3、改革の種
――翌日 アルメア公国ゼフィール市 公爵府執務室
私は内務大臣のゼトロールから、内務省警察局長のハロルス・ロクロファーンの紹介を受けていた。
内務省傘下の組織としてはかなり重要な機関に属するのが、警察局である。軍事力を持たない我が国が唯一有する物理的な戦力であり、法律上許されている、「治安維持のための実力をもつ最小限の戦力」にあたる。
彼らは警察であるため、当然他国への武力侵攻などをする実力などありはしないのだが、それでも両国の弁務官の監視下の組織ではある。それ故に、慎重な運用が必要になるのだが、その性質上、秘密裏の情報調査などは彼らの得意分野でもあった。表向きは存在しない事になっているが、実際は存在しているのだった。これは数少ない、弁務官から逃れる術であった。
「さて、それでは、我が国を取り巻く治安の状況について、詳細をご説明いたします。主に我が国を悩ませる組織は二つありますが、どちらからお教えすればよろしいでしょうか?」
書類には、「公国独立会議」と「アルメアの翼」の二つの組織について記されていた。
「では、公国独立会議を」
「彼らは比較的穏健な自治組織として、主にヴァリスの街を拠点に活動しています。一部の過激派が極端なテロ行為に走っているようですが、おそらく組織的な物がある様に感じます」
「また、おそらく彼らは否認するでしょうが、王国やアリナーレの影も見えます。あのあたりから何らかの支援を受けている可能性は大いにあり得ます」
ゼトロールの説明に加える形で、ロクロファーンが言った。
「過激派は増えているのか?」
「はい。徐々に過激派の構成員も増えつつあり、このままでは手に負えなくなるでしょう」
「これについて、弁務官は?」
「要請すれば、一応の支援は出しそうです。しかし、これは大いに慎重になる必要があります。先日も申し上げましたが、これは軍事介入の口実になり得ます。それは避けなければなりません」
「そうか。つまり、可能な限り我が国で解決しなければならないと」
「仰る通りです」
おそらく、一筋縄でいかないだろう。また頭痛の種が増える。
「しかし、本当に問題なのはこちらです。『アルメアの翼』は過激派のテロ組織で、弁務官府や主要な官庁舎、役所などにテロ攻撃を仕掛けています。その内容は多岐に渡り、民間人の死傷者も出ています」
「また、こちらは明確にサーバードの支援を受けており、主に武器の供与や人材育成の面で、サーバードの特殊部隊の関与が疑われています」
さて、より厄介なのはこちらだ。連日の様に新聞記事のエサになっている連中なので、その存在を知らない国民はいないだろう。武器類の出元は、おそらくサーバードからだ。これは以前の資料から、また連中が使用する武器からも明らかだろう。目を覆いたくなる様な惨状、とでも言うべきか。やはり、サーバード人は信頼できない。
「というより、ほぼ明白ですね。サーバードの方は特にこれを気にしているみたいです。コントロールできないと、軍を送るとすら裏ルートで脅されています」
「おそらく、あちらもあちらで王国側の介入を恐れているでしょうから、直ちにこちらに介入する事は考えにくいです。しかし、何かきっかけがあればその恐れはあります」
「例えば、自国民の財産の保護……とか。名目はいくらでもでっち上げられるでしょう」
おそらく、ロクロファーンは原発の事を言いたいのだろう。もし、原子力発電所で再び事故を起こせば、この国どころかあちらの国も危うい。
しかも、原発の管理は我が国に技師がいないため、サーバードが行なっている。土地代程度に電気が我が国にタダで供給されてはいるが、彼らはその電力をサーバードの資源として見ているくらいには取られている。すると、軍事力を使って原発を占領する口実が出来上がる、という感じだろう。
「これについて、何か対策は?」
「正直、厳しいです。予算も限られる上、弁務官の目がある以上、既存の警察力で対応できないのはどうしようもありません。大国に軍の派遣を要請する事も必要かもしれません」
ゼトロールがあっさりと言った。
「だが、それは我が国の主権に関わる話でもある。直ちに軍を派遣する必要はない様に思うが」
「それは同感ですが、無理な物は無理です。一応、選択肢の一つとしては、頭の中にお願いします」
私は頷いて、返事とした。
「それはそれとして、この国のこれからについて聞きたい。二人はどう思う?」
「これから、というのは?」
「つまり、これから我が国が進むべき道筋だ。意見として二人のものを聞いておきたい」
