4、交渉
――翌朝 アルメア公国ゼフィール市 公爵府執務室
私は早速、王国側の弁務官との面会に臨むことになった。私以外にも、ローサファンヌとコートヌレットの二人が立ち合うことになり、シャルステル側の弁務官が来るまで、三人で作戦会議と洒落込んでいた。
「それで、なぜフェーム弁務官がこちらに来るんだ?」
私は二人に質問した。
「可能性としましては、サーバードに対抗するための何かしらの交渉でしょう。単なる挨拶ではないと思います」
ローサファンヌが答えた。個人的な面会を希望するなら、それが正しい見方だ。本当に祝意があるのなら、祝電の一本でも書けば済む話だ。
「いずれにせよ、注意が必要です。何度でも言いますが、王国は王国の論理で動いていますから、その背後に何があるのかは慎重に見極めなければなりません」
コートヌレットが言う。とは言え、サーバードに対抗するためにはシャルステルの手が必要だ。それは事実として正しい事だと私は考えている。
「だが、サーバードに対抗するためには、シャルステルと手を組む必要もある。私の父上はサーバードを選んだが、私は違う」
意見を述べると、コートヌレットは目を細めた。
「とにかく、第三国に頼れる可能性を捨ててはいけません。サーバードかシャルステルかでは、いずれ限界が来ます」
「弁務官が許可すれば良いがな」
「あの、話が逸れてきているので、戻しましょう。今はシャルステルの弁務官の対応です」
私とコートヌレットの話に、ローサファンヌが割って入った。
「そうだな。失礼。それで、何を望んでくる?」
「なんとも言えませんね。経済協力の打診か、何か他の物か……」
「もう取れる物も無いと思うがな」
「まだ、我が国の領土と、僅かな主権がありますよ」
コートヌレットが言った。
「そんな物を取ったところで、という感じだが……」
「帝国主義とはそういうものです。歴史から見ても、我々はグレート・ゲームの盤面に過ぎないのです」
コートヌレットはやや悲観的な見方をしているみたいだった。むしろ私が楽観的なのかわからないが、いずれにせよ、どちらの国にもそこまでの物を取らせるわけにはいかない点には同意していた。
「ローサファンヌはどう思う?」
聞いたが、彼女は肩をすくめた。
「まあ、何を望むのかは、会議に出てみてからのお楽しみ、という感じでしょう」
弁務官と何度も顔を合わせているローサファンヌが言うのだから、私もそれに納得する他なかった。
すると、フェーム弁務官を応接室に通したという知らせが来たので、我々は移動した。
「お待たせしました」
そう声をかけながら、応接室に入った。
ミルシア・フェームは、部屋の中の調度品からこちらに視線を移すと、サッと立ち上がった。
「公爵、閣僚のお二方。突然のご連絡となり申し訳ありませんでした」
フェームはお辞儀で我々を迎えた。
「お気になさらず。どうぞおかけ下さい」
私は形式的な挨拶に形式的な挨拶を返しつつ、フェームの座っていたソファを指し、座るように促した。
「恐れ入ります」
我々も彼女の向かいに座ると、使用人がコップに入った水を人数分、目の前のローテーブルの上に置いた。
フェームは置かれるとすぐ、水を一口飲んだ。
「ありがとうございます。ちょうど、喉が渇いておりまして」
「それはそれは。ええ、是非、遠慮なくお召し上がりください」
部屋には、振り子時計の規則正しい秒針の音が響いている。お互いに相手が口を開くのを待っている感じだった。
とりあえず、私は世間話からすることにした。
「今日は予報では雨だったと思いますが、もう降っていますか?」
「いえ、まだ降ってはいませんでしたよ。確かに雲行きは怪しい感じでしたけど」
「それはそれは。傘はお持ちで?」
「どうせ車ですので」
私には会話の才能がないようで、会話はここで終わってしまった。私はコートヌレットに視線を送ると、彼女は一度深呼吸をした。
「……どうですか?我が国の住み心地は?そろそろ慣れてきましたか?」
今度はコートヌレットが世間話を始めた。
「批判になってしまい恐縮ですが、首都の活気はもう少しあっても良いかもしれません。何か施策が打てれば良いんですがね」
それは、誰が打つのだろうかと思った。あるいは、その気があるのだろうか。外交官にしてはかなり攻めた言い方をしていると感じた。
