おじさまクッキング!
「やるじゃないか、アイシャちゃん……! ふふふ。あとでお小遣いをいっぱいあげるね。あの石頭ジジイ! 少しは僕の気持ちを考えろってんだ。ばーか、ばーか」
「おじさま、さっきのいい感じの流れを台無しにしないでくれます?」
ブツブツ言っているおじさまを側に携えて、黙々と調理に取りかかる。
もちろん、作るのはカレーだ。それもヴァイス希望のお肉がゴロゴロ入っているやつ!
「……ところで、どうして私の側にいるんですか。おじさま」
「え?」
「座っててくださいよ。端的に言って邪魔です」
思わず苦言を呈すと、おじさまは無駄にイケてるお顔に笑みを浮かべて言った。
「いじわる言わないで。サムソンの近くにいたくないんだよ! どうせ小言を吐かれるんだ。ちっとも心が安まらない。僕も手伝うからさ~」
「ええええ……。おじさま、休憩しに来たのでは?」
「正直、ジッとしている方が落ち着かないんだ」
「そもそも料理なんて出来るんですか……」
「大丈夫だよ。冒険者もどきをしていた頃に、何度も野営をしたからね!」
――どうやら、おじさまは若かりし頃にずいぶんやんちゃをしたらしい……。
「サムソンも苦労してますね。暴走おじさんに振り回される人生か……大変そう」
「アイシャちゃんってば、だんだん言葉選びに容赦がなくなってきたね? それを言うなら、君だって似たようなものだろ。聞いたよ? 精霊相手に好き勝手やったんだって?」
「……うぐっ! どこでそんな話を……!」
「おじさまの情報網を舐めるなよ。そんな君だからね。やらかした後の気まずさは理解しているはずだと思う。だから頼むよ~~~~!」
確かに、先日の件に関しては多少の罪悪感があった。
ヴァイスが疲弊しているのを目にしているだけにね。
「……わかりました。わかりましたよ。万が一にでもおじさまが怪我をしても、私の責任ではありませんからね!」
「うんうん。わかったよ。じゃあ、僕は何をすればいい?」
「ならば、わたくしも手伝います」
「ぴっ!」
すると、背後から気配を感じて軽く飛び上がった。
サムソンが私を見下ろしている。「主人だけを働かせる訳には参りませんので」なんて言われると心苦しいが――
すかさず、おじさまが声を上げた。
「だ、大丈夫! 今日はさ、日頃の感謝も込めて僕らが作るよ! ね? アイシャちゃん!」
「そそそそ、そうですね! サムソンは座っていて! ヴァイス、椅子の用意を! あ、ヴァイスも休んでいていいからね?」
「お嬢が作業をしているのに、俺たちが眺めている訳には……」
「いいの! 座ってて! 迷惑掛けたばっかりだし! これは命令よ」
――ぶっちゃけ、サムソンの視線が怖すぎるので!
必死に訴えかけると、どうやらヴァイスは私の心情を汲んでくれたらしい。「命令なら仕方ないですね」とサムソンに着席を促す。片眉を上げて不愉快さを露わにした彼に、「主人の望みを叶えるのも、従者の役目ではないでしょうか」と諭した。
「……仕方ありませんね」
よっしゃ! さすがヴァイス。わかってるぅ!
アウトドアチェアに座ったふたりを眺めて、ホッと胸をなで下ろす。
危機一髪。恐怖のカレー作りは回避できた!
「おじさま。サムソンの気が変わらないうちに、とっととカレー作りましょう。この地獄を一刻も早く終わらせたいです」
「そ、そうだね。そうしよう。じゃあ、僕はこの肉を切ればいい?」
おじさまが指さしたのは、豚バラブロックである。サイズは長崎のカステラくらい。分厚いそれが何枚も山積みになっている様は、実に迫力があった。確かにひとくちでは食べられないサイズだ。切り分けたい気持ちは痛いほどわかる。だが、今日ばかりは必要ない。
「切りませんけど?」
「う、嘘だろ。アイシャちゃん、ちゃんと食べられるものを作るんだよね?」
「もちろんですよ。何も心配はいりません。今日作るのは――肉が飲めるカレー……角煮カレーですから!」
それに、豚肉には疲労回復に役立つビタミンB1がたっぷり含まれている。
今日食べるのに、これほど最適な具材はないだろう!