「私は弁務官の意向に沿う事を続けていれば、問題はないかと思います」
ゼトロールが言った。
「……私も同感です」
ロクロファーンも似たような見解を持っている様だったが、少しだけ違和感を感じた。なぜか返答に奇妙な間を感じた。その意図は躊躇なのだろうか。そうだとすれば、彼の真意は違うという事になるが、私は確証が持てなかった。
「……そう言う公爵は、どうお考えなのですか?」
すると、ゼトロールが私に振ってきた。
「実はまだ決めかねている。何かを変えなければならない気はするが、まだ具体的にどうすれば良いのかが思い浮かばない」
腹の内は決まってはいたが、信用ならない感覚もあったので、私はそう言っておいた。
「そうですか。ですが、優柔不断では困りますよ。中途半端は一番あってはならない事です」
「それは自分も同感だ。心配するな」
「であれば大丈夫なのですが。……何かあれば戦争になりますよ」
「そうさせない」
ゼトロールは不安そうな表情を浮かべていた。
「公爵がどうお考えであれ、私は協力いたします」
一方のロクロファーンは、おそらく裏切りそうな感じはなかった。少なくとも、現時点では、だが。
「ありがとう。じゃあ、後は何かあるか?」
「テロ組織の監視についてはどうしますか?やめることもできますが」
「現状は?」
「現在は、『公国独立会議』と『アルメアの翼』に潜入して調査しています。このリソースを別に振り分ける事もできますが」
別に振り分ける、と言うには、おそらく弁務官などの調査もできるのだろう。とはいえ、あの二人を調査したところで、何か意味があるとは思えなかった。
「いや、そのままで構わん。面倒は避けたい」
「わかりました」
「それと、警察局長。警察内部の様子を教えて欲しい」
「内部と言いますと?」
「そのままの意味だ。思想的に、どういう傾向が多数派だ?所感で構わん」
「まあ、保守的な者が多いです。本当に様々ではありますが」
「そうか。では、汚職についてはどうだ?」
「……汚職、ですか」
ロクロファーンは少し目を細めた。
「治安悪化の要因の一つではないかと考えている。聞く感じではただの陰謀ではなさそうだが、事実か?」
少し揺さぶってみると、ロクロファーンは観念した様に後頭部を掻きながら答えた。
「……ええ。事実です。よくご存知ですね。誠に耳の痛い話ではありますが、サーバード人の違反について、逮捕相当なのにも関わらず、金を積まれて見逃すケースなど、いくらか報告を受けています」
「これは、改善できそうな気がするが。どうすれば良い?」
「警察力の増強ですね。あるいは、何かを犠牲に既存のリソースをそれに回す事も可能です」
「なら、公国独立会議の調査を取りやめて、代わりにそっちを調査させろ。警察から外国の影響力は削ぐ」
「わかりました。お望みとあらば」
「弁務官府の機嫌を損ねないと良いですけどね」
「いずれにせよ、決まった事だ」
ゼトロールは批判的な意見を持っている様だが、致し方ない事だった。
この国に真の独立をもたらすには、まずサーバードの影響力は確実に削がなくてはいけない。ロクロファーンはおそらく使える。今日はそれだけでも収穫だった。
「では、以上ですかね」
「ああ。下がって良い」
二人は私にお辞儀をして、部屋を出た。
――午後 アルメア公国ゼフィール市 公爵府執務室
午後はレナース経済産業大臣、グレベス財務大臣、ローサファンヌ宰相と私が参加する、経済にまつわる会議があり、その後にローサファンヌと、メディア戦略を決める会議が予定されていた。
我が国は経済的に停滞しており、その打開策をどうしようかという話し合いだった。
会議は重苦しい雰囲気の中で始まった。しかし、その雰囲気に反して私の内心では、レナースが持ってくるという経済改革案に少し期待しており、それを聞くのが内心、楽しみではあった。
レナースが我が国の現状の経済構造を述べ、次にグレベスが財政事情を述べるという進行に従い、まずはレナースが話を始めた。
「公爵。我が国の経済事情は日を追うごとに厳しくなっています。お手元の資料をご覧ください」
言われた通り、配られていた紙の資料を見た。『アルメア公国の経済事情』という表題だ。
「後程、財務大臣から報告があると思いますが、我が国は深刻な状態です。この改善のための施策をご提案したく、本日は参りました」
すると、グレベスが手を挙げたので、私は指して発言を促した。
