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ローゼンカは立派な騎士。偉丈夫で冷静で、苦難にくっせぬ志操も備えていた。相貌も悪くなく、こわい短髪は故郷の風に鋤かれているかのごとく後ろに流れ、生気ある眼に、精悍なほほ、頑健なあごは見事な戦士の面構え。ただ一直線にのびた濃い眉が、射貫くするどい三白眼とあいまって、小児を泣かす、貴族に敬遠されるなど、マイナスに働くことはあったけれど。
ここはヨルミリハ連合国の一国、ケンセル。連合国の下辺中央に位置する半島で、白砂の海岸が細長いダイヤ型国土の下半分を飾る。奥行きある砂地ゆえ、港には向かないが、これでもかってほど鮮烈にメリハリをつける季節風によって、尽きない海の幸がもたらされる。というのも、寒暖強弱の落差ある風が、寒水暖水の潮をつくる、海のなかにさらにもうひとつ渚をつくるように。で、この寒暖の潮が押し引きして、半年ごとに異なる種類の魚介群をもたらすのだ。夏は臭くて不味い、でも大型で乾物としては格好な魚種が、冬は小型ながら味がよく、冷えた体にてきめんな、スープの具材にむく魚種が、それぞれ、十二分に。気候は温暖、まあいささか南端は、夏の暑気が厳しすぎて、避けられるきらいはあるけども。ただし、東端と西端ーーダイヤ型国土の両端だーーは、適度に暑く、陸からの乾燥した風に吹かれる海辺であるから、避暑にぴったり。つまり、人気のリゾート地で、貴族の保養地になっていた。で、夏のあいだ、夜毎に盛大なパーティーが開かれる。歪んだ欲望にかられた鬼畜どもによる奴隷嗜虐まつりも。その夜灯にたかる下賤な蛾どもーー奴隷商や密売商ーーや、もちろん、正規の行商や町商人、護衛や医薬魔法師まで、まるで富貴な村がひとつ、まるごと移住してきたみたく賑やかになる。はた迷惑なほど賑やかに。
ローゼンカはこの魔窟の南にある港町で育った。クルスという名の町で、まあ町といっても、村に毛の生えた程度。というのも浜ばかりの海岸線で、ここは希少な段丘地、つまり、交易の窓口たる埠頭を形成できる。だから周辺の村々の漁獲物が集まり、それを荷入れする業者が集まり、宿場ができ、経済圏ができる。でもそれだけで、都市的なものーー遊興のためだけの施設、歓楽街ーーは、いっさいない。すべて実需を満たすためのもの、日々の生活で明確な役割を与えられたもので構成されていた。投網は打ち捨てられたがごとく港の入口に野ざらしにされてたしーーでもそれは日々の使用にも保管にも、適した場所だったりするーー、色褪せてささくれだった木槌は、倉庫の入口の影に薄汚れたまま立て掛けられているーー重量物を遠心力をもって叩きつけるという点では及第で、それを満たせれば新古清濁など問題でない。要は質実の権化のような町で、だからローゼンカも自然とこの精神とともに育った、まるで巨大な絵画の一部、微小な一点のように。そして田舎町的な純良さを持ち、義心にあふれ、交易港に住む住人としては標準の、他人種に差別感をもたない成年になった。ただ一点、ほかと違っていた点といえば、勤勉なとこ。ここは温暖な国、その一生は怠惰スレスレの緩慢なリズムに支配されやすい。ま、網さえ投げれば腹は膨れるんだから、しょうがないんだけども。
