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公爵令嬢はそして賢者になった

 その日、私は公爵邸の庭でBBQをしていた。

 名目としては、ディアボロ騒動終結のお祝いである。


 ここ半月ほどは諸々の後始末に忙殺されていた。おじさまは城の地下で見つかった創世神の分身である石像の扱いに頭を抱えていたし、ディアボロ教の一斉摘発なんかも始まって、当事者である私も否が応でも手伝わざるを得なかった。


 それはそれは忙しかったのだ。なにせ隣国への対応もあったから。城から忽然と姿を消したディアーヌは、森の中に潜んでいるのが見つかったらしい。それも――ゴブリンの集落で。


 どうも、見かけがゴブリンになってしまったディアーヌは、ゴブリンとして生きることにしたようだ。え、なにそれ怖くて強い。ダダ漏れな色香でゴブリンキングを籠絡し、一大コロニーを築いていたらしい。え、なにそれ怖くて強い(二回目)。


 ゴブリンクイーンとでも言おうか……。開き直ったディアーヌは、元のような贅沢な暮らしをするために、ゴブリンたちを率いて父王が座す王城を奪おうと攻め込んだ。え、なにそれ怖くて強い(三回目)……。隣国は対応に大わらわで、我が国にも責任の一端があるとして救援要請を出してきた。それを突っぱねたり、逆にディアーヌのせいで受けた被害の損害賠償請求をしたりしているうちに、みるみるうちに時間が溶けていったという訳である。


 そんな忙しい日々がようやく一段落したのが、二日前。

 クタクタだった。ストレスがやばい。発散しなくちゃ爆発しそう。

 ――こうなったら、肉を焼くしかない! 酒だ! BBQだ! わっしょい!


 BBQの後は、星空を眺めながらテント泊するんだ~。きっと楽しい。


「普通、疲れたら休息って発想になるんじゃないですかね……」


 そんなヴァイスの愚痴は丸無視して、ウキウキで準備を進めて今日という日を迎えた訳である。


 天気は最高だった。冬が近いせいかちょっと肌寒いけれども、厚着をすれば耐えられないほどではない。この時期は秋の恵みがたんまりだ。例えばそう――サーモンとか!


 この時期のサーモンは脂が乗っている。加えてこの世界のサーモンは物理的に強かった。大量発生して河口に集結し、近づく者を無差別に傷つけることで知られている。

 その名もブラッディサーモン。鋭い嘴で刺してくるので、海が赤く染まることから名付けられた。うわ、怖い。秋になると、ブラッディサーモン討伐依頼が冒険者に出される。兄クリスの冒険者仲間が、お裾分けしてくれたのだ。


 貰ったサーモンは、ともすれば人間の十歳児くらいのサイズがあった。

 デカい。デカすぎる。身が厚い。ちょっとした布団くらいの厚さがある。


 そうなればもう、チャンチャン焼きをするしかないだろう。

 お野菜と一緒に、巨大鉄板で焼いて、ふかふかの身を口いっぱいに頬張るのだ!


「ビールかな。ビールだよね!」


 小躍りしながら準備している私を、ヴァイスとサリーとグリードが呆れ顔で見つめている。


「元気ね……。アタシ、本当にここ最近は生きた心地がしなかったのに」

「まあ、創世神にビンタして説教かましましたからね……」

「あれはさすがに肝が冷えたわ……」


 三人は深々と嘆息すると、「本当に無事でよかった」と笑っている。

 実際、死ぬ可能性はあった。創世神がめちゃくちゃ怒っていたので。息子の恋人を平気で寝取るような人だ。しかも人間を軽んじてそうな雰囲気もあった。自分を傷つけた人間に容赦する訳がない。だが、私は生きている。すべては女神様方の尽力のお陰だ。


