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5、本の祭典

――アルメア公国リテラ市 レミエルム地区


 閣僚の一部に加え、レイラとリリアの二人を連れて、私はリテラという街に来ていた。

 リテラはアルメア国内の学問の都市として知られ、古くからあるメルゲン教の地下図書館もあった。今日はその曝涼の日だ。

 曝涼というのは本を日干しする作業で、古い本に巣食う、紙を食べる虫を日光で一網打尽にするのだ。いつもは地下深くに保管されている本が地上に出てくるので、珍しい物好きの知識人が集まるイベントでもあった。知識の象徴である本だが、とりわけそれを大事に扱うメルゲン教徒にとって、この文化的イベントは重要な物だった。

 私はその場を借りて、視察ついでに少し演説をすることになっていたのだが、それにリリアが行きたいと言うので、せっかくだという事で、家族みんなを連れて行く事になった。

 公爵家の存在感を高める意図もあり、このイベントには報道機関も入っている。私達家族が来るという事で、警備も厳重になっている。

 我々のための特別席も設けられ、かなり見やすい場所で進行が見られる。少しお得な気分だ。

 リリアのメルゲン教に関する雑学の披露を、レイラと、教育文化大臣のエレーサ・クレアモントと私の3人で聴きながら、開式を待っていた。

「――で、この儀式は既に知られた知識を図書館から取り出すためのもので、その試練を与えてくれた神に対する感謝の気持ちを伝える儀式なんです。確か、このリテラだとメリス(気象学の神)かラタ(地上の万物の神)だったかな?この神々が授けた試練の答えが眠っているとされていて、ええと……誰だったかな、偉い学者さんの著作が眠っているみたいです」

 リリアの言う様に、このリテラでは、気象学で有名な学者が何かの学術成果を挙げたことから、テレーア派の信者は、気象学の神であるメリスを信仰している。その一方、フィルファ派の信者は、始祖の聖典の三大神のうちの一柱、ラタに崇拝の対象が変わる。

 この理由としては、フィルファ派は始祖の聖典を扱う原理主義者の集まりであるため、彼らにとっては神は三柱しかいないためである。それが、地上の万物の神ラタに加え、占星術の神レーセと、魔法学の神ミルアだ。学術成果を挙げた者は、メルゲン教における神の試練を達したという扱いを受け、尊敬の対象として、その教会や、それに付随する地下図書館で祀られるという習わしになっている。

「すごい。よく知っているわね」

「えへへ……」

 クレアモントが褒めると、リリアは照れくさそうに身体をよじった。

「最近は学校はどう?楽しい?」

「まあ、そうですね。悪くはないです。ただ、歴史は得意なんですけど、数学が苦手で……」

「リカ(歴史学の神)には愛されているのね」

「代わりにイラア(数学の神)には嫌われちゃったみたいです。特にバビリ(確率論の神、イラアの使徒とされる)やイオファ(代数学の神、こちらもイラアの使途とされる)からの当たりがキツくて……」

「確率論は難しいものね」

「既にヒマ(宗教学の神)の試練には自発的に取り組んでいるのに……」

「できるに越した事はないのよ。まあ、私も数学なんて、だいぶ忘れちゃったけど」

 私も学校の勉強なんてすっかり忘れてしまった。もう何十年も昔の事だ。当然の事だろう。

「リリア、そろそろ始まるみたいよ」

 レイラの言葉を聞いて前を向くと、神杖(しんじょう)を持った神官を中心に、何人かの神官が地下図書館の入り口に近づいて行くのが見えた。神官が持つ杖には小さなベルが付いており、神官が一歩進む度に、神々しいベルの音が響き渡る。

 リリアはそれに気付くと、話を止めて、目の前の光景に釘付けになった。目を輝かせており、かなり興味津々の様子だ。

 神官は大きな入り口の前に差し掛かると、そちらを向き、神杖を掲げる。神官が縦に持った神杖を振り、魔法で増幅されたベルの音が鳴る。さっきよりもよく響き、周囲が静まり返る。ある種の魅了の魔法らしいが、私も詳しい事は知らない。

