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腐敗の水底  作者: 荒野銀


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(2)

 12歳になったローゼンカは、さっそく騎士養成所の入所試験を受ける。考査内容はいたってかんたん、身体に魔力を流し、魔力耐性をみる、これだけ。でも、たいていはここでリタイアする。というのも、魔力は常人には毒、少しでも体内を巡れば、頭痛に悪寒、嘔吐、痙攣、酷ければ、全身麻痺ののち、命に関わる場合もある。要は二日酔いと同等で、この耐性は、だいたい16歳までに決定する。ローゼンカはこの試験を難なくクリアした、多少めまいがするくらいの軽症で。明確な適性者であり、これは両親を驚かせた、というのも、難関と名高い試験に息子が合格するなど、思ってもみなかったから。そしてまた心境を複雑にもした。報国の誉れだかい騎士に息子が加わる、それは慶賀すべきこと。しかし一方で、ローゼンカはこのさき一生、危地を継いで過ごさねばならなくなる。老いてようやく授かった一人息子をむざむざ戦場の塵にかえてしまうかもしれない許可を、すぐには出せなかった。また、養成所は全寮制だったから、実質ローゼンカを手放すことにもなる。まだまだ小さい息子の成長ぶりを見届けられないのは惜しかった。が、結局は許可した。よくよく考えてみれば、荒波をかぶる漁師も、戦場で剣撃をおっかぶる騎士も、命がけの殺生なのは変わらない。それに息子はいつか巣立つもの。ならば本人の望みどおりにしてやるのがよいのではないか。両親は迷いを残しながらも、表面的にはこころよくローゼンカを送り出した。

 入寮したローゼンカは風・火・土・鉄・水の5騎士団のうち、鉄騎士団に配属された。これはローゼンカの魔力耐性が特に高いためで、鉄騎士団は最前衛で盾役をになう。寮の玄関口には

「鉄壁は使命

 防塁を堅守し

 我、荒地に散るとも

 故国の礎石となるを喜ぶ」

 そうした詞句が厳格な大書で飾られ、朝暮に誰もが目にし、また毎朝、訓練の始まりに、蒼空に向かって三唱する。

 鉄騎士団の養成所は前線の主要補給拠点に併設していたが、これは練兵のため。訓練は非番や軽傷の若騎士たちが担当していた。そしてその過程で気の合う寮生がスカウトされ、卒業後、指名した騎士の部隊に配属される。隊内の連帯がなにより重視された鉄騎士団だった。だから、寮部屋も一室12人の大部屋で、一年ごとに住人が刷新される。これももちろん、知己を増やすため。今年の寮生は全部で96名。いわゆる「豊作」の年だった。

 入寮して数年のあいだ、ローゼンカにとって「力」とは武力、とくに組手の攻撃をはねかえす防御力を意味していた。鉄騎士団はタンク、つまり主たる役割は、敵の攻撃を一手に引き受け、かつ、陣地を堅守すること。だから、座学でも実技でも、まず真っ先に問われるのは硬質化と盾技、次いで回復と制圧魔法。攻撃技はほぼ訓練しない。でも、これはローゼンカの実直で剛健な気質とみごとに整合していた。要は一歩も退かなければよく、戦術など考慮不要。こうした単純明快さと評価方法がマッチし、高い資質も相まって、ローゼンカは瞬く間に頭角を表した。鉄騎士団は実力と戦績によって白銀、隕鉄、鋼鉄、銑鉄の4階級に分類されたが、ローゼンカははやくも「南十字の隕鉄鉱」と称されるーー南は南方ケンセル領の意であり、十字はクルスの町、隕鉄鉱は隕鉄候補からくる。これが多感な時期にあり、未発達な体躯ながら年上にまさってしまう少年の心理に影響をあたえないはずがない。ローゼンカは優越感に酔った。自分は特別、他と画別された存在。それはローゼンカを軽率にし、あちこちに口を挟んでは上級生から顰蹙を買うことともなったが、一方で、鍛練に邁進させもしたし、劣後する同輩たちへの庇護心を起こさせもした。つまり超越者の使命感に目覚めはじめたわけで、同時にこのころから、交友関係に派閥ができる。そのなかでも昵懇と敵対の友は、父母に送る月次の手紙に頻出する。