『ディアボロの好きな人を奪うお父様って、控えめに言ってクズよね? 信じられない!』

『うっ!?!?!?』


 私たちが逃げ出した後――

 女神様方は、四人がかりで創世神を詰ったらしい。


『お父様って下半身の脳がありますの? 不思議。全知全能ではないのね? だって正気でないんですもの。完璧だと思っていたのに、失望いたしました』

『…………。吐きそう。こんなのが……私の父親……嫌だな……』

『父よ。性欲を持て余してるのか? 狩りにでもいくか? 発散させようぜ!』

『えっ。お父様ってご自分の性欲の処理もままならないんですか? しかも、その後始末を娘にやらせる……? うわぁ。軽蔑するわぁ』


 創世神を四人で取り囲み、次々と罵倒する。そんな責め苦は数時間に渡ったらしい。女性というものは、生理的嫌悪感を抱いた相手には容赦がない。想像するだけで地獄である。しかも、意外にも創世神は娘たちを溺愛していたらしく、ずっと半泣きだったようだ。


『アイシャを傷つけてごらんなさい。もう二度とお父様と口を利かない!』


 とどめを刺したのが、恋愛の女神エステルだった。これがずいぶん効いたようだ。


『もういい……』


 結果的に創世神は私に罰を与えることを諦めた。娘たちに嫌われたと、引き籠もってしまったようだ。そうなると百年単位で顔を見せなくなる。私が生きているうちは出てこないだろうというのが水の女神アクアの見立てだ。


 つまり、私は自由である!

 ひゃっほう!


 しばらくはキャンプ三昧でいいかな~! なんて思っていたのだけれど。


 ――どうにもすんなりはいかないらしい。

『おい。サーモンに塩を振っておいたぞ』

「ありがとう~。キャベツはカットしてくれた?」

『――フ。我に出来ないことはない!』

「上手じゃん~。ご褒美にビールを進呈しよう」

「……お嬢、なんでソイツを普通に受け入れているんですか……」


 ヴァイスが呆れ顔で見つめているのはディアボロだった。


 私は創世神からの罰を免れたけれども、ディアボロに関してはそうはいかなかったらしい。問題の発端が別にあったとしても、多くの犠牲を出したのは事実。しばらくの間、神としての力を封印されてしまったディアボロは私のところにいる。不思議に思う人もいるだろうけれど、のっぴきならない理由があった。


『もう生きているのが嫌になった……』


 ――こらアカン。


 しょめしょめメソメソうじうじしている神様を見捨てることができず、私は彼を受け入れることにした。……まあ、怒らせると怖いしね。神様に恩を売っておくのもいいと思ったし。あと、信徒にはこれ以上、変な事をさせないと約束してくれたし。


 なら、むしろ暴走させないために面倒を見た方がいいかな、なんて思ってしまったのだ。

 幸い、公爵邸には部屋がありあまっているし、神様一体くらいは受け入れても何ら問題ない。私自身は時間がたっぷりあるしね。


「お嬢の寛容さって天元突破してますよね」

「ヴァイス兄さんの胃を犠牲にしてるけどな……」

「まあ、必要な犠牲じゃないかしら」


 うっ! ひどい。好き勝手言って!


 ともかく、今ディアボロは私の近くにいる。別に悪さをする訳じゃないから放置だ。かの神も神で、なんだかんだと私との生活を楽しんでくれているらしい。特に料理に関して興味が尽きないようだ。


『どうだ! これが我の特性味噌ダレだ! 味見してみろ』

「……うん。おいしい! 甘くて私好み!」


 複数の赤味噌を混ぜ合わせ、ニンニクとたっぷりの砂糖を利かせたタレは濃厚で本格的だ。こりゃお店で出て来ても問題ないレベル。


「ディアボロ、上手になったねえ。今度から任せちゃおうかな」


 ニコニコ笑顔で言うと、ディアボロの頬がほんのり赤く染まった。


『そ、そうか。任せておけ。なんなら、キャンプ料理を一手に任せてくれてもいいぞ。我は暇であるし。主が死ぬまで付き合ってやってもいい。大丈夫だ。優しくするし、次は寝取られないようにするから……』