「失礼。宰相のお考えを無視する様で恐縮ですが、まずは私から財政事情をお話しするのが進行上よろしいかと思います。いかがでしょう」
「私は大丈夫ですが、お二人はいかがですか?」
レナースが私を見て聞いた。
「私は財務大臣が先の方が良いと思うが、どうだろう?」
ローサファンヌに聞くと、彼女は頷いてみせた。
「確かにその方が良いでしょう。何か深い意図があったわけではないので、構いません」
「では、その様に。
さて、ただいま経済産業大臣が仰った様に、我が国の経済は深刻な状態にあります。我が国で生産される何らかの物やサービスの値段の全てを使っても、返済に2年半かかる様な計算になるわけですからね。
それで、国債の話が出てくるわけですが、詳細は既にお話しした通りです。我が国は国債の借り入れを海外に依存しており、おそらくこれからも宗主国からの借り入れをしなければならない。そんな状態です」
「これは深刻な問題です。我が国の主権干渉の根拠にこれが用いられています。要は、経済的には、特にサーバードに我が国は二重に搾取されていると言って差し支えありません。我が国の製品をほぼ奪い去り、その上で更に維持費を借金という形で負担しているわけですからね」
グレベスの説明に、レナースが付け加える。
「この様な財政状況を打破するには、どうすれば良い?」
「まあ、対処のしようはないかと思われます。我が国には特筆すべき産業や技術はありませんし、サーバードはこの様な状況に味を占めています。無用なご期待はなさらない方がよろしいかと」
「レナースからは何かある様子だったが」
グレベスはそう言うが、私はレナースに聞いたつもりだったので、メンツを潰さない配慮として少し遠回しな言い方で聞いた。だが、グレベスは鈍感だった。
「無駄に終わります。初めに申し上げておきますが、私は無為な事をして粛清されるくらいなら、始めからやらない方がよろしいと申し上げておきます」
「レナース大臣に失礼ですよ」
ローサファンヌがグレベスを諌めたが、彼は悪びれる様子はなく、鼻を鳴らした。
「ローサファンヌ女史もお分かりでしょう。この状況が」
「ひとまず、何も聞かずに何か意見を言うのは良くないだろう。レナース、始めてくれ」
私が無理矢理入って場を収め、レナースの話を聞く空気に強引に持ち込んだ。グレベスはこういう所が困る。呆れるしかない。
「では、失礼して。資料の表紙の次をご覧ください」
表紙を捲ると、どうやら石炭の事が書いてある様で、石炭の写真と何かのグラフや表、そして、その説明と思しき文章があった。
「これは我が国の主要産業の一つである石炭と、その使途についてのものです。ご覧の通り、その資源はほとんど輸出に充てられておりますが、問題はその先です。その大半はサーバードに格安で買い叩かれており、それ以外の国に対しては弁務官の意向で高額な輸出関税が課せられています。量はあっても質では諸外国の物より劣るため、どの国も我が国の石炭を買おうとは考えないでしょう」
「シャルステルの方は?」
「あの国は元々環境保全の都合から、国内の発電量で火力発電が占める割合が少なく、必然と需要がありません。買ったところであの人達は持て余す様で、取引は必要最小限に留まっています」
「これは労働者の安全上の問題にも繋がっており、最新技術の導入などは一向に行われず、また我が国の中でも一向に技術革新が起こらないため、採掘効率でさえも他所の国のそれよりも劣ります」
ローサファンヌが言うように、問題は深刻な様だった。
「とりあえず、次に移りましょう。資料の次のページをご覧ください」
資料を捲ると、今度は発電についての項目が記されていた。
「これは我が国の電力状況です。これについては安定しており、電力供給自体には概ね問題はないのですが、問題は発電手法ですね。
ご存知の通り、我が国の電力の大半はサーバードがゼラスの街に作った原子力発電によって賄われています。他は石炭火力発電など若干ありますが、電力供給の割合は原子力発電が8割を超えています。ですが、その原子力発電所が過去に事故を起こしたのにも関わらず、操業が続けられている事に、地元住民が不安を抱いています」
レナースは資料を見ながら淡々と述べた。
「これは深刻な問題ですが、住民はサーバードの恩恵を若干受けている様で、ゼラスは都市にして、このゼフィール、港湾都市のシファルに次いで、この国で三番目に栄えている都市でもあります。それと、原子力発電所の運営はサーバードの技師によって行われていますが、我が国の放射線技師が圧倒的に不足している上に、サーバード側の意向で技師の育成を行えない環境下にある事もご理解ください」