「例えば……?」
フェームは少し考える素振りを見せる。
「……若輩の身ゆえ、お答え致しかねます」
フェームが回答すると、コートヌレットの眉が動いた。
「……まあ、まだお若いですからね」
「エルフのあなたから見れば、私なんて赤ん坊も良いところでしょう?」
コートヌレットは苦笑して応じた。
「そんな。立派な女性に見えますよ。それを言ってしまえば、私なんて、あなたから見れば呆けた婆さんも良いところです」
「そんな事はありません。あなたこそ立派な女性ですよ。尊敬しています」
フェームの感じを見るに、長命の種族への扱いにあまり慣れていない感じがした。とはいえ、褒め言葉は心からのものに思えた。おそらく、シャルステル人の少数民族に関する認識は悪くないのだろう。本国の方は変わったのだろうか。
「少し、お聞きしたいのですが。シャルステルではフォーレドラギアンの扱いはどの様になっていますか?」
ローサファンヌがここでぶっ込んだ。コートヌレットがローサファンヌを見たが、フェームは特に気にする様子もなく答えた。
「最近では、西方議会だか、どちらかは忘れてしまいましたが、我が国の国会で初の女性のフォーレドラギアンの議長がその役目を終えました」
確か、シャルステルの政治体制は、革命以降は立憲君主制で、二院制の議会を有する国家に変貌したはずだ。そこの議長ともなると、社会的に見て、かなり高い立場になったと言って差し支えないだろう。
「その方は、その後?」
「今もご健在で、議員を続けられていると思います。私も詳しくは知りませんけど、少数種族や少数民族の社会的立場は、年を追うごとに向上していますよ」
そういうアピールをするということは、何か理由があるはずだ。私はそう考えた。
「我が国も見習いたいですね。対策を打ってはいますが、中々上手く行かないもので」
コートヌレットが言った。
「私の国でも、それは難しい道のりでした。そう簡単にいくものではないと思います。しかし、いつか成果が身を結ぶことを祈っていますよ」
「ありがとうございます」
歴史はアレでも、今は違うということだろうか。私は彼女の意図が掴めなかった。
「ですが、この国はそれ以前の問題を抱えています。そうでしょう?」
フェームはなぜか微笑んでいる。そろそろ本題に入るつもりらしく、私は気付けば背筋を伸ばしていた。
「確かに、そうですね。ですが、問題はどの国にもあると思いますよ?」
「ええ。そうです。まさしくその通りです。ですが、諸外国の水準と比べても……いかがでしょう?この国の対外債務の依存率は深刻な問題だと思いますが?」
コートヌレットが頷いた。私としてもそれは事実である事は理解しているので、そんな風に批判されても、腹を立てるには至らなかった。
「流石、よくお勉強なされておいでですね」
「それほどでも。それで、特にサーバードに対する債務比率が高いですね。公爵はどうお考えですか?先代の意向については」
フェームは私を見た。目は笑っていたが、その裏に何かがありそうな感じもした。まるで胡散臭い、だが優秀な商人の様だった。私を品定めする様な目つきだ。
「私としては、どちらの国に依存しすぎる事はよろしくないと思う。バランスは保つ必要があると、個人的に感じている」
「それでしたら、私も来た甲斐があったという物です。少し失礼……」
断りを入れると、フェームは鞄から何かの書類を取り出し、私に差し出した。
「本国からの経済支援の打診が届いています。確かに国債の買収という形になりますが、これで、負担額はサーバードとトントンになる計算です」
書類はシャルステルの首相のサイン入りの国債買収のための書類と、アルメアの国債の割合を示す資料だった。書類の中には、シャルステルの有するアルメア国債の償還期限を数十年延ばす旨を記した物もあった。
私はこれを二人に回した。
「……随分と気前が良いですね?」
コートヌレットが訝しむ様に言った。
「私としても、こう見えてアルメア国民の窮状には同情しているつもりです。本国に打診した結果、これが出せる最大限だそうで。もし必要なら、外しますが?」
フェームが扉を指差しながら言った。
「なら、少し相談させてもらえますかね?」