「……ちょっとそこの特殊性癖被害者、ツラ貸してもらえませんかね」

『うわあ! なにをする!』


 なにやらディアボロとヴァイスが揉めている。なんだなんだ。賑やかだなあ。


 ――ともかく、直近の私の生活はこんな感じだ。

 まあ、全部が解決した訳じゃないんだけどね。


「そう言えば、教会に動きがないの怖いよね」


 鉄板の上にサーモンの半身を置いた私にサリーが言った。


「私が女神から使命を賜ったって、教会に筒抜けのはずだよね?」

「そやそや。水の女神アクア様の神殿で話題になっとったって、情報屋が言うてたで。そもそも、ディアボロの姿は大勢に目撃されとったし、さほど被害がなかったとは言うても、黒いローブの奴らの大量死があった以上、女神に纏わるなにがしかの事件があったことは知られとるはずで……」

「なのに、教会は沈黙している」


 熱せられたサーモンから脂がしたたり落ちて、じゅうと軽い音をさせた。オレンジ色の身が変色してくるのを見計らってひっくり返す。皮目がチリチリといい音をさせ始めた瞬間に、堪らず顔を顰めた。


「……こわっ……」


 なにかの陰謀に巻き込まれてない?

 いずれ、私もこのサーモンみたいに調理されそうで怖い。


 うんざりしながらサーモンの横に野菜を敷き詰めていると、ヴァイスと取っ組み合いの喧嘩になりかけていたディアボロが言った。


『……ああ、それなら。この国の王が動いたからではないか?』

「おじさまが?」

『そうだ。しばらくアイシャと共に過ごすと決めた時、いちおう挨拶をしてやったのだが』

「神様の癖に律儀……」

『皆殺しにしようとしたことも謝った。菓子折も持参したし。勝手に生け贄にしてしまった信徒たちの家族への見舞金も我の資産から提供したし。ふふん。完璧であろう?』

「いやだから神様の癖に律儀すぎる……」

『その時にな、あやつ真っ青になってしまって』


 ディアボロが私の元で過ごすと聞いたおじさまは、今にも倒れそうな顔色をしていたという。


『もうやだあの子!!!! なんで神様を手懐けてるの!? 人たらしもいい加減にしてよ! 放って置いたらどんなことになるか!! 助けてサムソ~~ン!』


 絶叫したおじさまは、ディアボロいわく猛烈な勢いで方々に根回しを始めたらしい。サムソンをフル活用して。……あ、だから教会が動かないのかなあ。そもそも、創世神をビンタした女を聖人にしちゃ駄目でしょ。


『――だからな、そろそろ根回しが終わる頃じゃないか?』

「あっ! アイシャ! 王家から手紙が来てるよ!」


 見計らったようにやって来たのは兄クリスである。兄が携えたなにやら立派な書簡に思わず眉を顰めた。新たな火種の予感がしてならない。


「ヴァイス、内容を確認してくれる?」


 あんまりにもおっくうで、幼馴染みな執事に丸投げした。


「お嬢……」私に注がれる呆れ返った視線からサッと目を逸らして、サーモンの上にタレを勢い良くかけた。おいしそうだなあ。このまま何事もなく味わえたらいいのに。


 ちょっぴりモヤモヤしつつ、ヴァイスの発言を待つ。

「なになに?」「アタシも見たいわ!」『我も』野次馬がヴァイスに集っている。いや、ディアボロ、アンタなにちゃっかり馴染んでるのさ……。


 こっそり呆れていると、ヴァイスが「おや」と目を輝かせたのがわかった。


「お嬢、そんなに悪い話ではないですよ」

「え? そうなの?」

「はい。まあ、要約しますと――ヨハン・ゲオルク二世の名において、女神のもと国難を救ったアイシャ・ヴァレンティノへ褒賞を与える。国・宗教・家・個人に縛られずに自由に生きる権利、それを――〝森の賢者〟の称号と共に付与することとする……だそうです」


