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おじさんの手の上で転がされる系ヒロイン

 食べ終わった後も、お茶を飲みながらまったり過ごす。なにをするでもなく、ぼんやり焚き火を眺めながら談笑するだけ。それが最高に気持ちいい。


 キャンプのこういう瞬間が最高に好きだ。


 想定外の乱入者で、どうなるかと思った今日のキャンプ。

 まあ、意外といい感じじゃない? そんな風に思ってのほほんとしていたのだけれど――……どうやら、そのまま平和には終われないようだった。


「…………っ」

「どうしたんです?」


 すると、サムソンと調子よくやっていたおじさまが、目を白黒させているのに気がついた。様子がおかしい。サムソンを見つめて固まってしまっている。どうしたのかな。何か緊急事態? ドキドキしながら様子を窺っていると、どうもそういうことではないらしい。


「み、見間違いかなあ。サムソンの体が光ってる気がする」

「――は? おじさま、なに言い出すんですか。大丈夫ですか?」

「い、いやいやいや。冗談じゃないんだけど――」

「……そうですね。実は、わたくしも先ほどから我が王が光っているように見えて困惑しておりました。まさか、天から迎えが来たのかと」

「僕、まだ死ぬつもりはないんだけど!?」


 ヴァイスと顔を見合わせる。思わず首を捻ってしまった。


「私は光ってる?」

「いえ、特には……。俺にも変化はありませんね」

「えええ。なんでよ。僕とサムソンだけ? 変だな。なんだか体も軽い気がするし。体の底から力が湧き出してくる感じがして、今にも走り出したいくらいなんだよ!」

「いや、確かにカレーは疲労回復効果があるかもね、なんて言いましたけど。そんな馬鹿な」


 ゴシゴシと目を擦って、おじさまたちを凝視する。確かに、おじさまたちがわずかに光っているような気もした。プラシーボにしては効果が出すぎである。


「ヴァ、ヴァイス……?」


 どういうことなの。

 思わず頼れる執事に助けを求めると、彼は思案げにカレーの皿を見つめながら言った。


「お嬢、以前にもありましたよね。地球から来た植物がこちらの世界の植物と交雑して、新しい効能を得たというケースが」

「あ、あったね。柚子だっけ。一時間だけ足が速くなっちゃうんだよね」

「はい。今回も同等の現象が起こったとは考えられませんか。カレー粉はさまざまなスパイスを組み合わせで出来ています。様々な効果を持つスパイスが混じり合った結果、強力な滋養強壮効果を発揮していたとしたら……」

「ま、待ってよ! その場合、私たちに効果がないのは不自然じゃない?」

「我々は特に疲労を感じてませんでしたから。ですが、ヨハン王とサムソン様は違う。わかりやすく体力が限界を迎えていた」

「そ、そうなのかなあ。ちょっと違うような気もするけど」

「まあ、今の段階での所感を述べただけです。効果のほどは精査してみないとわかりませんからね。詳しく調べたら違うかもしれませんが……」


 ともかく、カレー粉になにがしかの効果があることは間違いないようだ。


 あわわわわわ。体が光って力がモリモリ湧いてくるカレー……!? なにそれ怖い。夜中に虹色に輝く散歩中の犬と鉢合わせしてしまった時くらいの驚きがある。


 もしかして。私、とんでもないものを開発させちゃったんじゃ!?


「アイシャ様!」

「ハァイ!!」


 サムソンに呼ばれて、思わず元気いっぱいに返事をする。目の前にやってきたサムソンは、私の手をがっしり掴んで楽しげに目を細めた。


「ありがとうございます。これでまた我が王を馬車馬のごとく働かせられます」

「ひっ! さすがに馬扱いは可哀想でしょう!?」

「サムソン! 死刑宣告を笑顔でするのやめてくれない!?」

「いやはや。なにをおっしゃいますか」


 サムソンは笑顔でおじさまに向かい合った。

 見惚れるほど綺麗な姿勢で一礼。アイスブルーの瞳に喜色を浮かべて言った。


「貴重な休憩時間に姪の元に遊びにいくだなんて……。とうとう耄碌してしまったのかと、内心で嘆いていたのですが。ようやく理解出来ました。我が王は、カレー粉なるものの効果について知った上で、ご自分で確かめに来たのですね。このサムソン、心から感服いたしました!」

「……へっ?」

「さすがは〝賢王〟でございます」


 じっとおじさまを見つめたサムソンは、更にこう続けた。


「これで、勝手に城を抜け出した我が王の所業を、王妃様はお許しくださいますでしょう。むしろお褒めになるかも知れませんね! その慧眼にますます夢中になってしまうかも」

「ハ、ハニーに……!?」

「ええ。ささ、我が王。早く城に戻って誤解を解きましょう。時間が経てば立つほど心証は悪くなるものですから。王妃もお疲れのようでした。カレー粉を手土産に持ち帰れば、とても喜ばれるのではないでしょうか」

「そ、そうだね……! そうしよっか! アイシャちゃん、ちょっと分けてくれる!?」

「いいですけど」


 おお。完全に丸め込まれている……。


 私からカレー粉を受け取ったおじさまは、いそいそと立ち上がった。

「アイシャちゃん、またね」と、今すぐにでも転移装置を発動させそうな雰囲気である。サムソン怖い。まるで獣使いが如くおじさまを掌握している……!


 ――うちの国の影の支配者って、もしかしてサムソンなんじゃ?


 愕然としたまま、「また……」とひらひらと手を振る。そんな私に、すかさずサムソンが言った。


「ああ、それとアイシャ様。カレー粉の増産をお願いできませんか。今は個人商店だけでの取り扱いなのでしょう? 国内外で流通できるレベルに生産体制を整えていただきたいのです。できますよね? ヴァレンティノ公爵令嬢は敏腕と有名ですからね」

「は、はあ……。時間をもらえれば可能だとは思いますけど……」

「さすがですね。では、数日後に生産計画の書類を受け取りに使いを出しますので。よろしくお願いいたします」


 瞬間、おじさまとサムソンの姿がかき消える。

 取り残された私とヴァイスは、まさに狐に化かされたような気分だった。


「……し、仕事を増やして去っていった……!」


 なんたる。なんたることだ!

 私はただカレーキャンプを楽しみたかっただけなのに……!


「こんなの。飲まなくちゃやってられないわよーーーー!!」


 やっぱりおじさまとは関わり合いたくない。

 そんな気持ちを新たに、べそべそ泣きながらヴァイスにビールを要求した私なのだった。


 ――ちなみに。サムソンの手のひらの上でコロコロ転がされるおじさまを思い出しつつ、自分はああなるまいと気持ちを引き締めたのは言うまでもない。


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