 すると、席を立たされて、両手を合わさせられる。魔法で動かされているみたいだ。

 会場は静まり返り、誰もが目の前の景色を見せられる。

 地下図書館の入り口は、教会の裏手にある洞窟の入り口に重々しい金属の扉が付いた物で、中はしっかり整備されている。ここから大きな階段を下ると、地下書庫になる。

 普段のここは閉架図書の図書館で、大切に保管されている資料ばかり入っている。部外者がその中身が見られるのはこの日くらいだろう。

 一部の神官が何かを唱え、真ん中の偉いであろう神官は、神杖を掲げたまま微動だにしない。

 しばらくすると、神杖の先に、白く光る紐みたいな物がまとわりつき始めた。それはやがて徐々に伸びていって、数を増やして、最終的に球体になる。白く光る球体は、やがて杖を離れ、その重々しい扉の取っ手に絡みつく。扉を開けようとしているのだ。おそらく古い移動魔法の一種で、こういう式典でないと見られない物だった。今はこんな物を出さなくても動かせると聞くが、私は魔法使いでないので、詳しい事はわからない。

 そうして見ていると、風が吹いている事に気がついた。式が始まる前は無風だったはずだが、これも魔法のせいなのだろうか。

 風はどうやら扉の中に向かって吹いている様だ。神官の衣装が風でなびいているのが見えるので、おそらく隙間から書庫の中に空気を入れている。おそらく周囲の神官が起こしている物らしい。

 やがて、ゴトンと大きな音が鳴ったかと思うと、扉が動き出した。扉は人が一人通れるレベルに開くと、全ての魔法が解かれ、身体も自由になる。我々も思い思いのタイミングで席に座った。

「すごい……」

 リリアは圧倒された様で、固まっていた。確か、こういう催し物に参加するのは初めてだったか。

 すると、神官の一人が私のそばに寄ってきた。

「公爵閣下、そろそろお願いしたいのですが……」

 神官が私に出番を告げる。もうそんな時間かと思いながら、私は席を立った。

「(あなた、頑張って!)」

 レイラの小声の応援に手を振って応じつつ、私は演台の方へ歩いて行った。

「それでは、本のお披露目の前に、メイロス・アルメア公爵のお言葉を賜りたいと思います。公爵、お願いいたします」

 案内役とは別の、司会役の神官が観衆に説明をすると、彼はマイクを渡してきた。

「ありがとうございます。まず、この場を借りて皆さまにお礼を申し上げます。神官の皆さま、素晴らしい式典をありがとうございました。それとご参加の皆さまも、お聴きくださりありがとうございます」

 神官は恭しくお辞儀をしたが、聴衆は見るからに不機嫌そうだ。早く本が読みたいのだろう。「お前はなんだ」とでも言いたげな、冷たい視線が刺さる。

 その後ろ、上にある目立つ位置には、カメラが何台も横に並んでいる。新聞社や放送局のものだ。

「さて、我が国は今、危機に直面しております。文化的な危機です。我が国の、メルゲン教の由緒正しい祭典や式典は、次々と消滅の危機に晒されています。その原因は様々ですが、一番は文化予算の不足によるものです」

 神官が大きく頷いた。聴衆も不機嫌そうな表情を浮かべながらも、律儀に話を聴いているみたいだ。

「そもそも、予算の不足は、国家の歳入不足に起因する物です。そして、国家の歳入不足は、国民の所得の不足に起因する物です。すなわち、皆さまの所得の増加こそが、我々の使命なのです」

『嘘をつくな!』

『イルタールも同じことを言ったぞ!』

 群衆の中で、誰かが叫んだ。私は少し驚いたが、無視して話を続けた。

「……父上と私は、意見が合わない間柄でした。意見が合わないなりに上手くやったつもりですが、最後まで同意できなかったのは、この国家に対する方針でした。弁務官の言いなりになる道を選んだ父上の治世は、何をもたらしましたか?ご覧ください。……いや、見るまでもありませんね。ご存知のはずです」

 とりあえず、父上の批判に繋げられた。これで、旧体制への批判に論点をずらし、現政権の改革へと繋げるための布石に出来る。

「今声を上げられた方がいい例であるように、我々政府は、皆さまの信頼を失っています。ええそうです。私はイルタールの子、メイロス。もちろん、似通う事もありましょう。

 しかし……あちらをご覧ください。会場の警備です。……厳重でしょう?なぜだと思いますか?それはテロリストの襲撃から、貴重な知識と、皆さまを守るためです。『アルメアの翼』や『公国独立会議』は皆さまご存知でしょう。なぜ彼らがいると思いますか?我が父、イルタール・アルメア公の治世の結果です。そう、それは、彼の政治の腐敗がもたらした結果に他ならないのです」