 途端、サリーたちが笑顔になった。


「すごいわね。破格の扱いだわ。コレで聖人なんかにならないで済むじゃない!」

「なあなあ。〝森の賢者〟ってなんなん?」

『……ふむ。こやつは外遊びが好きらしいからな。大枠で言うと森だから……という安易なネーミングではないか?』

「お嬢は生き物の生態にも詳しく、活用方法にも精通しておりますからね。賢者と呼ばれるに相応しいのではないでしょうか」

「なるほどな~」


 四人は笑顔ではしゃいでいる。

 そんななか――私はひとり青ざめていた。


「……お嬢?」


 ヴァイスが怪訝そうな顔をしている。「なにか不都合が?」と問われて、思わずかぶりを振る。いや別に文句があるわけじゃないんだ。創世神にビンタしちゃったせいで、叶わなかった願いを代わりに実現してくれるおじさま、めちゃくちゃ気を遣ってくれてありがとうって話ではあるんだけど! だけど、だけどさあ!


「〝森の賢者〟ってゴリラじゃない……?」

「――は?」

「前世の地球じゃ、ゴリラを〝森の賢者〟って呼んでたのよ!!」


 なんで? なんでなの。

 なんで私の二つ名がゴリラに……!?

 

 頭の中では、どう○つ奇想天外! やら、ダーヴィ○が来た! やらの映像がグルグル回っている。ゴリラのドラミングってすごいよね……って違う!


「ゴリラ扱いはちょっとひどくない!?」


 思わず頭を抱えた私に、ヴァイスたちは顔を見合わせている。

「そもそも俺たちはゴリラという生き物を知らないですし……」「そやな。気にしすぎちゃう? たまたまやんな」「賢者なんて呼ばれるくらい賢い生き物なんでしょ。別にいいじゃない」なんて好き勝手言い始めた。


 ――うん。君たちの言いたいこともわかる。でもね、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 忘れちゃいけない。この世界には、たびたび地球から人間が渡ってくる。転生・転移どちらかでね。つまり彼らの耳に私の二つ名が届く可能性があるのだ……!

 世界を救ったゴリラとして。


「そんなの嫌だ。い、今から変更は……」

「アイシャ。それは無理だと思うよ。この報せは国内に向けて発布されちゃってるから、たぶん子どもですら知ってるし、うちの国の歴史書に載せる準備も始めてるだろうし」

「のおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 私の叫びは秋の空にこだましていく。


「お嬢、諦めましょう?」


 ウンウンと頷くヴァイスたちを睨み付けて。たまらず、出来上がったばかりのチャンチャン焼きを頬張った。


 ――うん。今日もキャンプ飯がうまい。うまいのに……しんどすぎる!!!!


「ああもう! しばらくテントでふて寝するからね!!」


 私の叫びにヴァイスたちは苦笑している。「じゃあ、飲みますか」なんてお酒の準備を始めた。なんだかんだ言いながらも、彼らは私に付き合ってくれるのだろう。そして、森の賢者なんて名前に躍らされながらも、日々が巡っていくのだ。


 私の日常はきっと変わらない。キャンプをして、トラブルに巻き込まれて、友だちが増えて、我慢仕切れなくて仕事をして、そのことをちょっぴり後悔しながらまた遊んで。


 ――私の願いはきっと何年経っても、何歳になっても変わらない。

 キャンプがしたいなー! それだけだ。

 それが――アイシャ・ヴァレンティノという人間の人生なのだ。


お読みいただいてありがとうございました!

書籍版2巻はカドカワBOOKS様より12月に発売予定です。

1巻とおなじように書き下ろしもありますぞ! どうぞよろしくお願いいたします。

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