 頻出したのはデンセル、グルノ、パーズ、セルガ、隕鉄騎士ナルナドの5人。デンセルのみ東部貴族出身だったが、グルノ、パーズ、セルガはローゼンカと同じ平民出の同期生で、グルノ、パーズに至ってはローゼンカと同じ12歳。とうぜん、この2人が昵近の友で、セルガが敵対者となるわけだが、彼らとの関係はじつに簡単。まず被保護者のグルノ、パーズ。彼らは身体も小さく気も弱く、成績は劣等で、僻地出身、身なりも粗末だった。で、加害者たるセルガは、身体が大きくて、尊大で、1つ年上、都市部の3代にわたる鉄騎士の末裔で、じっさい良鉄鉱の声もある。で、彼らに挟まるのがローゼンカだ。つまり、セルガがグルノ、パーズを挑発し侮辱し、それをローゼンカが守護するの図。セルガは自分より名実に優れるローゼンカが気にいらなかった。年下でありながら沈重さがあり、盾を構えた姿など、なにか収まるべきものが収まった感がある。そしてひとたび対峙すれば、相手を支配し、焦燥をかきたて、自滅に導く圧倒の支配感、これを感じるのだ。それはセルガが父や祖父と対峙したときと同様であり、それはまさに鉄騎士の真髄といってよく、セルガにとっては憧れでも誇りでもあり、一方で、自分こそ継承していてしかるべきものなのに、それがない。小賢しくもローゼンカのすきを生もうと前をウロチョロするだけだ。そしていつも天を仰ぐはめになる。この自我の危機ともいうべき焦燥感が、セルガをローゼンカに向かわせていた。で、ローゼンカが止めにはいるのを見越してグルノ、パーズに突っかかる、で、ローゼンカがみごとに釣り出され、対立に引きずり込まれる。ローゼンカの手紙にはセルガが害獣だと認識しない周囲への困惑が、明記されている。

「敬愛するお父さん

 またもセルガがグルノとパーズに「畑のかかしに盾は不要」と侮辱してきましたよ。またですよ、また。前は「肥やしの騎士」呼ばわりでした。当然、止めに入りましたよ、セルガとはケンカになったけども。でも、同じ寮生なのに、たかが出身地のみをもって侮蔑するなんて間違ってます。彼らだって精一杯やってます。それにどんなに不向きでも、グルノもパーズももう帰る場所なんてないって、セルガだって分かってるだろうに、なぜ排除しようとするんでしょう? いわれのない侮辱には重盾の一撃をというのが教条ですが、騎士の名誉とか、ぼく、正直どうでもいいです。友達が不当な辱しめをうけのなら、守ってあげるのが当然です。選ばれた者の務めを果たせと教条にもあります。でも、なぜセルガは弱い者いじめなんかするんだろう? レリ指導官に殴られるのは分かりきったことなのに。賢明なお父さんはどう思いますか?......」

 そして決まって最後は「鍛練は欠かさずやってます、お達者でいてください、親愛なるお父さん」で締め括られる。

 次はデンセル。彼は東部コーダ領の子爵家4男、年は16歳。饒舌で気さくで、しかし目立つことを嫌い、集団の中央値に隠れながら、人間関係のもつれが吐き出す偶然の好機、つまり裁定機会を、抜け目なく拾得していくのを得意としていた。

「僕は4男だからね」とデンセルはかこつ。「近く家を出て自活しなきゃだから。せめて兄弟たちが優秀でなかったらなぁ~、騎士団なんかに投獄されなかったのにね。ま、しゃーないよ、持って生まれたもので勝負するっきゃないんだからさ。あ、ごめん、君は自発的に養成所に入ったんだったね、ここを馬鹿にするつもりはなかったんだ。気に障ったかい?」