「わかりました」
フェームは立ち上がって、応接室を出た。
「……で、どうだ?」
「確かに、計算は正しいと思います。ただ、これは明らかに、我が国でシャルステルの影響力を増やすための手段です」
聞くと、コートヌレットが答えた。
「とは言え、国庫が不足している現状では、これを認める他ないと私は思いますね」
ローサファンヌが意見を述べた。
「確かに、願ったり叶ったりな要望だが……」
「裏に何があるのかわからない以上は危険だと思います。もちろん、最終的な判断は公爵に決めていただきますが、危険性はご理解ください」
どちらも一理あるが、だからこそリーダーは困るのだ。何かを得るには、何かを犠牲にしなければならない。この場合は独立性か、当面の資金かだ。
しかし、当面の資金がなければ何も出来ないのは事実だった。王国にも協力の姿勢を見せなければ、この国の将来はなくなる。
覚悟を決め、私はフェームを呼び戻した。
「決まりましたか?」
フェームは開口一番、そう質問を飛ばしたので、私はフェームに書類を返した。
そこに私のサインが入っている事を確認すると、フェームは何度か細かく頷いた。
「……結構です。大変、良い判断をなされたと思います」
書類に問題がない事を確認すると、フェームは笑顔で言った。
「こちらこそ、支援に感謝する」
「ええ、では、私はそろそろお暇させていただきます。これを本国に伝えなければなりませんので」
フェームは書類を封筒にしまい、更に鞄に封筒を入れた。
「それでは、またお会いしましょう」
「ええ、良い一日を」
私とフェームは握手を交わして、別れの挨拶を交わした。
――昼過ぎ アルメア公国ゼフィール市内
私はヴァインの運転で、市内を駆け巡っていた。散歩のための若干の遠回りをしつつ、サーバード側の弁務官、ヤールスキーと会うためだった。隣にはローサファンヌもいるが、コートヌレットは別件でいなかった。
手元には、経済指標や財務統計などの書類が入った封筒がある。ヤールスキーに、更なる予算の増加や負担軽減の請願に行くためだった。
テロ組織との関与が疑われるサーバードだったが、それでも話をする必要はあった。シャルステルの機嫌を取ったら、サーバードの機嫌も取らなければならない。板挟みここに極まれりという感じか。
「公爵、これは重要な会議です」
ローサファンヌが藪から棒に話しかけてきた。
「いつも、どの会議も重要だろう」
「今回の会議は特に重要です。ヤールスキーの機嫌を損ねれば、どうなるか……」
ローサファンヌは今一度警戒を促したいらしい。そんな危険人物なのだろうか。
「そんなにか?」
「ええ」
聞くと、ローサファンヌが即答した。その表情はかなり不安げだ。
「追い詰められた人間は恐ろしいものですし……不安なので、今回の目的や議題をはっきりさせましょう。良いですね?」
「それで気が済むなら」
これについては何度確認しても良い類の物なので、肯定の返答をした。
「では、まず、この会談の目的です。本来の議題は我が国に対する経済的搾取を軽減してもらうためのものですが、おそらくサーバードは拒絶するでしょうから、最低でも、今までの政府ではない事を示す必要があります」
「それにどれほどの意味がある?」
「表向き、アルメアの翼はサーバードとは無縁の組織です。その一方、我々は財政的な苦境に陥っています。その意図を了解してもらい、何かしらの契機となれば良い程度です」
「時間の無駄ではないか?」
「ヤールスキーも人間です。この国の窮状に同情するくらいの心は持ち合わせているはずですから、そこが真の目的です」
まあ、ローサファンヌはそう言うが、果たしてどれほどの意味があるのかは、ヤールスキー本人に聞く他なかった。
やがて、車はサーバードの弁務官府に差し掛かる。サーバード兵に厳重に守られた質素な建物で、あの国らしいシンプルな色合いの……悪く言えばつまらない外観の建物が目に入る。
そんな見た目の弁務官府に入ると、まず応接室に通される。盗聴器の幾らかはあるはずなので、会話も弾まない。
まもなく、ヤールスキーが応接室に入ってくる。我々は立って彼を出迎えた。
「ようこそ、同志諸君!同志メイロス、同志クレオール。さあ、掛けたまえ!遠慮はいらない」