「安心して私に任せて下さい。おじさま、勝手なことしないでくださいね」
「本当に大丈夫なの? かみ切れないお肉と格闘するのはいやだな~~~~」
ひどいな。まるで信用がない。
まあ、おじ様は角煮って言われても想像がつかないよね。
ふっふっふ。見てなさい。おいしいカレーをご馳走してあげるから!
「じゃあ、私は焚き火の準備をしますね。あ、おじさまはニンニクと生姜をすり下ろしてもらえます? はいこれ。おろし金」
「うわ、なにこれトゲトゲ~! 楽しそうだな。がんばるよ!」
指示を出しながら、テキパキと準備を進めていく。
おじさまはおじさまで、おろし金で楽しそうに香味野菜をすり下ろしていた。
「サムソン、サムソン。僕の指からおいしそうな匂いしない!? こんなの初めてなんだけど!」
「我が王。我が王よ。御指がわたくしの鼻に刺さりそうなのでご遠慮ください」
――なんでわざわざ嗅がせにいくんだ。実は仲がいいんだろうか。
フリーダムなおじさまに振り回されるサムソンの声を耳にしながら、焚き火で熱したダッチオーブンに油を引いて、おじさまが下ろしてくれた生姜とニンニクを炒めていく。
「いい匂いだね」
「でしょう! ここに、豚バラブロックとローリエとお水を入れて沸騰させていきますよ」
肉は表面を焼き付けないでそのまま。煮崩れなんて気にする必要はない。限界までほろっほろにしたいからだ。たっぷりの水で煮込んで一時間半ほど放置。その間に別の具材の準備を進めていく。
「……!? おじさまってジャガイモの皮も剥けるんですね!?」
「ふふん。すごいだろう。玉座でふんぞり返ってるだけじゃないんだぞ!」
「我が王は、若かりし頃に市井の酒場で下働きしてましたからね。勝手に」
「サムソン、息をするように僕の黒歴史を吐くのやめてくれない……? ほら。アイシャちゃんがすごい目で見てる! 別にいいじゃないか。民の暮らしを知りたかったんですぅ!」
「……帝王学の授業を抜け出してさえいなければ、わたくしも立派な行いだとは思います」
「だからサムソン!」
「あの時は大変でしたね。王子が行方不明だと城中ひっくり返るほど大騒ぎになって。わたくしも胃が痛くてたまりませんでした」
――サムソンが厳しいのって、ほとんどおじさまのせいじゃない?
なんだかそんな気がしてきた。大変だなあ。自由過ぎる主人を持つと。
……ん? なによ、ヴァイス。変な目で私を見るんじゃない!
「サムソン様。この機会に、奔放すぎる主人の扱い方についてレクチャーしていただけませんか?」
「……あなたも、ずいぶんと苦労しているようですねえ」
やめろやめろやめろ。
苦労人同士気が合うね、みたいな顔で話し込むな!
「お、おじさま……」
「アイシャちゃん。気にしたら負けだよ。他人に合わせて生き方を曲げるつもりかい?」
「おじさま……!?」
「従者に迷惑を掛けてなんぼさ! それが僕たちの生き方じゃないか」
「――我が王?」
「うん。ごめん。冗談です」
こんな風に愉快なやり取りをしながらも、サクサクと準備を進めていった。
ジャガイモとニンジンは皮を剥いてひとくち大に。玉葱も刻んでおく。スープに浮いてくるお肉のアクはしっかり取り去ること。ついでにお米を軽く洗って浸水しておいた。カレー粉を入れてからも煮込む時間があるからね、一緒に炊き始めるくらいでちょうどいい。
「うわあ……! アイシャちゃん。煮詰まってきたね!」
「いい感じですね。脂がすっごい出てる!」
そろそろ一時間半経つ頃だ。気がつけば、水分が半分ほどに減っていた。肉のうま味が溶け出して白濁したスープからは、脂の甘さと香味野菜がまじった得も言われぬいい匂いがする。塩を入れて飲んだら絶対においしいだろうなあ。
ワクワクしながらも、スープに浮いた脂はできるかぎり取り除いておく。あまり多いと、くどくなってしまうからね。ある程度、脂が取り去れたら根菜の出番だ。別のフライパンで炒めておいた玉葱を投入。飴色まで炒めたやつ……まあ、炒めている途中で水を差して、強制的に飴色にした〝なんちゃって〟なやつだけど。
次にニンジン。ほどよく火が入ってきたら、ジャガイモもイン。コトコト煮込んでいく。
「次はルーを作ります!」
「ルー?」
「カレーをカレーたらしめる重要な作業ですよ。おじさまにお願いしようかな!」
「本当? うわあ。おじさまがんばっちゃうぞ~」
ルー作りはそれほど複雑ではない。フライパンにバターを溶かしてジュクジュク湧いてきたら、そこに薄力粉を投入。ダマにならないように様子を見ながら、木べらでしっかりと交ぜていく。もったりとしたペーストが出来たら、そこにカレー粉を投入!
