(5)
グルカとパースの訃報を知ったとき、ローゼンカは23才。もういっぱしの鋼鉄騎士で、将来を嘱望され、少数ながら部下もいる。竹馬の友を失った悲しみは痛烈ではあったが、もはや動揺を、素直に表していい立場でない。ミスがたたる、散漫と叱責されもする。が、哀惜は、父への手紙だけにとどめた。
平静を装えば現実はそのとおりやって来るもの。いくぶん平常を取り戻したローゼンカは、とうぜん、彼らの死の黒幕に気が向く。なぜグルカとパースが? 彼らは退役し、ウラニアで小事業を営んでいるのでなかったか?
富貴でもなんでもない庶民が暗殺されるなど聞いたことがない。必ず裏がある。しかし、探りを入れ始めたばかりのところでローゼンカは、大隊長の呼び出しをくらう。個室で直立するローゼンカに、大隊長は重厚な机に所狭しとおかれる書類の壁越しに、
「ローゼンカ。旧友が事故にあったそうだな? 悲しいことだ。だが、追及はやめろ。いいな?」
「ですが、大隊長殿ーー」
「あー、もう。いま年始休暇前で忙しいんだよ、見ろ! この書類の山! 質問には答えん。わかったか? わかったなら、部屋を出てっていいぞ」
議論の余地なし、それはさらに上からの指示ということ。だから有無をいわせない、黙過しない、わざわざ釘を刺しにくる。
もちろん、手紙も検閲の対象で情報収集も不可だった。が、内情というのは風のうわさに漏れてくるもの。それによれば連合国の元騎士が、密命をうけウラニアに派遣され、施工事業と偽って防塁を築いており、それを危惧したロデニアが、排除に動いている。だからいま、ウラニアとの国境駐屯地は、ガラガラだーー。
真相はわからない、でもグルカとパースは北東ウラニア国境駐屯地の勤務、この風聞に完全に合致している。
だが、なんのための防塁だ? ウラニアーロデニア間の紛争は、条約で片がついたのではなかったか? だいいち、なぜ連合国が加担する?
そこに事変を予感しないローゼンカではなかった。思い起してみればここ数年、新人はずっと300人を越す「大豊作」を維持している。15年前はわずか50名弱だった。
(おかしい。まるで連合国がロデニア邀撃を誘発させようとしているみたいだ)
そしてその直感は、長らく平和の象徴として開催されてきた競技の祭典のさなかに具現化する。ウラニアがロデニア国境付近で自国民を危害したのだ。そしてその地の領主がロデニアに助けを請い、それに呼応するかたちで、ロデニアがウラニアに大挙する。その数なんと2万。
連合国ですら8千、ウラニアなど3千しか騎士を擁していない。勝敗など、もはや占うどころの話ではない。
戦端は開かれた。しかし、圧倒的兵力差で包囲網をしき、首都まで駆けのぼったロデニアは、ウラニアに無血開城をせまって、新条約のもと、和平一歩手前までいく。が、連合国とアルカインの甘言でぶち壊しになった。それから本格的な戦争状態に突入する。
混迷する情勢にさいし、ローゼンカの葛藤はナルナドとの決別だった。ナルナドはこの事態を予期していた。それはローゼンカが隊に誘われるきっかけとなった10余年まえの北東の町での暴動からだったが、ここ数年、ナルナドは隊員が死地おくりにならぬよう、貴族連中への根回しに駆けずり回っていた。ナルナドはもう還暦すぎ、家族に等しい師団の面々に、愛慕の念、骨肉に達し、誰ひとり、失いたくない。だれが敵か明白でない対立構造も静観をうながす副因となった。第一師団はこの紛争に関与しない。それが隊への厳命だったが、いっぽうで連合国は、いまや公然と「支援者」を募っていた。ウラニアに事業として、「建築」や「教育」などの「支援」を果たす「民間人」を送り込んでいた。
ローゼンカは、第一師団の方針にというよりも、自身の惰性に深い疑問を抱いた。別師団とて元は同じ連合国の騎士仲間、それが他国で「責務」を果たしているのに、自分だけが安穏にしていていいわけがない。己一個の安楽のため授かった英資ではないのだ。この力、活用せねば。仲間のために。
といって隊の命令は絶対だった。これがもっとも強くローゼンカを縛った、というのも、12才の入所以来、起臥にしろ便意にしろ、意思のおよぶ範囲を越えて軍律が、まるで皮膚のように全身を包んでいたから。抗命など神の社を破壊するに等しかったし、またナルナドの意思を濃く反映した「勅令」を、ほごにするのも不安をかきたてた。
それに移民するとなれば、除隊はまぬかれない。となれば第一師団はおろか、ナルナドをも棄てることになる。あのナルナドをすてる! 崇敬の対象であり、長く不朽の目標だった、あのナルナドを棄てるーーなにかいかだ一艘で海原に放り出されたみたく心細い。
またしても散漫、ミスを重ねるローゼンカ。が、兆しがでた以上、次は見えている。除隊、転出、出精だ。それは未来の粒とでもいうような不可視の湧出物で、心にたまり、ある閾値を越えたときに、ふっと姿を現すもの、あるいは境界線を小さく一歩、踏み越えさせる分だけ吹くみじかい突風。運命の心機におよぼす変化とはそういうもので、決して激甚な力でない、しかし、劇的に決定的に、現実を変革するなにか、そのなにかの蓄積が、ローゼンカの心の閾値を上回った。そしてその常として、ローゼンカは突如として平然に、いや、むしろ平時より気弱に、大隊長に除隊を申し出る、ウラニア呼集に応ずると。
