ペロっ! これは陰謀の影!
その日、私はブラックバスの駆除で訪れた淡水湖を訪れていた。水の神殿の神官、ルシルの力を借りて水を抜いた際に、湖底から多くの遺跡や遺物が発見されたからだ。ダンジョンの入り口も見つかったらしく、かなりの騒ぎになったらしい。再び水を抜いて調査することになった。
公爵令嬢である私まで足を運んだのは、異世界から転移してきたとみられる品々も多く見つかったからだ。
べ、別に商品開発のためとかではない。その中に危険物が含まれていないかを確かめるためだ。異世界から転移してくる品は完全にランダムである。化学薬品や武器なんかが紛れている可能性があるから、情報を聞きつけた時はなるべく確認しにいくことにしていた。
結果的に、淡水湖に沈んでいた転移物に危険なものはなかった。水の中に沈んでいたこともあって、だいたいが錆びていたり朽ちていたりしたからね。これらが、こちらの世界に影響を及ぼすことはほとんどないだろう。
まあ、それでも放置する訳にもいかない。
水質汚染の原因にもなりかねないからだ。ヴァイスやグリード、わが家の使用人たち、そして水の神殿の神官たちと一緒に、湖底の掃除をしていた。
あ、ちなみに私は手伝わせてもらえなかったよ……。公爵令嬢がゴミ拾いだなんてもっての他なんだって。そりゃそうだ。腐っても令嬢である。外面が悪い。
ぶっちゃけ、彼らの理屈は理解出来た。けど――疎外感は感じるよね。だって、学校行事みたいで楽しそうじゃん。面倒くさいな~早く帰りたいな~とか言いながら、みんなでキャッキャしながらすると結構楽しいんだよ知ってる!
なのに、湖畔で待機とかさあ……。ひどくない?
「ご主人様、そんな落ち込まんと……」
「落ち込んでないし! 子どもじゃないんだから」
「じゃあ、なんで膝小僧抱えて座ってるん?」
「……そういう気分なの」
「ええ……。ほんまに? 嘘やない?」
あまりのしつこさに、グリードをじろりと睨み付ける。
「……私が落ち込んでると何か問題でも?」
嫌味っぽく聞くと、グリードはちらりと湖の方向を見て言った。
「いや。問題しかないと思うんやけど。ヴァイスの兄さんが変になるし」
「え」
思わず視線を移す。すると、みんなにまじって作業していたヴァイスが、ちょうど思い切り滑って転んだところだった。その様子をもろに目撃してしまった使用人たちが慌てている。
「ヴァ、ヴァイス~~~~! お前、大丈夫か!」
「も、問題ありません……」
「やだ。泥だらけ! 本当にヴァイスさんってお嬢様がいないと……」
「いないと、なんですか……?」
「いや。べべべべべ、別に!? ヴァイスさんはいつだって頼りになりますよね。そうだよね、みんな。そうだって言って!」
……おお。ヴァイスがポンコツになっている……。
しかも、周囲に若干持て余されている。優秀な彼にしては珍しい姿だった。
獣耳をぺしょんと伏せて、しょんぼり着替える様は、雨に濡れた野良犬みたいだ。ときおり、チラチラとこちらを見てくる。私のことが気になって仕方がないらしい。
「……ふふ。過保護だなあ」
本当にうちの幼馴染みってば手間が焼ける。仕方ないなあ。今日は機嫌を直してやるか。
とはいえ、暇なのは事実だ。なにか暇を潰せるものはないか……そう思って周囲を見回すと、ちょうどいいものを見つけて、つい顔が綻んだ。
「よし。グリード、貝でも掘ろうか!」
笑顔で言った私に、グリードは酸っぱいものを口に含んだ時みたいな顔をした。
「嘘やん。ご主人様、子どもやあるまいし……」
「貝掘りに年齢なんて関係ないよ」
「いや。それにしたってなあ……。なんで急に貝を掘ろうって思ったん?」
「だってほら。これが埋まってるのが見えたんだもん!」
私が湖畔に溜まった泥の中から、貝をひとつ掬い上げた。
「じゃじゃーん! シジミ!」
「ちっちゃい貝やな。二枚貝っていうんやっけ」
「そうそう。たぶん、これも地球から転移してきちゃったんだろうね。日本では、いい出汁が出るからってスープの具材に使われてるんだよ。いくつか種類があるんだけど、これはタイワンシジミかな。日本固有の種類じゃなくて、いわゆる外来種」
「ほ~~~。そうなんや。おいしいの?」
「ううん! ぜんぜん!」
「は?」
「まったく出汁が出ないんだよ。その癖、在来種と交配すると、生まれた子どもがタイワンシジミになっちゃう厄介な生き物なんだよね」
「……で、なんでそんなんを採ろうと?」
「いや、どんだけ味がしないのか確かめたくて」
ウキウキしながら答えると、グリードは笑顔のまま固まってしまった。何度か目を瞬いた後、「そっか~。ご主人様やしな~」と物知り顔で頷いている。