とたん、ふわりと刺激的な匂いが鼻腔を擽った。
「なんだいこの得も言われぬ匂い……!」
「ふっふっふ。これがカレーの匂いですよ。おじさま!」
「すごいね。これは市場に出回ってるの?」
「知り合いが店頭で販売していますよ。知名度が低くて、その他の商品の方が売れ筋みたいなんですが」
カレー粉が熱せられると、一気に辺りの空気がインド料理店に変わった。
いや、違うな。夕暮れ時、どこかの台所から漂ってくるあの感じ?
もしくは、帰宅した瞬間に胸いっぱいに吸い込んだあの日のカレーの匂い?
ともかくおいしいそうな匂いだ! お腹がぐうぐう主張している。この空気だけでハイボールが飲めそうだ。まあ、サムソンの目があるから飲めないけど。悲しい。健全なキャンプ飯はいつ振りだろうな~なんて思いながら、カレー粉を入れたペーストを練り上げていくと――
「よし。カレーの素の完成~!!」
簡易的なルーである。これが出来上がったら、完成まであと少しだ。
「おじさま、これをスープに溶かしていきましょう! 少しずつですよ。溶け残しがないように」
「とろみが出て来たよ。こっ、これでいいのかな!」
「いいですよ。すっごく順調です。溶けきったら塩と砂糖で味を調えましょうね。味見はおじさまがしてください」
「えっ、ええええ~~~~。おじさまの好みにしちゃっていいの~~?」
すると、おじさまはいやに浮かれた様子で調理を続けた。ルーが溶けきった後も、砂糖と塩を加えては頻繁に味見する。実に楽しそうである。
「サムソン、おいしいって言ってくれるかなあ」
しかも、そんなことまで言い始めるものだから驚いてしまった。
「……おふたりって仲がいいんですね? 意外でした」
「え? そう見える?」
「厳格すぎる侍従長の締め付けを嫌がって逃げているのかと。でも、けっこう自分から絡みにいきますよね」
「そりゃそうでしょ。サムソンは僕の戦友みたいなものだからね。他国との戦争の時、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれたのはアイツだけだよ。ろくに戦闘も出来ない癖にね。どこにいても僕の世話をしなくちゃいけないからって、何を思ったか鞭術なんて習い始めてさあ」
「……すごいですね。お仕事に命を賭けているというか」
「でしょ。そういうところ、すごく尊敬できるよね」
――サムソンを素直に褒めてる……。意外だなあ。
普段から飄々としていて、斜に構えている部分すらあると感じるおじさまが、他人をこういう風に語るなんて想像もしていなかった。よほど頼りにしているのだ。
「ま、それにしたって厳しすぎるとは思うけどね! もうちょっと優しくしてくれてもいいのに~。減るもんじゃなし」
けれども、反抗期の子どもみたいな気持ちも、心のどこかにあるらしい。
クツクツ喉の奥で笑ったおじさまは、楽しげに目を細めた。
「たまには、尽くしてくれる侍従長を労るのもいいね」
おじさまは自分に足りないものを自覚していて、それを補ってくれるサムソンを心から信頼しているのだろう。……うん。ちょっと憧れてしまった。なんかいいな。ふたりの関係。
そうこうしているうちに、無事にご飯も炊き上がった。
艶々だ! お焦げもしっかり出来ている。あとは食べるだけ!
焚き火を囲むようにしてアウトドアチェアを並べて、テーブルに人数分のお皿とスプーンを並べた。実に壮観だ。
「お肉の存在感がすごい……!」
塊ごと煮込んだお肉は、炊きたてのご飯という丘の側で、茶褐色の大地にそそり立っていた。カレーのお肉と言えば、ともすれば争奪戦に発展するものだが、今回ばかりはそれがない。なにせひとりにつき豚バラブロック一本だからである。うむ。見事だ。不公平感がない。世界が平和になった感じがする。
カロリー? ははっ! そんなもの記憶の彼方に放り投げてきたさ……!
