赤い悪魔を退治しよう!
アメリカザリガニ。
日本の子どもに大人気なイメージだが、いわずと知れた〝外来種〟である。
諸説あるが、アメリカザリガニは1927年に米国から養殖用のウシガエルの餌として輸入された個体が野外に逸出して広がったという。繁殖力旺盛な奴らは、あっという間に日本中に広がり、多様性にあふれていた水場を変貌させてしまった。
奴らは雑食性でなんでも食べる。生き物だけではない、水草さえ食べるのだ。
しかも、餌を獲りやすくするために植物を切断したり引き抜いたりもするし、巣穴を掘って底泥を巻き上げもするから、あっという間に水質が悪化してしまう。
時には病原菌を媒介することもあるというから、実に厄介な生き物である。
致命的だったのは、日本にはアメリカザリガニの天敵となる生き物がいなかったこと。
恐ろしいことに、異世界でもそれは同様のようだった。
「……ああっ! 前はあんなに美しかったのに……!!」
ルシルの悲痛な声が辺りに響いている。湧水のおかげで多種多様の水草が生い茂っていたはずの池が、すっかり濁ってしまっていた。なんとなく空気すら淀んでいる気がする。こりゃまずい。早くなんとかしなくちゃ!
「異変を感じてからどれくらいですか?」
「まだ数ヶ月くらいでしょうか……」
「じゃあ、まだ間に合いそうですね」
アメリカザリガニが完全に定着する前に、なんとしても駆除しなければならない。
「よし! 行くか!!」
チェストヴェーダーを華麗に着込む。
ちなみに! ヴェーダーとは漁師さんや釣り人なんかがよく着ている、水の中に入っても濡れない胴長のことだよ。これは沼ガエルの皮膚で作ったもの。耐水性と柔軟性に優れていて、元がカエルだってことを忘れられさえすれば、最高の品質だ。
「お嬢、公爵令嬢なのにクソ似合ってて笑えるんですが」
「地味じゃのう。リボンのひとつでも付けるか?」
失礼な男たちである。ブラウスは絹だしフリフリだし、帽子もエレガントだから、結果的におしゃれでしょうが!
笑顔を引きつらせながらも、右手にはでかい魚獲り用の網を装備。魔鉱とジャイアントスパイダーの糸使用! ヴィンダーじい特製の、雑に扱ってもフレームが歪まない優れものだ。
「まずは私が獲ってみせるから!」
アメリカザリガニは夜行性だ。昼間は水辺に生えている草の陰や、巣穴の中、岩の隙間なんかに潜んでいる場合が多い。
ザブザブと水の中に分け入り、水辺に群生している雑草の手前に網を構える。そしてすかさず、草が茂っている辺りを足で勢いよく踏みしめた。
「おら、出てこいや……!!」
うっかり低めの声が出てしまったのはご愛敬である。
「わあ。お嬢ったら柄が悪いですね」
「令嬢の矜持はドブに捨ててきたのかの」
「うふふふ。アイシャ様ったら山賊っぽくて素敵」
「ルシルさんまで!?」
ちょっとショックを受けながら、ひたすらガサガサとやる。
不満な風を装いながらも、実は顔が緩むのを必死に堪えていた。
ああ、めっちゃ楽しい。なんで生き物を捕るのってこんなに心躍るのか。前世で子どもだった頃、虫取りや魚釣りがすごく好きだったのだ。あれは最高だったなあ。親からもらったスルメを、釣り餌にするかおやつにするかで一生悩んでた。
「よし。これくらいかな……」
ノスタルジックな気持ちになりつつも、網を引き上げる。
みんなでのぞき込むと、そこには狙い通りに奴が入っていた。
「獲れた……うわ、なにこれでっか」
「これがアメリカザリガニ……。お嬢、なんでそんなに驚いてるんですか」
「いや、想像してたのよりはるかに大きくて」
普通のアメリカザリガニは、大きくても手のひらに収まるくらいだ。なのに、ロブスターとまではいかないまでも、小さめの伊勢エビくらいのサイズはある。もしかして、異世界の生き物との交雑種だろうか。
「こりゃあ食いでがありそうね」
「食べられるんですか?」
「うん。転生前にいた日本ではぜんぜん食べなかったけど」
「えっ。それは食べても大丈夫なんですの……?」
「大丈夫。食材として扱っている地域は外国にあったよ。そもそも、獲ったら食べる。これが原則だと思うの。それに――」
アメリカザリガニを持ち上げる。どこか不敵に笑ってこう続けた。
「コイツ、ビールに合います」
すると、ルシルの目がキラキラ輝き出した。
「まああああ! それは素敵。ぜひともビールと一緒にやりたいですわね!!」
「ルシル神官。アンタもですか……」
ウキウキで水辺へ向かうルシルを眺めて、ヴァイスが呆れている。
わかる、わかる。意外だよね。実は水の女神アクアが酒豪らしい。捧げ物にお酒は欠かせなくて、自然と彼女も飲んべえになったようだ。
「じゃ、みんなで捕まえていこう!!」
「「「おお~!!」」」
元気いっぱいの返事を聞きながら、道具を手に水辺へ向かった。
年少組は網を手に水草の辺りをガサガサ。結構な数が生息していたようで、「わあっ! いた!」「ハサミに挟まれた~!」あちこちで大騒ぎしている。
幼児組は木の枝に糸を結びつけて、干し肉の欠片でやるザリガニ釣りだ。
「まだ引っ張ったら駄目?」「我慢よ。もうちょっと……」
ちっちゃい子が懸命に水面をのぞき込んでいる。ツンと唇を尖らせて、びっくりするほどの集中力を発揮している様が可愛いすぎた。尊い。この場面を絵にしたい……。
年長組は深い場所に入って、カニ籠を改造した仕掛けを設置してくれている。
これは一晩置いておくつもりだった。中に仕掛けた餌の匂いに釣られたザリガニが、翌朝には大量に入っているはずだ。
「獲れた~!」
「僕も、僕もっ!!」
「わたくしも獲れましたわ……!」
年長組が年少組に合流する頃になると、山盛りのザリガニが捕獲できていた。
やはりこういうのは人海戦術に限る。それにしてもすごい数だ。いったいどれだけのザリガニが地球からやって来たのだろう……。
来たくて来た訳じゃないだろうに、ごめんねアメザリ。
「お嬢、調理の準備ができましたよ!」
おっと、物思いにふけっている場合じゃない。
獲ったものは食べる! そう決めたなら、腹を括るべきだろう。駆除した後、殺すだけじゃ後味悪いしね。アメザリくんには、私たちの糧になってもらう。
このために食用ザリガニを取り寄せ、本場アメリカからスパイスを取り寄せた忍丸に死角はないんだぜ
明日からは一日一回更新です。
きりのいいところまでは書いてあるので、連載は途切れません
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