ローサファンヌは原発の状況について、端的に説明した。
「つまり、原発はサーバードの手中にあって、我が国は物理的にも法律的にも、手出しができないという状況だという事です」
グレベスは両手を挙げて、そう言った。お手上げとでも言いたげだ。
「ちなみに、サーバードと何かあった場合は、原発はどうなる?例えば、意図的な事故のリスクとかは?」
「流石に意図的な事故を起こす事はないでしょうが、我が国に対する送電を止める可能性はあります。もしかすると立ち入りを禁じられたり、封鎖されたりする恐れもあります」
「そうなった場合、市民は混乱するでしょうね。いくら報道規制がかかっているからと言っても、口伝ての噂ほど恐ろしいものもありません。中々、制御が効きませんからね」
ローサファンヌが言った。少数種族もやはり噂の被害者として、その恐ろしさを身をもって経験したのだろう。特にフォーレドラギアンはそうだ。「フォーレドラギアンの翼を持つ者は幸運になれる」とか言われて、翼を切り取られた者がいるというおぞましい話も聞く。
「というところで、我が国の主要産業については以上です。まとめると、我が国はサーバードに経済的な搾取をされていると言っても差し支えない現状で、この不況はあの国によって作られたものであるという事です」
「ただ、その財源がサーバード由来なのもお忘れなく」
レナースとグレベスがそれぞれ言った。
「で、その『改善の為の施策』というのは?」
聞くと、レナースが背筋を伸ばした。
「私は王国や、諸外国に頼る事を勧めます。特に王国か資本主義諸国の経済圏に上手いこと入れれば、サーバードからの経済的な搾取は脱することができます」
「それしかないだろうな」
国際社会は我々の存在にはほとんど気づいていない様な物だ。だが、シャルステルとサーバードだけは違い、両国はこの国の利権を巡って、直接的な砲火を交える事はないものの、水面下で争い続けている。社会主義に傾きすぎた利権を、王国側に戻すのが自然だろうから、レナースの意見はすんなりと理解できた。
「昨今の経済は諸外国の存在なくして語る事はできません。我々もその流れに乗らなければ取り残されるでしょう。とりあえずは、諸外国の産業技術の招致、これが第一の目標です。
我が国の石炭鉱床はまだ豊富に資源が眠っているとも言いますし、それに、他の資源が眠っている可能性もあります。そもそも石炭の生産量が少ないから我が国の競争力がないだけで、資本主義諸国やシャルステルなどが有する最新技術を取り入れられれば、まだ石炭産業が息を吹き返す可能性があります。
それに、我が国には安価な労働者の需要が潜在的に存在しています。もちろん、教育などは必要でしょうが、諸外国の給与水準よりも安価で使える為、企業から見たら魅力的でしょう。特に、資本主義諸国との接近を躊躇しているシャルステルからすれば、良い話だと思われます」
「諸外国が聞く耳を持てば良いですがね」
「私が思うに、王国以外の国とも交渉を重ねることが重要だと思います。なんでもそうですが、一つに固めてしまうと碌な事にはなりませんから」
レナースの提案に、グレベスとローサファンヌがそれぞれの見解を述べた。
「いずれにせよ、経済復興のためには王国が鍵となります。良い関係を築く事は重要だと、私は考えています」
「まあ、王国側の弁務官とお話しして考えることだろう。前向きに検討すべきだろうな」
「是非お願いします。そうでなければ、我が国の経済は……」
レナースが目を伏せたかと思えば、こちらに鋭い視線を送ってきた。言わんとする事は察しがついた。
「……経済は最優先事項の一つだ。それについては施策を打つつもりだ」
「ええ。それを聞いて安心しました」
そう言いながら、レナースは部屋の時計を見た。
「っと、もうこんな時間ですね。では、我々はこれで」
レナースの言葉を聞いて、グレベスも席を立って、部屋を出た。
二人が部屋を出たのを確認すると、ローサファンヌがこちらを見た。
「……公爵、先程の経済産業大臣の意見ですが、彼の意見はシャルステル側に寄りすぎではないかと思っております」
「現実的な落とし所だと、王国の協力は必要不可欠だろう」
「それはそうですが、しかし……、王国は王国の論理で動いています。我々もそうですが、その国は常に自らの国益を考えるものですから、それは忘れないでいただきたいです」
「そうだな」