「いえ」とローゼンカ。それより意外だったことを聞く。「デンセルさんは騎士が嫌いなんですか?」

「嫌いーー、ってことはないよ、うん。素晴らしいことさ、国防に直接貢献できるんだから。でも、社交界じゃウケが悪くってねぇ~。貴族には一家から最低1人を兵役に出す決まりがあるんだけど、大抵落ちこぼれが選ばれる。で、僕がここにいるってことはつまり、僕は落ちこぼれなんだなぁ~、ハッハッハッ!」

 が、こうして屈託なく笑う身なりのいい男を、ローゼンカは好ましく思った。なにより自分の弱さを明朗に吐露できる、それも年下の平民出の自分なんかに。それは己の弱さと向き合えるだけの強さを持つ証拠、そう思えたのだ。

 ローゼンカにとってデンセルは世の仕組みを詳解してくれる魔法の辞典のようなものだった。南方の小さな港町に安住していたのでは決して得られない社会俯瞰の知識。それは支配階級たる貴族であれば常識にすぎなかったが、ローゼンカにとっては今まで疑問視すらしなかった些事の一々が、解答付きで開示されてくる。兄弟のいないローゼンカはデンセルを理想の兄のように敬愛した。一方でデンセルは、ローゼンカをお気に入りの消耗品と見なしていた。「南十字の隕鉄鉱」は貴族棟にも広まっていたーー貴族の宿舎はローゼンカたちとは別個だった。今のうち、縁故を築いておいて損はない。ある日の合同教練でーー貴族と平民出の教練は完全別メニューだったーー、ローゼンカは貴族の一人を打ち負かしてしまった。貴族に恥辱を与えてはならない。それは世に通貫する金科玉条であって、もし非違の事案あれば、その場で死刑もまぬかれない。ローゼンカはデンセルをのぞく貴族全員からリンチにあった。硬化魔法で全身を覆えば耐えられたが、逆らえば家族も同罪だとの脅しに屈し、半端に硬化した4本の足蹴をもろにくらった。それを横目に傍観し、計量し、頃合いをみて止めたのがデンセルだった。

「おーい、みんな~! このあと湯あみするんだろ? 次の講義に遅れちゃうよぉ~」

 湯あみ? 見れば手や足、髪や顔にまで泥、下賤な血液が、付着している。確かにこれでは貴族の名折れ。急に疲労も自覚されてきた。で、彼らは緩慢に引き下がる。

「すまないね、ま、許してやってくれよ。じゃ」

 そういって微小回復魔法をかけてデンセルも歩き去ったが、この件の礼をローゼンカがデンセルに伝えることで交流が始まったのだ。意外なことにデンセルはローゼンカを気に入った。といって、それはビジネスライクで流動的な好感であり、ローゼンカの成長次第では、発展も消滅もするものーーもちろん、発展すればいいと思っていた。が、気分しだいでローゼンカを冷たくあしらうデンセルでもあった。

 それから隕鉄騎士ナルナド。この男こそ騎士としてのローゼンカの人生に、最もつよく影響を与えた人物といって過言ではない。ナルナドは隻眼隻手の老兵で、連合国随一の鉄騎士と名高く、性情も堅実で温厚、が、ひとたび戦となれば、浸透局面の最前で、味方をふりきるような突貫も見せる。もちろん、これは仲間を思うあまりの先行だが、精鋭中の精鋭は、絆の引力でついてくる。で、結局は包囲にあうのを恐れ、後退を余儀なくされる、死地とは呼べない辺りまで。ナルナドは師団のだれをも愛していた。死と連帯が表裏をなす陣地戦では、友愛とはなかば強制的に課されるものーー隣あう戦友が倒れれば、戦線は突破され、容易に背後に回りこまれる。それは、自らの死に直結するーー、だから戦友を愛するのは半ば義務なのだ。だが、ナルナドの愛し方はこうした自己保全のための愛ではなかった。それは博愛、四海に比類なき超越者たる自分は、戦場を管理せねばならない。前線を支配し、趨勢をたぐって、情勢を、徐々に終結へと傾けねばならない。そうすることで死傷者を激減できる、味方のみならず、敵までも。そして、それができるのは天稟にも立場にも恵まれた超越者たる自分をおいて、ほかに存在しない。つまりナルナドは、選ばれた者の務めを果たせという鉄騎士の教条を、教条としてでなく内奥の要請からくる自己規範として把持していたのだ。そして、これがローゼンカの気性と強く結び付く。