「なんかその顔、すごい腹立つんだけど? ほんのり人を馬鹿にしてるよね!?」
「えっ。顔に出とった~? 僕、正直もんやから……」
「ひどいなー。だったらダンジョン見学にでもいく? 私はそれでもいいけど」
「アカンアカン。あそこ、水中にあったからか入り口が脆いらしいねん。うっかり閉じ込められたら、二度と出られへんかもしれんよ? 入りたないわ」
「そうなんだ。じゃあ、貝掘りでいいでしょ。このままじゃ暇で死んじゃう!」
グリードとキャアキャア騒いだ後、結局は貝掘りをすることになった。
だって暇だからね。特別な道具がなくとも採れそうだったし。そこらに落ちている木の棒で湖畔の泥を掘り返すと、タイワンシジミらしき貝がゴロゴロ出て来た。こちらの世界にいた貝との交雑種なのか、はたまたタイワンシジミそのものなのかわからないが、大量である。
どっちにしろ、生態系の調査もした方がいいな。
また仕事が増えるな……なんて考えていた時のことだった。
――アイツらが襲ってきたのは。
「……! ご主人様、僕の後ろに隠れとって!」
最初に気づいたのはグリードだった。
すかさず私を背後に庇って警戒を露わにする。何事かと辺りを見回すと、淡水湖の入り口に広がる森の中から、大勢の人間が飛び出してきたのがわかった。
見るからに怪しい黒づくめの一団だ。それぞれ武器を持っていて、一直線に私に向かって駆けてくる。彼らの装備や衣服には、炎に焼かれた大樹のエンブレムが描かれていた。もしかして、例の宗教の信徒だろうか。
「……ッ!」
ひゅん、と刃物が空気を切り裂く音がして、体が芯から冷えた。
そろそろと視線を落とすと、足下に刃物が突き刺さっている。鋭利な小刀だ。刃が太陽光を鈍く反射していた。とたんに脚が震え始める。なんなのこれ。私を狙っているの!?
「数が多すぎる! グリード! お嬢を……!」
「りょーかいっ!」
ヴァイスの指示に従い、すかさずグリードが私を抱き上げる。グリードは集まってくる刺客たちから距離を取って駆け始めた。とはいえ、逃げられる場所は干上がった湖しかない。泥に足を取られながら必死に駆けるものの、遮るものがまるでないせいもあって、圧倒的に不利のように思えた。このままじゃ――いずれジリ貧だ。
「どうして襲ってくるの!? 私、なにかした!?」
「わからん。けど――奴らの狙いがご主人様だけなのは明らかやね」
グリードの言うとおりだった。刺客たちは公爵家の使用人や、水の神殿の神官たちには目もくれない。一目散に私たちの元へと向かって来ていた。そんななか、グリードは健闘してくれている。ナイフで刺客を撃退しながら、なんとかヴァイスと合流するところまでこぎ着けた。
「ヴァイスの兄さん! どないするん! 馬車の方にいく!?」
「駄目ですね。馬車があった方角からも刺客が現れています。すでに破壊されているかと」
「嘘やん……! じゃあ、どないしよ」
「ともかく逃げる場所を探しましょう。お嬢を庇いながらこの数はさすがに対応仕切れません」
「ここにサリー姉さんがおったら違ったのに……!」
「いないものは仕方ありませんよ」
対個人戦では絶対的な実力を誇るふたりも、さすがに多人数相手には不利なようだ。徐々に刺客たちの包囲網は狭まってきている。
「ちっ……! こうなったら……グリード! ついてきてください!」
「兄さん!?」
ヴァイスが駆け始める。最初は怪訝そうだったグリードも、ヴァイスの行き先を確認した途端に納得したようだった。
「ダンジョンか……!」
私たちが進む先には、先日見つかったばかりのダンジョンの入り口があった。
一見すると洞窟にしか見えない。立ち入り禁止の看板が立てられていて、入り口が崩落しかかっているのか、あちこち木材で補修されていた。
さあっと血の気が引いていく。
……え。まさか、まさか、まさかっ……!?
あそこに飛び込むつもり!? 入ったら二度と出られないかも知れないのに!?
「ま、待ってグリ……」
「よっしゃ! いったろか、ヴァイスの兄さん!!」
「はい」
私の制止に一切気づかず、一気に駆けるスピードを上げたふたりは、勢いよく洞窟の中に滑り込んだ。補修に使われていた木材に、グリードがマフラーを引っかける。大勢の刺客が駆けてくるのを確認したグリードは、躊躇なくそれを引いた。
「なっ……!」
どうやら本当に崩壊寸前だったようだ。刺客が目を丸くしている真ん前で、ダンジョンの入り口は呆気なく崩れていき――
「う、嘘ぉ……!?」
一体何が起きているの。
訳もわからないまま、私の視界は完全なる闇に閉ざされたのだった。
コ○ンくんとなーんも被ってないな




