰臥させる。
(やはり元軍人、しかも拉致され無理に前線におくりこまれた口か。憐れな)
男をしばし憐憫の目でみつめたあと、ローゼンカは魔力酔いに少しぐらつきながら「大丈夫か?」そう言いつつ少女に目をやる。
少女はいつの間にか穴から出、立ち上がり、股をしごいていた。そして、腿に垂れるボロ着のすそをゆっくりとたくし上げ、
「騎士さま、ありがとうございます、騎士さま」
そして、糸ひく下腹部を露出させ、媚びるような上目遣いで知らせてくる、もう準備はできていると。
「どうかお慈悲をください」
恐怖にほほをひきつらせて。彼女にはそれしかないのだ、乱暴を抑止するのも、謝意を示すのも。その他に差し出せるものは何一つなく、自分がただの道具にすぎないと徹底的に叩き込まれている。それはこの少女が生まれてこのかた何の愛情も知識も与えられず、そればかりか、大人の利害に組み込まれ、子供らしい純粋な成長どころか、現状を脱する術すら供与されない悲境にいるのを物語っていた。そして、醜悪な大人どもの欲望ばかり目にする。
だが、こんな子供に「お慈悲をください」などと述べさせるのは誰だ? こんな状況で、悪趣味をこえて背徳すら生ぬるい悲惨を口にさせるのは? 「騎士さま、お慈悲をください」だれだ?
そうだ、騎士だ、ローゼンカたちだ。そしてローゼンカはこのとき、大人になった立場、騎士になった立場で、幼きころ故郷で見た奴隷たちを思い出した。恐怖に目を見開いた姉妹の少女、そこに宿る感情が、眼前の少女と重複する。
ローゼンカは壁をぶちこわした。問題の一部である者が、解決の一部になどなれるわけがない。魔力酔いで酩酊したローゼンカはへどを吐き、歩くのに邪魔なだけの、背負っている銀の重いなにかを捨てさった。そこに付着する銀メッキの論理も一緒にだ。もうこの深海で無呼吸でいることなどできない。ひといきでいい、息つぎがしたい。
ローゼンカは帰省を強行した。装備は鉄のガントレットのみ。それは若きころの帰郷の再現を企図したものだったが、そもそも帰省に小手など必要ない。手錠にしか見えない。
行商の馬車を降りて町のなかへ。くりかえす悠久の波音。帰省はまず耳から。
「おかえり、ローゼンカ。白銀騎士になったんだってねぇ、おめでとう」
「おめでとうねぇ」
「すげえや、あのローゼンカがお貴族さまだもんな。いやー、出世したもんだ」
すれ違う昔なじみの面々が、陽気に祝辞をのべてくる。それは心からの賛意で、実情を知らぬ彼らにローゼンカは「ありがとう」と返すしかない。すると裾を引く感覚が。5、6才ほどの少年、どこの子だ? でも抱っこをせがんでくる。抱き上げてやる。「ねえねえ」とその子が耳元でささやく、こんな言葉が急襲する。
ぼくもおおきくなったらきしになりたいな。ねえ、ぼくも、きしさまみたいに、りっぱになれるかな?
立派な騎士? 自分が? いや、そもそも立派な騎士とは? その混乱となおも浴びせられる称賛に、故郷の波音がかき消されてゆく。
ローゼンカは生家へ。建物はレンガで新築され、まるで実家でないみたいに瀟洒で堅固な姿にさまがわりしていた。かつては退色すすむ木造のボロ屋だった。錆びた鉄板を接いだ炊事の配管ーー夕方までさんざん遊びたおして帰宅し、漏れる灯火と炊煙のたちのぼる情景は、ローゼンカの少年期の原風景のひとつだったーー、それに縄跳びで足をかけ、バランス崩して大穴あけた、壁の補修あと。ローゼンカのもうひとりの母のごとくその成長を見守り、老朽に知恵という生きる意志で対抗してできた唯一無二の営為の結晶が、レンガを規則的に組合わせただけの、ただの無味な都会的な箱に成り下がっている。ローゼンカはなにか根源的な部分を否定されたような気がした。すると玄関ドアから見知らぬ初老の女がでてきて「あの」と声をかけてくる。
「どちら様ですか?」と、いぶかしげに。「あの、この家になにか用でも?」
「いえ、あの、自分はここにあった家の者でして、ローゼンカと申すのですがーー」
「え、ローゼンカさま? ええ、ローゼンカ様でいらっしゃいますか? わたくし、この家で女中をしてますクナリエと申します。まあたいへん、お爺様にお伝えしないと!」
そういって中に戻っていく。が、代わりに出てきたのはトーリ。
「ローゼンカ! ローゼンカなの! どうしたのよ急に? 知らせも寄こさないで。仕事のほうはいいの? ウラニアは劣勢だって、ご近所中のうわさよ?」
そうだ、この顔、この眼だ。はつらつとして変化に富み、情動をにょじつに映す瞳。
「全部やっつけてきたさ。敵もふくめてな」
「なにそれ、残虐ね! 相手さんも人様なんだから、手加減しないとだめじゃない! まあ、立ち話もなんだし、入って入ってーーって、ここはアンタの家だったわね、アッハッハッ!」