 ナルナドはその日、充員交換の交渉に駐屯所を訪れていた、というのもやってきた補員が、あんまりにもあんまりだったから。失ったのは副部隊長クラスの好青年だったが、派遣していた北東の町で突如暴動が発生し、その初動において営所が襲われ、寝込みを襲われ、とのことだった。が、その町を知るナルナドは奇異に思う。安穏だったあの町で暴動? しかも暴徒ごときにあの者がやられるだと? そこに強い違和を感じたナルナドは、自ら補員の選定に屯所を訪れる、きっと背後にあるだろう、さらに巨大な陰謀に、備えるために。

 だから「南十字の隕鉄鉱」と呼ばれるローゼンカを視察するのは必然だった。一目見て、ナルナドはローゼンカを気に入った。構えの姿勢、魔力の充溢する体、観察に徹しきった無感情の面構え。小僧ながら逸群の風格、それが、既にある。実際の程を確かめたくなったナルナドは、座興にふんして教練に割り込み、全員を稽古する呈でローゼンカと対峙した。勝敗は一瞬、実力はーーまあこんなものかといったところ。一方のローゼンカは驚嘆していた。隕鉄鉱と称され、それを自負していたローゼンカだったが、しかしそのときまで、隕鉄騎士とはなんなのか理解してなかった。それは山であり、要塞であり、天界とも冥界ともわからぬ異界から降ってきた異物、人の形をした特異点。敵も味方すら畏怖させ、抵抗する気を失わさせる自然現象、嵐、津波の類い。ローゼンカは絶望もし、歓喜もした。いつか隕鉄騎士にと切磋してきた努力が些少にすぎず、先にのびる道程を思えばゾッとするより他にない。一方で、その体現者が味方として目前におり、倒れる自分を気にかけ、丸太みたいな腕をこちらに差しむけてくる、膝まで届く圧倒の鉄盾を負って。そして父に似た柔らかい声音で、こう問いかけてくる。

「大丈夫か? 坊主」

「はい」

「教条のなかで好きな条文はあるか?」

 掌でなく二の腕ごとわしづかみにし、引き起こしたナルナドが聞く。

「選ばれた者の務めを果たせ、です」

「ほう。それはまたなんでじゃ?」

「弱い人達を守りたいからです」

「じゃが、その結果、こうなることもあるぞ」と、ナルナドは左の眼窩を斜めにきる布をめくって見せ、それから二の腕から先がなくなった左腕を指し、聞く。「それでもいいのか?」

「それはーー、良く、ありません」

 苦々しく答えるローゼンカだったが、ナルナドは満足していた。この返答には得失がある、理想とそれを叶える代償でゆれる心情が。が、おびえはない。それはつまり、己の肉体さえ信念をつらぬく原資に計上する非情の表れということ。この坊主、見込みがある。

「ローゼンカ、といったか?」

「はい」

「訓練に励めよ。成長次第ではワシの隊に誘うかもしれん。ま、成長次第じゃがな」

 一瞬を要した、しかしその辞意が激しい電気信号となって脳神経をかけめぐり、理解されると、恐縮していた眉目、瞳やほほが、パッと花ひらく、歳相応の少年らしく。

「はい! ナルナドさん!」


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