水の女神の袂にて
「ようこそいらっしゃいました。アイシャ様―!!」
翌日、なんとか仕事の都合を付けて水の神殿へ行くと、なにやら熱烈歓迎を受けた。
出迎えてくれたのは女性神官のルシルだ。綺麗な薄水色の髪が特徴的な彼女は、ひどく青ざめた顔をしていた。
「うっ、ううう。アイシャ様が来て下さって、わたくし安心いたしました。水の神殿の管轄地にある池が穢れるなんて、由々しき事態。水の女神アクア様の怒りを買ってしまったのかと途方に暮れていたのです。でもっ、あなた様が来てくださったからには大丈夫。きっとすべてを解決してくださるっ……!」
「いやいや、そんな……」
ルシルは文字通り滂沱の涙を流していて、足下に大きな水たまりができていた。
水の女神アクアに祝福され、祈ることに生涯を捧げている彼女は日本でいう巫だ。いわゆる神の託宣を得る者、神の依り代。肌に鱗模様が浮き出るなど、魚のような特徴を持つルシルは、私の顔を見ると少しだけ顔色を取り戻したようだった。
「ずいぶんと信頼が篤いんじゃのう」
謙遜する私の横で、ヴィンダーじいが意外そうにしている。
彼もまた今回の件に協力してくれる手はずとなっていた。いくつか新しい道具が必要だったので非常に助かっている。
「ええ、ええ。ここの神殿の人間はみな、アイシャ様に感謝しておりますのよ。以前、ここを救ってくださったのもアイシャ様でしたから」
「嬢ちゃんが?」
「アイシャ様がいらっしゃる前まで、ここはいつ潰れるかわからないくらい寂れておりましたの」
「水の神殿なのにか? どこの国でも手厚く保護しておるものだと思っていたが……」
「この国は、神の恵みとは関係なく水が豊富ですもの。あまり重要視されておりませんでしたのよ。だから、国からもらえる補助金も少なくて……。ですがっ!! そんなわたくしたちに手を差し伸べてくださったのがアイシャ様なのですわ!」
「十年前のこと、いまでもはっきり思い出せます」と、ルシルはほんのり頬を染めた。
「その日のパンにも困っていたわたくしたちの前に現れた美少女……! 敬愛するアイシャ様は、わたくしたちに」
「手を差し伸べたのか?」
「いいえ! とんでもない額の寄付金をくれましたの」
「金」
「ええ! お酒を造るお水を分けてほしいからと。他の人間は、たかが水だからと代金を払おうなんて考えもしないのにですのよ? おかげで神殿は再建できましたし、生活も改善できました。アクア様も大喜び! 世のなか金なのだと知った瞬間でした。金があればなんでもできる。信仰だって金次第ですのよ~!!」
「お、おう……」
「お嬢、なんかルシル様の人生観を歪めちゃってません?」
「言わないで。やっちまったなって痛感してるところ……」
罪悪感に駆られていると、ふいにルシルが私の手を握った。
「それで。今回もわたくしたちを助けてくれるんですのねっ!?」
「そ、そのつもりです……。原因もおおよそ見当がついていますし」
「まあああああっ! 水の女神アクア様もさぞお喜びでしょう……! わたくしたちもお手伝いできますかしら。お金以外でしたら、なんなりと申しつけ下さいませ!」
「もしかして、またお金に困ってたりします……?」
複雑に思いつつも、心強い申し出に笑顔がこぼれた。
だって、ルシルは悪い人ではない。少ないといっても、国からもらえる補助金は非常識な額ではないのだ。生活苦に陥ってしまうのは、ひとえにルシルの優しさのせいもあった。
「さあ、アイシャ様。わたくしたちはなにをすればいいんですの!?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。人手をお借りできますか?」
「まあ! そういうのは得意分野ですの……! みんなーーーー!!」
「「「はあい!!」」」
ルシルのかけ声と同時に、大勢の人間が集まってきた。ほとんどが子どもだ。その数、ゆうに百人を超えている。彼らは一様に声を揃えていった。
「僕たちはどうすればいい?」
「なんでも言ってよ! ルシル様が困ってるんだ。なんとかしなくちゃ!!」
「本当になんでもいいの?」
「もちろんだよ! ルシル様に恩返ししたいもん!」
子どもたちはすべて、神殿で保護している孤児だ。
水の神殿が資金難に陥っているのは、恵まれない子を際限なく受け入れているせいなのである。困っている子どもを見捨てられない。ルシルのそういうところが、非常に好ましかった。そう、普通より多めに寄付をしたいと思ってしまうくらいには。
……いやでも、前に来た時よりずいぶん増えたな? マジでお金ないんじゃない?
「「「よろしくお願いします!!」」」
子どもたちはやる気に満ち満ちている。実に頼もしい。
彼らの生活を守るためにも、外来種をなんとかしないといけない。
「じゃあお願いしようかな! 準備は整えてきてあるから……」
さっそく指示を出し始める。ヴァレンティノ家の使用人たちも着いてきてくれていて、神殿の外では、彼らが先に準備を進めてくれているはずだ。
「ところでお嬢。地球からなにが来たんです?」
「ん?」
「お嬢が危機感を覚えるくらいの奴なんですよね。危険なのですか? ヴィンダールヴルが描いた絵を見るに、ちょっと変わった形をしたエビにしか見えませんが……」
「人に害を及ぼす類いの生き物じゃないよ。でも、放っておいたらとんでもないことになるの。そいつのせいで、どれだけ日本の生態系が破壊されたか……」
一度蹂躙されれば、元に戻すのは容易ではない。綺麗な水を、そして豊かな自然を守っていくためには、誰かに託すなんて悠長なことはしていられないのだ。
――そう! アイツは圧倒的侵略者。生態系の赤い破壊神。
その名をアメリカザリガニという。
悪魔の正体がついに明らかに!(たぶんバレていた)
(あらすじに書いちゃってるもんね)
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