駄女神は出さないとなって
『では――あなたの本心を覗かせてください』
温度のない手が私の視界を塞ぐ。目を瞑った私に女神は語りかけてきた。
『……家族が大切なのですね。自分自身を省みないほどに』
「はい」
『そして大切な人たちを害そうとしている相手に怒っている』
「……はい」
『好き勝手やっている隣国の王女に罰を下せと考えている』
「…………。……はい」
『たかが人の身で? 女神に誰かを罰せと言うのですか。いささか傲慢では?』
冷めた声色に心臓が早鐘を打ち始めた。
じわりと冷や汗が滲むのを感じながら、それでもなお私は言った。
「――私にはたいした力はありません。幼馴染みの執事のように有能ではないし、友人のように魔法を扱えないし、元暗殺者の使用人のように熟練の技も持っていません。でも――それでも。黙って見ているなんて出来ない。私に出来ることで大切な人たちを守りたい。運よく女神様とお会いできる伝手を手に入れられたので、それを活かさないではいられませんでした」
『分不相応な望みだと、女神に罰せられる危険を冒してでも?』
「はい。これが私の――大切な人たちの守り方です」
『……そうですか』
水の女神アクアの手が離れていく。
そっと目を開けると、眼前に見惚れるほどの笑みを浮かべた女神がいた。
『――おめでとう。あなたはわたくしの試練を乗り越えました』
「じゃ、じゃあ……!」
『願いを叶えましょう。いえ――その前にひとつ言ってもよろしいでしょうか』
「は、はい。どうぞ……」
困惑している私に、水の女神アクアは頷く。
次の瞬間、がっっっっっっっっっっっしい!! と、私の手を掴んだ。
――な、なにごと!?
『わたくし、あなたが清い人間で心から安心しました』
「えっ。えっ。えっ? そ、それはどういう……」
『そうじゃないと、あそこの酒が飲めないではありませんか! そんなの。そんなの――泣くしかありませんもの!!』
「――は?」
女神が指差す先には、私たちが用意した酒と料理があった。
ぷるぷる小刻みに震えていた水の女神アクアは『あなたの心の中を覗いた時、うっかり関係のない場所まで見てしまったのです』と絶望感溢れる顔で言った。
『アイシャ』
「は、はい……」
『晩酌の時の合い言葉は』
「ま、まずはビール……」
『昼から飲む酒は』
「夜に飲む時より二割増しうまい!」
はっ……!?
私ったら女神様相手に何を!?
困惑していると、水の女神アクアはずずずずいっと私に近寄って言った。
『心の底から共感します……!!』
先ほどまでの威厳はどこへやら。目をキラキラさせて、頬を薔薇色に染めた水の女神アクアは、宙をくるくる回り始めた。『なんでなのでしょうね! 昼に飲むと酒が回るのが早いのは! いやでも、みんなが働いている時間なのを理解しながら飲むビールの味は格別過ぎると思いませんか。私は思いますね。昼からじっっっっっっっくり時間を掛けて、日が沈むまで飲み続けるんです。夕日を眺めながら飲む一杯がまたこれたまらなくて』等と、マシンガントークを繰り広げている。
まるで恋する乙女のような表情に圧倒される。あ、この人マジで酒飲みだわ。そして、この酒飲みを作ったのは――私である。
――ある意味、とっても罪深い気がするのは何故だろう……。
女神を堕落させちゃった感がすごい。そしてそれが許されちゃっているのが怖い。
じくじく傷む胸を押さえていると、一方的に語っていた水の女神アクアは、ひどく子どもっぽく笑って言った。
『――さあ。まずは飲みましょうか!』
「は……」
『せっかく用意してくれたんですからね。お料理が冷めてしまうのも嫌ですし。ああ、急がなくとも大丈夫ですよ。そうそう事態は変わりません。むしろわたくしを満足させたなら、更なる恩恵を授けると誓いましょう!』
「い、いいんですか。そんなこと言って」
『いいのです。それくらいの裁量は創世神から持たされています。ああでも――わたくしひとりだと少し寂しいですね。だってあまりにも酒の肴が美味しそうなんだもの。お酒のラインナップが楽しみ過ぎるんだもの!』
「え」
もじもじと身を捩った水の女神アクア、次の瞬間には悪戯を思いついたような顔になった。ぽん! と手を叩いて笑みを浮かべる。
そして――とんでもないことを言い出した。
『そうだ! 他の女神も呼んじゃいましょう!』
呆然としている私を余所に、『うふふふふ。みんなで失敗したら責任もそのぶん減りますからね!』と適当なことを口にする。状況についていけない私を置き去りにして、どこまでも自由奔放に――名を呼んだ。
『ホーちゃん! えっちゃん! アイちゃ~~~ん! 女子会しましょ!』
途端、湖の中が光り始める。
気がついた時には、水の女神アクアの周りに絶世の美女たちが姿を現していた。
わあ。めちゃくちゃ見覚えがある……! 神殿の石像で見た!