 表立ってサーバードとアルメアの翼との関与を示唆すれば、私達の身も危うい。ここは亡き父に責任を負ってもらう事にした。

「それに、その腐敗は更なる危機を誘発しました。……このような素晴らしい儀式が、存亡の危機にあるのはなぜか。我が父の治世の結果です。父上は一生懸命に職務を果たされましたが、それに結果は見合いませんでした。私はそれについて同意しておりません。どうか、お約束します。我が政府は皆さまの支えの下にあるのです。

 今は皆さまの団結が必要な時代です。我々は孤独ではないのです。そのことを改めてご理解いただければ、私としてもありがたく存じます。

 最後に、この宗教的な式典らしい言葉で以って、結びの挨拶とさせていただきます。宗教学の神、ヒマは言いました。『宗教は柱です。人々を支え、助ける物である柱です。そして、その柱は、他でもないあなたなのです』と。……以上です。ご清聴、ありがとうございました」

 まず、誰かが恐る恐る手を叩き、それがまばらな拍手になって、段々とその音が大きくなる。最後は誰もが私に拍手を送っていた。

 私は演台を降りて、神官に挨拶をして、焚かれたフラッシュのシャワーを浴びながら、自席に戻った。

「中々良かったですよ」

 席に戻ると、隣にいたレイラが感想を述べた。

「ありがとう」

 とはいえ、この父上に対する批判が、弁務官の機嫌を損ねないか、少し気がかりだった。しかし、いずれにせよ、言ってしまったことはどうしようもない。私は残りの家族との時間を楽しむのみだった。

 帰りの車では、クレアモントと私は軽い話をするために、同行していた。

 路面はガタガタで、乗り心地はかなり悪い。道なき道と言うにふさわしい感じだった。

「公爵、本日の演説は、新聞に載るでしょうね」

「それがどうした?」

「弁務官が黙っていれば良いですが……」

「別に私は構わん。どうせ検閲される。そもそも、そのためにわざわざ前に立ったわけだからな」

 報道されて、目立ち、注目を集めること。これは公爵府の権威向上のためには必要不可欠な事だった。幸い、テロなどの発生は聞いていないが、それに巻き込まれるリスクは目立つ程に高まる。もちろん、気をつけるに越した事はないが、予算上、限度もあった。いずれにせよ、引き返すつもりは毛頭なかった。

 私は途中で考えるのをやめ、流れていく木々を眺めることにした。やる事はやったし、どうせこれ以上、できる事もないのだから。


――夜 アルメア公国ゼフィール市 公爵府執務室


 私は帰ってからも、休む間もなく仕事をしていた。書類を読み、サインを書き、判を押す。なんてことない仕事だが、その紙の一枚一枚で生活が左右される人もいるので、重要な仕事であった。サボってもよかったが、そうすれば迷惑がかかる以上、やるしかなかった。

 そんな書類仕事をしていると、誰かが扉をノックしてきた。

「どうぞ」

 入ってきたのはローサファンヌだった。何かの書類を抱えている。

「おはようございます。公爵閣下」

「おはよう」

 挨拶も程々に、ローサファンヌは私のデスクの前に立った。

「どうした?」

 何かあったみたいで、深刻そうな面持ちだ。嫌な予感がする。

「コートヌレット大臣についてです」

「彼女がどうした?」

「公爵、ヴェストリア共和国はご存知ですか?」

 確か、レフリカ大陸の東部にある平和主義を掲げる商人の国だったか。一応我が国とも国交はあったが、特に深い関係があるわけでもなかったはずだ。

「一応は」

「彼女がそこの大使と接触したそうです」

 それを聞いた瞬間、私は一瞬、ローサファンヌの言葉が理解が出来なかった。

 というのも、外国大使や元首と接触する際には弁務官や私の許可がいる。そうでなければ機密保護法違反の疑いをかけられる行為でもあった。そして、私は、どういうわけか、その件を一度たりとも彼女の口から聞いていない。

 私的な会食は問題ないのだが、彼女がヴェストリア大使と仲が良いなどという話は聞かない。すなわち、何かあった可能性が極めて高い。信じられなかった。ひとまず、言いがかりではない事を確認すべきだろう。