緊急に、内密に、ローゼンカ慰留の場がもたれた。舞台は大隊長執務室。出席者は5名、大隊長、隊長、副長、あとナルナド。全員横一列にすわって、休めの姿勢で屹立するローゼンカと対峙している。
ここまでくればローゼンカの意志は固い。
「それで」前に立つなり、まるでこれから吊るされる犯罪者に対するみたく隊長がきく。「どういう了見なのだ、ローゼンカ? 隊を抜けたいとは? なにが不満だ?」
「不満はありません。以前に申し上げたとおり、自分はウラニアで危難に面する仲間の一助となりたい。それだけです」
「いーや、いやいや。そうではない、そうではないのだ」と、ペンで用紙をたたく、2度。「今日はな、そんな建前が聞きたくて集まったのではないのだよ、ローゼンカ。私、いや私たちーーそう、ここにいる全員だ! 今日! お前の本音が聞きたくて! わざわざ! ここに集まった、わかるか?」
「存じ上げてます」
「そうか。ならば、礼はどうした? 非礼ではないか? 師団長殿と大隊長殿にな」
「ハッ! 光栄の至りであります、大隊長殿、師団長殿」
「かったいなぁ、ローゼンカ。固すぎる」と、うって変わって大隊長。「実力はあっても社交性がない。剛健すぎて、人間味がない。衝動はあるのか? 感情は? 部下との信頼関係構築に、あるていど感情を出すのは必須だぞ。騎士だって人間なんだから」
わずかな間隙、それは本来ローゼンカが反論する間のはず。が、言葉にしない。不要だ、必要ならば話す。
「まあともかくな」と大隊長。「クムランが言ってくれたとおり、今日は君の真意を聞く場なんだ。だから無礼講でかまわん。率直にな、忌憚のない発言を期待してるぞ。もちろんオフレコだから、隊への不満、憤懣あらいざらいしゃべってくれてもいいぞ。ま、クムランの前じゃあ、あまりドぎついことは言えんだろうが、ハッハッハッ。で。どうして除隊を願う? 本心はなんだ?」
「先ほども申し上げたとおり、ウラニア先遣隊の一助になりたい、です」
もちろん、ローゼンカはわかっている、羨望の第一師団をぬけてウラニアにいく、それがいかに奇矯にうつるか。そして、だからこそ他意あると思われてるのが。でも介意しない。まだ決心の裏の心理について、聞かれてない。
「ではウラニアに行きたい、というのは本当なんだな?」
「はい」
ここでじゃっかん、驚嘆もらす上官たち。が、ローゼンカは不動だ。堂々たる休めの姿勢で、糾問を受ける身なのに、むしろ逆にひとり退路を断つ猛将みたく、厳然と立ちふさがっている。そんなふうにも見える。
「ウラニア呼集に応じたい、それはわかった。が、それがどうして除隊依願になる?」
「第一師団ではウラニア先遣を禁じています。それは師団長殿のご裁断であり、異義を唱えるなら除隊しかない。そう考えました」
「あのなあローゼンカーー」と大隊長。が、それをナルナドが手でさえぎり、
「のう、ローゼンカ。わしがな、なぜウラニア呼集を禁じたか、わかっておるか? どう理解しておる?」
「ハッ、それは我々隊員の身を案じてのもの。そういう認識です」
「要約すればーー、まあそうじゃな、正しい。だがのう、ローゼンカ。お前はまだ若い。つても少ない。未来を推察するにはあまりに情報不足じゃ。これはわしの私見なんじゃがな、連合国はロデニアと戦争するつもりじゃ。戦争といっても、毎年行われとる賭け試合なんぞでなく、本来の意味での戦争、国家存亡をかけた大戦争じゃ。もう資本も、防塁も、風説の流布も完了した。あとは連合国かロデニアか、どちらかが破滅するまでやる。今はその道程の最初も最初、これからなんじゃ、悲惨は。もう善も悪もない、戦端は開かれてしまったからのう、泥沼じゃ。きっと平時の慣性を利用して、戦時情報統制がしかれる。連合国でもな。そんな良し悪しの論拠のきえた底無しの泥沼にな、わしは部下たちに関わってほしくないんじゃ。まあ、戦場が連合国に移ったら、強制的に関わることにはなるがのう。ただ、わしの見解はこうなんじゃ。で、ローゼンカ。お前はそれでもウラニアに行くというのか?」
「はい。使命ですので」
「しめいーー使命か。それがお前の『務め』ーーなのだな、ローゼンカ?」
「はい。どうしようもないことですので」
「ん、そうか。わかった。除隊を許可しよう。お前が戦場のまえに闘うべきものがあるのは、よう知っとるからのう、精一杯、おのれの使命に励むのじゃぞ。じゃが、嫌気がさしたら遠慮なく戻ってこいよ」それから大隊長に向かい「ムルーシン。聞いたとおりじゃ。そのように手配してやってくれ」
大隊長は大きく鼻息をもらし小首をふりーー、承服できないといった様子。が、「わかりました」
「師団長殿! お言葉ですが私は反対です。だいいち、隊の規律が乱れます!」と隊長。
「おぬし」と目を細めて言う。「名はなんじゃったかのう?」
「ク、クムランです」
「そうか。威勢がいいのう、じゃがこれは第一師団長たるわしの断案じゃ。それを覆そうとすることこそ、隊の規律に関わるのじゃないかね?」歯噛みする隊長。「ま、あまりいじめてもしょうがない。話は以上だ。もう下がっていいぞ、ローゼンカ」
除隊したローゼンカは、短期間クルスの町にもどるが、そこで母親となったトーリと再会する。