ヤールスキーは親任式の様子とは打って変わって、歓迎ムードで我々を出迎えた。大袈裟な身振り手振りが目につく。まるでピエロだ。酒でも入っているのか疑いたくなったが、そういう感じはしなかった。
彼は椅子を指差して我々に座る様に促した。私は何か違和感を感じながらも椅子に座ると、ヤールスキーも向かいに座る。
「さて、今日は何の用かね?」
「まずは、同志。突然の申し出を受けてもらって感謝します」
「とんでもない!困った時はお互い様だ!なんでも言ってくれ!」
「では、早速ですが、こちらをご覧下さい」
ローサファンヌは持っていた封筒をヤールスキーに手渡した。財務諸表などが入っているものだ。
ヤールスキーはメガネをクイっと上げて、書類を読み始めた。徐々に表情は真剣になっていく。
「なるほど……、これはこれは……。同志、この資料には嘘はないかね?」
「当然です。我が国ではウォトカを飲みながら資料を書く官僚なんていませんので」
ローサファンヌがそんなギリギリの冗談を言うと、ヤールスキーは大笑いした。どうやらそういう冗談は大丈夫な人らしい。
「なるほど!それは傑作だ!……で、これを見せて、どうしたい?」
「同志、我が国はすでに、貴国に対して多額の物資提供などを行なっています。これ以上は国民が困窮する一方ですし、更なる支援を求めます」
「ああ、それなら用意がある。国債を発行して、我々が買う。いつも通りだ」
「いえ、そうではなく……」
ヤールスキーが席を立ちそうになったので、私はそれを止めた。
「何かね?」
「同志、我が国の問題は切実です。このままでは、債務で首が回らなくなります。もしこの現状が続けば、デフォルト(債務不履行)に至る恐れもあります」
債務不履行、平たく言ってしまえば借金の踏み倒しだ。
あくまでも、サーバードやシャルステルはアルメアに対してお金を貸し付けるという形で、我が国に支援金を供出している。つまり、いつか返済しなければならないものなのだ。だが、それで首が回らなくなってしまう場合もある。この場合、最終手段としてあるのが債務不履行だ。借金を返さない、返せないと宣言することで、なかった事にすることが可能になる。しかし、それは財政的な信用を失うことでもあり、投資の可能性がより遠のく事を意味している上に、我が国の場合はそれが戦争の引き金になる可能性もあった。お金が戻ってこないのなら、力づくで取り戻そうとするだろう。
戦争を望まない、という意見では、両国の見解は一致している。それが真実ならば、サーバード側も考える必要があろう。私はそう踏んだのだ。
「……なるほど、なら、同志は何を望む?」
ヤールスキーは私をじっと見た。
「お金ではなく、直接的な支援を望みます。インフラ整備や農業技術の提供など、そういった手段でです」
「まあ、真っ当な手段だろう。だが同志、これに協力したとして、我々に何の見返りがある?」
「見返りは平和です。シャルステルも我が国の主権を貴国と同様に狙っており、この債務問題を起因とした戦争に繋がる恐れもあります。もちろん、それを望むのなら第4次アルメア戦争を起こせば結構でしょうが、それを望まないと以前仰っておりましたよね?」
ローサファンヌが言った。
「それに、我が国に必要なのは借金ではなく投資です。資料の通り、経済は停滞し、それどころか成長率がマイナスの時期すらあります。このままでは我々どころか、貴国のためにもならないと思いますが?」
「まあ、事実だな」
「我々はサーバードと協力したいと考えています。拒絶ではありません。話し合えば理解に至れると信じております」
私はヤールスキーの目を見て言うと、彼は背もたれに寄りかかり、何かを考えるように上を見た。
「……同志、家族はいるかね?」
「はい。妻と娘が」
ヤールスキーはどうやら、私の家族構成を知らないらしい。度々会っていたと思うが、どうやら個人的な関係は深くなかった様だ。
「私にも居る。私の家族はこの国をどう思っているか、教えてあげよう」
私は息を飲んだ。次にどんな言葉が飛び出すのか、あまり期待はできない。
「少なくとも、危険な国だそうだ。街は荒れ果て、店も寂れている。同志アルメアよ。わかるだろう?」
「つまり、何を望んでおいでですか?」