すると「マァマ~」と奥から幼い声。「じぃじ、うんこした~」トーリの膝裏に抱きつく。
「そ。じゃ、クナリエおばちゃんに教えてきて」
うなづき、そして「クナリエおばちゃーん、じぃじ、うんこしたよ~」叫びながら奥に消えてゆく。
「デルクトよ。かわいいでしょう? もう5才なの」
5才! あの腕の中で為すすべなく揺られていた赤子が、もう5才! その間、自分は収支書とにらめっこしかしていない。
すると「言ってきたよ~」とデルクト。
「んー、えらいねーデルクト」とトーリ。が、視線がローゼンカに向くと、ふっと喜色が消える。「あまり驚かないでね」
トーリに先導され家中へ。
「おじいちゃーん、ローゼンカよー」
そこには暖炉の火をうけ、安楽椅子にすわる下半身まるだしの老人。それが、さきの女中に、下着を変えられてるといった様子。
「お義父さんよ」とトーリ。「もう自分でなにもできなくて」そして近づいていき、耳元で「ローゼンカですよ、ローゼンカ! ローゼンカが帰ってきましたよー」
「ローゼンカ?」意識を取り戻したかのように反応し、ローゼンカを視認。が、「ああ、騎士さま!」そして椅子から飛び降りるように落下し「ああ、騎士さま! どうしてこのようなむさ苦しいところに? どうかご容赦ください、騎士さま!」何度も頭を叩きつける、下半身を露出させたまま。
「おじいちゃん、あれがローゼンカよ。あれがローゼンカなの! わかった?」
「なにを言う! あれは騎士さまであって、ローゼンカではない。ローゼンカは人殺しなぞしない。あれがローゼンカなわけなかろう! なにを言う!」そして叩頭して「ああ、騎士さま! どうしてこのようなところに? ああ、どうかご容赦ください、騎士さま!」
「はいはい、おじいちゃん、あの騎士さまはすぐいなくなりますからね~、それよりおズボンはきましょうね~」そしてトーリはローゼンカに「ごめんなさい、もう誰のことも分からないみたいなの、自分のことも。もしかしたらローゼンカならって、思ったんだけど」
それはローゼンカを奈落に突きおとすに足る一言だった。帰省すれば、あれもこれも相談しようと腹で煮詰めていた告解事が、行き場をうしない、ヘドロのように怨嗟と臭気をはなっている。これを秘め、なに食わぬ顔で過ごさねばならないのか、この先も、ずっと? が、それ以上にローゼンカの心を引き裂いたのは、父が騎士をたんなる人殺しと認識していること。では自分は、人生のほぼすべてを父の軽蔑する殺人術の習得に当ててきたのか? 多大な労苦を払って? 半生を一事に懸けてきた者にとって、この仕打ちはあまりに酷すぎるではないか、なにゆえこんな酷遇に会う?
「ねえローゼンカ」とトーリ。「悪いんだけど、お義父さん落ちつかせたいから、ちょっとキッチンに行っててくれる?」
「え?」トーリの目線の先ーー小部屋が見える。「あ、ああ。わかった」
移動する。しばらくしてドアの閉まる音。
「もういいわよー」と、トーリの声。
居間に出てみるとトーリと息子だけ。「お義父さんはクナリエさんと自室にいるわ。お義母さんは寝てる」
「そうか。すまないな、迷惑をかけて。もううちとは縁が切れてるってのに」
「いいのよ。ほっとけないもの、あんなお義父さん。それに、かつては本当に義父になるかもしれなかったし」
すると「マァマ~」とデルクト。トーリの手首を振りながら「このひとだぁれ~?」
「ん~? んー、このひとはね、ママのお友達。ローゼンカっていうの」
「あれはなに~?」ローゼンカの手首を指す。
「あれはね、ガントレットっていうの。ローゼンカはね、騎士さまなの~。強暴で怖~い、騎士さまなの~。ねー、ローゼンカ?」
また始まったかと思って「ああ、そうだな」
「きし~?」
「そう、力ばっかり強くてね、いざという時に役にたたない、会いに来てくれすらしない、無能者なの~。ねー、そうよね、ローゼンカ?」
「そうだな」
「でも本当は、弱者を守る立派な騎士さまなの、正義の味方なのよ~。デルクトのことも守ってくれるって。ね、そうでしょ、ローゼンカ?」
「ああ、そうだ」
「それはデルクトが大人になるまで、ううん、大人になってからも続く。そうよね、ローゼンカ?」
「ああ」
「それじゃ、もう帰るから。わたしも自分の家の仕事があるしさ。では閣下。明日また拝謁できること、光栄に存じます、連合国、名誉白銀騎士の、ローゼンカさま?」
「ああ」とローゼンカは言った。「そうしてくれ」
先に白状しておくと、最後の会話展開は「金持ちの御曹司」を拝借した。
傑作なので、ぜひ読んでみてね。