だから、ローゼンカがある晩げの団らんで急に改まり、騎士になりたいと言い出したとき、家族は驚きとともに感激をもって迎えた。こんな弛緩した田舎町から騎士になろうなんて狂気を超えて異聞に近かったし、一方で、治安をよくしたい、虐遇に苦しむ奴隷たちを守りたい、と願うのは実にローゼンカらしいと思えることだった。というのも、クルスはリゾート郷の南郊、とうぜんその余波を被ることが度々あったからだ。クルスは平和だった。波と呼吸を一にしていた。でも夏のたび、逃げ出した奴隷ーーそれは人種年齢を問わず、羽を折った翼人や閉脚阻止のため、足かせをはめられた元人魚など多岐に渡るーーが、町に忍び込んでは悲痛な情景を持ち込んだ。彼らは隠れる、しかし必需品のみで構成されるクルスでは、利用されない物なんてめったにない。だから、物の位置、不自然な重さ、戸の不完全な、あるいは完全な閉まり具合、そういった些細な違和から、即座に発見されることになる。そして町の男たちが壁を作り、その真ん中に放り出され、今後の処置を、吟味される。ローゼンカは覚えている、一度だけ目にした、目に入らぬよう追い払おうとする太い腕に逆らって。彼は懇願する、膝をつき、涙を流し、耳慣れぬ言葉で早口にまくしたてる、ジェスチャーを交えながら己のまたは仲間の運命に、慈悲のお目こぼしやあらんと。言葉が止み、懇命が、抑揚のついた低い唸りに変わる。でもわかる、焼かれた腕、その負傷をかばいもせず、這いつくばる頭上で組まれた合掌、その奥で震える姉妹らしき二人の女児。彼女らは抱き合いながら、恐怖で目を見開き、ローゼンカが普段やさしい挨拶をかわす町の男たちを、死の象徴として写している。でも、ここまで。ローゼンカはあっさり押し飛ばされた。あまりの光景に愕然としてしまったから。彼らは人間だった。多少赤みがかった肌なだけの自分と同世代の童子だった。夢、希望、家族友人親戚と団らん。ローゼンカが当たり前に享受するこれらの一方で、彼らのような悲痛が同時に存在するのがローゼンカには理解できなかった。ローゼンカの脳裏には彼らの表情が焼きつき、それが甦るたび、心が暗くなる。
後日、彼らは拘束され、貴族の遣いに引き渡されたとローゼンカは聞く。なぜ助けてやらないのかとローゼンカは父に迫るが、父は潮で固くなった白い口ひげを開き「来なさい」とローゼンカを珍しくテーブル席に誘った。そして自身も座ると、口ひげをモゴモゴと動かし、息子の成長に感謝する神への祈りをつぶやいてから、
「あのな、お父さんだってできるなら助けてやりたい。でも無理なんだ。わしらには力がない。かくまってやるだけの財力もなければ、世を変える武力も人脈もない。彼らは奴隷だ。戦利品だ。騎士様が血を流し、命を代価に勝ち得た勲章なんだよ。奴隷を自由にしてやることはできる、でも、ならばな、戦場におもむき、散っていった命や不具になったりした騎士様たちに、お前、なんて声をかける? 俺の手足は、私の息子は、なんのために失われたんだって叫ぶ騎士様やその家族に、お前、なんて答えるよ?」
ローゼンカは答えられない。
「道理なんだ、ローゼンカ。これが道理だ」
「でも」とローゼンカ。「でも、なら、見逃すことはできないの? それならできるでしょ?」
「それもできんのだ。見逃せば必ず仇となる。いいか? 脱走した奴隷はどうやって食いつなぐと思う? 窃盗だ。犯罪だ。まあ、このくらいなら可愛いもんだ。だが、成長して野盗にでもなれば、次は結託して村々を襲い出す。人を殺し、女子供を奪って奴隷にする。奴隷が奴隷を産み出すんだ。で、産み出された奴隷のいくらかがまた脱走して野盗になり、悲しみが、悲しみを呼ぶことになる。わかるな? かわいそうだが見逃してはやれんのだ」
「それは」と一瞬間をおいてローゼンカ。恐る恐る「それはぼくたちに、力がないから?」
「そうだ」
以降、ローゼンカは「力」について考えるようになった。