「……証拠はあるんだろうな?」

 聞くと、ローサファンヌは持ってきた書類の中から封筒を取り出し、その中から写真を何枚か取り出した。

 コートヌレットが「エコロン」という店名のカフェに入る写真がまず一枚。スーツ姿の女性、おそらくヴェストリア大使らしい人が同じカフェに入っていく写真が更に一枚。この二人が店から別々に出てくる様子を写した物もあって、合わせて四枚の写真が出された。

 これだけでは状況証拠でしかなく、言いがかりと取られてもおかしくない状況なのだが、エコロンは政府要人が秘密裏に会談をする場所としても知られる店だった。

「それと、これも」

 見ると、地元警察から持ってきたらしい、供述調書の写しが差し出された。そのカフェの、その時間帯に居たとされる客の供述らしい。

 要約すると、ヴェストリア大使とコートヌレットが同じ階段を登っていったという内容の証言が書いてあった。ますます疑惑が深まるばかりだが、証拠としては弱い。

「だが、二人が実際に何を話したか、そもそも二人が会っていたのかどうかがはっきりしないと、起訴は無理だぞ?」

「弁務官が知らなければ、ですがね」

 弁務官府は司法にも口出しができる立場で、検察官と裁判官の人事権はどちらも弁務官府が握っている。あの二人がその気になれば、何もしていない人すらも逮捕し、起訴できてしまう。これはその二人を、その気にさせるに足る事案だった。

「……知っているのか?」

「私からは何も」

 幸い、ローサファンヌは私に従ってくれている。少し安心したが、厄介な事なのは変わりない。

「そうか」

 これは一度、コートヌレットと話をする必要がありそうだ。就任早々、国務大臣の一人が逮捕というスキャンダル。彼女どころか私すら危ない。せめて何があったのかを本人の口から聞かねば、私も弁務官の側に付かざるを得ないだろう。それに、警察の方から情報が漏れないとも限らない。そもそも、その警察すらも信用に値するのやら。

「……この情報はどこから?」

「警察局長です。それより前はわかりかねますが、おそらく警察内部の情報筋からでしょう」

「とすると、これがサーバードの方からもたらされた可能性もあるわけか?」

 聞くと、ローサファンヌの表情が険しくなった。

「否定はできませんが、私も詳しい状況を存じ上げてはおりませんので」

 さて、どうしたものか。そもそもこの件がでっち上げの可能性も出てきた。とはいえ、写真が撮られたとされる日付、供述調書の日付、写真の日の当たり方やカフェにいる他の一般客などをよく見たが、矛盾する点はない。おそらく信頼には足るのだが、それでも疑念は晴れなかった。

「……どうします?」

 考えていると、ローサファンヌが聞いてきた。不安げな表情だ。無理もない。

「君はどう思う?」

 聞くと、彼女は考える素振りを見せる。口を開くまでには数秒かかった。

「……私としては、罷免を視野に入れた処分を検討するべきだと思います。ここで弁務官の怒りを買えば、我々も危ういです。大事になる前に処分した方が良いと思います」

 はっきりと言い切った。確かに言う事は真っ当だが、しかし、いきなり逮捕というのも酷な話だ。それに、彼女は人としては確かに歳だが、エルフとしてはまだ若い。かなり急進的な思想を持っていてもおかしくない年頃だ。一度話をしなければならないだろう。私は確信した。

「いずれにせよ、後はこちらでどうにかする」

「では、資料はお預けします。後はお願いします」

「ああ」

 ローサファンヌは資料をデスクに置いて、部屋を出た。

 そのタイミングを見計らって、私は部屋の鍵を閉めて、本棚の本を何冊か退ける。すると、隠し金庫が現れる。ここの座に着く者のみが知る秘密の物だ。おそらく、警官隊が押し入って部屋の中の物品を根こそぎ押収するみたいなことをしない限りは、その存在は気づかれないだろう。

 中には既に幾らかの小冊子が入っている。いずれの冊子もこの手の秘密が記されている物だった。私は隠し金庫の中に、先程もらった資料を突っ込んだ。

 また厄介な事になった。コートヌレットは一体どういうつもりなのだろうか。私には理解できなかった。いずれにせよ、彼女を守るか、それとも見捨てるかは、私の決断にかかっていた。

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