ローサファンヌが口を挟むと、ヤールスキーは彼女を不機嫌そうに一瞥して、呆れた様子でため息を吐いた。
「……警察力を強化するんだ。テロ組織が跋扈している今、どうにかしなければならない課題だろう?」
どの口が、なんて言うのは無粋だ。私は目を細めて彼を見た。
「確かにそれは問題です。ただ、その資料をご覧いただければお分かりでしょう。そんな金銭的余裕は、我が国にはありません」
私はシャルステルとの合意について、ヤールスキーは知らないと踏んで出た。ローサファンヌは私を見た。おそらく、ヤールスキーが知っていた場合を想像しているが、知っていたところで、そのお金を使えとは言われる程度だろう。
それに、幸いにも資料はそんなに新しい物ではなかった。ある種の賭けになるが、どうだろうか。
「そうかね?……まあ、無いと言うのなら結構だ。この話は無かった事になる」
ヤールスキーが発したのは、知っているとも、そうでないとも取れる言動だ。もう少し深掘りすべきだろう。
「ない物を作ることは不可能です。同志」
「しかし、国債を我々には売りたくないのだろう?」
どうやら、賭けには私が勝ったらしい。
「……わかりました。では、そのための資金を負担していただけるのでしたら、それを飲みましょう」
「よし、交渉成立だ。だが同志、残念ながら、これについては本国に話を聞かなければならない。心苦しいが、どうか理解してくれ」
ヤールスキーが言った。
「ええ、それは仕方がありません」
「私としても、アルメア国民の状況には心苦しい思いを抱いている。だが、本国の返答次第だから、支援の保証はできない。それはわかってくれたまえ」
「それはもちろんです。もし無理だと言うのなら、この話もなかったことになりますから」
私が言うと、ヤールスキーはクスクス笑った。
「ただ、同志。一つ言っておきたい事がある」
ここからが本番だ。私は背筋を伸ばすと、ヤールスキーも姿勢を正した。
「アルメアの翼については知っているだろう?」
ヤールスキーの表情も真剣そのものだ。勢い余って前のめりになっているのは、無意識なのだろうか。いずれにせよ、圧を感じた。
「ええ。テロ組織として有名ですね」
「アレには触らない方が良い。アレに関わっていた場合、私も責任が負えなくなる。せいぜい気をつけた方が良い。同志よ」
脅しとも捉えられる言い様だったが、それにしては随分と本人が怖がっていそうな雰囲気も感じた。まるで怪談話を聞いているときみたいな不気味さを感じる。
「それと引き換えに、という事ですか?」
「いや、これはあくまでも善意の警告だ。……まあ、あとは上手いことやってくれ給え」
つまり、アレに手出ししたらどうなるかわからないと、暗に脅しているわけだ。
「……用件は以上かな?」
私が返答する前に、ヤールスキーが言った。
「ええ、本日はありがとうございました」
「また話せる事を祈っている」
そうして、ヤールスキーとの会談は終わった。
帰りの車内は、ローサファンヌが動揺した様子で私の隣に座っていた。まるで怖い物を見た直後の様で、落ち着きがない。
「よくやりましたね……。両国に国債を買わせた上で、さらにサーバードに経済支援を約束させるとは……」
「別に知っていたところで、という感じだったがな」
「彼がそれを知っていた場合、この話はご破算でしたよ」
「まあ、その時はその時だ。だが、アルメアの翼については暗に認めたな」
ああいう脅しをするという事は、それ自体で関係性を認めた様なものだった。
「ええ。アレはまあ……、隠せなくなったと踏んだのでしょう。ただ、それにしては見返りが多い気がしていて、何か怖さを感じます」
「打診をすると口約束しただけで、決まったわけじゃない」
「ああ、確かに……。それはそうですね」
どうせ、後になってその話をすれば、忘れていたとか何とか言って誤魔化され、最終的にうやむやにされる事もあり得た。あの国はそういう国だ。国債については追加支援が用意ができ次第払うだろうが、果たしてヤールスキーは上手くやるだろうか。そうでないと困るが、考えはあった。
そんな期待と不安を抱えながら、車は公爵府への道を進んで行くのであった。
ストック切れのため、次回以降の投稿は不定期となりますので、よろしくお願いします。