『あら~~~~!! お誘いありがとう♡ アクアちゃん』
最初に声を上げたのは、桃色の髪の毛に深紅の瞳、グラマラスな肢体を持った恋愛の女神エステルだ。
『肉はっ!? 肉に合う酒はあるんだろうなーーーーーー!』
勇ましい声を出して興奮気味なのは、褐色の肌にいくつも傷を持った狩猟の女神アイリスである。
『きゃ~~~! みんなすぐ来てくれてありがと~~~! ホーリーも!』
『…………。うん』
キャッキャとはしゃいでいる水の女神アクアの背中に無言で抱きついているのは、夜色を纏った灯の女神ホーリーだった。
『今日はたくさん飲めるって本当? アクアちゃん!』
『本当よ。ほら、いつもルシルが差し入れてくれるお酒を造っている……』
『ああ! アイシャ・ヴァレンティノか!! なるほど、そこの人間が!』
女神達の注目が一気に私に集まる。
――なんで女神様が私の名前を知ってるんですかね……?
ひとり冷や汗を掻いている私に、ホーリーを除く女神様方は揃って言った。
『『『今日は朝まで寝かさないから……!!』』』
――な、なんかやっちゃったかも……?
キャッキャとはしゃぐ女神たちを眺めながら、そっとヴァイスたちがいる方向を見た。
「ヴァイス。ヴァイス目を覚ますのよ……! 生きて!」
「こらアカン。冷水でもぶっかけよかな」
胃痛でヴァイスが倒れてしまっている。正直、私も胃がキリキリしてきた。
え、コレ大丈夫なのかな。女神四人ぶんの天罰? 私、隣国にディアーヌがいられなくなる程度でいいかなって思ってたんだけど……!?
ちらりと女神様方の様子を確認する。
それがどうにも不安そうに見えたのか、狩猟の女神アイリスが歯を見せて笑った。
『安心しな! ちゃ~~んと悪い人間には仕置きしてやるからよ!』
『うふふふふふ。若い男を侍らせる女ってきらーい! 死んじゃえ~~~♡』
『ご安心ください。邪悪なる心を持つ人間には容赦はしません』
『…………。…………。…………生き地獄、見せてあげる、ね……』
いやいやいや。これは絶対にやり過ぎる予感しかしない!
「ま、まままままま、待って下さい。女神様がた……!」
慌てて制止しようとするも、お酒を前にウキウキモードに入ってしまっている女神様たちの勢いは止まらなかった。
『なあ、アクア! 酒が入ると頭の動きが鈍るからな。先に天罰の内容決めちまおうぜ』
『あら! いいわね、アイリス。どうしようかしら。あそこの国の水をぜんぶ干からびさせるとか、井戸から泥水しか出ないようにするとかいいと思うのだけれど。効くわよ~!』
「ちょっ……! アクア様!?」
『異性同士で争う呪いなんてのもあるわよ。家庭崩壊~からの破滅♡』
「エステル様!?」
『獣たちの力を強めようか。人間が絶対に倒せないくらいにすれば、すぐに飢える』
「アイリス様まで……」
『…………。暖炉に火を着けられないようにする。凍死待ったなし』
「これから冬なのに!? ホーリー様えっっっっっっぐい!」
あああああああああ。これはマズい。どう考えてもやり過ぎである。慌てた私は無礼を承知で口を挟んだ。
「たっ、民に迷惑がかかる方法は望んでいません!」
すると、女神たちは意外そうに顔を見合わせた。
『…………。…………無欲』
『人間ってもっと残酷なものだと思ってたのに~』
『時代かね? 前は国まるごと滅ぼしたこともあったよな!』
『アイシャは優しいわね~。人間なんてすぐ増えるんだから気にしなくてもいいのに』
やはり女神の感覚は人間を超越していた。アカン。神様ムーブメントで隣国が滅んじゃう。もう心置きなくキャンプ……どころじゃない。私の小市民メンタルが死んじゃうから!
「どうか! どうか穏便に……! 私の望みは、隣国の王様の庇護下からディアーヌを出すことです。これ以上、王位継承権を持つ人間にちょっかいを出せないように」
隣国の王の庇護下から出ることになれば、ディアボロ教の布教どころでもなくなるはずだ。
我ながらわがままである。
ドキドキしながら女神様がたの反応を待つ。
すると彼女らは、いやに楽しげな顔になった。
『それくらいでいいの? なら――めいっぱい遊んじゃいましょうか』
「はい……?」
『親子は仲違い♡ 悪い子にはお仕置きを♡』
『…………。ちょっとくらい痛い目に遭わせてもいい?』
『いいぞ! こんな呪いはどうだ?』
『きゃ~~~~! おもしろ~~~~! それ、採用~~~~!』
女神たちはキャッキャと何やら話し込んでいる。
……だ、大丈夫? 大丈夫これ?
本当に大丈夫なのかなーーーーーーーー!?
私の不安は募るばかりだったが――
『『『楽しい~~~!』』』
ノリノリの女神様たちを止められるはずもなく。
――私が言うことじゃないけど、なんかごめん。がんばって……!
私はこっそりとディアーヌの無事を天に祈ったのだった。
トン○きの女神様がた結構すきだな
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