ローサファンヌの言う事にも一理あるとはいえ、王国に頼らなければならないだろうという観念は抜けなかった。どうやってもこればかりは譲れないだろう。特には妥協も必要だ。
「さて、話は変わって、我が国のメディアに関してです。我が国のメディアは基本的に弁務官府の意向を強く受けており、特にサーバードがその権益のほとんどを握っています」
「条約(注:この国の設立の根拠となった第三次アルメア戦争の和平条約のこと。この国における憲法の様な役割を果たす)で、報道の自由も保障してほしかったな」
「まあ、過去に行く魔法があるのならそれでも結構ですが、残念ながらそういうわけにも行きません」
ローサファンヌは書類を捲った。
「私から何かお伝えすべき事はありますか?」
おそらく私から質問をする段階に入ったので、いくらか質問をする事にした。
「王国寄りのメディアはないのか?」
「『シファル経済通信』などは比較的王国寄りではありますが、それでもサーバード弁務官府の意向を強く受けている模様です。この経済的不均衡に対しては何の意見も述べていません。しかし、ヤールスキーを上手く説得できれば、可能性はあるかもしれません」
「交渉は徐々に大きくしていくものだからな」
「仰る通りで、初めは小さな要求をし、次第に大きくしていくのは交渉の常套手段です。いずれにせよ、この圧力をどうにか緩める事は必要でしょう」
「一つ提案だが、公爵家をプロパガンダには使えないか?」
「と言いますと?」
ローサファンヌは興味を示し、こちらに視線を向けた。
「国民に対する求心力向上の手段として、うちの娘に王国時代の神殿の見学や文化的なイベントに行ってもらうんだ。どうだ?」
「かなり良いアイデアだと思います。おそらく聖職者や、敬虔な信徒の関心を引くでしょう。もしそれが実現すれば、国民に対するメッセージと捉えられます。ですが、悪い側面も無視しない方が良いでしょう」
「と言うと?」
「どちらかの弁務官が、公爵の影響力の拡大に懐疑的な意見を持っていた場合、その国との関係は悪化するでしょう。フェーム弁務官の意向は分かりかねますが、ヤールスキー弁務官が反対したなら、確実でしょう」
「だが、『アルメアの翼』の件もある。求心力向上は必要だと思うが」
「それも問題です。というより、それが問題です。公爵の家族に危険が及ぶ可能性を忘れてはいけません」
それは確かに事実だった。下手に目立って、アルメアの翼や公国独立会議に目をつけられたり、そうでなくともサーバードに目をつけられたりしようものなら、自分どころか家族に危険が及ぶ。しかし、保安要員もその道のプロだ。そんなに心配する事でもない気もした。これは、ちゃんと本人たちと話す必要がありそうだ。
「……いずれにせよ、決めるのはあなたです。私はどちらでも結構ですが、大いなる力にはそれだけ責任が伴う事は、ご理解いただいた方がよろしいでしょう」
ローサファンヌは公爵家の影響力向上に慎重な姿勢を取るみたいだ。しかし、この国が独立を目指すには、遅かれ早かれ、それは必要な事だろう。
「後は何かありますか?」
「もう良いだろう」
「なるほど。今日は充実した会議でしたが、最後にもう一つ、お伝えしたい事が」
資料を鞄にしまいながら、ローサファンヌが言った。
「何だ?」
ローサファンヌは荷物をまとめると、こちらを見た。
「フェーム弁務官が公爵との謁見を希望されておいでです。詳しい日程についてはまだ調整中ですが、ひとまずそれだけお伝えいたします」
シャルステルの方から用向きがあるとは珍しい。私は少し驚いた。
「こちらから会いに行こうと思っていたが、あちらから来るのはどういう風の吹き回しだ?」
「何かを要求するつもりなのは間違いないと思います」
「何かをね……。具体的には?」
「私の推測ですが、シャルステルはサーバードに寄りすぎたバランスをどうにか戻そうと考えています。その手段をあちらで思いついたのかもしれません」
「なるほど」
「詳しい日程については、ヴァイン氏を通してお伝えいたします。ひとまず、今日のところはこれまでだと思いますが、他にはありますか?」
特に話すべき話題も思いつかないし、無理に引き留める理由もなかった。
「今日はお開きで良いだろう」
「かしこまりました。では、私はこれにて失礼いたします」
ローサファンヌは席を立ち、部屋を出た。
さて、シャルステルはどうするつもりなのだろうか。少し不安が入り混じる一方、若干の期待もあった。交渉が上手く行く事を祈るばかりだった。