こちとら毎日がチートデイなのだ。肥えたら肥えたで、その時に考えればいい。
「と言うわけで、それぞれお皿は行き渡りましたか?」
すでに空は暮れ始めていた。焚き火から木が爆ぜる小気味いい音が聞こえる。ときおり、宙に舞い上がる火の粉が目に楽しい。焚き火に出番を奪われたランプが寂しそうに風に揺れている。私たちの間に流れる空気は穏やかだった。ただ、強烈に食欲をそそる匂いのせいか、どことなくみんな落ち着かない。早く食べたい! そんな顔をしていた。
「じゃあ、いただきましょうか!」
今日は主従なんて関係ない。無礼講である。
みんなが一斉にスプーンを持った。
ソワつく体を必死に宥めながら、豚バラブロックの山に挑む。なんてこった。この山、スプーンですぐ崩れるぞ……! 土砂滑り警戒注意報が脳内で響き渡るが、肉の崖からあふれ出した肉汁で被害を被るのは、じっくり煮込んだカレールーと白米だけである。実に平和だ。
「んんんんっ……!」
カレーを口に含んだ瞬間、思わず唸ってしまう。さすがラビン。カレー粉の調合が絶妙だ。今日のカレーは中辛。強烈なスパイスの香りが鼻腔を擽ったかと思うと、舌がほんのりとした甘さを感じた後、追いかけるように辛みが襲ってくる。それだけではない。じっくり煮込んだ香味野菜の風味! そして根菜から溶け出したうま味が、豚バラブロックの甘さを引き立ててくれている。
おおおおお。舌がピリピリする!
全身から汗が滲んでくるのを感じながら、あえてカレーを絡めていない白米を口に運んだ。もちもちっとした食感に心が安らぎを感じている。だが、脳内では「次のカレーを!」と誰かが騒いでいた。もう私の体は、カレーから逃れられないのだ。仕方ないよね。おいしいもの!
「見た目の地味さからは想像つかないくらいにおいしいですね……!」
目を輝かせたヴァイスが、しっぽをブンブン振りながらカレーに舌鼓を打っていた。
大きく切り分けたお肉を、これまた大きな口でバクリ。モグモグ、ゴクン。あっという間に肉がなくなっていく様は、まさに肉を飲んでいるかのようだ。そうだ。この肉に咀嚼は必要ない! こんなにも柔らかいんだからね。優しさの塊だ。
すると、おじさまが浮かれた声を上げた。
「うわ。とってもおいしいんだって。サムソンはどう? ねえ、サムソンはどう思うの!」
「我が王、食事時はお静かにと何度も何度も何度もくどいほど申し上げたはずですが」
「だってこれ、僕が味付けしたんだもん! サムソンの反応が知りたいでしょ!」
なにやらおじさまがサムソンにウザ絡みしている。深々と嘆息したサムソンは、ゆっくりとスプーンを口に運んだ。何度か咀嚼した後――口許をハンカチで拭く。凍てついた氷のようなアイスブルーの瞳を柔らかく溶かすと、普段よりか柔らかい声で言った。
「結構なお味です。我が王」
「……!」
おじさまが満面の笑みを浮かべている。自分もカレーをひとくち食べると、「うまいっ! さすが僕~。なにをやらせても外さないね!」と陽気に語った。
よかった! カレーの味はふたりにも受け入れられたみたいだ。
「塊肉がこんなに柔らかくなるなんてね。最初は乱心したのかと思ったけど」
「前世でこういうカレーを出すお店があったんです」
「なるほどね。それにしてもおいしいな~! カレー粉だっけ。王城にも仕入れたいな。サムソンどうだろう」
「いいのではありませんか。工夫すれば来賓のもてなしにも相応しい料理にできるでしょう」
ニコニコ談笑しながらカレーを食べ進めていく。
焚き火の臭い、野外という開放感がいいアクセントになって、いつもは脂っこい料理は進まないらしいサムソンも、どんどん食べ進めていた。ああ、やっぱり外で食べるカレーって別格だなあ! 苦労して準備した甲斐があった。今度はサリーとグリードにも食べさせてあげたい。
「おかわり!」
疲労困憊だったおじさまも、すっかりいつもの調子を取り戻していた。「もう若くないのですから、翌日に胃がもたれますよ」というサムソンの忠告に「え~」と唇を尖らせている。
サムソンの表情も、最初に比べるとどこか晴れ晴れとして見えた。うん。やっぱりカレーはいいな。元気が出る。
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